Session 4 : From Molecules to Life-Like Systems & RNA World
("分子から生命システムへ”および“RNAワールド”)

澤井宏明,川村邦男2
群馬大学工学部応用化学科 〒376-8515群馬県桐生市天神町1-5-1
2大阪府立大学大学院工学研究科 〒599-8531大阪府堺市学園町1-1

   生命の起源の分子機構を解明する研究の核心の一つは,遺伝子からタンパク質への情報の受け渡しの機構がどのようにできあがったのかを解明することであろう.言い換えると,最初の遺伝物質は何か,その遺伝情報はどのような機能を保持したか,そして遺伝子を翻訳し機能を発現した情報の流れの仕組みがどのようなものであったのかを解明することである.DNAからタンパク質へと情報が伝達され翻訳される仕組みは大変複雑であるばかりか,その起源を遡ると「DNAが先か,タンパク質が先か」という問題に行きつく.RNAワールド仮説はこれらを解決する仮説として登場し,生命の起源の中心的な課題としてこの20年間に多くの研究が行われた.しかしRNAワールド仮説が提案されたことで生命の起源の問題が解決されてしまったわけではなく,RNAワールド仮説もまた様々な問題を含んでいる.例えば以下のような問題があげられるであろう.

1. RNAは原始的な環境で化学進化によって生成したか?
2. RNAはどの程度多様な反応を制御できたか?
3. RNAワールドと生命の熱水起源との関係はどのようなものか?
4. RNAワールド仮説と光学活性の起源とはどのような関係にあるか?
5. RNAワールドから次の段階へとどのように移行したか?

惑星学あるいは地球科学の知識に基づいて原始的な環境をシミュレーションする化学進化実験はこれらの問題に取り組むための方法であるが,ここでは分子から生命システムを構成する新しいアプローチ法に注目したい.例えば,1990年代初期のほぼ同時期にElligtonとSzostak,TuerkとGold,およびJoyceらの3つのグループによってRNAのin vitro selection法(あるいはSELEX)が発表された.この方法はランダムな塩基配列をもつRNAの分子集団から特定のタンパク質に結合するRNA分子あるいは人工リボザイムなどを進化工学的に創り出す方法である.この方法によって様々な人工リボザイムが生みだされ,またタンパク質のin vitro selectionなどへと発展した.これらの新しい技術の展開は分子生物学的手法の発展によるところが大きいが,生物進化を工学的に利用するあるいは生命を構成的にとらえるという思考法が背景にあるということが重要である.これらの技術の注目すべき点は,生物進化に必要な要素である増幅,選択,変異に相当する技術的要素を含んでいることである.すなわちin vitro selection法と生物進化との間にはアナロジーがある.従ってこの種の新しいアプローチ法を使って生命を研究することは生命の起源の新しい"デルや手がかりを与えてくれるだろう.このような観点から,本シンポジウムではRNAワールドや分子から生命を構成する研究を行っている方々に講演をお願いした.
   このシンポジウムの招待講演に先立って2件の一般講演が行われた.最初の一般講演は澤井宏明氏(群馬大学)によって“Differences in substrate specificity of C5-substituted cytidine derivatives by DNA polymerases from hyper thermophilic bacteria and archaea”という題目で行われた.生物の遺伝情報を担う物質はDNAとRNAであり基本構造はよく似ている.DNAの糖の部分はデオキシリボースでありRNAではリボースである.また,4種類の塩基のなかでG(グアニン),A(アデニン),C(シトシン)はDNAとRNAとで共通に用いられているが,DNAではT(チミン)をRNAではU(ウラシル)が用いられている点が違っている.ではなぜDNAではピリミジンC-5位がメチル基に置換されたTをUの代わりに使っているのだろうか,あるいはなぜCのC-5位を置換した塩基がDNAでは採用されなかったのか.これらのことは最も古い時代の生物進化と関係がありそうである.そこで澤井氏は好熱性細菌あるいは好熱性古細菌のDNAポリメラーゼを用いてC-5位を人工的に置換したdCTPがどの程度PCR過程で取り込まれるかについて述べた.その結果,好熱性細菌起源であるBファミリーDNAポリメラーゼを用いるとC-5修飾dCTP(デオキシシチジン5'-トリリン酸)がある程度取り込まれることが分かった.この事実は,現存生物の最後の共通の起源(LCA)はDNAは5-CH3置換dCTPをdTTP(デオキシチミジン5'-トリリン酸)と同様に用いていた可能性をうかがわせるものである.    本セッシヨンの2番目の一般講演は川村邦男氏(大阪府立大学)による“Possible pathway before and after the RNA world on the basis of experimental and theoretical evidences" という演題での講演であった.生命の起源の過程でRNAが生体情報の保持と同時に触媒作用をになったと言うRNAワールド説が有力な仮説として提唱されている.また,最初の生命は熱水条件で生まれたという仮説が提唱されている.そこで,川村氏は高温の水溶液中でのRNAの前生物的合成の可能性あるいはRNAの熱水条件下での安定性を実験的に調べた結果を述べた.RNAは高温水溶液中では非常に不安定で分解しやすい事を示した.またRNAの分解のしやすさは,分解と生成,酵素反応と非酵素反応という2つの視点から相対的に評価すべきであることを述べた.その結果に基づくと,RNA単独では高温条件下でRNAに基づく生命システムの構築は不可能である.RNAとタンパク質様の物質など何らかの物質との相互作用により生命の構築がなされ,情報と触媒作用などの機能とを併せ持つ生命システムが出来たのではないかという仮説が述べられた.
   引き続いて,菅裕明氏(東京大学)により“Artificial evolution of RNA catalysts: Filling a gap between the RNA world and the next world" という演題で本セッシヨンの最初の招待講演がなされた.最初に1980年代初期のAltmanら及びCzechらによる天然に存在する触媒作用を持つRNA(リボザイム)の発見と,その後の天然に存在するリボザイムの研究の紹介がなされた.この触媒作用を持つRNAの発見に基づき,生命の起源の過程でRNAが単独で重要な役割を果たしたというRNAワールド説が提唱されたが,天然に存在するリボザイムでは触媒作用は限られたものであるという話があった.1990年代になって,多くの配列の異なったRNAのライブラリーから特定の触媒作用を持つRNAを選択していくin vitro selection法が開発されて,種々の触媒作用を持つリボザイムが得る事が可能になったという歴史的な話があった.ついで,菅氏の研究室でなされたin vitro selection法による酸化還元作用を持つリボザイムの研究の紹介があった.最後に菅氏らの最近の研究であるt-RNAのアミノアシル化を触媒するリボザイム,さらにはリボザイムの関与したペプチド合成についての話があった.リボザイムによるアミノアシル化,ペプチド合成はRNAワールドからRNA-タンパク質ワールドにいたる橋渡しをし得る過程を実験的に示したものとして注目される.また,このリボザイムによるt-RNAのアミノアシル化反応のバイオテクノロジーへの応用についても簡単に紹介された.
   次に, Peter Andras氏(University of Newcastle)による“A systems theory interpretation of the origin of life”について招待講演が行われた.生物の生物らしさを特徴づける性質の一つは,生物は複製するということである.RNAは生体中あるいは化学進化的な条件下で複製し得るので,「最も初期の複製する生命システムは,RNAからなるシステムであった」という考え方は受け入れやすい.これに対して,タンパク質こそが核酸よりも生命の起源として重要であったという主張の弱点は,タンパク質は核酸のようには正確には複製しないということである.タンパク質のような触媒からなる反応系が生命を構成し得たかどうか,あるいはそれらの構成するネットワークを生命と呼べるかどうかなどについては,生命の性質あるいは生命の起源を明らかにするために古くから研究されてきた.Andras氏はその"デル化の方法として,“abstract communication systems”の有用性について注目して“Protein Interaction World”仮説(PIW仮説)を提唱し,タンパク質ワールドがRNAワールドに先んじて現れたということを述べた.“abstract communication systems”は,例えばタンパク質のようなものが構成する触媒反応ネットワークを考えるとき,その触媒関係に注目しそれを起こす物質そのものは無視するという数学的な記述方法に基づいている.PIW仮説によると,RNA分子は原始的なタンパク質もどきの触媒反応の相互関係の記憶であり,DNA分子はそれらのRNA分子の相互関係の記憶である.また,PIW仮説ではタンパク質状の分子の複製はRNAワールドの複製のように高い正確さを持つものではなくもっと単純である.さらに,RNAワールド仮説では細胞型生命へどのように移行したのかということについてうまく説明されていないが,PIW仮説ではこれをもっと明解に説明できるだろうということを示した.
   コーヒーブレークの後の最初の招待講演は木賀大介氏(東京工業大学)による“Construction of DNA computer”という演題であった.生命の性質を構成的に利用して組み上げた方法として,in vitro selectionは代表的なものであるが,DNAコンピュータも生命の複製する仕組みを要素として利用した方法である.DNAはワトソン-クリック型の相補的な塩基対を形成するので,例えば完全に相補的なDNAと,それとは配列が1塩基だけ異なるDNA分子とを識別できる可能性を持っている.この原理はすでに特定の遺伝子型を検出するために医療診断などで用いられているが,DNAのこの性質を利用すれば,検索能にすぐれていることを特徴とする新しいコンピュータを創ることができると考えられている.一方,木賀氏の紹介したDNAコンピュータへの新しいアプローチは,これとは異なっている.DNAと酵素などを含む1つのシステムを構成し,それにある塩基配列を持ったDNA鎖を導入すると,その刺激に対して結果を応答するというタイプのものである.講演ではその種の反応系を用いて実際に論理演算が可能であるという成果が紹介された.これらの論理演算を要素として組み上げていけば,従来のDNAコンピュータとは一線を画した新しいDNAコンピュータが誕生するかも知れない.木賀氏のアイデアのもう一つの要点は,これらのシステムでは外部から系に刺激(この場合にはある塩基配列を持つDNAを系内に持ち込む)を与えると,このシステムが自動的に作動して結果を出すということである.これは生命が環境に対して自発的に応答するということと似ている.従来のDNAコンピュータのようにDNAを素子として用いるのではなく,DNAを生きているように振る舞わせるための系を構築し,それらとDNAとを組み合わせて自発的に作動する系を構成する,と言い換えることができる.これは生命の自発的な構成要素とは何かを考える上で新しい視点をもたらすものであると思われる.
   引き続いて招待講演として,本田真也氏(独立行政法人 産業技術総合研究所)による“Designing a miniature protein”が講演された.タンパク質は核酸とならんで生命を構成する重要な物質である.DNAあるいはRNAはそれぞれ4種類のヌクレオチド"ノマーから構成されているのに対して,タンパク質は20種類のアミノ酸から構成されているので遙かに膨大な多様性をもたらしてきた.しかしランダムに20種類のアミノ酸を配列させてある機能をもつタンパク質が得られる可能性はきわめて小さい.しかし生命は最初からある配列をもつタンパク質を知っていたかのように,進化の過程で次々と有用な機能をもつタンパク質を生み出してきた.ランダムな配列の中から自然淘汰によって適当なものが選別されると言う機構によって,本当にこれらのタンパク質は誕生したのであろうか.そのような疑問に対して本田氏は新しいアプローチ方法で取り組みその成果について紹介した.10000以上のセグメントからchignolinという10鎖長からなる特徴的なペプチド配列を見いだし,水中での構造を化学的に明らかにした.chignolinはわずかに10鎖長からなるペプチド鎖であるが,立体的に安定な3次構造を持つ.これを本田氏は最小のタンパク質と名付けた.chignolinに至った過程,タンパク質のholdingとタンパク質の進化とのアナロジー,chignolinと似たアミノ酸配列が現存のタンパク質内にあるかどうかなどが紹介された.生命の起源という視点から見ると,タンパク質は遺伝子の突然変異−自然淘汰の結果として出現したものばかりではなく,「遺伝子が形成されるよりも古い段階である種のタンパク質はすでに生み出されていたのではないか」という想像を抱かせるものであった.
   最後に芝清隆氏(癌研究所)による"Synthesis of functional genes by mixing microgenes" の招待講演があった.人工的なペプチド合成系を構築し,タンパク質の進化を合成的なアプローチから進めている芝氏らの研究の紹介がなされた.天然に存在しているタンパク質から,その機能に関連する10量体程度のペプチドモチーフを特定し,そのモチーフを基にミクロジーンライブラーを構築した後,ファージディスプレー法で特定の機能を持った人工ペプチドを選択して産み出していく手法の話がなされた.実際に芝氏らがこの手法を応用して創出した細胞のアポトーシスを引き起こす人工ペプチドの創製に関しての紹介があった.アポトーシスを引き起こすタンパク質の中から,その機能に関係すると思われる種々の短いペプチド(モチーフ)を基に種々の組み合わせ,変異の人工遺伝子を創り,この人工遺伝子を基にペプチドを合成する.これらのペプチドライブラリーの中には強い活性を示すものがあり,活性に基づいて選択して得られる.単純にペプチドモチーフを順番に並べたものではこのような強い活性が得られない.短いペプチドでもその組み合わせ,選択により種々の活性を持った人工ペプチドの構築が可能であり,機能を持ったタンパク質の進化,選択,創出の過程の"デルとなることを示した.

   以上のように,このシンポジウムでは分子から生命を構築しようという新しい考え方とアプローチ法による最新の研究成果が紹介された.生命あるいはその起源に対して構成的あるいはもっと平たく言えば,工学的なアプローチで研究を進めているという点で共通している.これは従来の化学進化の一般的なスタイルの研究の弱点を補うものであり,生命の起源の問題において益々重要になってくると思われる.
   最後になりますが,独立行政法人産業技術総合研究所の根本直人氏にはこのシンポジウムを企画するにあたってご尽力をいただきました.この場をお借りして感謝申し上げます.


Return to Japanese Contents

Return to English Contents