Session 2 : Mars and Titan

杉田 精司
東京大学 大学院新領域創成科学研究科

〒277-8561 千葉県柏市柏の葉5−1−5基盤棟414
Tel: 04-7136-5520, sugita@k.u-tokyo.ac.jp

Abstract: In the session of "Mars and Titan", recent results of both experimental and theoretical research were presented along with exploration data from both the Mars Exploration Rovers (MER) and the Cassini mission. Mars may have had a warm and wet climate during the late-stage heavy bombardment period and nurtured life. Titan has an extremely reducing atmosphere, in which complex abiotic organic chemistry taking place. Studying these planets will help us understand the nature of origin of life on Earth.

要旨:地球に生命が誕生したのは今から40億年程度も昔であると考えてられているが、その当時の地質学的記録はほとんど残っていない。しかし、火星表面には、地質学的記録を保持した地層が数多く残っており、生命が誕生した当時の環境が火星探査によって明らかにされる可能性がある。一方のタイタンは、非常に還元的な大気を持ち、宇宙線や紫外光などのエネルギーによって、さまざまな無生物的有機反応が起きている。タイタンにおける無生物的有機反応を詳細に調べれば、原始地球の大気に於ける分子進化過程に関する新しい知見を得られる可能性がある。本セッションでは、生命の起源に深い関連を持つこれらの2つの星について、最新の探査結果と研究紹介がなされた。


    セッション最初の今中宏の講演では、土星最大の衛星タイタンについての最新の探査結果と発表者自身の実験的研究の結果が以下のように報告された。
      まず、カッシーニ探査の一部であるホイヘンス着陸機のデータは多岐に渡り、現在でも解析が進行中であるが、大気温度など比較的解析が容易なものは、その結果が得られている。例えば、中間圏界面は、高度615 kmで温度115 K、成層圏界面は315 kmで186K、対流圏界面は42 km、70.6 Kである。さらに成層圏での温度上昇はタイタン大気中の靄の高度分布と良い一致をしており、靄による大気加熱が起きていることが確認された。
     このようにタイタンの大気構造に重要な役割を果たしている靄であるが、その正体は紫外線や宇宙線の放射による合成作用によってできた炭素質の高分子(ソリン(tholine)と呼ばれる。ラテン語で泥を意味する)であると考えられている。今中はカッシーニ探査の結果を予期して、ソリンの形成室内実験を行った [1]。その結果、大気圧がソリンの化学組成に大きな影響を与えるという結果を得た。具体的には、高圧下(〜20hPa)では飽和炭化水素が、低圧化(〜0.2hPa)では不飽和炭化水素やPAH(縮合芳香族炭化水素)が、より多く生成することが分かった。このような組成の違いを反映して、ソリンの光学特性が大きく変わることも判明した。光学特性は大気の吸収や反射の量を決定するので、タイタンの大気構造に大きな影響を与える。また、ソリンの生成量も低圧での方が大きいことも分かった。これらのソリンの組成や生成量に関する情報は、カッシーニ探査データの解釈において重要な役割を果たすことが期待される。
     次のOlivier S. Barnouiun-Jhaの講演では、火星のクレーター周囲に見られるいわゆる流動化イジェクタ(fluidized ejecta; 流動化したクレーター放出物)と火星の古環境についてのレビューが以下のような内容で行われた。
     まず、月のクレーターに比べて火星のクレーターは非常に複雑なイジェクタを持っている。月のクレーターのイジェクタの厚さは、クレーター中心からの距離の約-3乗に比例して薄くなるだけであるが、火星の流動化クレーターは2種類の堆積構造を持ち、さらに最先端部には円環状の塁壁構造が見られる。このような複雑な構造は、火星地下の氷が天体衝突に伴って水蒸気爆発を起こして、あるいは氷が融解して土石流状の流れを起こして堆積したのではないかと考える研究者が多い。実際、流動化クレーターの存在度は、氷分に富む高緯度地域に多いことも最近の火星探査から分かってきている。しかし、同様の円環状塁壁構造は、水の影響のない金星のクレーターにも見られるし、乾燥砂を用いた室内実験でも大気の影響によって作ることができることも分かっている[2]。したがって、この円環状のイジェクタは、地表下の氷の存在を必ずしも示すものではない。その一方で、流動化クレーターのリムのすぐ外側の部分に見られる高原状のイジェクタの形成は、水による摩擦抵抗の低下が大きな役割を果たしている可能性が高く、地下の永久凍土層の指標となりうる可能性がある[3]。
     3番目の「はしもとじょーじ」らの講演では、地球型惑星の初期大気組成に関する最新の研究報告がなされた。従来の地球が惑星の大気は、現在の火星や金星に見られるようなN2-CO2-H2O主体の大気が集積中から形成してきたと考えられてきた。これは、マグマオーシャン仮説に立脚したいわゆる水蒸気大気モデルの成功に影響されている面が大きい。しかし、水蒸気大気モデルからN2-CO2-H2O大気は結果として導き出されるものではなく、仮定として与えられているのである。本講演では、水蒸気大気モデルの枠組みに立脚した場合、大気化学組成がどうなるはずかを理論的に予測を与えることを試みている。このような研究の必要性は従来から認識されてきたが、水蒸気大気中の化学組成の推定は非常に困難であると考えられてきた[5]。それは、化学組成を決定する物理プロセスが何で、そのプロセスで起きる化学反応速度則がどうなっているかを正確に求めなければならないからである。しかし、はしもとらの理論計算によれば、現在の惑星集積理論の枠組みで考えられる中で最も酸化的な条件で衝突脱ガス大気を作っても、その組成は、CH4やH2に富む非常に還元的な大気になることが判明した[4,5]。大気の分子組成を決める理論にはまだ踏み込めていないが、元素組成として必ず還元的な大気ができることを示した意義は非常に大きい。いわば、ユーレーが1950年代に提唱したような還元的な原始大気が存在していた可能性を具体的な形で提示したのである。
    4番目の杉田精司とPeter H. Schultzの講演では、はしもとらの研究対象の時代より少し後の後期隕石重撃期の惑星大気組成についての最近の研究結果を報告した。この時代は、惑星が形成したから5〜10億年ほど経っており、初期大気と異なる組成の大気が存在した可能性が高い。しかし、現在の惑星環境と異なり、当時は小天体の衝突が間断なく起きていたことが月の地質記録から分かっている。杉田とSchultzの講演では、この小天体の衝突が大気に与える影響を化学速度論(Kinetics)に踏み込んで論ずることを目的としていた。彼らが注目したのは、CO2主体の火星大気のもとで、巨大な隕鉄が氷床や永久凍土に高速衝突した状況である。このような状況においては、衝突蒸気雲中のFeによって還元されたH2と大気中のCO2が隕石中のNiの表面上でフィッシャー=トロプッシュ反応を起こす可能性が高いことを指摘した[6]。反応速度計算によれば、直径約1 km以上の隕鉄衝突に対しては、衝突蒸気雲の冷却時間は十分長く、フィッシャー=トロプッシュ反応によって平衡組成に近い量のメタンが生成されるという推定を与えている[6]。このようなメタンの生成は、その強力な温室効果で火星や地球の大気を暖めることになる。これは、現在未解決の火星の暗い太陽のパラドックスを解く鍵になるかもしれない。
    口頭発表最後の横畠徳太らの発表では、火星古気候についての理論研究を紹介した。その概要は以下の通りである。
    まず、地球の古気候については、暗い太陽のパラドックスを解決するためには、大気中のCO2量が多くなれば解決することが知られている。しかし、火星は太陽からの距離が遠いために、現在より2〜3割も低い太陽光度の下では、どんなに多量のCO2を投入しても液体の水が地表で安定に存在できるほどに温室効果が高まりはしないことが分かっている[7]。これは、CO2の分圧が高くなると十分な温室効果が得られる前にCO2の凝結が起きてしまい、雪や雲となって惑星の反射率を高め、結果的に惑星の気温を下げてしまうからである。だが、最近の火星探査の結果は、液体の水が地表近くに安定して存在していたことを指示するデータが報告されている。とくにMER探査では、鉄ミョウバンなどの水和化合物が見つかっており、水中の堆積活動が起きていたことを強く示唆している [8]。また、最近の大気放射理論計算からは、大気中のCO2氷粒は惑星から逃げていく赤外放射を反射して温室効果を生み出す可能性が指摘されている[9]。
    こうした状況を踏まえ、横畠らはCO2の大気中で凝縮と温室効果の両方を考慮した1次元大気構造計算を行った[10,11]。その結果は、大気中に約1 barのCO2が存在すれば、火星大気が0℃にまで昇温し、液体の水が存在できる可能性があることを示している。さらに、この大気中のCO2量を制御するメカニズムである極冠と大気の間のガス交換についての定量モデル計算を行った。それによると102 mb程度以上の比較的厚いCO2大気が存在する場合には、極冠と大気の間に昇華・凝縮の釣り合いが成り立って安定な機構が保たれるが、CO2分圧がそれを下回ると暴走的に大気中のCO2が極冠に凝縮することを見いだした。また、この凝縮の引き金としては水氷による惑星アルベドの上昇が有力であること、CO2の暴走的凝縮にはほんの数年から10年程度の時間しかかからないこと、暴走凝縮後には大気中のCO2は激減して数mb(現在の火星大気は6 mb)になることも報告された。本研究の結果は、火星の過去にあったと考えられている温暖湿潤気候から現在の乾燥寒冷気候への遷移を考える上で非常に重要な知見を与えてくれている。
    本セッションのポスター発表には、谷内らが発表をしている。彼らは、バンデグラフ加速器を用いた陽子線照射実験の結果を報告している。タイタン大気を模擬したN2-CH4混合ガスを用いて実験を行い、分子量がおよそ900〜1700のソリンの形成を確認している。これを加水分解したところ、グリシンを中心とした様々なアミノ酸が得られた。タイタンの大気には水分はほとんどないので、通常期にはこのような加水分解が起きることはほとんどないと考えられる。しかし、彗星や巨大隕石の衝突に際しては水蒸気や液体の水が大量に供給されるはずであり、このような加水分解が起きてアミノ酸が形成される可能性は十分考えられる。タイタンの表面にアミノ酸の存在を示唆する実験結果であり、非常に興味深い。

引用文献 [1] Imanaka, H., Khare, B. N., Bakes, E. L. O., McKay, C. P., Cruikshank, D. P., Sugita, S. Matsui, T., Zare, R. N. Laboratory experiments of Titan tholin formed in cold plasma at various pressures: Implications for nitrogen-containing polycyclic aromatic compounds in Titan Haze, Icarus 168, 344 - 366 (2004).
[2] Barnouin-Jha, O. S., Schultz, P. H. Lobateness of impact ejecta deposits from atmospheric interactions, J. Geophys. Res. 103, 25739-25756 (1998).
[3] Barunouin-Jha, O. S., Baloga, S., Glaze, L. Comparing landslides to fluidized crater ejecta on Mars, J. Geophys. Res. 110, E4, 10.1029/2003JE002214, (2005).
[4] Hashimoto, G. L., Abe, Y. Chemical composition of the early terrestrial atmosphere, Proceedings of the 28th ISAS Lunar and Planetary Symposium, 126-129, (1995).
[5] Hashimoto, G. L. Formation of atmospheres on terrestrial planets, Astron. Herald 98, 7 - 13 (2005).
[6] Sugita S., Schultz, P. H. An efficient methane producing mechanism due to iron meteorite impacts, Lunar Planet. Sci. Conf., XXXVI, #1621, (2005).
[7] Kasting, J. F. CO2 condensation and the climate of early Mars, Icarus 94, 1-13 (1991).
[8] Klingelhöfer, G., Morris, R. V., Bernhardt, B., Schrüer, C., Rodionov, D. S. et al., Jarosite and Hematite at Meridiani Planum from Opportunity's Mössbauer Spectrometer, Science 306, 1740-1745 (2004).
[9] Forget, F. and Pierrehumbert, R. T. Warming Early Mars with Carbon Dioxide Clouds That Scatter Infrared Radiation, Science 278, 1273-1276 (1997).
[10] Yokohata, T., Odaka, M., Kuramoto, K. Role of H2O and CO2 Ices in Martian Climate Changes, Icarus 159, 439-448 (2002).
[11] Mitsuda, C., Yokohata, T., Kuramoto, K. The greenhouse effect of CO2 ice cloud and climate stability on early Mars, American Astronomical Society, DPS meeting abstract, #37, #33.23 (2005).



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