生命の起源雑感−酵素の起源について

大阪府立大学大学院工学研究科応用化学分野 川村邦男

連絡先:kawamura@chem.osakafu-u.ac.jp
(Received 8 September 2005)

   生体内の化学反応は酵素によって制御される.またそれらの酵素はDNAの塩基配列に従って合成される.核酸とタンパク質は生体を構成し生体内の反応を制御する主要な物質なので,その関係が化学進化の過程でどのように確立されたのかが問題である.RNAは生体内で情報を保持する機能とともに酵素機能を持つので,この問題を解決するためにRNAワールド仮説が登場した.RNAワールドにおいては,リボザイムが反応を制御しそのリボザイムの塩基配列の情報はそれと相補的な配列をもつ鋳型RNAによって保存されたと考えられる.この考え方は魅力的であるがRNAワールド仮説を検証する手続きとして,最初のRNAワールドを構成したリボザイムはどのような酵素機能を持っていたのか,あるいは最初はどのような情報が保持されたのかなどを具体的に示さなければならないだろう.「最初はどのような酵素機能か?」ということは酵素の起源の問題の一環なので,次のように問題を整理してみよう.
1.広い意味での酵素(拡張された酵素の定義)とは何か?
2.最初の酵素はどのような物質であったか?
3.最初の酵素は何の反応の酵素であったか?
4.最初の酵素系はどのような反応系を構成したか?
ここでは1番目の「拡張された酵素の定義」について考えてみる.現在の酵素はタンパク質あるいはリボザイムであり,それらはDNAの塩基配列に従って合成される.この視点に基づいて酵素を定義すると,「酵素とは生体内の触媒であり,その構造(=活性)が情報としてその生体に記録されているもの」となる.ここで「記録されている」ということの意味を拡大解釈すれば,情報として保存されている場合だけでなくその触媒自体が実物として生体システムに継続的に存在する場合もあてはまるだろう.そこで「拡張された酵素の定義」では,現在の生物のようにDNA中に書き込まれている設計図に従って合成される場合だけでなく,生体が触媒の構造情報をどのように保存するかという仕組みは問題としないで,触媒自体が常に保持される場合すなわち触媒自体が生体システム中にとどまっているのであれば酵素とみなすことにする.
   では,生命の起源に向かって時間を遡って具体例を考えてみよう.RNAワールドに相当するシステムではリボザイムは複製されるので,拡張された酵素の定義にあてはまる.また,DNAやRNAなどを用いた正確な情報伝達システムが成立する以前に,タンパク質のような触媒ネットワークがあいまいに自己複製するような場合がもしあったならば,その触媒も酵素に該当する.さらに,ヤドカリが貝殻を使うように,ある原始的な生命システムが非生物的な触媒を外界から常に取り入れる場合を想像してみる.その生命的システムにその触媒自体が含まれるのかどうかはあいまいではあるが,拡張された酵素の定義にあてはまるだろう.
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   このように酵素の定義を拡張してみると,原始的なシステムに近づくにつれて触媒と酵素との違いはしだいに分かりにくくなる.原始酵素においてはその情報がシステムの中に保たれているという尺度においても,原始的であったと言えるだろう.言い換えると,酵素の起源を明らかにすることは,このようなあいまいで原始的なところから「RNAワールドにおけるリボザイム」のようなほぼ本物の酵素へとどのように化学進化したのか,というシナリオを明らかにする出発点となる.このように酵素の定義について考えてみると,RNAワールドは現在型の生物に近づいたかなり高度なシステムであり,酵素の起源はもっと彼方にあったのではないだろうかと感じる.生命の起源について想いをめぐらしてその他の問題についてもいずれ考えてみたい.


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