生命の起原および進化学会第31回学術講演会に参加して

根 本 淳 史 長岡技術科学大学大学院工学研究科博士後期課程情報制御工学専攻
(現:独立行政法人産業技術総合研究所環境管理技術研究部門)
E-mail: atsushi-nemoto@aist.go.jp

(Received 31 July 2006 Accepted 7 July 2006)

 ミラーとユーリーが、メタン(CH4)、アンモニア(NH3)、水素(H2)、水蒸気(H2O)からなる模擬原始大気に放電を行い、生命に不可欠なアミノ酸のいくつかが非生物的に生成することを確認したのは、1953年の事であった。この実験以後、多くの研究者が類似した実験を試みるようになり、「生命の起源」は科学的研究の対象となった。そして約53年の月日が流れようとしている。こうした中、日本では「生命の起原および進化学会」が1975年に設立された。学会設立までには全国的な組織としての活動が定着するために関係方面の多くの方々の多大のご努力があったと聞いている。そして設立当初から続いている学術講演会は今回で第31回を迎えた。
 本学術講演会では、31件の一般研究発表、3件の特別講演「tRNAの形の起原:現在のtRNAに見られる単純な構造の痕跡」、「細胞内共生は進化の原動力」、「SsrAタグ認識系の進化」、さらにシンポジウム「試験管内分子進化工学技術で何ができるか」において5件の講演の、合計39件が3日間の会期中に講演された。この講演の中からいくつかに限定して取り上げ、考えたことを述べさせていただきます。
 本学術講演会の研究発表を、生命の起源における「化学実験的アプローチ」と「生物実験的アプローチ」に大別しよう。ここで用いた「化学実験的アプローチ」とは、地球科学の知識に基づいて原始的な環境をシミュレーションする研究である。「生物実験的アプローチ」には、現存の生物系にみられる多様な分子、これを生物素子と呼ぶと、例えば“遺伝子”の一部を用いて生命現象となんらかの類似点を持つシステムを作るという、新しい考え方に基づく研究が含まれる。
 「化学実験的アプローチ」に関する講演では、小林グループ(横国大)が、エネルギー源として紫外線、陽子線、高エネルギー重粒子(炭素)線を用いて模擬星間物質有機物生成や生成物の安定性について調べ、関連する多数の講演が行われた。特に、宇宙線をエネルギー源として模擬星間物質から生成した有機物を用いて、それらの高温高圧環境下における安定性を調べた実験が印象に残った。これは、地球における生命の起源の場あるいは化学進化の舞台として注目を浴びている海底熱水噴出孔近傍で、地球外から供給された有機物が重合や分解を繰り返しながらより複雑な物質へと化学進化した可能性を示す、意義深く、また興味深い実験であった。
 中川グループ(神戸大)は、化学進化のエネルギー源として真空紫外線を選び、始源物質としてアミノ酸を用いてその重合反応とラセミ化反応のメカニズム、および真空中における紫外光の吸収特性を報告した。重合反応のメカニズムを調べる研究では、紫外線照射システムと四重極質量分析装置を組み合わせることで紫外線照射によって脱離する分子の測定を可能にした。この方法は、宇宙環境でアミノ酸が真空紫外線の照射を受けた場合、どのような機構で反応が起こるかを推定する上で非常に有用であり、新たな知見を与える研究手法であるという印象を受けた。
 アミノ酸に関係した研究として、川村グループ(大阪府大)が「熱水環境下における2〜5鎖長オリゴアラニンの反応挙動と効果的伸張経路の発見」について講演した。オリゴペプチドの生成反応経路をミリ秒レベルで追跡する方法を用いて調べ、オリゴペプチドが大過剰モノマーとの重合反応によってさらに伸張することを報告した。また胸組先生(小山高専)は、「アスパラギンとポリペプチドのホモキラリティー」という題目で発表を行い、ホモキラリティーの生成機構について新しいモデルを提案した。胸組先生が明らかにしたように、このモデルは従来の考え方を総括的に捕えたモデルであってホモキラリティーの起源を解明する上で意義深いものであった。
 「生物実験的アプローチ」に関する講演では、(超)好熱性細菌、レトロウィルス、古細菌などのタンパク質やRNAを研究対象として用い、タンパク質工学および遺伝子工学技術を用いた研究について報告があった。今後この種の新しい手法を用いて、生命の起源に迫ろうとする研究の新天地が開拓されるのではないだろうか。例えば、池原先生(奈良女子大)の提案する「[GADV]−タンパク質ワールド仮説」は新しいアプローチ法であると思う。さまざまな機能を持つ分子を予め準備しそれらから生命を構築しようという新しいアプローチ法は、地球科学の知識に基づいて原始的な環境をシミュレーションする化学進化の実験法と一見対照的であるが、生命の起源のシナリオを構成しようとする点においてこれらは共通していると思われる。
 本学術講演会に参加し、生命の起源の問題に取り組むときには地球科学と生物学の両面からアプローチすることが大切であることを改めて感じた。この両者の方法論がうまくかみ合ったとき「生命がどのような環境で、どのように誕生したのか?」という謎が解明されるのだろう。この見通しが妥当であり、これからおおいに研究が進むことを期待している。しかし課題もある。それは、若手研究者の参加が少なかった、ことである。横浜国立大学小林教授、神戸大学中川教授のグループからは、若手による多数の講演がなされ研究室の活発さを感じることができたが、講演全体を通じて見ると若手研究者による発表は多くはない。
 「生命の起原」の研究がさらに進展するためには、若手が一層参加することがぜひとも求められる。何か、良案はないものであろうか?
 最後になりましたが本学術講演会に参加するために生命の起原および進化学会から旅費の援助を頂きました。ここに謝意を表します。
 

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