Session 7: Chemical Evolution
(化学進化)

小林 憲正
横浜国立大学大学工学研究院
〒240-8501 横浜市保土ヶ谷区常盤台79-5

   化学進化は,通常の「生命の起原および進化学会」における主要テーマのひとつであるが,今回の国際シンポジウムにおいても,もっとも多くの論文が集まったセッションであった。ただし,海底熱水噴出孔や光学活性の起源関連の論文は,別のセッションが設けられたため,そちらに移っている。
   口頭発表は6月30日(木)の午前中に行われた。座長は小林と,奈良岡教授がつとめた。最初の3論文は炭素質コンドライト中の有機物に関するものだった。
   まず, アリゾナ州立大のSandra Pizzarello博士は,炭素質コンドライト中の有機物に関する最近の知見についての総括的な講演を行った。特に,マーチソン隕石中の有機物の多くを占める高分子の解析や,H, C, Nといった元素の同位体濃縮の問題,さらに隕石中のアミノ酸のL過剰と,その原因や生命の起源との関わりについての講演は極めて示唆に富むものであった。
   次に,岡山大の奈良岡浩教授の招待講演も,隕石中の有機物に関して,同位体分析や有機酸・アミノ酸分析等により得られた最新の知見を紹介し,星間有機物から地球生命への進化の過程における隕石有機物の多様性と役割についてわかりやすく解説して下さった。特に,隕石中に含まれる高分子有機物を高温下で加水分解することにより多量の酢酸が生じることは,従来軽視されてきた隕石中の複雑有機物の重要性を強く示唆するものであった。
   藪田ひかる博士(アリゾナ州立大→カーネギー研究所)はマレイ隕石中の不溶性複雑有機物を抽出した後,高温処理を行い,生成する分子の分析や,同位体分析や固体NMRなどによりキャラクタリゼーションを行った結果について述べた。余談だが,藪田博士は,直前のISSOL '05(北京)においてこれに関連するポスター発表を行い,ベストポスター賞を受賞している。
   次の3講演は,化学進化模擬実験に関するものであった。小林(筆者)は,原始大気および星間環境下での有機物生成に関して,従来無視されることがおおかった宇宙線の役割について,種々の加速器を用いた模擬実験により検証を行った。
   神戸大学の中川和道教授は,アミノ酸蒸着膜に真空紫外および軟X線領域の放射光を照射し,円二色スペクトルの測定や反応の解析を行った。このような高エネルギー領域での円二色スペクトルの測定は世界的に例を見ず,星間環境でのアミノ酸の進化や,不斉の発現に関する新たなシナリオの構築につながるものである。
   筑波大学の三田肇博士は,アスパラギン水溶液を加熱することによるペプチドの生成について報告した。生成物の注意深い質量分析により最大12量体までのペプチドの生成が認められ,またその反応機構の推定も可能となった。
   最後の口頭発表は,K. L. Kirkshwink博士による"Boron, Ribose, and Martian Origin for Terrestrial Life"という極めてユニークなものであった。Kirkshwink博士は,全球凍結の提唱者として有名であり,今回はSession 8の招待講演者として本シンポに参加している。このセッションでの講演においては,化学進化における最大の謎のひとつ,リボースの起源についての考察を行った。その無生物生成においてホウ素が重要な役割を果たした可能性から,ホウ素がより多く存在したと考えられる火星こそ,地球生命のふるさとである,という結論を導き出している。この結論はもちろん万人に受け入れられるものではないが,日本語の同時翻訳つき(本シンポで唯一!)のスライドを用いた講演は極めて興味深いものであった。
   ポスターセッションは7月1日(金)に行われ,P61〜P74の14ポスターが申し込まれた。
   明治学院大の高橋順子博士は,計算化学手法により星間塵上でのグリシンの生成機構モデルを提案した(P61)。前述の中川教授のグループからは5つのポスター発表(P63-66, P67)が行われ,研究室の活性の高さが示された。JSTの西野英雄博士は放射光を用いたアミノ酸の不斉合成(分解)に関する最新の結果を紹介した(P66)。物質研の橋爪英夫博士(P69)および大阪大の沖原浩介さん(P70)は,ともに核酸の起源における粘土鉱物の役割について,模擬実験により考察を行った。東北大の大原祥平さんは地殻深部という高温高圧環境下でのアミノ酸の重合の可能性を実験により示した(P71)。小山高専の胸組虎胤博士は活性化したアミノ酸の重合実験を行い,ホモキラルペプチドの起源について考察を行った(P74)。
   化学進化実験は,1950年代の「ミラーの実験」以来,主として,室内模擬実験と,地球外有機物の分析という両輪により進められてきた。また,模擬実験は,宇宙環境模擬実験,原始大気模擬実験,原始海洋(および地殻)模擬実験などに分類でき,各々が独自に行われてきた。今回のシンポジウムでは,隕石中の有機物を用いた模擬実験例がいくつか報告されているが,今後は,このような従来の境界を越えた実験がますます必要となろう。
   また,これまで,直接分析しうる地球外物質は,隕石と「月の石」くらいしかなかった。現在,日本のMUSES-C(はやぶさ)計画など,小天体のサンプルリターンやその場分析(Deep Impact計画など)が次々に行われようとしている。さらにカッシーニ=ホイヘンス計画によるタイタン有機物分析も現在結果待ちで,さらに火星やエウロパの有機物分析も将来行われるであろう。これらの結果,およびそれに基づいた新たな模擬実験などにより「化学進化」研究も新たな段階に入っていくことが期待される。


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