LANGUAGE ACQUISITION THROUGH THE MODIFICATION OF ONTOGENY: BODIES, OBJECTS AND MOTHER-INFANT INTERACTION

Hideko Takeshita

School of Human Cultures, The University of Shiga Prefecture

Hassakacho 2500, Hikone, Shiga 522-8533, Japan

(Received August 10, 2007; Accepted December 16, 2007) 7, 2007)

(Abstract)

   Recent studies have revealed that both spontaneous smiling and neonatal imitation that have been considered unique human behaviors are also seen in macaques and chimpanzees. In humans, these neonatal facial expressions could contribute to the development of mother-infant interactions. A human mother enjoys interacting with her infant and would be encouraged to pay considerably more attention on him/her. In non-human primates, such dyadic mother-infant interactions have hardly been reported. Chimpanzees, however, exhibit mutual gaze and exchange play faces (social smiling); further, such face-to-face mother-infant interactions increase from the first month of birth to the second month. Dyadic mother-infant interactions, which develop from an early age, might play a role in promoting object manipulation in human infants, because a mother shows her infant objects to attract his/her attention or have him/her hold objects to play with. Such active sharing of attention by mothers with infants precedes the emergence of behaviors of combinatorial object manipulation in infants, such as inserting an object into a bowl or stacking a block on another one; this might cultivate infants’ behaviors of presenting their mothers with objects or giving them objects. Homologous action structures comprise behaviors of combinatorial object manipulation, presenting objects, pointing toward objects, and word utterances. I argue that these structures originally generated from mother-infant interactions through the heterochronic modification of ontogeny over the course of hominization.

(Keywords)

mother-infant interaction, face-to-face communication, chimpanzees, combinatorial object manipulation, speech, heterochrony

個体発達の進化を通じてヒトは言語を獲得した―身体,物,母子のかかわり―

竹下秀子

滋賀県立大学人間文化学部
hideko@shc.usp.ac.jp

1. はじめに

   霊長類を他の哺乳類と比較したとき,樹上生活である,手や足で物をつかむ機能が発達している,といった生態や形態,行動の特徴にくわえて,「発育の遅滞」が重要である.平均的な妊娠期間は,同程度の身体の大きさをした他の哺乳類よりも長く,出生後もゆっくりと成熟し,寿命が長い.しかし,同じ霊長類であっても,形態や行動は,系統関係や生態環境の条件が絡み合って多様に変化する.他方,発育の遅速ということに着目すれば,旧世界ザルに分類されるオナガザルやコロブスが霊長類の中では発育促進の傾向があるのに対し,ヒトもその一員であるホミノイドに分類されるテナガザルや大型類人猿(チンパンジー,ボノボ,ゴリラ,オランウータン)は発育遅滞の傾向が大きい(Fig. 1).ヒトは,テナガザル,大型類人猿の順に大きくなった発育遅滞の傾向を,さらに拡張して受け継いだ.


Fig. 1. Phylogeny of primates

2. 行動発達の類似とずれ

2. 2. しがみつき-抱き
   現生の霊長類は,真猿(メガネザル以外の直鼻猿類:Haplorhini, Fig. 1)の場合,母親はその子を自分の腹側にしがみつかせて抱いて育てるのが一般的である.原猿(曲鼻猿類:Strepsirrhiniとメガネザル)のなかには,新生児を巣に隠して採食のときはその場を離れる種もある.やや成長すると口でくわえて移動し,自分の採食中は樹にしがみつかせたりする.「しがみつき-抱き」の育児をする原猿は,母親の身体はどちらかといえば大型であり,離乳や初産が遅い.さらに,運搬の負担との関係かもしれない,遊動域がやや狭い傾向がある[1].

2. 2. 姿勢反応
   当然ながら,子の運動機能の自立とともに,母親による抱き支えの度合いも減少していく.出生後の運動発達過程の共通性を,歯牙年齢と同じように,姿勢反応の発達段階という種間に共通の一元的な指標によって示すことができる.
   姿勢反応とは,身体を傾けたり,いろいろな格好に抱き上げたりなど,急激な姿勢変化を与えたときに,不安定な姿勢から脱けだそうとして生じる身体全体の動きのことである.ヒトの場合,生まれてすぐから直立二足で立って歩きだすまで規則的に変化する.そして,その過程は一般的に,ヒトのどの赤ちゃんにも共通している.したがって,運動障害や発達の遅れがないかどうかを診断するとき,姿勢反応が大きな手がかりとなる[2].
   ヒトのほか,ホミノイド,旧世界ザル,新世界ザルに属する霊長類を対象として,11タイプの姿勢変化を用いて調べてみると,これらの種でも姿勢反応が誘発され,反応は規則的で段階的に変化する.しかも,ヒトとも共通した,次の4つの発達段階を区分することができる[3,4].(1)第1段階(前肢・後肢屈曲)前肢・後肢が屈曲していて,身体を支えるような反応が生じない.(2)第2段階(前肢伸展・後肢屈曲)前肢が伸展し,身体を支えるための伸展支持反応が生じる.(3)第3段階(前肢・後肢伸展)前肢に加え,後肢の伸展および伸展支持反応が生じる.(4)第4段階(前肢・後肢の伸展と後肢の踏み出し反応)前肢・後肢の伸展および伸展支持反応に加えて,身体を直立させた位置から斜め前に傾けたときに,片足が踏み出して,身体を支える後肢の踏み出し反応が生じる.第1段階から第4段階まで進むのに,マカクでは生後2~3か月,チンパンジーやヒトでは生後11~12か月の期間を必要とする.

2. 3. 姿勢保持,移動運動と物の操作
   個体発達の過程で出現する行動のレパートリーとその変容は,霊長類の種間に似通ったものがあり,共通の行動の発達的変化によってそれぞれの機能系,あるいは領域間を比較することができる.その際,上述の姿勢反応検査のように,できるだけ同じ視点で,同じ方法を用いた観察や実験を実施して,比較資料を得る努力が払われてきた[5].そして,それらの研究を通じて明瞭に浮かびあがったのは,行動や認知発達の諸側面における発達の相対的なタイミングや発達速度の種差である[6,7].
   たとえば,姿勢反応は種間に共通の段階的変化をするが,マカクよりはチンパンジー,チンパンジーよりはヒトで第1段階が長い期間を占める.つまり,マカクよりはチンパンジー,チンパンジーよりはヒトのほうが,姿勢反応にかんして未熟な状態で出生してくる.また,姿勢反応と位置移動行動の発達の対応の仕方には,種間でずれがある.マカクやチンパンジーの場合,姿勢反応で前肢が伸展して身体を支える第2段階への移行は,まだぎこちないながらも四足歩行の開始の時期にほぼ対応する.ヒトは第3段階に移行しても,位置移動行動の出現には至らない.さらに,マカクにおいて,姿勢反応の発達が前肢・後肢進展の第4段階にはいる生後2~3か月といえば,大人と同じ姿勢保持や位置移動がひととおり身についてくる時期である.また,第4段階までの期間がヒトと大きく変わらないチンパンジーも,同期間のマカクほどではないが,ヒトよりは多様な移動運動能力を示すようになる.姿勢反応は,抗重力的に姿勢を保持する能力を反映している.姿勢反応の発達段階をものさしとして比較してみると,マカクよりもチンパンジー,チンパンジーよりもヒトで,環境中を「動き周り」始める能力の発達遅滞が浮かび上がる.
   霊長類において,四肢は身体を支え移動させると同時に,物を把握し操作する感覚運動の器官でもある.手で口に持っていく以外にさまざまな対象操作行動が乳児期から出現する.その発達を近縁の種間で比較すると,物を扱う類似の行動がほぼ共通の順序で出現する[6,7].しかし,マカク,チンパンジー,ヒトの物とのかかわりを,姿勢反応の発達段階を軸に比較すると,1)どの種も共通して,外界の対象物体に対する手による自発的な働きかけ(到達行動)が第2段階(前肢伸展・後肢屈曲の段階)において初めて生じ,第3段階(前肢・後肢伸展の段階)以降に操作行動が発達するといえる.ただし,2)同一段階における操作行動の複雑さは,ニホンザル<大型類人猿<ヒトの順に大きくなる.ヒトは第1~2段階,つまり,お座りも這い這いもできない時期にすでに安定したあおむけ姿勢をとることができ,両手での物の操作が可能である.チンパンジーでは,姿勢保持能力が充分に獲得されてから対象操作能力が発達してくる.ニホンザルでは,そのずれの度合いがさらに大きくなる.

2. 4. ヘテロクロニー
   あらかじめ祖先に存在していた形質が発現する相対的なタイミングや速度の変化のことをヘテロクロニー(heterochrony:異時性)という.形質進化のメカニズムに欠くことのできない要素として,これまで,主に形態的特性の進化にかかわって研究されてきた[8,9].形態の差違を導く発達のタイミングや速度の変化のバリエーションとして,主要にはTable 1の8過程が想定されている.表の2),3),5),7)は,幼形進化(成長が少ない),1),4),6),8)は成体進化(成長が多い)に結びつく.ヘテロクロニーの特定の過程が身体全体に同じように作用する場合もあるが,部分的に作用する場合もありうる.前者を全体的ヘテロクロニーというのに対して,後者を解離的ヘテロクロニーという.


Table 1. Eight basic patterns of heterochrony (Minugh-Purvis & McNamara, 2002; Parker & McKinney, 1999)



2. 5. ピアジェの認知発達段階
   行動や認知の進化の要因としても,形態にかんしてと同じく,ヘテロクロニーの発現を想定できる.近縁の種との共通祖先から受け継いだ個々の形質なり,機能領域であっても,その発達のタイミングや速度が種間で異なり,モザイク的に互いに独立して発達しうる.従来,ヒトの発育・発達においては,ネオテニーが注目されてきたが,実際には,上記のさまざまな過程が複雑に入り組んで発現しているらしい[10].
   これまで,ピアジェの認知発達段階(感覚運動段階,前操作段階,具体的操作段階,形式的操作段階)を比較の指標としてヒト以外の霊長類を対象とした研究が数多く実施されてきた。パーカーとマッキンニーは,これらの結果を総合して,ヘテロクロニーのうち,継起的過剰成長(sequential hypermorphosis)がヒトへの認知進化において重要だったと指摘した.彼らによれば,1)ヒト以外の種もピアジェの発達段階をヒトと同様の順序で経過する.2)ただし,その到達水準は種によって異なり,チンパンジーは感覚運動段階を達成し,さらに,前操作段階まで到達する.マカクは領域によっては感覚運動的知能の第5段階までを達成する[11].その発達速度を大臼歯の萌出を尺度として比較すると,第1大臼歯の萌出までに,ヒトでは前操作段階までを達成する.これに対して,チンパンジーは感覚運動的知能の第6段階まで達成する.マカクはその時点では第3段階あたりにとどまる.すなわち,マカクよりもチンパンジー,チンパンジーよりもヒトの順で,認知機能の発達の延長と相対的な発達の促進とがある.ただし,物理的認知,論理数学的認知,社会的認知などの下位領域をみると,種によって発達の遅速がある.つまり,解離的ヘテロクロニーの生じることが,ピアジェの認知発達段階を指標とした一連の研究によって明瞭に示された.

2. 6. 発達連関の再編
   異時性の発現にかかわる調整機構は,行動発達においても作用する。各機能領域の発達遅滞と発達促進が起こり,祖先種で保たれていた機能発達の同期性ないしは,発達連関が解除され,再編される.他者や物とのかかわり方や認知のあり方について,発達過程の一定の時期に同期して生起する行動や認知の組み合わせは,霊長類の種間で異なっている.ただし,同期して発達する形質や機能領域間には,個体の生活や行為を通じて相互作用が生じる可能性があり,相互作用によって種に特有の新たな機能連関や発達特性が生まれる契機がある.つまり共通の祖先種の個体発達のプロセスを基盤としつつ,それが再編され,祖先種とも,同じ祖先種から発して異なる生活様式を選んだ種とも異なる,新たな発達連関的特徴が顕現することになる.種独特の心が新たに芽生えるのである[12-15].
   ヒト化にあたっては,姿勢-運動発達が遅滞し,認知-運動の発達は促進され,延長した.そしてその過程では,新生児の未熟な姿勢-運動発達とこれを可能とする発達初期の母親からの懇切な世話,緊密な母子相互交渉が重要な役割を果たした。ヒトの母子に生じたコミュニケーションの独自な様式が,言語の獲得にもいたる発達連関の再編,すなわち,新たな質の成立を導いたと考えられる[14,15].

3. 「他者とかかわる知性」の発達促進

3. 1. 社会的認知の初期発達
   近年,ヒト化において生じた社会的知性の発達の改変を,発達初期の母子のかかわりに遡って明らかにする比較発達研究が旺盛に進められてきた.チンパンジーについても,ヒトの「心の理論」獲得の前提と考えられる社会的認知の発達を対象とした実証的な知見の蓄積が進んだ[16].それらによると,チンパンジーの母子にはヒトと同様,互いの見つめあいがよく生じ,生後1か月から2か月にかけて倍増する.新生児期には,新生児微笑[17]や新生児模倣[18]がヒトと同様見られるが,これらは生後2か月ころには減少し,社会的微笑を伴いつつ他個体の顔をよく追従するようになってくる.この時期,対面する相手の視線方向を検出することもすでに可能である[19].子の能動的な働きかけは,ヒトにおいて2か月革命と称されるような質を帯びるようになり,母親との見つめあい,微笑みあいの対面コミュニケーションが母子間で活発となる[16,20].
   これに対して,ニホンザルも含めマカク属のサルでは,相手の目を見つめる行動は相手に対する威嚇を表すもので,おとな同士では避けるのが普通である.しかし,母子は腹と腹を合わせて向かいあいながら「しがみつき-抱き」あうのであり,互いに相手を見つめあうアイコンタクトは,出生直後のニホンザルとその母親に確かに見られる.ただし,同じマカクのアカゲザルの赤ちゃんについては,生後3週間までに,自分の方を向く視線を避けるようになるという報告がある[21].
   ところで,生後2~3か月は,チンパンジーでは寝返りが可能となり,母親の身体を支えにつかまり立ちをし,四足立ちや匍匐前進の始まる時期である.他方,ヒトでは,通常4~5か月までは寝返りをしたり,上体を挙上した安定したうつぶせの姿勢をとったりすることはできない.しかし“人知りそめし”と形容されるような,相手に向けた「社会的微笑」がこのころまでに出現する[22].つまり,チンパンジーでは,寝返りとともに現れるアクティブな笑顔が,ヒトの発達では,いまだ“ねたきり”の時期に現れる.そして,ヒトの母親は,赤ちゃんの姿勢を自ら支え,かつ能動的に対面コミュニケーションを行なうのである.ここで,姿勢運動機能の発達との連関をとらえるならば,母親との対面コミュニケーションや,その基盤である社会的認知において,ヒトにおける顕著な発達促進が浮かび上がる.

3. 2. 物を共有する行動の発達促進
   さらに,言語や心の理論における重要な発達的前提である三項関係の形成については,その発達促進がヒトでは一層顕著である.
   他者と同じ対象物を注視する,注意を共有することを共同注意という.ヒトの共同注意関連行動の発達を調査した研究によると,指さし理解(9か月ころ:他者の指さす方向に視線を向ける行動)ののち, 生後12か月前後に「物を他者に見せる,または,手渡しをする」行動の出現を経て,指さし産出(14~15か月ころ:自らある物を指さすことによって他者に示す)にいたる[23].
   チンパンジーも含めヒト以外の霊長類では,生後の数年間を観察しても明瞭な指さしの産出はみられず,子が母親に物を差し出すという行動も出現しない.さらに,ヒトではそれらの前提と考えられる,いわゆる共同注意は, チンパンジーでは,3~4歳にならないと十分に信頼できるレベルには達しない[24].ただし,ヒトの実験者が相手となって十分な経験を積ませると,1歳すぎから指さしや視線を理解し始める[25].アカゲザルやフサオマキザルでは,ヒトがパートナーとなって訓練しても視線の理解に到らない.しかし,指さしの理解を訓練することはできる[26].さらに,これらの種でも同種の個体の視線理解は可能らしい. 以上の事実は,指さし理解や視線理解が新世界ザルも含めヒト以外の霊長類の広範な種で見られること,そして,他者からの積極的な働きかけがその出現に大きな効果を果たすことを示唆している.つまり,他者の注意の行方に注目する能力の発達が共通の霊長類的基盤としてあって,他者から提示されることによって注意を共有する行動の発達が促進されるのである.そして,物を他者に渡すような行動は,「チンパンジー型」庇護延長の母子関係(チンパンジーの子は離乳までに生後4~5年を要する)を前提に,子の積極的な要求を受けとめるなかで,そのような母子関係を築く母親にこそ,その生涯発達の過程で出現するのである.チンパンジーの場合,母親が食べているとき,子はじっと覗き込み,母親の持っている食べ物に口をつけたり,手を伸ばしたり,咀嚼中の母親の口まで口や手で触れてみたりもする.そのような子の食物を要求する働きかけを受けた母親は,自らが口に含んでいる食物の種や芯,柄,皮,しがみカスを赤ちゃんの口や手に向けて差し出す[27].ヒトの場合は,まず,おとなが積極的に「おちょうだい」をする関係があって,その関係を通じて,子が生後11か月ころになると,相手に提示し,手渡す行動が出現する.
   発達の初期に遡れば,ヒトは,姿勢反応の発達の第1段階から,あおむけに寝かされて安定した姿勢をとることができ,母親に持たされて自由な両手に物を持ったり,片手でもったものを見たり,口にくわえたりする行動によって物とかかわることができる.赤ちゃんは物を受けとり,保持し,いじくりまわし,物体の属性を認知していく.日々のそのような母子のやりとりの蓄積を経て,ずり這いも可能になる9か月ころには,引っ張り出す方向の物の操作がひときわ精力的に展開されるようになる.そして10か月ころには,置く,入れるなど持っているものを他の物や場所に方向づけて操作する定位操作が見られるようになる.定位操作自体は,物を扱う経験や他者の定位操作を観察する機会を豊富に与えたなら,チンパンジーにも,生後1年以内に出現することがわかっている[28].しかし,ヒトでは,物や場所への定位が出現すると同じ時期,母親に向かっても物を定位すること(提示や手渡し)も可能になる.他者への定位は,他者との相互行為であるゆえに,周囲のある場所や物への定位よりもより大きな調整機能を要する.しかし,他者が,声で,視線で,身振りで誘導してくれるとすれば,より容易に遂行できるともいえる.赤ちゃんは,自分が物を定位することになった母親に向かって,やがて,指さしを行なう(指先を他の物に定位する行為を母親に定位する)ようになる.そして,提示・手渡し,指さし産出と同じ構造において,ことばも発せられる.指さしの指は定位操作のとき手にもつ物の代替として,一語文は指さしの代替として使用される[29].
   ヒトの赤ちゃんの定位操作,提示や手渡し,指さし,一語文の産出において重要なことは,これらが個体発達の過程で生後9~10か月ころから1歳すぎまでの期間にほぼ同期して出現すること,さらに,これらに伴って,相手も注意を共有しているか,を確認する行動が出現することである.しかし,チンパンジーの母親がわが子に対して何かを指さすことはなく,母親から子へと食物を手から手へと分配するときにも,受け渡しを確認するようなアイコンタクトは見られない.目と目を見交わして,注意の共有を確認するような行動はヒトに特有のものであるらしい.生後10か月ころからはじまる「指さし」は,自分を見守って,その意を汲んで物を差し出して渡してくれる養育者の存在が前提となって出現する行動である.これらは,チンパンジーの通常の母子関係においては生じにくく,きわめてヒト的である.そして,いずれもが,ヒトの言語獲得の重要な個体発達的前提となる.
   このように,他者からの社会的支援をとりこんで,他者と社会的に交流する行動が生じたところに,そこに同期して出現している他の行動ともなんらかの結びつきをもちつつ,ヒトに固有の新たな発達連関が創出する.つまり,ヒト以外の種とは峻別される「新たな質の成立」へと向かう契機があり,この「新たな質の成立」のプロセスにこそヒトの言語は派生した.

4. 胎児期からの比較個体発達

   以上に述べたように,出生後の発達を種間で比較すると,ヒトでは他者とかかわる行動や認知の発達促進が顕著である.言語の獲得にいたる以前,潤沢な社会的支援を得つつ,他者と交流する能力を発達させていくヒトの赤ちゃんがいる. さらに遡って,胎児期にもそのように他者とかかわる姿をとらえることができるだろうか.

4. 1. 手指の運動―「自己」とのかかわりの発達と進化
   共同研究者の明和政子と私は,数年前から4次元超音波画像診断装置(4Dエコー)によって胎児の行動を観察してきた.最近は産婦人科の外来にも普及しているこの機械をもちいると,胎児の表情や手指の動きを鮮明にとらえることができる.私たちの研究では,新生児期に見られる予期的な指すいがすでに妊娠中期から見られることが明らかになった[30].つまり,口に向かう手指が接触する以前に口が開き,開いた口に手指がはいって指すいにいたる様子が20週すぎには観察される.手指の移動と口の開閉がスムーズに協応するのである.同じ時期から,胎児には繊細な手指の動きを伴う両手あわせも見られる[31].妊娠中期から後期を通じて,ヒトの胎児は,手を頭に,顔に,口に,足に,もう一方の手にと,自己のさまざまな身体部位に頻繁に接触させる.このような行為を通じて,各部位がそれぞれ他の部位とどのような位置関係にあるかを,胎児は知っていくのだろう.このような行為をつうじて,胎児は自己の身体やその動きについての情報を得て,自己というものをとらえていくのだろう.
   私たちは先にも述べた4Dエコーを利用した研究をチンパンジー胎児についても実施した.岡山県玉野市にある林原類人猿研究センターの平田聡らとの共同研究である.観察した22週から32週の間に,ヒトと同様のさまざまな身体の動きが見られた.しかし,ヒトの場合と比較すると,手で顔の各部位を触る行動が少ないようだった.また,ヒトで見られた予期的な指すいや両手あわせは確認できなかった[31]. チンパンジーについてはまだ一例のことなので,結論的なことは何も言えない.しかし,ヒトとチンパンジーでここに挙げたような差異があるとしたら,それは,赤ちゃんが自己の身体とどうかかわるか,ということにおける差異であり,きわめて原初的ではあっても,自分について何をどのように知っているか,自己知覚の質的な差異と関係するかもしれない.

4. 2. 表情―「他者」とのかかわりの発達と進化
   ヒトの場合,新生児と同じく,口角をわずかにひきあげる微笑の表情は胎児にも出現する.4Dエコーをもちいた研究によれば,同じ赤ちゃんの妊娠後期の微笑と出生直後の微笑の行動形態はほとんど変わらない[32].先述したように,最近,チンパンジー,さらにニホンザルでも新生児微笑が出現することが明らかになった[17,33].私たちが研究対象としたチンパンジー胎児では記録できなかったが,おそらく,チンパンジーやニホンザルにも,胎児の微笑があるだろう.
   さらに,チンパンジーに引き続いて,ニホンザルと同じマカク属のサルであるアカゲザルにも出現することが最近報告された新生児模倣についてはどうだろう[18,34].新生児微笑と同様,新生児模倣も生後1~2か月ころを境に消失する.新生児模倣の出現や消失の現象も種間に共通している.それでは,外部からのなんらかの刺激に対する表情の応答が,ヒトやヒトに近縁の種の胎児にも見られるだろうか.妊娠後期(26週以降)には,外部からの振動や音刺激に対して,胎動や心拍加速などの反応が起こるようになる.最近の心拍を指標とした研究によれば,胎児はやがて踏み出す外界からの刺激に対して応答的になるとともに,母親の声と母親以外の女性の声など,異なる刺激を識別することができるようにもなっていくという[35].それでは,いつから,どのように胎児が胎外からの聴覚刺激を感知し,識別していくようになるのだろう.私たちは,心拍に加えて,表情など4Dエコーによって得られる行動学的な指標ももちいて,胎児が胎外とコミュニケーションしていく様子を目下分析中である[36].
   霊長類種の個体発達において,出生前後で何が連続するのか,非連続なのか.胎児期における質的な転換期は,いつ,どのようにとらえることができるのか.ヒトはすでに胎児期から,外部からの社会的刺激に対してヒト特有の応答をしているのか.ヒトとヒトに近縁の種の行動を胎児期から比較することによって,ヒトの個体発達がヒトへの進化の過程でいかに改変され,独自の道筋を辿るようになったのかをさらに精細に明らかにしていくことができる.
 

4. 3. ヒトの心の霊長類的起源と個体発達的改変

   ヒトの発達における主要な行動や特有の認知の起源は,ヒト以外の霊長類種とも共有されている.属する環境世界に,そこに存在する「他者」に,「物」に制約されて,共通祖先において先行する何ものかを改変しつつ,個体の発達は進む.そこに生じる機能間の相互連関によって,種によって独自の新たな資質が形成される.しかし,個体発達のタイミングや速度は,社会的,物理的環境の影響を受けて柔軟に改変されうる.注目すべきは,現代のヒトの社会・文化的環境でヒトと密接にかかわりあいながら育つチンパンジーには,定位操作や道具使用,動作模倣や視線追従,社会的参照,注意の共有など,物とのかかわり,他者とのかかわり,さらにその両者をつなぐ行動の発達促進が生じることである.これらの事実をも手がかりとすることで,ヒトへの進化の過程で,いま,ここに,私たちが経験するヒトの個体発達に向かって生じたであろう発達連関再編や言語の獲得を導くダイナミックな過程に迫ることができる.

謝辞

   本論は,筆者がこれまで携わった比較発達研究にもとづいてまとめたものです.研究に参加してくださった霊長類の母子のみなさんに深く感謝いたします。また,現在,滋賀県立大学で,胎児期からの比較認知発達研究に共にとりくんでいる明和政子さんをはじめ,京都大学霊長類研究所の松沢哲郎先生,友永雅己先生,田中正之先生,京都大学大学院文学研究科の藤田和生先生,板倉昭二先生,林原類人猿研究センターの伊谷原一先生,平田聡さんら,これまで多くの方々のご協力,ご支援を受けました. ここに,深く感謝いたします。

文献

1. Ross, C. Park or ride? Evolution of infant carrying in Primates, International Journal of Primatology 22, 749-771 (2001).
2. Vojta, V. Die cerebralen Bewegungsstörungen im Säuglingsalter, Frühdiagnose, und Frühtherapie, Ferdinand Enke Verlag, Stuttgart, 1976.(富雅雄,深瀬広訳「乳児の脳性運動障害」医歯薬出版, 1978.
3. 竹下秀子,田中昌人,松沢哲郎,霊長類乳児の姿勢反応の発達と対象操作行動,霊長類研究 5, 111-120 (1989).
4. 竹下秀子,水野友有,松沢哲郎姿勢反応の発達,21, 292-295, 友永雅己,田中正之,松沢哲郎(編著)「チンパンジーの認知と行動の発達」京都大学学術出版会, 2003.
5. Matsuzawa, M. Primate foundations of human intelligence: A view of tool use in nonhuman primates and fossil hominids, pp.3-25, in Matsuzawa, T. Ed., Primate origins of human cognition and behavior, Springer-Verlag, Tokyo, 2001.
6. 竹下秀子「心とことばの初期発達―霊長類の比較行動発達学」東京大学出版会,1999.
7. 竹下秀子「赤ちゃんの手とまなざし―ことばを生みだす進化の道すじ」岩波書店,2001.
8. Gould, S. J. Ontogeny and Phylogeny, The Belknap Press of Harvard University Press, 1977. (仁木帝都,渡辺政隆訳「個体発生と系統発生」工作舎, 1987).
9. McNamara, K. J. Shapes of time: The evolution of growth and development, Johns Hopkins University Press, Baltimore, 1997. (田隅本生訳「動物の発育と進化」工作舎, 2001).
10. Minugh-Purvis, N. and McNamara, K. J. Eds., Human evolution through developmental change, Johns Hopkins University Press, Baltimore, 2002.
11. Parker, S. T. and McKinney, M. L. Origins of intelligence: The evolution of cognitive development in monkeys apes and humans, The Johns Hopkins University Press, Balrimore and London, 1999.
12. Langer, J. The descent of cognitive development, Developmental Science, 3, 361-378 (2000).
13. Mithen, S. The prehistory of the mind: A search for the origins of art, religion and science, Thames & Hudson, London, 1998.(松浦俊輔,牧野美佐緒訳「心の先史時代」青土社, 1996).
14. 竹下秀子,板倉昭二ヒトの赤ちゃんを生みだしたもの,ヒトの赤ちゃんを生みだすもの―発育発達の時間的再編と行動進化,日本赤ちゃん学会誌,2, 20-30 (2002).
15. 竹下秀子,板倉昭二,個体発達が進化する―時空の開拓:比較発達生態心理学の視点,日本赤ちゃん学会誌,2, 36-37 (2002).
16. Tomonaga, M., Tanaka, M., Matsuzawa, T., Myowa-Yamakoshi, M., Kosugi, D., Mizuno, Y., Okamoto, S., Yamaguchi, M., and Bard, K. Development of social cognition in infant chimpanzees (Pan troglodytes): Face recognition, smiling, gaze, and the lack of triadic interactions, Japanese Psychological Research 46, 227-235 (2004).
17. Mizuno, Y., Takeshita, H., and Matsuzawa, T. Behavior of infant chimpanzees during the night in the first four months of life: Neonatal smiling and sucking in relation to arousal levels, Infancy 9, 215-234 (2006).
18. Myowa-Yamakoshi, M., Tomonaga, M., Tanaka, M., and Matsuzawa, T. Imitation in neonatal chimpanzees (Pan troglodytes), Developmental Science 7, 437-442 (2004).
19. Myowa-Yamakoshi, M., Tomonaga, M., Tanaka, M., and Matsuzawa, T. Preference for human direct gaze in infant chimpanzees (Pan troglodytes), Cognition 89, 113-124 (2003). 20. Rochat, P. The infant world. Harvard University Press, Cambridge, 2001. (板倉昭二,開一夫監訳「乳児の世界」ミネルヴァ書房, 2004).
21. Mendelson, M. J., Haith, M. M., and Goldman-Rakic, P. S. Face scanning and responsiveness to social cues in infant rhesus monkeys, Developmental Psychology 18, 222-228 (1982).
22. 田中昌人,田中杉恵「子どもの発達と診断1乳児期前半」大月書店,1981.
23. 大神英裕,人の乳幼児期における共同注意の発達と障害,pp. 157-178, 遠藤利彦(編著)「読む目・読まれる目―視線理解の進化と発達の心理学」東京大学出版会,2005.
24. Tomasello, M., Hare, B., and Fogleman, T. The ontogeny of gaze following in chimpanzees, Pan troglodytes, and rhesus macaques, Macaca mulatta, Animal Behaviour 61, 335-343 (2001).
25. Okamoto, S., Tomonaga, M., Ishii, K., Kawai, N., Tanaka, M., and Matsuzawa, T. An infant chimpanzee (Pan troglodytes) follows human gaze, Animal Cognition 5, 107-114 (2002).
26. 板倉昭二「自己の起源―比較認知科学からのアプローチ」金子書房,1999.
27. Ueno, A. and Matsuzawa, T. Food transfer between chimpanzee mothers and their infants, Primates 45, 231-239 (2004).
28. Hayashi, M. and Matsuzawa, T. Cognitive development in object manipulation by infant chimpanzees, Animal Cognition 6, 225-233 (2003).
29. 竹下秀子,視線理解を導く手とまなざし―かかわりあう母子の身体,pp. 93-113, 遠藤利彦(編著)「読む目・読まれる目―視線理解の進化と発達の心理学」東京大学出版会,2005.
30. Myowa-Yamakoshi, M., and Takeshita, H. Do human fetuses anticipate self-oriented actions? A study by four dimensional (4D) ultrasonography, Infancy 10, 289-301, 29-39 (2006).
31. Takeshita, H., Myowa-Yamakoshi, M., and Hirata, S. A new comparative perspective on prenatal motor behaviors: preliminary research with four-dimensional ultrasonography, pp. 37-47, in T Matsuzawa, T., Tomonaga, M., and Tanaka, M. Eds., Cognitive development in chimpanzees. Springer, New York, 2005.
32. Kurjak, A., Stanojevic, M., Andonotopo, W., Scazzocchio-Duenas, E., Azumendi, G., and Carrera, J. M. Fetal behavior assessed in all three trimesters of normal pregnancy by four-dimensional ultrasonography, Croatian Medical Journal 46, 772-80 (2005).
33. Kawakami, K., Takai-Kawakami, K., Tomonaga, M., Suzuki, J., Kusaka, S., and Okai, T. Origins of smile and laughter: A preliminary study, Early Human Development, 82, 61-66 (2006).
34. Ferrari, P. F., Visalberghi, E., Paukner ,A., Fogassi, L., Ruggiero, A., and Suomi, S. J. Neonatal imitation in Rhesus Macaques, Plos Biology 4, [Epub ahead of print] (2006).
35. Kisilevsky, B. S., Hains, S. M., Lee, K., Xie, X., Huang, H., Ye, H. H., Zhang, K., and Wang, Z. Effects of experience on fetal voice recognition, Psychological Science, 14, 220-224 (2003).
36. 明和政子「心が芽ばえるとき―コミュニケーションの誕生と進化」NTT出版,2006.

Return to Japanese Contents

Return to English Contents