主催講演

生命進化の観点から左手型アミノ酸の起源に迫る

○田村浩二
東京理科大学 基礎工学部 生物工学科
  地球は46億年前に誕生したと言われている。生物は多様である。バクテリアからヒトに至るまで、また、動物や植物など、地球上の生物はこの上なくバラエティーに富んでいる。これらの多くの生物を育んだ地球は、まさに生きていると言えよう。地球型生命は、DNAという分子に刻まれた塩基の並びをアミノ酸に対応させ、そのアミノ酸がつながって生成したタンパク質の働きによって、機能を維持している。この核酸塩基の並びとアミノ酸との対応が「遺伝暗号」であり、基本的に、その対応関係は、バクテリアでもヒトでも同じである。このことは、この一見、多様に見える生命も、その本質に目を向けた時に、バクテリアもヒトも同一祖先から進化してきたことを意味している。しかも、不思議なことに、タンパク質を構成するアミノ酸はすべて左手型(L型)アミノ酸から構成されている。これをアミノ酸のホモキラリティーと呼ぶ。
  tRNAのアミノアシル化は、「RNA World」から「Theatre of Proteins」へと移行するためのキーステップであると考えられる。天然のタンパク質に含まれるアミノ酸はホモキラルであるが、一方、天然のRNAを構成する糖もホモキラルであり、こちらは右手型(D型)である。tRNAのアミノアシル化は、アミノ酸とRNAが最初に出会うステップであり、進化の過程で、この反応がアミノ酸のホモキラリティーを決めた可能性が考えられる。
  現在の生物系において、tRNAのアミノアシル化は「アミノアシルtRNA合成酵素(aaRS)」によって行われている。この反応では、まず、アミノ酸が「アミノアシルAMP」という形に活性化され、この活性化アミノ酸がtRNAに転移されることによって反応が完結する。しかし、aaRS自体がタンパク質合成系の産物であり、生命の起源を明らかにする立場からは、当然ながら、aaRSも存在しない状態でのアミノアシル化反応を考える必要がある。
  アミノアシルAMPが原始地球環境で生成されうるという事実に注目し、このアミノアシルAMPを模倣した「アミノアシル-リン酸-オリゴヌクレオチド」を用いたモデル系を構築した。この系を用いて、タンパク質の存在なしの状態でtRNAの原始形態である「RNAミニヘリックス」のアミノアシル化反応を試みたところ、通常のRNAミニヘリックス(D型の糖から構成される)はL型アミノ酸と優位に結合し、RNAミニヘリックスのリボースをL型に変えると、D型アミノ酸が優位に結合した。これらの結果は、進化の過程で、RNAの立体化学によってL型アミノ酸が選択され、タンパク質の構成成分として利用されるようになったという可能性を示唆している。
  これらの結果は、生物界の非対称性の謎を解く上で極めて重要である。