ESTABLISHMENT OF GNC CODE LEADING TO THE EMERGENCE OF LIFE - FROM SIMPLE GENETIC CODE TO COMPLEX CODE -

Kenji Ikehara

Department of Chemistry, Faculty of Science, Nara Women’s University,
Kita-uoya-nishi-machi, Nara, Nara 630-8506, Japan.
ik e h a r a @cc. na r a - w u .a c . j p
(Received July 16, 2007 Accepted November 23, 2007)

(Abstract)

Genetic code gives a relationship between a triplet base sequence on RNA and an amino acid in the corresponding protein required for effective function in organisms. Accurate knowledge about the genetic code, including the origin and evolutionary process of it, would be helpful to understand the origin of life. In fact, we have previously provided several hypotheses on the origins of genes, the genetic code and proteins, which lead us to elucidation of the origin of life. In this review, I introduce a new scenario from accumulation of simple [GADV]-amino acids and formation of [GADV]-protein world to the emergence of life, or [GADV]-protein world hypothesis, which was presented by us. GADV means four amino acids, Gly[G], Ala[A], Asp[D] and Val[V], which are described by one-letter representation. In the last section of this review, I also point out several weak points of other theories on the origin of life, such as “RNA world hypothesis” and “protein-RNA world theory”.

(Keywords)

GADV hypothesis, origin of life, genetic code, RNA world hypothesis, protein-RNA world hypothesis

生命の起原と遺伝暗号の成立 -単純な暗号から複雑な暗号へ-

池原 健二

奈良女子大学理学部化学科
630-8506奈良市北魚屋西町

1.序論

   生命の起原については,諸説紛々の感もあるが,原始地球上あるいは宇宙のどこかで簡単な無機化合物から有機化合物,特にアミノ酸やオリゴペプチドを生成する化学進化の過程が起こったという大きな流れは多くの人が認めるところであろう.私たちは、その後、触媒としての機能を発揮できるタンパク質が形成され,引き続いて触媒機能の維持と進化を可能ならしめる遺伝子の形成が見られ,自己と周りとを識別する細胞膜の形成にともなって,さまざまな有機化合物から生命が発生したと考えている.
    この点について、私たちは15年ほど前から生命の誕生にとって中心ともなる遺伝子の起原[1],遺伝暗号の起原[2],タンパク質の起原[3]など,3つの起原と進化過程を論じてきた.これら生命の起原に関する私たちの考えについては,既に,単行本として発行[4]もしているし,いくつかの学術雑誌[5,6]や一般の雑誌にも記載してきた[7-10].したがって,どうして私たちが[GADV]-タンパク質ワールド仮説を提案しているのかについては拙著[4]や学術論文[5-10]などを見てもらうこととして,ここでは,生命がどのような経過を経て誕生し,無機化合物や有機化合物から生命という質的な変換が起こったのかに焦点を当てながら私たちの考えを述べることとしたい.
   しかし,一方で物事の起原等については,基本的には再現することの不可能な,したがって,想像の域を出ない事柄も多くなる.そこで,想像の域を出ない事柄が妥当性を持っているのかについては妥当とも思える原理にそっているかどうかを考えることで事柄の妥当性を検証することとしたい.まず最初は,ある事柄が始まるとき,最初から複雑なものを形成することは困難であり,
原理1. 
より単純なものからより複雑なものへ 進むことが妥当だと考えられる.また,最初から規則的な配列を作り上げることは困難で,ランダムに起こる事象が後になって規則的な配列を形成することしかできないはずである.その意味でも,
原理2. 
ランダムな配列から規則的な配列へ という順序で事柄は進むに違いない.また,最初から情報機能が形成されることも困難で,
原理3. 
機能(触媒)から情報(遺伝子)の形成へ
   以上のように,必要な機能,たとえば触媒機能が先行し,後になってその機能を効果的に再現できるように遺伝的機能が,即ち,遺伝情報(遺伝子)が形成されたのであろう.
    この小論では,上記の3つの原理にしたがっているのかどうかによって,私たちの考えが妥当なのかどうかを判断することとしたい.
    さらに,合理的かどうかを判断する根拠の一つとして,考察の結果,あり得そうもないことを回避できる(少なくとも,回避できそうな)考えに対しては肯定的に受け止めること,それによってより合理的な経路を想定できるかどうかを判断することも重要だと思われる
   . 例えば,大気中での放電によるアミノ酸の合成,海辺の潮溜りでのペプチド合成,そして,局所的な場所(水溶液中)での結晶化によるキラリティーの確立のように,素朴な過程で無機化合物から有機化合物へ,そして,アミノ酸への合成が,そして,アミノ酸のキラリティーの確立が行なわれたのだと考えた方が良さそうに思われる.なぜなら,原始地球上での素朴な過程で生命の誕生に向けた諸過程が進められたとしたら,そのような素朴な場所の方が特殊な場所に比べて原始地球上いたるところに存在し,したがって,数多くの場所でゆっくりとではあっても着実に進行できたと思われるからである.

2.GADV仮説から見た生命誕生への道筋

 以下では私達の主張するGADV仮説の立場から,生命の基本システムを構成する遺伝子や遺伝暗号の成立過程およびタンパク質合成系の確立過程など,生命の基本システムの成立過程を中心に生命誕生への道のりを9つの基本過程にそって概観することにしよう.私たちの考えによれば以下の通りである (Fig. 1).


Fig. 1. Possible steps to the emergence of life explicated from standpoints of [GADV]-protein world hypothesis, which we have proposed[5,6]. The hypothesis anticipates that life originated from [GADV]-protein world composed of [GADV]-proteins, which were amplified by pseudo-replication in the absence of genetic function.

過程1. 無機化合物から有機化合物(アミノ酸)の形成
   原始地球上で化学進化的にGADVなど簡単なアミノ酸が合成され,蓄積された.原始地球上で合成されたグリシンを除く3種のアミノ酸は偶然に起こった選択的結晶化などによって、いずれもL体であったと推定される.なぜなら,タンパク質が有効な機能を発揮するためには,ホモキラルでなければならないからである.
    [GADV]-アミノ酸は,アミノ酸組成から求められる水溶性で球状のタンパク質を形成するための4つの条件(疎水性/親水性度,α-へリックス,β-シート,ターン(コイル)形成能)を,満足する20種のアミノ酸の中で最も構造の簡単なアミノ酸の組み合わせである。したがて、これらを同じ割合で含むようにランダムに重合しても,4つの条件を満足できる.しかし,20種の天然アミノ酸の中から,最も構造の簡単なアミノ酸から単純に選択された4つのアミノ酸ではない。ましてや,グリシンを除いく19種のアミノ酸はすべてα-炭素にメチレン基を持ったアミノ酸であることや側鎖としてエチル基を持つα-アミノ酸である2-アミノ酪酸を天然のアミノ酸として使用していないなどから考えても分かるように,原始地球上で生成されたと思われるアミノ酸の中から構造の簡単なアミノ酸を4つ選んだものでもない。また,アミノ酸はそれぞれが特徴的な〈-ヘリックス形成能やβ-シート形成能,ターン(コイル)形成能を持ち,疎水性/親水性度も異なるなど1つ1つが機能単位となっていることについても,十分に理解しておく必要がある.このことは,ヌクレオチド1つ1つには遺伝的機能がなく,ヌクレオチド配列3つ(トリプレット:3塩基配列)が一つのアミノ酸に対応し,初めて情報機能を発揮できるという点で,ヌクレオチドとアミノ酸には大きな違いが存在することにも注意しておく必要があると思われる.
   これらの4つのアミノ酸は,ミラーの実験やそれに類する実験からも分かるように,原始地球上で生成された可能性が大きい。もちろん、彗星や隕石に乗って宇宙から地球上に持ち込まれた可能性もある.このように,どちらの比率が大きいのかは別にして,二つの経路で原始地球上にアミノ酸が蓄積されたのは間違いのないところであろう.

過程2. [GADV]-タンパク質の形成
   続いて,海辺の潮溜まり(干潟)などで蓄積した[GADV]-アミノ酸が蒸発・乾涸を繰り返すうちに,[GADV]-ペプチドが形成され,それらが集合することによって[GADV]-タンパク質が形成されたと考えられる.
   蒸発・乾涸の作業の中に反応系から水分が除去される過程が含まれていること,したがってペプチド結合形成の際に必要な脱水縮合に有利な条件が含まれている.事実,20年ほど前に行なわれた原田-Foxの実験[11]や江上-柳川らの実験[12]でもアミノ酸の水溶液を蒸発・乾涸することによって,ペプチドが形成されるとの報告がある.また,私たちの研究室でも4種の[GADV]-アミノ酸を蒸発・乾涸することによって,[GADV]-ペプチドを形成できること,そして,得られた[GADV]-ペプチドにタンパク質などを加水分解する活性のあることを確かめている[6].
   また,この[GADV]-ペプチドなどのペプチドの形成についても,海辺の潮溜まり(干潟)などで行なわれた蒸発・乾涸によって生成する経路の他に,熱水噴出口[13,14]や地中深くで加わる大きな圧力効果によって形成される[15]との報告もある.このようなことから考えると,熱水噴出口や地中深部で形成されたGADVペプチドも加わって,以後の生命誕生への過程を進めるのに役立ったのであろう.

過程3. [GADV]-タンパク質の擬似複製
   過程2で行われ遺伝子不在下で形成された[GADV]-タンパク質の触媒活性によって,周りの[GADV]-アミノ酸を重合し,多様な[GADV]-タンパク質が形成された([GADV]-タンパク質による擬似複製).
   遺伝子が形成される遥か以前,したがって,遺伝子が存在しないにもかかわらず,ここでいう[GADV]-タンパク質の擬似複製が可能となったのは,[GADV]-アミノ酸がほぼ等しい割合でランダムに連結された際に,水溶性で球状となれる4つの構造形成条件(疎水性/親水性度,〈−へリックス,−シート,ターン(コイル)形成能)を満足できるからである.このように,私たちはペプチド結合によってアミノ酸をランダムにつないだタンパク質が高い確率で球状の水溶性タンパク質となり得る特別なアミノ酸組成をタンパク質の0次構造と呼んでいる。 [GADV]-アミノ酸はそのタンパク質の0次構造の典型的なものの一つである.そればかりか,4つの[GADV]-アミノ酸の中で疎水性の大きなアミノ酸はバリンのみであり,親水性の大きなアミノ酸はアスパラギン酸のみである。このことを考慮するとほぼ等しい割合で[GADV]-アミノ酸がランダムに連結されてできたタンパク質の表面はアスパラギン酸が比較的多く分布し,タンパク質の内部には比較的バリンが多く分布することとなる.そのため,全体としての構造はどの[GADV]-タンパク質を見ても比較的良く似た構造のものとなるに違いない.[GADV]-タンパク質の擬似複製は遺伝的機能の形成以前に、上でも述べたように,[GADV]-タンパク質がどれもほぼ同様の水溶性で球状の構造を高い確率で形成できることに基づいている.

過程4. [GADV]-タンパク質によるヌクレオチド(オリゴヌクレオチド)の形成
   蓄積した[GADV]-タンパク質は4つの構造形成条件を満足できたため,酵素となるための前提条件である水溶性で球状のタンパク質を高い確率で形成したに違いない.こうして形成された多様な[GADV]-タンパク質が持つ十分に高い触媒活性によってヌクレオチドを,そして,オリゴヌクレオチドを生成する時期を迎えたに違いない.このように,構造の複雑なヌクレオチドやRNAの合成には,[GADV]-タンパク質のような触媒活性の大きなタンパク質触媒の存在が不可欠であったと考えられる.
    それと並行して,Valを比較的多く含む疎水性の大きな[GADV]-タンパク質を中心に[GADV]-タンパク質が球状に集合し,タンパク質膜を形成することも可能となったと想像できる(原初[GADV]-タンパク質膜の形成).これによって,反応系が開放系から閉鎖系へと変化し,生成した重要な有機化合物をある空間に封じ込めると共に,必要な化合物を内部に取り込み,不必要な化合物を外部に放出するなど,効果的な反応系の構築へと進んだと考えることができる.したがって,私たちの考えによれば,細胞膜への脂質の取り込みは後の事象であり,純粋な脂質膜が細胞膜として使用されたことは生命誕生以前も生命誕生以降にも一度もなかったと考えている。このことは,現在の細胞膜に脂質分子(リン脂質)が大量に含まれているが,重要な化学物質(特に,親水性の大きな化合物)の通り道はタンパク質によって確保されていること,言い換えれば,タンパク質を含まない純粋な脂質膜では,親水性化合物を透過させることができないことなどから見ても容易に理解できることであろう.

過程5. GNC原初遺伝暗号の成立(原初 tRNA の形成)
   蓄積したオリゴヌクレオチドの中には最初の遺伝暗号となったGNCを含むオリゴヌクレオチドも形成された.こうして形成されたGNCを含むオリゴヌクレオチドが原初のtRNAとしての能力を発揮し,清水幹夫のC4N説[16]が主張するように[GADV]-アミノ酸との間での立体化学的対応によって,遺伝子が形成されるよりもはるか以前に最初の遺伝暗号あるGNC原初遺伝暗号が成立する時期を迎えた.
    このような経過を想定することは遺伝子が遺伝暗号の並んだものであるとの認識に立てば,遺伝子たるためには塩基(あるいは,ヌクレオチド)が並んだだけでは不十分であり,したがって遺伝暗号の成立以前に遺伝子が形成されることはないことから考えても妥当なことであろう.
    このGNC原初遺伝暗号の成立が以下に示す遺伝子の形成へと進めたのであり,生命の起原に向かう重要な段階の一つとなった.
    また,これらの遺伝暗号の確立過程と並行して,GNCを含むオリゴヌクレオチドと[GADV]-アミノ酸複合体とを効果的に並置するための原初リボソーム,即ち,原初翻訳系の形成も行なわれたに違いない.

過程6. 一本鎖 (GNC)n 遺伝子の形成
   続いて,[GADV]-タンパク質の中にはGNCを直線的に重合できるものも現れた.こうして,GNCを繰り返し縦に連結することによって(GNC)n配列を持つ一本鎖の原初遺伝子がはじめて形成された. このことは,上でも述べたように遺伝子は塩基配列ではなく,遺伝暗号(コドン)の配列したものであること,また,塩基(ヌクレオチド)単独では,遺伝情報機能を発揮できないこと,言い換えれば遺伝暗号(トリプレット)が縦列に並んではじめて遺伝情報としての意味を持つことから考えて,最初の遺伝子を形成する過程としては妥当な仮定に違いない.
    ただ,最初に形成された一本鎖遺伝子(あるいは,原始mRNA)は,特定のタンパク質の合成(生成)には好都合であったが,それを増殖させることも,突然変異によってより活性の高い酵素をコードする遺伝子へと進化できるものではなかった.

過程7. 二重鎖(GNC)n 遺伝子の形成(化学進化から生命の誕生への質的変化)
   さらに次の段階として,形成された一本鎖(GNC)n配列を鋳型として,その相補鎖が合成される時期を迎えた.こうして,二重鎖からなる(GNC)n遺伝子が形成されたのだと推定される.
    二重鎖からなるRNA遺伝子が形成され,原初遺伝子の複製システムが形成されることによって,初めて実質的な生命誕生の時期を迎えることとなった.その意味で,二重鎖RNA遺伝子を形成できたことの意味は大きかった
   . それは,二重鎖遺伝子(RNA, またはその後のDNA)になってはじめて,遺伝子を複製することが可能となったのであり,複製という過程によって遺伝情報を増幅できること,そして遺伝情報を保持しながら子孫へとその情報を伝播できることが可能となった.このことによって、遺伝情報の複製や伝播だけではなく,遺伝情報を少しずつ変化させ修正しながら,より活性の高い,より好都合なタンパク質を形成し進化できる能力も獲得したのである.
    二重鎖遺伝子を形成したことの意義はそれだけではなかった.実は,遺伝情報を発揮しているセンス鎖から相同なタンパク質をコードする,いわゆるファミリー遺伝子の形成と遺伝情報を持たない鋳型(アンチセンス)鎖からそれまでには存在しなかった全く新規ないわゆる元祖遺伝子を形成するという新規遺伝子を形成できる二つの過程までも獲得できたのである[17].
    このように,GNC原初遺伝暗号が成立した段階であっても,一本鎖RNA遺伝子の段階であっても,化学進化のレベルを抜け得なかったことを考えると,二重鎖遺伝子を形成したのはRNAの時期だったと想定されるが,二重鎖遺伝子としての能力を発揮できるシステムを獲得した時点で,それまでのシステムとは質的に全く異なる段階に達したのである.言い換えれば,生命の誕生と言える時期を迎えたのだと考えることができる.

過程8. 遺伝暗号の進化(GNC原初遺伝暗号からSNS原始遺伝暗号へ)
   過程8まで達することができれば,後は,時間はかかったかもしれないけれど,遺伝暗号が遺伝子と共にが進化するにつれて,タンパク質の機能も順次改善されたと考えることができる.その順序は以下の通りであろう.
    (1)アミノ酸合成の進化
   GNC原初遺伝暗号を使用し,二重鎖(GNC)n遺伝子から発現され,生成された[GADV]-タンパク質による代謝系が進化するには,さらなるアミノ酸合成系の進化が必要だったに違いない.それは,新たな遺伝暗号を獲得するには,新たなアミノ酸の存在が不可欠だからである.
(2)遺伝暗号と遺伝子の共進化
    例えば,グルタミン酸の蓄積が進むにつれて,グルタミン酸を使用する遺伝暗号の(GAG)の使用が可能となった.この際に用いられたアンチコドン(CUC)を含むオリゴヌクレオチドからなる原始tRNAが,全く独立に生み出されても構わない.したがって,それまでの原初tRNAとは全く独立にグルタミン酸の翻訳を仲介するtRNAが形成された可能性を否定するものではないが,恐らく,それまで存在したGUCをアンチコドンを持つ原初tRNAの変異体を利用することによって,CUCをアンチコドンとするtRNAを獲得したに違いない.その方が,原初tRNAを並置するというそれまでの翻訳系と矛盾することなく利用できるという点でも問題が少ないと考えられるからである.
    この際,遺伝暗号が進化(遺伝暗号を使用できるシステムとしてのtRNAの進化)しても遺伝子が進化していなければ無意味となる.したがって,遺伝暗号が進化し,その遺伝暗号を使用できる遺伝子(ヌクレオチド配列または塩基配列)が現れたはずだという意味で遺伝暗号と遺伝子が共進化したに違いない。この時点で初めて,新たに現れた遺伝暗号が意味を持ったのだ.
    ただ,この共進化には順序があり,新たな遺伝暗号が先に生まれ,後からその遺伝暗号を使用する遺伝子が生まれたのであり,逆に,新たな遺伝子が先に生まれ,それを翻訳できる遺伝暗号が後から生まれたのではない.なぜなら,新たな遺伝暗号の形成は無意味であっても問題を生じないが,遺伝暗号が生まれる前に新たな遺伝子が生まれたとしたら,その遺伝子は翻訳できない遺伝子として生命系から除去されざるを得ないからである.

   このように,遺伝暗号の進化は利用可能なアミノ酸の蓄積を待って行なわれたのである.その際,新たなアミノ酸なら何でも新たな遺伝暗号を通じてタンパク質内に取り込まれたのかというと,そうではないように思われる.新たなアミノ酸を使用することによって,タンパク質の機能がそれまでのタンパク質に比べてより高い機能を発揮できるアミノ酸だけが,新たなアミノ酸として選択され,導入・捕獲されたのだと考えることができる.新たなアミノ酸の導入がそのアミノ酸を使用することによってタンパク質の機能が高まらなかったことはあったのかもしれない.そのような場合には,より機能性の高いアミノ酸を導入・捕獲した生命体に淘汰され,現在の地球上には残っていないのだと考えることができる.
    こうして,より高い機能を持ったタンパク質はアミノ酸合成系をより進化させ,新たなアミノ酸の合成が行なわれたと考えることができる.そして,上でも述べたような過程を経て,遺伝暗号がさらに進化し,遺伝子も共進化したのだろう.このようにして,ラセン階段を登るようにより高い機能性を発揮できる10種のアミノ酸と16種の遺伝暗号を使用するSNS原始遺伝暗号が成立し、SNS遺伝暗号を使用できる遺伝子へと進化したのに違いない.
    同じような過程を繰り返すことによって,最終的には20種のアミノ酸と64種(3種の停止暗号を含む)の遺伝暗号を使用する現在のシステムへと進化したのである.

過程9. 二重鎖DNA遺伝子の形成
   二重鎖からなるRNA遺伝子がいつの時点で二重鎖のDNA遺伝子へと変化したのかは,DNAの方がRNAよりも化学的に安定であるということを除いてはその両者の機能に大きな差がないため,決めることは極めて困難である.しかし,いつかの時点で二重鎖RNA遺伝子は二重鎖DNA遺伝子へと進化したのだろう.このような二重鎖DNA遺伝子の形成過程と並行して,[GADV]-タンパク質またはSNSがコードするタンパク質の多様な触媒活性を利用し,脂質の合成も可能となり,脂質を含む機能性の高い細胞膜の形成も可能となった.

   以上のように,遺伝子不在下で行なわれた[GADV]-タンパク質の擬似複製を中心として,遺伝暗号の成立,遺伝子の形成が可能となってはじめて,再現的に活性なタンパク質を生成することが可能となったのだろう.このように,私達の主張するGADV仮説に基づけば,より単純な[GADV]-アミノ酸から始まり,より複雑なヌクレオチドの形成へと進んでいること,即ち,(原理1)「より単純なものからより複雑なものへ」にしたがっていること,また,[GADV]-アミノ酸を[GADV]-タンパク質がランダムに重合する過程が先行し,後になって規則的な配列を規定する遺伝子によるタンパク質合成へと進んだと考えていること,即ち,(原理2)「ランダムな配列から規則的な配列へ」にしたがっていること,即ち,[GADV]-タンパク質による触媒機能が後になって形成された遺伝情報機能に先行していること,さらに,(原理3)「機能(触媒)から情報(遺伝子)の形成へ」のいずれの原理にもGADV仮説は合致しているのである.このことから考えてもGADV仮説は生命の誕生につながる生命の基本システムの成立過程を無理なく説明できる考えだと言えるだろう.
    もちろん,私達が考えている生命誕生のシナリオの中にはまだまだ想像の域を脱していない箇所も多い.しかし,RNAワールド仮説は,自己複製できる,そして,遺伝情報を持てるRNAの存在に生命誕生の可能性を追求しているのであり,その意味では,ポリリボヌクレオチド(ヌクレオチドが重合してできたRNA,塩基配列を持つことに意義を置いたRNA)である遺伝子の形成を中心にしている考えである.しかも,上で述べたように,RNAワールド仮説では生命の誕生への具体的なシナリオすら提供できていない.そればかりか,RNAワールド仮説では生命の誕生にとって必須の生命の基本システムの成立過程を説明できないに違いないと私は考えている.

3.おわりに

   生命の起原に関する現時点の最も有力な考えは「RNAワールド仮説」である.このRNAワールド仮説は,
1. ヌクレオチドを単量体とするRNAを基礎としている.
上で述べたように,構造の簡単な[GADV]-アミノ酸がミラーの実験に類した実験によって原始地球上で形成されたと考えられるのに対して,ヌクレオチドが化学進化的に形成されるとは思えない.同様に,ヌクレオチドからRNAが化学進化的に生成されると考えることも困難である.
2. RNAの自己複製に基礎を置いている.
たとえRNAが化学進化的に形成されたとしても,そのRNAは本当に自己複製できるのであろうか.RNAが自己複製するためには,少なくとも触媒として働くために,安定な三次構造を形成しなければならない。その一方で,鋳型となるためには安定な三次構造を形成しないRNAとなる必要がある.このように,RNAの自己複製にはそれ自体の中に自己矛盾を含んだものとなっているのである.
3. 自己複製したRNAから遺伝暗号の成立過程を説明できない.
上の2で述べたように,RNAが自己複製することはないと考えられるが,たとえRNAが自己複製できたとしても,自己複製したRNAが遺伝暗号を持つ必要がある.しかし,RNAが遺伝情報を発揮するためには,遺伝暗号位置毎にそれぞれ独特の塩基組成を持たねばならない.RNAの自己複製能力と遺伝暗号との間には何の関係も存在しない。このことを考えると,自己複製したRNAが遺伝情報を発揮することも不可能なことに違いない.  
   このように生命の起原を考えるに当たって,RNA自体に上記のような問題点が存在すること,また,生命の起原を考えるに当たっての三つの原理に照らしてみても,RNAワールド仮説には,アミノ酸よりも構造の複雑なヌクレオチドを基礎としていること(原理1に反する),ランダムな過程から始まるのではなく,遺伝子としての規則構造を基礎としていること(原理2に反する),また,タンパク質の触媒機能から始まるのではなく,RNAの持つ触媒機能に比べて遺伝情報機能を重視としていること(原理3に反する)など妥当性や合理性に問題があると言わざるを得ない.
    これまで私たちが私たち独自のGADV仮説を発表する中で,GADV仮説に対する重大な批判をほとんど聞くことはなかった.しかし,[GADV]-タンパク質ワールド仮説とRNAワールド仮説とは矛盾していないとの意見を聞くことがある.その理由は,GADV仮説はRNAワールド形成への段階を説明している考えだとの主張のようである. GADV仮説の中で確かに生命の起原に到る段階の一つとしてRNAの形成を説明しているが,RNAを形成した段階は[GADV]-タンパク質とRNAからなる世界であり,”[GADV]-タンパク質―RNA” ワールドである。したがって、RNAワールド仮説が主張するようなRNAの自己複製によって形成されたRNAワールドと全く異なったものである。
    また,[GADV]-タンパク質ワールドのようなタンパク質ワールドとRNAワールドが独立に形成され,それがある時点でタンパク質とRNAからなる ”タンパク質―RNAワールド” が形成されたと考えるタンパク質ワールドとRNAワールドの並列説がある.しかし,一般に,物事はどちらかが先に出現し,どちらかが遅れて形成されるものである.私たちはそのような意味からも,[GADV]-タンパク質ワールドが先に出現し,その[GADV]-タンパク質ワールドからオリゴヌクレオチドやRNAが形成され,遺伝暗号の形成を契機として遺伝子が形成され,生命がこの原始地球上で生まれたとのGADV仮説を主張したい.私たちの主張するGADV仮説とこれまでの生命の起原に関する主な考えであるRNAワールド仮説やタンパク質ワールド―RNAワールド並列説のどれが妥当であるとお考えだろうか.この点については読者の判断に委ねたい.

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