水晶体中のD-アスパラギン酸含有蛋白質についての概説
及び、山形県にて行われた第31回生命の起原及び進化学会感想記

京都大学原子炉実験所 放射線生命部門 高田 匠

(Received 31 July 2006 Accepted 23 August 2006)

1.はじめに

 生命の発生以前の原始地球上では、アミノ酸などの生命を構成する基本的な有機物は化学合成と同様にラセミ混合物として生成されていたと考えられている。不斉の起源については未だ明らかになってはいないが、ともあれ、原始地球上では化学進化の過程でL-アミノ酸が選択されてD-アミノ酸は排除された。L-アミノ酸は縮重合してポリマーとなり、原始蛋白質ができ、そして生命が生まれたと考えられている。我々の体を構成する蛋白質は厳密にL-アミノ酸のみで構成されており、その片手構造は生命活動を維持している限り変化することはないと考えられてきた。ところが近年、生体内の様々な部位にてD-アミノ酸が発見され老化と深く関わっている事が明らかになってきた。

2.蛋白質中のD-アミノ酸

 近年、様々な生体組織内にある蛋白質中においてD-アミノ酸は発見されている。蛋白質中のD-アミノ酸はD-アスパラギン酸(D-Asp)やD-セリン(D-Ser)などが主である。D-Aspはこれまでに、脳[1, 2]、水晶体[3]、骨[4]、歯[5]、動脈壁[6]、などの様々な組織の蛋白質中に見出されている。蛋白質中のD-Aspの増加やそれに伴う機能低下、及び様々な疾患に関しては多くの報告があり、それらを表1にまとめた。一般に、蛋白質中にD-アミノ酸が生成される事によって主鎖構造が変化してそれに伴い高次構造が乱れ、不溶化や機能低下を招くことが予想される。これが白内障やアルツハイマー病などの老人性疾患に深く関わると考えられている。



3.部位特異的に存在する水晶体蛋白質中のD-Asp、D-Aspの異性化について

 生体内のD-アミノ酸含有蛋白質が増加する理由として、蛋白質中のL-アミノ酸が時間経過(加齢)に伴いラセミ化反応でD-アミノ酸に異性化するものと考えられている。過去の研究により、D-Asp含有蛋白質の存在は徐々に明らかにされてきたが、組織内のどの蛋白質中のどの部位のAsp残基がラセミ化しているのかは十分には解ってはいなかった。しかし近年、水晶体のαA-クリスタリン蛋白質中の58、151番目のAsp残基が著しくD体へと変化している事が明らかにされた[7, 8]。さらに151番目のAsp残基に関しては、L体からD体への変化とともに、Asp残基と隣接アミノ酸残基の結合がα結合からβ結合へと変化する異性化反応も進行しており、加齢に応じたD-β-型のAsp(D-β-Asp)の著しい増加が明らかにされた[7, 8]。 

4.加齢や種々のストレスとD-アミノ酸との関係

 加齢に応じて増加するD-アミノ酸、又、加齢以外には、温度変化や紫外線などの様々な刺激を受けた蛋白質中にD-アミノ酸が存在する事が明らかとなっている。生命の進化の過程で何らかの理由によってタンパク質を構成するアミノ酸としては除外されたD-アミノ酸が、加齢や他のストレスに伴って生体内に蓄積するという事実は、D-アミノ酸の生理的意義に非常に多くの興味を注ぐものであり、また、一種の翻訳後修飾としても考える事が出来る。次項では、外部からのストレスとして、赤外線を用い、赤外線照射に伴う生体内蛋白質中でのD-β-Asp増加をスクリーニングする手法、およびその結果について紹介する。

5.抗体を用いたD-β-Aspスクリーニング法

 微量のD-β-Asp含有蛋白質を網羅的に検索するために、D-β-Aspを特異的に認識する抗体を用いた[9]。抗原として、ヒトαA-クリスタリン中の149-153までのペプチド (GLDAT) 中のAspをD-β-体に置換したペプチド鎖が3回繰り返された配列をもつ合成ペプチドを用いた(図1)。この抗体と、二次元電気泳動法とMALDI-TOF-MSを用いた一次スクリーニング手法により、赤外線曝露後ウサギ水晶体、及び未照射ウサギ水晶体可溶性画分間でのD-β-Asp含有量に関しての網羅的解析を行った[10]。用いた赤外線のエネルギー量は、過去のラセミ化測定実験により明らかになっている、ペプチド鎖中Aspラセミ化に要するエネルギーと等量である。ストレス付加前後で大きな違いがみられた蛋白質としてβB1,βB2-クリスタリンが挙げられる(図2)。ウシ水晶体からこれらの蛋白質を分離し、これまで藤井らにより確立されたジアステレオマー法によりL体とD体の割合を計測し、βΒ2-クリスタリン中で局所的にD-Asp存在比の大きい部位を確認する事ができた(unpublished data)。



図1. 作成抗体用モデルペプチド



図2. 赤外線照射後、ウサギ水晶体可溶性画分を用いたウエスタンブロット、及びMALDI-TOF-MS結果

6.蛋白質中でのAsp残基の反転と異性化の機構

  これまでに、蛋白質中のAspのラセミ化、反転、及び異性化について図3に示す反応メカニズムが考えられている。図3に示すように、生体内の蛋白質中のAsp残基は隣接残基とのペプチド結合から、通常はL-α-結合型のAspである。しかし、隣接残基の側鎖が小さいアミノ酸である時、隣接残基のNの不対電子対がAsp側鎖のカルボニル基を攻撃し、五員環イミドであるL-スクシイミジル基を形成する。続いて、α炭素に結合していたプロトンが脱離し、プロキラルなスクシイミジル中間体となる (図3右上) 。中間体は同一平面上にあり、次にプロトンが付加する確率はこの中間体の平面の上からでも下からでも同じなので、理論的にはL-スクシイミジル基とD-スクシイミジル基は等量生成されるべきである。これらのイミド体がすぐに開環してα型とβ型の2種類の異性体ができるので、理論上はD-イミド体からはD-α-AspとD-β-Aspが、L-イミド体からはL-α-AspとL-β-Aspの、合計4種類の異性体が等量形成されるはずである。しかし、実際には、すべてのAspに、同様にラセミ化や異性化が生じているわけではない。次項にて述べるが、異性体形成には五員環イミドの形成が必須であるが、イミドの形成に有利な条件と不利な条件があり、これによってL-イミド体とD-イミド体の割合、そしてAsp異性体の割合が変化していると考えられている。



図3. 蛋白質中Aspラセミ化、異性化機構

7.蛋白質構成アミノ酸の一次配列あるいは立体構造とD-Asp生成についての関係

 ヒトのαA-クリスタリン中において最もD-β-化しやすいAsp-58、Asp-151残基のC末端側隣接残基は、比較的立体障害の少ないSerとAlaである。さらに、種に関係なくαA-クリスタリン中においてラセミ化が観察されるAsp-151残基のC末端側の隣接残基は全てAlaであることも報告されている。また、今回明らかになったβ-クリスタリン中のD-Asp部位の隣接残基のβB1は全てAlaであり、βB2は全てSerおよびHisであった。以上の結果からも、C末側隣接残基が立体障害の少ないアミノ酸である事がイミドを形成しやすい条件であり、ラセミ化の起こりやすい条件であるという事が示唆されている。  またAspの反転と異性化には、蛋白質構成アミノ酸の一次配列だけでなく蛋白質自体の高次構造が関わってくる事も報告されている[11]。α-クリスタリンは立体構造が明らかになってはおらず、実際に三次構造がD-アミノ酸生成に与える影響の分析はこれまでに行われてはいない。しかし、ここで同定したβ, γ-クリスタリンについては立体構造が明らかになっており、全て共通の立体構造を持つ事が報告されている。この立体構造とD-Asp及びD-β-Asp生成との関係を明らかにする事は非常に興味深い今後の課題である。Aspのラセミ化と異性化反応は、主鎖であるペプチド鎖を変化させる反応であることから他の翻訳後修飾と比較しても立体構造に大きく寄与すると考えられるので、可溶性蛋白質中における蛋白質の不溶化やそれに伴う疾患に多大な影響を及ぼしていると考えられる。

8.おわりに

 本来、D-アミノ酸研究は生命の進化の過程におけるその選択理由を明らかにすることを目的として行われてきたが、生化学的な観点からもD-アミノ酸を研究する価値は非常に大きいと思われる。すなわち本研究の特色は、翻訳後修飾を網羅的に解析するために、微量D-アミノ酸含有蛋白質の分析に対するD-β-Asp得意的抗体の利用、最適な質量分析機の選択、アミノ酸光学異性体一斉分析カラムの利用など、鏡像異性体の同時分析をめざしてそれを確立した事が挙げられる。他の翻訳後修飾と比較して、修飾基の付加、脱離が存在するわけでなく、主鎖がα結合型から、β結合型へと反転する立体構造のみの変化による修飾のため、MALDI法による質量分析において修飾基による電荷の付加や、それに伴うイオン化の抑制は起こらない。この事からも、質量分析法の応用により網羅的なD-β-Asp含有蛋白質の同定が可能である事が考えられる。もし質量分析器を応用し、より高精度にアミノ酸のラセミ化の割合、異性化率を定量する事が可能であれば、これまで考えられていたよりも普遍的に存在している微量のD-β-Asp含有蛋白質を、老化や疾患のマーカーとして用いる事が可能ではないかと考えている。
 以上に、山形大学にて行われた第31回生命の起原及び進化学会にて発表させて頂いた内容と関連する研究を概説しました。学会の行われた3月は未だ雪は残ってはいましたが、東北地方特有の湿気の無い非常に快適な気候で過ごしやすい所でした。日常あまりお会いする機会を得る事が困難である遠隔地同士の教授の皆様方や、新しく知り合えた教授の方、そして今までに自分の全く知らなかった生命の起源に関するアプローチ等、非常に有意義な時間を過ごす事ができました。今後この学会を経て自らがこれまで行ってきた研究やこれからの研究を続けていく上で、大きなヒントになるであろうと考えています。学生としては最後の発表でもあり、自分にとっては非常に思い出に残る地での発表となりました。益々生命の起源に関します研究が繁栄し、様々な謎が解き明かされますよう学会と共に歩んでいきたいと思っています。発表を行うにあたり、援助してくださった学会運営委員の皆様方、及び非常にスムーズな学会の運営、及び発表の場を提供して頂いた山形大学スタッフの方々に厚くお礼申し上げます。

参考文献

1. Fisher, G. H., Garcia, N. M. Payan, I. L. Cadilla-Perezrios, R. Sheremata, W. A. and Man, E. H. D-aspartic acid in purified myelin and myelin basic protein, Biochem. Biophys. Res. Commun. 135, 683-687 (1986).
2. Roher, A.E., Lowenson, J. D. Clarke, S. Wolkow, C. Wang, R. Cotter, R. J. Reardon, I. M. Zurcher-Neerly, H. A. Heinrikson, R. L. Melvyn, J. B. and Greenberg, B. D. Structural alterations in the peptide backbone of beta-amyloid core protein may account for its deposition and stability in Alzheimer's disease, J. Biol. Chem. 268, 3072-3083 (1993).
3. Masters, P. M., Bada, J. L. and Zigler, J. S. Jr. Aspartic acid racemisation in the human lens during ageing and in cataract formation, Nature 268, 71-73 (1977).
4. Ritz, S., Turzynski, A. Schutz, H. W. Hollmann, A. and Rochholz, G. Identification of osteocalcin as a permanent aging constituent of the bone matrix: basis for an accurate age at death determination, Forensic. Sci. Int. 77, 13-26 (1996).
5. Masters, P. M. Stereochemically altered noncollagenous protein from human dentin, Calcif. Tissue. Int. 35, 43-47 (1983).
6. Powell, J. T., Vine, N. and Crossman, M. On the accumulation of D-aspartate in elastin and other proteins of the ageing aorta, Atherosclerosis 97, 201-208 (1992).
7. Fujii, N., Ishibashi, Y. Satoh, K. Fujino, M. and Harada, K. Simultaneous racemization and isomerization at specific aspartic acid residues in alpha B-crystallin from the aged human lens, Biochim. Biophys. Acta. 1204, 157-163 (1994).
8. Fujii, N., Satoh, K. Harada, K. and Ishibashi, Y. Simultaneous stereoinversion and isomerization at specific aspartic acid residues in alpha A-crystallin from human lens, J. Biochem. (Tokyo) 116, 663-669 (1994).
9. Fujii, N., Tajima, S. Tanaka, N. Fujimoto, N. Takata, T. and Shimo-Oka, T. The presence of D-beta-aspartic acid-containing peptides in elastic fibers of sun-damaged skin: a potent marker for ultraviolet-induced skin aging, Biochem. Biophys. Res. Commun. 294, 1047-1051 (2002).
10. Takata, T., Shimo-Oka, T. Kojima, M. Miki, K. and Fujii, N. Differential analysis of D-beta-Asp-containing proteins found in normal and infrared irradiated rabbit lens, Biochem. Biophys. Res. Commun. 344, 263-271 (2006).
11. Fujii, N., Harada, K. Momose, Y. Ishii, N. and Akaboshi, M. D-amino acid formation induced by a chiral field within a human lens protein during aging, Biochem. Biophys. Res. Commun. 263, 322-326 (1999).

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