Session 1: Chiral Homogenity and D-Amino Acids

藤井 紀子
京都大学原子炉実験所

はじめに
      生命発生以前の原子地球上では糖やアミノ酸などの有機物が放射線、紫外線、雷、火山の噴火などのエネルギーにより、単純なガス(窒素、酸素、アンモニア、二酸化炭素などなど)から合成されたと考えられている。しかし、この様な合成のされ方はちょうど、私たちが実験室で化学的に合成するのと同じで左手構造と右手構造が1:1で、できてしまう。これらの有機物が重縮合して、現在地球上にあるような規則的な構造と機能を有する大きな分子(タンパク質やDNA, RNAなど)になるためにはどちらか、一方の構造でなければならない。そうでなければ、膨大な数のジアステレオマーができて機能を発揮しえないからである。原始地球上ではタンパク質構成アミノ酸としてL-体が、糖はD-体が選択された。アミノ酸を例に取ると左手構造のL-アミノ酸と右手構造のD-アミノ酸は鏡像体の関係であるから光学的性質が異なる以外すべての物理的化学的性質は等しい。なぜ、タンパク質ができるためにL-アミノ酸が選ばれ、D-アミノ酸は排除されたのだろうか?なぜ、糖はD-体が選択され、L-体が排除されたのだろうか?その理由は全く不明で、生命の起原研究の最大の謎の一つと言われている。タンパク質とDNA(RNA)はどちらが先か?という問題に関しては多くの研究がなされており、今回の会議でも興味深いシンポジウムが組まれていた。生命起原を考える上でホモキラリテイが、まず、確立されたとすれば、アミノ酸の方が糖に比べて不斉炭素の数が少ないので、原始タンパク(原子ペプチド)様のものが先にできたという説が有利であると思われる。
     本シンポジウムではキラリテイの起原に関して、第一線の研究者であるUniversity of Modena and Reggio EmiliaのGyula Pályi教授、大阪大学大学院工学研究科の井上佳久教授に講演をお願いした。また、従来、生体内には存在しないと言われてきたD-アミノ酸を基質とする酵素の性質について当該分野のパイオニアである京都大学名誉教授の左右田健次博士に講演をお願いした。
     まず、Plenaryとして“Chiral Homogenity and D-Amino Acid”というタイトルで、Pályi教授によって1時間の講演が行われた。Introductionでは、我々の日常生活でよく見る種々の右と左についての網羅的な紹介がなされた。階段の螺旋の右巻き、左巻き、ハイビスカスの花弁の右巻き、左巻き、ひまわりの種の渦巻き分布の仕方に左右がある、巻き貝の右巻き、左巻きから、導入し、有機化合物の右左の構造の違いが人体に与える影響(味、匂い、生理作用など)についての丁寧な解説がなされた。本論では不斉の起原について述べられた。生体関連化合物の多くは、可能な2つの鏡像異性体のうち、一方のみが存在している。地球上の生体関連有機化合物がこのような単一の不斉(ホモキラリティー)という形質を獲得した要因として、右および左円偏光や水晶などの不斉な無機結晶が提唱されてきた。しかし、これらの不斉の偏りは極微小で、とても現在のホモキラリテイを生む要因にはなり得ないと述べられた。極微小の鏡像体過剰率が、いかにして生命の発生以前に高い鏡像体過剰率を獲得するようになったのであろうか?Pályi氏は生命の起源及び進化学会会員でもある東京理科大のそ合教授が提唱したSoai reaction(不斉触媒反応)こそ、極微小の鏡像体過剰率から単一の不斉反応へと導かれた理由を合理的に説明するものだと力説された。一般に不斉自己触媒反応は少量のキラルな触媒存在下に反応を行って、多量のキラルな生成物を得る反応であるが、得られた生成物はキラルな触媒とはならない。しかし、もしも得られた生成物が不斉自己触媒と同じ構造を持ち、触媒活性を発揮できれば、得られた生成物を用いて連続的な不斉自己触媒反応を行うことが出来、キラルな生成物が自己増殖できる。そ合教授らによって見出された5-ピリミジルアルカノール、2-アルキニル-5-ピリミジルアルカノールなどを用いた不斉自己触媒反応は原始地球上の不斉の起原を考える上で極めて魅力的であると述べた。
     続いて、Characteristics of Enzymes Participating in D-Amino Acids Metabolism というタイトルでD-アミノ酸代謝関連酵素の特性について、当該分野のパイオニアである左右田健次博士からの講演があった。その概要は下記の通りである。 アミノ酸は一般に高い安定性を示す。例えばラセミ化の半減期は105から106年であるが、一方、金属イオン、高温、N-アシル化などの誘導体化、などにより促進される。アミノ酸ラセマーゼは基質の両ステレオマーに作用し、基質は生成物、生成物は基質である点でユニークである。本来、安定なアミノ酸のα−水素を引き抜き、次いで非立体特異的なプロトンの再付加が起こればラセミ化は完成する。このために多くのアミノ酸ラセマーゼは補酵素として、ピリドキサルリン酸を要求し、基質−補酵素シッフ塩基中間体を形成して、プロトン化したピリジン環Nの電子吸引性に基づいて、強固に結合しているα−Hを脱離させる。左右田博士はアラニンラセマーゼの反応において、キノノイド中間体を経ずに基質のカルボキシル基が関与する新しい触媒機構を提案した。一方、グルタミン酸ラセマーゼ、アスパラギン酸ラセマーゼなどは補酵素も金属も要求しない。これらの酵素には、システイン残基が存在し、そのチオール基の電子吸引性によりα-Hが引き抜かれて、ラセミ化が起こる。左右田博士らはBacillus subtilis (nattoおよびchungkookjang)細胞に2種のアイソザイム、Glr とYrpCの存在を証明し、前者はポリ−γ−グルタミン酸生合成に、また後者は細胞壁ペプチドグリカンの合成に関与することを実証するとともに、ポリーγ−グルタミン酸合成酵素のサブユニット構造と機能について紹介した。  また、Geobacillus stearothermophilusのアラニンラセマーゼにおいて、プロテアーゼによる限定分解により生成した2個のペプチド断片は正しい分子認識のもとに会合し、ヘテロ4量体を形成して約50%の活性、耐熱性を示すという耐熱性発現機構を明らかにした。左右田博士らが単離したPseudomonas属細菌のアミノ酸ラセマーゼは酸性および芳香族アミノ酸を除くほとんど全てのアミノ酸に作用する点で例がない。また、本酵素は副反応としてアミノ基転移を触媒し、アミノ基供与体、受容体により活性調節を受ける。 続いてD-アミノ酸アミノトランスフェラーゼの特異性が述べられた。本酵素はD-エナンチオマー特異性を示すとともに、H-転移においてもプローR立体特異性を示し、さらに一次構造が特異的であり、また触媒作用に関与する活性中心残基も補酵素のピリジン環平面に対し、re-面に存在するなど、他に類例がない特性をもつことが述べられた。
       最後に井上佳久教授(阪大院工・ICORP/JST)より、"Terrestrial Proof for the Extraterrestrial Origin of Homochirality on Earth. Circularly Polarized Synchrotron Radiation Photolysis of Alphatic Amino Acids in Water and in Ice at Various Temperatures."という講演があった。地球のホモキラリティーの起源は宇宙から来たものであるという説がある。1980年代にBonnerとRubensteinらは「超新星爆発の後にできる中性子星を周回する高速電子(巨大なシンクロトロンと見なせる)からの(楕)円偏光放射によって、宇宙でキラリテイが生まれた」という(絶対不斉合成)説を提唱した。また、1990年にEngelらは、オーストラリアで発見されたMurchison隕石の有機マントルから抽出したアラニンがラセミ体ではなく18%もL-体に偏っていることを発表した。その後も同じMurchison隕石や別のLake Murray隕石などからもエナンチオマー比の偏りの見られる天然および非天然型のアミノ酸が見つかり、上記のBonnerとRubensteinらの説と合わせて生命ホモキラリティーの起原を宇宙に求める説が、俄然注目を集めている。原理的に円偏光によってラセミアミノ酸のエナンチオマー選択的光分解が起き、光学活性なアミノ酸が得られることに疑問の余地はないが、実際にシンクロトロンからの短波長の円偏光を用いた非芳香族アミノ酸の選択分解については、装置的な問題からほとんど検討されてこなかった。さらに、これまでの定常光を使った実験ではアミノ酸の光分解に伴う減少のみを報告するだけで、その結果生成される光分解生成物や、それに至る反応機構についてはほとんど未解明であった。井上教授らはそれぞれのアミノ酸について最も効率よくエナンチオ選択的光分解の起きる波長(215nm)を決定し、軟X線領域までの任意波長の高純度円偏光を発生することができるシンクロトロン挿入光源である偏光可変アンジュレータを用いて、いくつかの非芳香族アミノ酸の各種pHの水溶液中での絶対不斉合成を試みた。また、実際の宇宙環境下を想定し、極低温下でのラセミ体のアミノ酸水溶液サンプルにおける絶対不斉合成及びエナンチオ光選択的分解についても報告した。結果の一例としてラセミ体のLeuに酸性条件下で右偏光を照射すると約、1.3%eeで、L-Leu richとなることが報告された。それはD-Leuは分解されるが、L-Leuは分解されないためであると説明された。


Return to Japanese Contents

Return to English Contents