THE ENERGY-SURPLUS THEORY OF EVOLUTION

Hiroko Shirai1 and Yatsuhisa Nagano2
1Okayama Environmental Network Foundation,
2Complex Systems Division, Research Center for Structural Thermodynamics Graduate School of Science, Osaka University, Toyonaka 560-0043, Japan
(Received September 17, 2009; Accepted September 19, 2009)


余剰進化論

白井浩子1,長野八久2
1財団法人・おかやま環境ネットワーク,
2大阪大学大学院理学研究科 構造熱科学研究センター 複雑系熱科学部門

Abstract

     A new theory of evolution is discussed: the energy-surplus theory of evolution. The fundamental question in evolution is why the normal processes of development patterns of various organisms have been determined as they are. Based on our experimental works on development of starfish, we have reached the theory emphasizing the role of energy, available in excess of minimal necessity for survival, and simultaneously reached a new view about life and origin of life, or ecological world; the RICH world in life. We are now directly measuring the thermal power in organisms. Any living individual is under energy balance, and has to consume energy so as to continue its metabolism, and it has to gain energy at least corresponding to the amount of energy loss for further continuation of the metabolism. Life is such contradictory dynamic state. Therefore, living organisms are constantly forced to keep the energy balance non-negative (zero or positive), or to accumulate surplus energy as a whole for the continuation. The surplus energy makes individuals endurable and adaptable under severer environmental conditions. Important viewpoint about life is as follows: on selection, that what is favorable and what is injurious varies depending on life styles just adopted by species. Therefore, phenotypic changes of forms or metabolisms precede the DNA reorganization among various mutations, and directions of diversification are not necessarily dichotomous. Dr. Tomoko Ohta says about evolution as follows: "Since 'the nearly neutral theory' has gotten general agreement, then next step is to connect phenotypic evolution with molecular (DNA) changes." According to the energy-surplus theory we can answer Ohta's question as follows: 1) Since organisms have surplus energy that depends on premise of life, DNA changes with slight injuriousness can be kept in individuals, 2) Phenotypic changes in species in step always precede DNA changes (mutations): these DNA reorganizations follow phenotypic changes so as to make the species life style stable, and, 3) Since large DNA changes can only be possible in DNA areas responsible for non-functional components, it is necessary to consider that any DNA area with large changes had been functionless or weakly functional at the time of the happening of the changes (mutations). Thus, through our own experiments with echinoderms, we have obtained deeper understandings of "the present" of living organisms, and "Why the present has come?" "The present" includes indispensably non-necessary (useless, degenerating, surplus) components because of premise of life. Any present function has not been aimed from the beginning. The larger the amount of surplus becomes (the larger the bodies becomes), the more rapidly the evolution in organisms progresses because of increase of possibility.

(Keywords)

energy-surplus theory of evolution, surplus energy, development, starfish, origin of life, energy balance, metabolisms continuation, mutation, the nearly neutral theory, life style, premise of life.

1. はじめに

  2009年3月のシンポジウム(企画は池原・大石による)は,テーマが地球における生命の起原,また,生物進化の捉え方,というもので,筆者らも新しい進化論である余剰進化論を提唱しているところから幸いに参加できた.余剰進化論の根拠となる発生学的実験根拠を詳細に述べるのには紙面の制限もあり他に譲る.ここでは,余剰進化論の立場を説明し,また,とりわけ関係の深い二つの講演との接点を解説する.一つは,同日の特別講演の中沢弘基氏の地球における有機分子形成に関する講演であり,もう一つは同シンポジウムでの池原健二氏のGADV仮説である.
  筆者らは,「生命の起原と進化学会」において,生物進化と人間性の成立をテーマにシンポジウムを企画してきた.第一弾は<特集:シンポジウム「生物進化と人間の特性-生成文法の研究-」>,第二弾は<特集:シンポジウム「生物進化と人間の特性(2) -新しい質の成立経緯-」> である.第1弾は2003年3月に開催した[1].テーマの副題は「生成文法の研究」で,生成文法言語学進化学との交流となった.言語学のなかでも,なぜ生成文法の分野か,ということは,余剰進化論の立場と生成文法の立場が,次に示すように似ていると思われたから,分野間の交流が望まれたのであった.すなわち,生成文法は,「すでに認められる諸言語を分析して記述する段階」ではなく,「言語そのものの本質を捉え,言語成立の歴史的必然性や,また言語能力の自由な使用についての説明原理を求めるもの」と理解できる.一方,現在の発生学は,「個々の発生現象の原因遺伝子を分析して,発現の調節機構も含めて記述するという段階」である.これに対して,余剰進化論はその段階を超えて,「個体発生が現状に到った経緯の必然性を問うもの」であり,「生命の本質を捉え,進化そのものを説明し,かつ未来を予測しようとするもの」である.「現象の本質を問い,得られた法則を未来に向けて運用することによって未来を決定していく」と捉えるところが双方に同質である.当時のシンポジウムのキーワードは従って,言語と進化とに共通に,「全体と部分」,「固定的先入観の否定」,「未来の創造」であった[2,3].会場からはこのような分野間交流の継続に賛同が表明された.

2. 第二弾の副題:「新しい質の成立経緯」と余剰進化論

  そこで第二弾として,さらに広く生物界を見渡し,とりわけ,生物に関する二つの移行における発展の具体的経緯を探ることにした.二つの移行とは,「化学状態から生命へ」,「野生動物から人間へ」の2局面である.従って,テーマの副題は率直に,「新しい質の成立経緯」とした.新しい質が形成する場合,経緯は連続であったにもかかわらず,現状では新しい質,つまり,旧来の事物とは本質的に区別できる事物が出現している(断絶・飛躍が形成されている).これは現在の現象においては見えないものが過去にあったこと,つまり,消失したものがあることを示している.「現状がなぜそのようであるのか」という,現象の必然性の理解にとっては,歴史的経緯を,すなわち,消えた過去を補って理解することが不可欠であることが現われている.この消えた過去が,生物では部分的にはDNA構造に記録されていることが,例えば,偽遺伝子の存在などに現われている.けれども,過去の経緯の全体を明らかにするには,事物を一旦固定して捉え,分析する場合に威力を発揮する論理だけでなく,変化を捉える論理をも持たなければならない.
  余剰進化論は,エネルギー観点を根底に据え,個々の具体的な生物の本質としての生命と,生物進化とを統一的に理解する.新説は棘皮動物の発生(幼生と変態)の研究から結論されたもので,ヒトデ卵に余剰が86%もあるという実験事実から分ってきた.もっと卵が大きくなった種では,幼生が退化する.個体発生の進行における形態学的観察事実から,生体のもつエネルギー余剰という前提が認識された[4,5].現在,熱力学的にも実測しているところである[6,7].詳細は他にゆずるが,余剰進化論は次を主張する.根源的な問いは,「なぜ,個体発生はそうあるのか」である[8].

■生体の本質の生命(生存すること)とは,代謝の継続である.すなわち,或るまとまりにおける分子間反応(原子の最外殻電子のやりとによる酸化還元反応)においてエネルギー収支のマイナス忌避を維持するような要素更新開放系の状態,である.エネルギー収支がマイナスであるなら生体の存在がないのである.かくして,「生存を目的とする」とも言いうる生物は,大型化生物の出現が必然である.ただし,バクテリアが未だにあり,生きた化石が認められるように,不変であり続けることもある.エネルギー収支におけるマイナス忌避とは,平たく言えば「トントン」か,「プラス」か,であって,生体のサイズについて言えば,「変わらず」か,「増大」か,ということである.
■DNAは,今でこそ全体(ゲノム)として,「生活様式において進行する個体発生という代謝型を安定的に繰返す」,という遺伝機能を担っている.しかし,DNAは化学分子であり,階層が生体とは異なる.生体は諸化学反応の総体であって,「個々の部分」と「全体」との混同は禁物である.分子間反応の遺伝法則を,生体の進化に対して適用することは出来ない.進化はあくまでも,生体の振舞いとしての現象である.「DNAは,先行する生活様式における変異を固定・保証する重要な役割を果たす」が,個々の突然変異が進化の先陣を切るのではない.個々のDNA変化の生起時に,種はすでに一定の生活様式を採用している.DNA編成変えを規定するのは生体(代謝総体)としての生活様式である.
■生物体は発祥の時点から不可避的に,反応にあずからない非必須分子(エネルギー余剰)を含み,この余剰ゆえに生物は生活様式(代謝型)を変更できる.この変更こそが進化を先導するものであって,種内のランダムな諸DNA突然変異のゲノムとしての編成変え(何を許容し,何を排除するか)を決めるのである.この余剰の存在において,生命の発祥と進化とは切り離せない.ちなみに,外界から疎水性分子によって区切られた区画ができて代謝体が成立した時に,環境も同時に成立したのである.また,生体の階層としては当初から,個体も,さらに先述の環境も含めて生態系も,原初的で貧弱ながら同時に形成された.「或る一つの生体(バクテリア様の)だけが出現した」と考えるのは不合理である.原初では反応の制御も厳密ではなく,そのような条件下では化学的確率現象として似たものが複数形成したと考えるのが合理的であろう.酵素作用も微弱で特異性の低い状況から進んだと考えられる.
■生存におけるどの現状におけるどの機能も,初めから目指されて成立が始まるのではなく,「生体に必ず付随する非必須・余剰的存在に,後から機能が成立していく」のである.生態学において認められる「前適応」の現象が,この意味で説明できる.この理解を,DNA理解にも広げることが適切に思われる.すなわち,DNAは形成の原初から遺伝情報分子としての役割をもったのではなく,むしろ,反応エネルギーの供給や蓄積に役割を発揮したと理解できる.
■生物進化は「発達・増強」と「縮小・退化」の両面を含む。退化は進化の反対概念ではなく,進化の内容である.進化の反対概念は,停滞・絶対・固定・不変など,発展の否定である.要素間の相互作用は常に連続的に起こるが,何が増強・退化するかの違いにより,高次の階層(個体・種・生態系など全一性を示す生物諸存在)において区別・特性(飛躍・断絶)が成立し,多様化が進む.この進行は,「機能が必須ではない形質を担うDNAには突然変異が蓄積でき,この非必須形質(不要)は生活様式の変化によって出現する」ことによる.とりわけ,環境の条件が大きく変わる場合(未踏地への進入時など生活様式の変化を通して)には,多くの発達域や不要域が出現する.可変の可能性の増大である.
■しばしば不用意に同じ意味で用いられる「系統発生」と「進化」とは,異なる内容である.系統発生は,現在の特定種が何に由来するかを調べる科学的営為の成果であって,正しく自然を認識すれば答えは一つである.これに対して,進化は常に,未来へ向かうものであり,生活様式の多くの可能性においてどう決定するかであって,ここに偶然条件の入る余地がある.しかし,偶然は一定範囲内における自由度であって,何にでも無制限に変化できる,というものではない.いわば,大枠の必然とその範囲内の小枠の偶然と捉えるのが合理的である.すなわち,この二つの用語は,部分と全体との違いであり,扱う時間軸の方向が逆であり,可能性が一と多であり,まさに,反対ともいえる相違がある.この混同(起こったことと,起こることに関する混同)は大変,広範に認められるので注意が大事である.
■人間も生物であるから,代謝におけるエネルギー収支をマイナス忌避に維持する進化の法則を受け継ぐ.ただしそれに上乗せして,社会において自らを意識でき,「野生生物における増強と退化」を超えて,「目的を定めての維持と訣別」を自覚的に決定する能力も獲得している.変革を自覚的に進められる,ということである.先述した第二弾のシンポジウムで言及の二つの移行のうち,後代の移行である.

  以上,余剰進化論が主張する内容を簡略に述べた.従来の進化の通説(ネオ・ダーウィニズムを柱とする進化の総合説)には,「進化は偶然の産物で,人間が生まれたのは偶然で,この由来を考えてもしようがない」という含意がある.進化論の根底にこの誤りのあることが,どれほど社会変革に阻害的に貢献するか,また,逆に現状維持にとって援用され,重用される論理であるか.一刻も早く,余剰進化論が人々の知るところとなることが不可欠である.
  誤解を避けるために添える.筆者らの余剰進化論への到達は,通説を否定するところから始まったのではなく,個体発生における三胚葉体制の成立機構の研究途上,そこに現われている顕著な現象に「道草をした」ことから始まっている.したがって,生物界に弁証法を見出した,といえるのであって,逆ではない.このこと,つまり,<「通説変革の意図」が先行してデータの作成を歪めているのではない>こと,が大変嬉しいのである.

3. 二つの移行:生命の起原と人間の特性成立

  上述のように余剰進化論からは,生物に関する二つの新しい質への発展の移行が鮮明に浮かび上がる.すなわち,1)化学状態から生命成立へ,2)また野生動物から人間性の成立へ,である.移行に際して,何がいっそう発展したか,消えたものは何か,を可能な限り,偶然も含めて明らかにすることが進化学(歴史科学)の課題であろう.そこで,第二弾のシンポジウム(2007)では,次の講演を頂いた[9].敬称略にて以下に示す.
1)生命の起原と遺伝暗号の成立-単純な暗号から複雑な暗号へ····· 池原健二
2)脳における感覚の統合····· 外池光雄
3)個体発達の進化を通じてヒトは言語を獲得した―身体,物,母子のかかわり····· 竹下秀子
4)錯視と視覚の進化についての試論····· 小寺春人
5)認識はどのように能動的かつ論理的対象把握に向かったか ―自・他動詞および完了をめぐって―····· 伊藤敬
6)変化を伴う由来 -生成文法による言語の普遍と多様の解読 ·····藤田耕司

  まず,「生命成立」において,遺伝(代謝の安定的繰返し)を目指した遺伝子起源は考えらない.これでは「創造説」に逆戻りである.この「生命の起原,遺伝暗号成立経緯」を池原は,配列以前に組成の近似性という段階があったことを合理的に,また実証的に考察した[10].次に,「人間性の成立」については,現在の人間の複雑な能力ゆえ,多くの解明すべき局面がある.外池は,生物個体の統合的活動を可能とする神経機能,とくに人間の脳機能において,各種の知覚の統合がどのように進行し,高次の意識成立へとつながるかを考察し,共感覚という興味深い現象との関係が示唆された[11,12].竹下は,人間幼児の言語獲得過程について,とくに身体,物,母子のかかわりを考察した.小寺は,人間心理,人類的錯覚の実験的研究から人間の感覚受容における能動性を解説し,伊藤は文法に現われる思考・意識の成立経緯や特性と,言語能力との関係について考察した.藤田は,生成文法の立場から,人類に普遍的な言語というものの起源・進化を探り,また独自に,言語現象自体を進化現象として考察した.聴衆からは,第一弾にもまして興味深いシンポジウムであったとの感想が与えられた.
 

4. 余剰進化論と池原・中沢講演との整合性

  池原による生命の起原と遺伝暗号成立に関する考えは,余剰進化論とどのように近いか.まず,「生命の起原,遺伝暗号成立,生体,という生物の重要な特性の総ての認識がなされるに到った」という点が挙げられる[9].そうして,現在の,すでにDNA構造が複雑化した状態が突如として出現したのではなく,単純から複雑へと変遷して来たと理解する点である.また,その変遷の経緯は,まず原初には,単純なアミノ酸の重合体としての,「組成が似た単純なタンパク質が繰返し形成する」,というものである.この繰返しは,アミノ酸配列に関して厳密に同じ配列を意味せず,「タンパク質総じてのアミノ酸組成」において類似したタンパク質が核酸なしに形成される,という意味で,これを0(ゼロ)次構造の類似,と呼んでいる.分子形成が外部エネルギーを利用して確率的に形成される場合,確率的に形成されるであろう単純なアミノ酸から,次第に複雑なアミノ酸へと形成が進むと考えられている.然る後に,酵素作用も発達して核酸も合成され,核酸塩基配列に意味(遺伝機能)が成立する,という順である.
  余剰進化論は,特定種(棘皮動物)の個体発生の実験的研究から結論されたのであるが,「生体が必ず余剰(非必須域.すなわち,発達域と退化域)を含むものである」との認識は,翻って普遍的事実として認められ,この認識と同時に,生命の発祥に視野が届かざるを得なかったのである.繰返すが,生体の生存とは,「生体の要素である分子がエネルギー収支を伴って反応を継続すること,その反応が生体内のそこここで継続する要素更新の開放系の維持という定常状態」である.「その状態が積極的に持続する(江上不二夫によれば,「エネルギー消費を伴って,の意味)」[13],ということが「生存」であって,生存(存続)であるからには「エネルギー収支をマイナス忌避に保つ」ことが強制(前提)されている.(生存する生体とはどの階層も,すなわち,個体も種も生態系も含められる。)このエネルギー観点を根底に据える意味で,古代の素朴な生気論とは異なり,「生物は生存自体が目的である」と捉えることができる.このような,生体(池原は,生命システムと呼んでいる)の成立は,突然に化学的混沌から出現するのではなく,前提となる分子(有機分子)が存在しなければならない.世にいう,化学進化の進行である.原初は,酵素作用も微弱な条件下で特異性も小であったであろう.タンパク質も核酸も,線状分子であることは,この原初の酵素反応の特性を引きずっている可能性も考えられる.余剰進化論では,発展の経緯そのものは連続的に起こり続けても,不要なものが消えることにより,高次の存在に飛躍が形成されると捉える.池原の考察も,漸次,発展が進行することで複雑化すると考える点にも共通性がある.

  中沢の有機物形成と余剰進化論との近さは何であるか[14].まず,分子間の反応が,生体以前から受継がれること,つまり,生存の契機(不可欠な要素)が代謝である,と捉える点がもちろん共通である.情報分子が,代謝体に先んじて形成されるとは考えがたい.また,大きな分子の形成に関して,地殻における粘土鉱物などの作用が考えられている.この,タンパク質酵素によらない酵素作用も,あたかも,衣服を縫製する場合のしつけ糸のように,また,幾何の証明問題における補助線のように,出来上がれば消える働きが,事物の進行の途上で役割を果たす,という喩えにも似て,事物の直線的でない進行を認める点,共通である.何よりも,化学進化といっても,生体に必要な分子が少しずつ過不足なく蓄積が進むと考えるのは不合理である.生命に組みこまれなかった分子も,また,無機・有機を含めて多量の分子の形成がまず先行し(余剰の蓄積の先行),初めて,複雑分子の形成が確率的に起こりうる.この点,定量的に実証をともなう中沢による「有機分子のビッグ・バン」仮説は,生物における機能以前に単なる存在が先行すると捉える余剰進化論と共通である.蓄積とその消費(何に使われるかは可能性が開いている)がジグザグに進行する物事の共通性である.有機分子ビッグ・バン説は,地球史上の特殊な条件・時期(海形成後,および,炭素系隕石衝突の2次的高頻度時代)など,決して元から必然ではない条件を解明するものとして,非常に合理的で,解説を聞くにつけ心躍る思いである[14].

5. おわりに

  以上のように,池原,中沢の仮説と,余剰進化論の仮説には,その三者の根底に,熱力学法則の必然が通底している.各々の仮説が生物理解を深める上で,いっそうの発展をとげ,確固としたものに発展することを無類の楽しみとする.余剰進化論の解説に関しては,実験的根拠の提示を始めとして,通説や他の進化論との比較や批判など,紙面を改めて詳述したい.

引用文献

1. 白井浩子編, 生物進化と人間の特性-生成文法の研究-, Viva Origino 31, 79-140 (2003).
2. 白井浩子, 特集:生物進化と人間の特性-生成文法の研究-:を企画して, Viva Origino, 31, 79-85 (2003).
3. Shirai, H. Understanding of evolution: the law of biological energy balance, Viva Origino, 31, 132-140 (2003).
4. 白井浩子, 生物における蓄積と相互作用―新しい進化観をめぐって―, 関西唯物論研究会編, 唯物論と現代 28(文理閣, 京都), 29-44(2001).
5. 白井浩子, 安定的遺伝と発展的進化―生物における飛躍の形成―, 関西唯物論研究会編,唯物論と現代37(文理閣,京都), 63-78 (2006).
6. 長野八久, 装置の整備 2.生物熱測定を目的とした熱量計の整備, 阪大化学熱学レポート, 大阪大学大学院理学研究科 分子熱力学研究センター No.25, 28-29 (2004). (http://www.chem.sci.osaka-u.ac.jp/lab/micro/report/rcmt/2004/index.html.ja)
7. 白井浩子, 長野八久, 研究紹介 11.生存競争は生物進化の原動力足りうるか?, 阪大化学熱学レポート, 大阪大学大学院理学研究科 分子熱力学研究センター No. 25, 50-51 (2004). (http://www.chem.sci.osaka-u.ac.jp/lab/micro/report/rcmt/2004/index.html.ja)
8. Shirai, H. How the present is? and why the present has come?, pp. 181-199, in Kozai, Y., Kawashima, S., Tominaga, T., Hisatome, T. and Saruhashi, K. Eds., My Life Twenty Japanese Women Scientists, Uchidarokakuho, Tokyo, 2001. (和訳:白井浩子, 現状がどうかとなぜその現状か, pp. 181-199, マイライフ 20人の日本の女性科学者(古在由秀, 川島誠一郎, 富永健, 久留都茂子, 猿橋勝子編集), 内田老鶴舗, 東京, 2001.
9. 白井浩子編, 生物進化と人間の特性 (2) 新しい質の成立経緯, Viva Origino, 35, 104-147 (2007).
10. 池原健二, GADV仮説 生命起源を問い直す, 学術選書10, 京都大学出版会, 京都, 2006.
11. A. R. ルリヤ, 偉大な記憶力の物語―ある記憶術者の精神生活―, 天野清訳, 文一総合出版, 東京, 1983.
12. R. E. シトーウィック, 共感覚者の驚くべき日常:形を味わう人:色を聴く人, 山下篤子訳, 草思社, 東京, 2002.
13. 江上不二夫, 生命を探る(第二版), 岩波新書112, 東京, 1980.
14. 中沢弘基, 生命の起源:地球が書いたシナリオ, 新日本出版社, 東京, 2006.

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