Role of Radiation on chemical evolution at the universe

Kazumichi Nakagawa
Graduate School of Human Development and Environment, Kobe University 3-11 Tsurukabuto, Nada-ku, Kobe 657-8501, Japan
E-mail: n a k a g a w a @ k o b e - u . a c . j p
(Received September 13, 2009; Accepted September 16, 2009)


宇宙での化学進化における放射線・紫外線の役割

中川和道
神戸大学 大学院 発達環境科学研究科
〒657-8501 神戸市灘区鶴甲3-11

Abstract

     Radiation might play an important role during chemical evolution in space. We discuss here the role of circularly polarized vacuum ultraviolet radiation to prepare the enantiomeric enrichment of amino acids.

(Keywords)

Amino acid, chemical evolution, radiation, ultraviolet radiation, circularly polarized soft X-ray, enantiomeric enrichment

1. はじめに

  地球の生命の起源を考えるとき,生命体をつくる材料である有機物が宇宙から運ばれたのか地球で生成されたのかあるいは両方が(どの程度)寄与したのか,現状ではまだ定かではない.現在までに我々が得た手がかりとして,隕石の加水分解生成物からアミノ酸が発見されたこと[1]は宇宙においても生体分子が生成した可能性を示し,近年それらのアミノ酸に見出されたエナンチオ過剰[2]は宇宙においてもカイラリティーの始まりの引き金が引かれたこと,すなわち不斉反応が宇宙で起きたことを示唆する.不斉反応の誘因となる紫外線領域の円偏光は地球上では存在しないので,我々は,宇宙で生成したアミノ酸が地球にたどりつくまでの間で不斉反応を起こしてわずかな偏りを獲得し,地球にたどりついたあとで大きな偏りを実現していくうえでの「偏りのタネ」となり,地球由来の有機物や宇宙由来の有機物と反応して化学進化が進行したと考えている.
  ここでは放射線・紫外線が宇宙での化学進化において果たした役割を以下の諸点から検討する.

2. 宇宙における化学進化の条件

  宇宙環境の特徴として,高真空,低温,高放射線場,などがあげられる.まず低温についてふれると,宇宙の背景輻射のスペクトルは2.7 Kの黒体輻射に相当するから,星間塵の表面の温度は2.7 K付近であると考えて化学進化のシナリオを検討するのが通例であろう.だが,宇宙の特徴はまた際立った不均一さにあり,温度についても例外ではない.恒星の周辺の天体表面ではある程度の温度となることが知られている.例えば,太陽はプランク放射機構によって3.8X1026 J/sのフラックスで電磁波を放出しており,各天体はこの電磁波の放射をエネルギー流入成分とし,一方プランク放射機構による赤外線放出によってエネルギーを発散する.各天体の表面温度は両者による平衡によって決まるという仮定のもとに太陽系の各天体の表面温度の理論値を計算する[3]と,大気がない場合でも地球255 K,火星250 K,木星135 K,海王星38 Kとなって背景輻射の温度2.7 Kよりもかなり高く,大気による温室効果を考慮するとさらに高くなる.分子の電子状態を励起し化学反応を起こして化学進化につながる可能性をもつ紫外線領域の光について考えると,太陽からある程度の紫外線フラックスが期待できる領域では同時に可視光や赤外線もやってくるので,温度はさほど低くはないと仮定しても大きな間違いにはならないと考えられる.
  宇宙における化学進化のエネルギー源は何であろうか?温度が高いところでは熱が化学反応のエネルギーとなるが,温度が低い場所では水素原子のトンネル反応などによって駆動される反応が主体となるであろう.上述のように太陽系の各天体の表面温度はトンネル反応が主体となるよりは高い値となる.土星の衛星タイタンの平均表面温度は94 K大気圧は1.6気圧であり,大気の2%を占めるメタン(融点90 K,沸点111 K)が液体で存在し,気化し,流動し,雨として降下していると考えられている.我々は水を溶媒とする化学反応については相当の知識を蓄積してきたが,メタンのような非水溶媒の化学の知識はまだ乏しく,今後に残る課題のひとつである.
  宇宙における化学進化のエネルギー源のひとつに放射線があげられる.放射線とは狭義には物質を電離し得る電離放射線を意味し,電磁波と粒子線に分けて議論されることが多いが,ここでは電磁波(光)のうち,電離は起こさないが化学反応を起こし得る紫外線なども(広義の)電磁放射線に含めて考える.電磁放射線の化学作用はその波長領域により光化学と放射線化学に分けられるが,両者とも熱化学反応よりも高いポテンシャル障壁を一気に越えて化学反応を起こすことが可能であるという特徴をもつ.光化学反応は化学反応に寄与する電子状態に共鳴励起を行うことによって引き起こされる.反応の収量は吸収光子数に比例し,この比例定数を光化学反応の光量子収率と呼び,単位は(反応イベントの数/1吸収光子)で表す.一方,放射線化学反応では共鳴励起は起きず光電効果などによって生じた一次電子とそれによって生じた二次電子による反応が主体となるので,反応の収量は吸収された放射線(例えばX線,γ線)の光子数のみならずそのエネルギーにも比例するという特徴をもつ.そこで放射線化学では反応の収率を100 eVのエネルギー吸収あたりで数えてこれをG値と呼び,G値=(反応イベントの数/吸収エネルギー100 eV)で表す.宇宙環境で化学進化のエネルギー源は紫外線からガンマ線にわたるので,その反応の収率を表すのに紫外線に対しては光量子効率を,X線やγ線に対してはG値で表すのが本来であろうが,中間のエネルギー域に属する真空紫外線や軟X線では両者が混在して使われている.本稿では,波長400n m~200 nm(光子エネルギー約 3~6 eV)を紫外線,6 nm~200 nm(同じく6~200 eV)を真空紫外線,0.4 nm~6 nm(同じく200~3000 eV)を軟X線,0.4 nm以下(同じく3000 eV以上)をX線あるいは硬X線と呼ぶ.
  宇宙では,粒子放射線もエネルギー源として大きな寄与をする.恒星の代表として太陽を例にとると,太陽からの物質放出は109 kg/sでありその大部分は陽子p+ である.図1に太陽から放出される陽子のフラックスを大きなフレアが起きた時について示す[4].静止軌道(高度約36,000km)上における10 MeV以上の陽子のフラックスは通常約0.2個/(cm2 s sr)であるが,太陽フレアの大型の場合には103~104 個/(cm2 s sr)のレベルが数時間,それより低い期間が数日続くこともある.1972年8月や1989年10月に太陽高エネルギー粒子現象が発生したとき,静止軌道での陽子線フルエンスをもとに磁気圏外を飛行する宇宙飛行士(例:月面,火星)の被ばく量を予測した結果,船外活動をしている宇宙飛行士は被曝死する可能性があること,船内でも特に放射線を遮へいするように設計された場所にいない限り,現在の宇宙飛行士の被ばく許容量を超えてしまうことが予測されている[5].宇宙放射線環境における被曝をどう低減するかという観点から,太陽粒子放射線は大きな問題となっている[6].粒子線のもうひとつの成分は太陽系の外部から地球に降り注ぐ銀河宇宙線である.図2にその全成分のエネルギースペクトル[7]を,図3に成分別のスペクトル[8]を示す.図2に示されている1020 eVというエネルギーはサーブのさいテニスボールがもつ運動エネルギーに匹敵するものであり,銀河宇宙線のエネルギーの大きさを如実に示すものである.図3からは,太陽活動が活発な時にはその磁場の影響のために銀河宇宙線の低エネルギー成分が地球に届きにくくなるものの,高エネルギー成分はほとんど影響を受けずに地球に到達することが読み取れる.





Fig. 1. Proton spectra at large scale solar flares observed on February 23, 1956 and August 4, 1972 (Revised from [4]).





Fig. 2. Integrated spectra of galactic cosmic ray (Revised from [7]).





Fig. 3. Energy distribution of proton, helium, carbon and oxygen, and iron in galactic cosmic ray. Solid lines: at solar minimum, broken lines: at solar maximum (Revised from [8]).

  宇宙環境での電磁波の発生機構は,太陽など恒星の発光原理としてなじみの深いプランク放射と,中性子星に代表される強磁場の磁力線に巻きついて運動する高速荷電粒子によるシンクロトロン放射,原子の発光スペクトルの3つがある.プランク放射の代表として図4に地球大気圏外で人工衛星によって測定された太陽からの光強度スペクトル[9]を示す.国際宇宙ステーション(ISS)におけるスペクトルはこれにだいたい相当する.このデータには波長110 nm以上の測定結果が示されている.アミノ酸の化学反応に寄与する120 nm~190 nmの積分光強度を図から求めると3.1x1012 光子cm-2s-1となる.図5はX線天文衛星Chandraが観測した,かに星雲のX線放射スペクトル[10]である.X線発生の主要な機構はシンクロトロン放射によるものと考えられている.図から振動数1016 ~1018 Hzすなわち光子エネルギー11~1100 eV付近の電磁波が強く放射されていることが分かる.
  地球表面と大気圏外の放射線量について再び述べる.放射線の遮へいは物質の質量によって決まる場合が大きいので約1 kg cm-2 という地球大気の厚さを密度ρ=11.3 g cm-3 の鉛の厚さに換算すると91cmにもなる.アポロ11号の機体が13mm程度のアルミニウムで作られた[8]ことを考えると地球大気の役割の大きさがよく分かる.事実,宇宙線による放射線量は地上では0.29 mSv/yであるが,磁気圏外(例えば月面上)では太陽フレアが起きた時の高エネルギー粒子線による1回被曝線量は5 Svにも達し,これは人間のLD3050(30日以内に50%の人が死亡する線量)の値4 Svよりも大きい[8].地上の一般公衆の基準線量5 mSv,地上の放射線作業従事者の基準線量が50 mSv,NASA宇宙飛行士の基準線量500 mSvなどの値と比較すると宇宙放射線環境は人間にとってまさしく致死的であることがわかる.このバイオレントな宇宙放射線環境を克服できるかどうかが人類の火星旅行の大きな問題点のひとつとされている.
  放射線化学反応の研究に用いられる放射線量は,人間の基準線量(放射線作業者に対し50 mSv/y)に比して極めて大きい.例えば,我々のグループの研究で光子エネルギー860eVの軟X線をグリシン蒸着膜に照射してGly+Gly+hν → GlyGlyの化学進化の研究を行ったさい,半径10mm厚さ1μmのグリシン蒸着膜に860eVの軟X線光子を1.6x1015光子吸収させた[11].これをエネルギーに換算して蒸着膜の体積3.3 x 10-3mm3とグリシン固体の密度1.60 gcm-3からGy単位で吸収線量を求めると1.53x107 Gyとなり,X線に対する線質係数1を用いて線量当量に換算すると1.53x107 Svという極めて大きな値となる.このことは,生命の起源に先立つ化学進化の時期には大量の宇宙放射線は大きな味方であったが,生命の起源から長い時間を経て高度な生命機構の確立を成し遂げた現在にあっては,その維持という観点から,放射線は今や大きな敵として位置付けられるようになったことを示すものである.




Fig. 4. Intensity spectrum of electromagnetic wave at outside of the earth (Revised from [9]).





Fig. 5. Integrated spectra of electromagnetic wave emitted from the Crab nebla (Revised from [10]).

3. 放射線誘起化学進化:中川グループの例

3. 1. 化学進化のシナリオ
  この論文の冒頭に述べたように,隕石の加水分解生成物からアミノ酸が発見されたこと[1]は,宇宙においても生体分子が生成した可能性を示し,近年それらのアミノ酸に見出されたエナンチオ過剰[2]は宇宙においてもカイラリティーの始まりの引き金が引かれたこと,すなわち不斉反応が宇宙で起きたことを示唆するものと我々は考えた.以下,我々が描くシナリオを図6をもとに説明する.図には不斉反応の引き金として宇宙における円偏光を概念的に示した.不斉反応の誘因となる紫外線領域の円偏光は地球上では存在しないので,我々は,宇宙で生成したアミノ酸が地球にたどりつくまでの輸送過程で不斉反応を起こしてわずかな偏りを獲得し,地球にたどりついたあとで大きな偏りを獲得するうえでの「偏りのタネ」となり,地球由来の有機物や宇宙由来の有機物と反応して化学進化が進行し,その過程でカイラリティーが極度に増幅されてアミノ酸のホモカイラリティーが確立したというシナリオを考えている.このあとに続く化学進化はアミノ酸重合によって原始的なエネルギー代謝系と原始的な遺伝暗号系がつくられていくアミノ酸ワールド仮説へと向かうのであろう.そのあとRNAが成立するとアミノ酸・RNAワールド仮説の世界に発展していくものと思われる.




Fig. 6. A scenario of delivery of amino acid molecules with enantiomeric excess.

3. 2. 研究課題の設定:アミノ酸の発展
  上に述べたシナリオにおいて我々が研究すべきことは,(1)円偏光照射によってラセミ体アミノ酸にカイラリティーの偏りが実際に導入されるかどうかの検討,(2)導入されたカイラリティーが解消されないかどうかの検討である.さらに考察すると,隕石から検出されたアミノ酸はペプチド結合したものの方が多いが,単体である遊離アミノ酸も検出されたとの報告がある. (1)の課題において,アミノ酸は多量体よりも単量体である方がカイラルな偏りの導入には有利であると思われる.したがって隕石などに存在すると信じられている複雑有機化合物が宇宙紫外線や放射線によって分解してアミノ酸単量体が形成され,それらに円偏光紫外線が作用してカイラリティーの偏りが導入されるものと考えられる.さらに,偏りを得たアミノ酸単量体は脱水縮合反応を繰り返して大きなサイズを獲得していく必要がある.
  以上を総合すると,(1)アミノ酸単量体の円二色性スペクトル(CD(λ),左円偏光吸収係数μL(λ)と右円偏光吸収係数μR(λ)の差;CD(λ)¬ = μL(λ) - μR(λ))を入射光波長λの関数として測定し,異方性因子(CD(λ)¬/2(μL(λ) + μR(λ)))が最大となる波長を調べる,(2)偏りを[得たアミノ酸単量体のラセミ化因子(非偏光真空紫外線照射,熱作用など)に対する耐性を調べる(これを我々はカイラル安定性の検討と呼んでいる),(3)アミノ酸単量体が重合因子(非偏光真空紫外線照射,熱作用など)によって重合する化学進化の効率を調べる,という研究課題を遂行することが必要である.
  以下,我々のグループが行ってきた(1)アミノ酸単量体の円二色性スペクトル測定,(2)アミノ酸単量体のカイラル安定性の実験,および(3) アミノ酸単量体が非偏光真空紫外線照射によって重合する化学進化の効率の決定実験,について報告する.
3. 3. アミノ酸単量体の円二色性スペクトル測定
  アミノ酸の円二色性スペクトルを論じる前にアミノ酸の吸収スペクトルを概観する.図7はアミノ酸蒸着膜の波長範囲30~250nmの吸収スペクトル[12]を,図8は光子エネルギー範囲3~250 eVの吸収スペクトル[12]を示す.ここにσ は吸収断面積をあらわす(1 Mb=10-18 cm2).図から,アミノ酸の吸収スペクトルの主要部分は波長200 nmの真空紫外域にあり,C-C,C-H,C-N,N-H,C-O,C=Oなどアミノ酸の分子構造の主要な化学結合の励起に相当する17 eV(波長70 nm)付近に吸収極大が現れることなどが分かる.図7,図8のフェニルアラニンの200 nm(6 eV)の吸収ピークはベンゼン環の寄与を表し,図8のメチオニンの190 eVの吸収ピークはイオウ原子のL殻電子の遷移に対応している.
  アラニン蒸着膜の吸収スペクトル,円二色性スペクトルの実測値と計算値を図9に示す[13].円二色性の大きさをエネルギー積分するとゼロになるという総和則の要請により,図9からも分かるように円二色性スペクトルは波長により正,負の符号をとる.このことは,不斉反応を起こすには円偏光の左右の向きを波長によって変えなければならないこと,あるいは特定の波長域のみがフィルターによって選択されねばならないことを意味する.宇宙においては分子雲などがこのフィルターの役割を担うことが期待される.近年,シンクロトロン放射を用いてアミノ酸の円二色性スペクトルが盛んに測定されるようになり[14],カイラリティーに関する理解の基礎データとして期待されている.
  円偏光照射によって不斉反応を起こしてカイラリティーの偏りを導入する実証実験が我々のグループ[15]およびMierhenrichら[16]によってロイシン蒸着膜を用いて行われた.実際に我々の実験[15]では産業技術総合研究所シンクロトロン放射施設NIJI-2から発生した波長180 nmの円偏光をロイシン蒸着膜に照射して初期分子数の60%まで分解反応を進行させたところ,約1.5%のエナンチオ過剰率が観測された.この値はKaganの式から予測される0.9%に近い値であり不斉反応の実証実験に成功したものと我々は結論した.
  真空紫外光よりも反応性が高い軟X線領域の円二色性スペクトルの測定が我々のグループによってSPring-8においてなされている.図10にセリン蒸着膜,図11にアラニン蒸着膜の軟X線円二色性(SXNCD)スペクトルのうち,酸素1s →π*遷移を拡大して示す[17].図10,11には,理論計算の結果[18, 19]も示す.セリンは531.5 eVに正の小さなピークが532.5eVに負の大きなピークを示し,アラニンは532.9 eVに負の大きなピークを示す.531.5 eVと532.5eVとで円偏光の向きが反転した照射が自然条件で行われるのは難しく,さらにアラニンの円二色性はセリンよりも大きいので,アラニンの方がセリンよりも不斉反応が起こりやすいと予測されよう.軟X線領域での不斉反応の実証実験を我々は実施する予定である.




Fig. 7. Vacuum ultraviolet absorption spectra of amino acids (Revised from [12]).





Fig. 8. Absorption spectra of amino acids in the energy region of vacuum ultraviolet and soft X-ray (Revised from [12]).





Fig. 9. (a)Experimental data of absorption spectrum and circular dichroism spectrum of evaporated film of alanine. (b)Calculated circular dichroism spectrum of alanine (Revised from [13]).





Fig. 10. Experimental [17] and calcuklated [18] results of absorption and circular dichroism spectra of evaporated film of seline (Revised from [17]).





Fig. 11. Experimental [17] and calcuklated [19] results of absorption and circular dichroism spectra of evaporated film of alanine (Revised from [17]) .

3. 4. アミノ酸単量体のカイラル安定性の実験的検討
  隕石の加水分解生成物から抽出されたアミノ酸にエナンチオ過剰が見出されたこと[2]は不斉反応が宇宙で起きたことを示唆するものであり,獲得された偏りが,隕石が地球まで輸送される間に消失しなかったことを意味する.宇宙には真空紫外線,陽子などの宇宙線,熱など各種のラセミ化因子が存在するので,これらのラセミ化因子の作用に対抗してアミノ酸のカイラリティーがどの程度保存され得るかを調べることは重要である.我々はこの安定性を「カイラル安定性」と呼び,新しいコンセプトとしてその正当性を吟味しているところである[20].
  ここでは,泉によってなされたアスパラギン酸(Asp)のカイラル安定性の実験[21]を紹介する.泉は,固相Aspが紫外線による光分解の結果,アラニン(Ala)とβアラニン(β-Ala)を生じる反応に着目し,L-AspからはL-Alaしか生じないのかD-Alaも生じるのかを調べた.L-AspからL-Alaしか生じなければAspというやや大きなアミノ酸からAlaという小さなアミノ酸に分解されたとはいえ,カイラリティーは保持できたことになり,ホモカイラリティー獲得という化学進化の目標からすれば重要な性質の保持に成功したことになる.L-Asp蒸着膜に波長146 nmの非偏光真空紫外線を照射したところ, L-Aspが分解し, L-AspからはL-Alaとβ-Alaが生成し,D-Ala,グリシン(Gly)が生成されないことが分かった.L-Aspの分解分子数を吸収光子数の関数として調べた結果を図12に,L-Alaとβ-Alaの生成分子数を吸収光子数の関数として調べた結果を図13に示す.
  L-Ala固相に172nmの非偏光真空紫外線を照射した場合には,Aspの場合とは対照的に,L-Ala-L-Ala2量体の他にL-D2量体,D-L2量体も生成し,L-Ala固相おける重合反応ではカイラリティーが保存されないことが分かった.我々はバリン固相についても同様の実験を行っており[22],その再現性確認実験の結果を待っているところである.





Fig. 12. Number of decomposed L-aspartic acid molecules by 146 nm VUV irradiation (Revised from [21]).





Fig. 13. Number of produced L-alanine and β-alanine molecules by 146 nm VUV irradiation (Revised from [21]).

3. 5. アミノ酸単量体が非偏光真空紫外線照射によって重合する化学進化の効率の決定実験
  グリシン固相に軟X線を照射してグリシン2量体を生成させた実験[11]を紹介する.実験はSPring-8 ビームラインBL23SUで行った.グリシン蒸着膜に光子エネルギー860 eVの軟X線を照射し,生じたペプチド結合の窒素K殻吸収スペクトルを測定した.結果を図14に示す.
  図において照射時間を0分から240分まで増加させると402 eVに小さなピークが成長していくのが分かる.これはペプチド結合の窒素の化学的環境がアミノ酸のα炭素に結合した窒素の化学的環境が異なるために生じたK殻吸収帯のエネルギーのシフトであり,「化学シフト」として知られている.402eVピークの面積を照射時間あるいは吸収光子数の関数としてプロットすると直線的な増加が認められ,その傾きの値から,光子エネルギー860 eVの軟X線照射による2量体生成の量子効率は0.035と決定された.



Fig. 14. X-ray absorption spectra of glycine films irradiated with 860 eV soft X-rays (Revised from [11]).

4. まとめ

 宇宙における化学進化のエネルギー源として,真空紫外線,放射線の役割を検討した.真空紫外線には円偏光があり得るので,これによってカイラリティーの偏りが導入される可能性がある.非偏光真空紫外線,放射線,熱などによって,獲得されたカイラリティーの偏りがどの程度破壊される(ラセミ化する)かを,詳しく調べていく必要がある.

5. 謝辞

 円二色性スペクトルの測定では,原子力研究開発機構 安居院あかね博士,産業技術総合研究所 田中真人博士,高輝度光科学研究センター 室 隆桂之博士にとくにお世話になりました.ここに感謝いたします.吸収スペクトル測定,反応性の研究については,中川研究室の歴代の大学院生たち,とくに田中真人博士,金子房恵博士,児玉洋子氏,蒲原真澄氏,松井貴弘氏,現役の大学院生たち,泉雄大君,今津亜季子さん,三本晶さん,田邊真依子さんに感謝いたします. 本研究の一部は,分子科学研究所UVSOR共同研究 13-860,14-855,15-545,18-515,18-514,SPring-8共同利用(課題番号 2007B1498,2008A1307)によってなされました.

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