Session 6: Life under Extreme Environments
(極限環境下の生命)

長沼 毅
広島大学大学院生物圏科学研究科
〒739-8528 東広島市鏡山1-4-4

   このセッションでは「極限環境生物の多様性と多才性を見ることで地球生命の起源について考察し、ひいては宇宙における生命の可能性まで敷衍することを意図した。極限環境というと一般には高温環境がまず念頭に上がるので、このセッションでも好熱菌に関する講演を中心とした。さらに、今までにない観点として「時間的な極限環境」と「サイズの極限環境」を取り込んだことが、このセッションの特徴だったと思う。それらの一般的な観点と新しい観点がどこまで相互に刺激し合えるかは今後も検討する必要があるが、少なくとも、当セッションの5講演は様々な観点の相互作用の試みとして評価できるだろう。
   このセッションは米国ウェストチェスター大学のラッセル・ヴリーランド(Russell H. Vreeland)博士による「古代の微生物とDNA:生命の進化と起源への考察」(Ancient microbes and their DNA: What might they tell us about evolution and the origin of life?)という講演でスタートした。ヴリーランド博士は2億5000万年前の岩塩に閉じ込められた微生物を蘇生させた研究(Nature, 407, 897-900, 2000)で有名であり、この講演でもその研究の詳細について説明された。この研究では「蘇生した微生物は本当に岩塩の形成年代に封入されたのか」という問題に答える必要がある。実は、この問題は二つの異なる問題、すなわち「この岩塩の形成後にできた亀裂などを通って後世の微生物が侵入したのではないか」(自然コンタミネーション)および「蘇生した微生物は現生菌のコンタミネーションではないのか」(人為コンタミネーション)に分けられる。前者については、結晶学的・鉱物学的な観点から、研究に使用した岩塩が完全な一次結晶であり亀裂や損傷などのないことと正確な年代を決定できることが示された。後者については岩塩中の流体包有物(fluid inclusion)の中から微生物を回収した手法について詳述され、操作の各段階で厳密な除染がなされたこと、および、各段階での汚染の可能性を定量的に評価した上で、「仮に人為汚染があったとしてもそれは10-12以下の確率であり、汚染があったとするより汚染はなかったと結論する方が妥当である」と述べた。このような操作上の問題点をクリアした上で、岩塩のように絶対年代の判明したサンプルから微生物を蘇生し、あるいはDNAを抽出し、そのゲノム情報の変化を調べることで、「絶対時間尺上でのゲノム進化」を評価できるという提言がなされた。
   これは今までにない新たな生物進化研究の視点であり、その時間尺上のゲノム進化を遡及することで生命の起源に近付くというアプローチを開拓するものである。岩塩は億年(108年)単位で様々なサンプルが入手できる。これに対し、10万年(105年)以下の分解能で入手できるのが南極や北極の氷床コア(ice core)である。既に筆者らは南極ボストーク基地の20万年前の氷床コアから微生物を蘇生させている。これにより万年単位の遺伝子変異と億年単位のゲノム進化を直接な比較が可能になり、生命の起源に向けて時間軸上を遡及する際のペースメーカーを提供することができると思われる。
   また、岩塩中で2億5000万年も生残できるということは、たとえば、隕石や彗星内に封入された微生物が長期間にわたって惑星間・星間などの宇宙空間を移動できる可能性を意味する。これは、今までは単に「かもしれない」で片付けられてきたアストロバイオロジカルな生命伝播が、急に現実味を帯びてきたということであり、その意義は大きい。
   これに続いて、海洋研究開発機構(JAMSTEC)の高井研博士が、現生の微生物の諸特性から「すべての生物に直結する共通祖先」(Last Universal Common Ancestor, LUCA)を推定するという論陣を張った。高井氏はこれまでに地球上の様々な熱水噴出域や深部地下生物圏を調査し、その結実の一つとして、今回の講演「超塩基性岩−熱水現象−水素−ハイパースライム(UltraH3)のリンク:LUCA群集への鍵」(Ultramafics-Hydrothermalism-Hydrogen-HyperSLiME (UltraH3) linkage: a key for Last Universal Common Ancestral (LUCA) community of life)を提供してくれた。この講演の特徴は、LUCAは水素発生型の熱水噴出域(マントル物質などの超塩基性岩をホスト岩体とした熱水系)で誕生したはずで、しかも、化学合成無機独立栄養を行うための生物「群集」だったはずだ、という論点である。水素発生型の熱水噴出域は大西洋中央海嶺やインド洋中央海嶺で実際に確認されているし、そこから水素を二酸化炭素で酸化するLUCAタイプの微生物も高井氏らは発見している。さらに、原始的な代謝の数過程が少し変化するだけでより洗練された代謝系に進化する可能性も指摘され、講演が終わる頃にはLUCAがとても身近な存在に思えるようになった。これにより、LUCAから「本当の最初の生命たち」へ遡及するmissing linkが強調されたようだ。
   熱いLUCAの講演の後も熱いテーマの講演が続いた。演者の京都大学・今中忠行教授は4ヶ月前に第46次南極観測隊から帰ってきたばかりだが、その講演は南極の寒い話ではなく、小宝島という火山島の浅海熱水噴出孔から採取した超好熱菌に関する「超好熱性アーキア Thermococcus kodakaraensis の全ゲノム解析および遺伝子破壊解析」(Complete genome analysis and targeted gene disruption in the hyperthermophilic archaeon, Thermococcus kodakaraensis)という、これまた熱いテーマだった。しかし、その内容は全ゲノム情報にもとづいて生命維持に重要と考えられる遺伝子を抽出し、それを破壊することでその遺伝子の重要性を実証的に解明するという、きわめてクール(cool!)な内容であった。あくまでも現生の生物ではあるが、そのゲノムに秘められた進化の歴史を解き明かす、その知的興奮を共有できたことは、単に至福の時を過ごしたという以上に、今後の「生命の起源」研究の新たな地平を垣間見たような感動であった。
   Thermus thermophilus超好熱菌(アーキアではなくバクテリア)は、リジンという重要なアミノ酸合成において、従来知られているバクテリア・植物型ではなく、真核菌類型(AAA経路)を取る。東大の宮崎淳一博士による「超好熱菌Thermus thermophilusにおけるリジン生合成」(Lysine biosynthesis in an extreme thermophile, Thermus thermophilus)という講演では、T. themophilusのAAA経路はTCA回路および他のアミノ酸(ロイシン、アルギニン)生合成経路に類似すること、AAAに関与する酵素は基質特異性が高くないこと(むしろAAA経路の基質より他の基質に親和性があること)などから、AAA関連酵素はLUCAタイプである可能性が示唆された。さらに、T. themophilusのAAA関連酵素の一つであるホモイソシトレートデヒドロゲナーゼ(HICDH)は分子系統的・酵素化学的・タンパク質工学的・構造的に祖先型を強く残すLUCAタイプであることが紹介された。
   当セッションは「時間極限」、「LUCA」、「温度極限」などの話題に触れてきたが、その最後の講演では「サイズ極限」を取り上げた。広島大学の長沼毅は「深部地下水と海底熱水における極微小生物」(Extremely small-sized "nano" microbes in deep groundwaters and hydrothermal vent fluids)を紹介し、その生物学的意義、特にアストロバイオロジーとの関連に言及した。まず、極微小生物とは、医薬・食品業界で濾過滅菌(除菌)に汎用される孔径0.2ミクロンのフィルターを通過するような極微小生物であり、バクテリア・アーキアの双方が確認されている。ただし、いわゆるナノアーキア Nanoarcheaに属する菌だけではないし、ナノバクテリアという呼称にも批判があるので、本講演では単に極微小生物あるいはナノ微生物という表現が用いられた。天然環境のほとんどの微生物も孔径0.2ミクロンのフィルターで捕集されるので、微生物生態学ではその濾液についてはあまり注意を払ってこなかったが、長沼らはそこに残存する微生物をさらに孔径0.1ミクロンのフィルターで捕集し、DNAを抽出して16S rRNA遺伝子に基づく系統解析を行った。その結果、バクテリア・アーキアともに新規の「分岐の深い系統」(deep-branching lineages)が発見され、微生物進化の初期段階における多様性の拡大と、われわれが従来は捨てていたサンプルであるナノワールドに祖先的な微生物が残っている可能性を示唆した。さらに、極微小生物はその小ささゆえに大きなゲノムを持つことはできず、もしかしたら、通常は共生菌や寄生菌(病原菌)にしか見られない100万塩基対(1 Mbp)未満の小さなゲノムを有する可能性にも言及した。もし、天然環境の極微小生物のゲノムが1 Mbp未満であったら、それは「自由生活を営むに必要な最小ゲノム」(minimum genome)を意味し、生命の起源に対し重要な知見を提供すると考えられる。さらに、火星由来の隕石ALH84001に発見された微生物化石様の構造に対する「生き物にしては小さ過ぎる」という批判に対しても、少なくともサイズの面では問題にならないというアストロバイオロジカルな問題解決にも触れた。
   このように、当セッションでは、Life under Extreme Environments(極限環境下の生命)というタイトルから予想されるような「新規・珍奇な生物の博物学的紹介」や「生命の起源は超好熱菌であり、生命誕生の現場は熱水噴出孔である」という従来のステレオタイプな考え方を少しでも打破しようと各人が努力し、新たな視点や手法を導入して野心的なアイデアを披瀝したことが特徴であったように思う。これを発展・継続し、あるいはさらに新たな視点からの研究が生まれ、生命の起源およびアストロバイオロジーの分野に貢献できれば、当セッション関係者として幸甚である。


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