A UNIFIED THEORY FOR THE DESCRIPTION OF BIOSYSTEMS BASED ON THE SUBJECTIVITY OF LIFE: CHEMICAL EVOLUTION, BIOLOGICAL EVOLUTION, CULTURE AND CIVILIZATION

Kunio Kawamura


Department of Applied Chemistry, Graduate School of Engineering, Osaka Prefecture University
Gakuen-cho 1-1, Sakai, Osaka 599-8531, Japan.
Email: kawamura@chem.osakafu-i.ac.jp

(Received 25 November 2004 Accepted 22 February 2005)

(Abstract)

The studies on the origin of life have provided insight into the knowledge about life. Besides, if one can successively develop a unified theory for the description of the variety of life-like systems, the chemical processes towards the origin of life from molecules could be understood on the basis of the unified theory. Thus, I have attempted to develop such a unified theory, which cover the different types of biosystems involving chemical evolution, the evolution of organisms, and the civilizations of humans. According to my previous studies, the principle and the framework of the theory are discussed.

(Keyword) unified theory, subjectivity, assignment of genotype and phenotype, information and function, chemical evolution, evolution, civilization, culture, biosystem


生命の主体性に基づく生命系の時間発展の理論 −化学進化,生物進化,文化・文明の発展を生命現象としてみる−

川村邦男
大阪府立大学大学院工学研究科応用化学分野

〒599-8531大阪府堺市学園町1-1
Email: kawamura@chem.osakafu-u.ac.jp

要旨

   生命の起源あるいはその法則を明らかにすることは生命体の本質を解き明かすことにつながるだろう.一方,化学進化や文明の発展などを生命現象として認め,広い意味での生命システムの挙動を記述できる理論をつくれば,生命の出現までの化学進化のプロセスを生命現象の一環としてとらえられるのではないだろうか.筆者は,生命の起源と進化そしてヒトの文明を含む広い意味での生命現象を理解し,その時間的な発展を説明する統一的な理論を構築すべく研究を行ってきた.この理論についてこれまで研究を行ってきたが,ここではこの理論を解説するとともにまとめなおし,その展望を述べる.
(キーワード)
化石、太古代、バイオマット、エディアカラ生物群、地質、地球史

1.はじめに

   生命の起源の研究の第一の目標は,起源と呼ぶべき生命がいつどのようにしてこの地球上に誕生し,そしてそれがどのような構造と性質をもつものであったのかを明らかにすることである.そのためにオパーリンやミラー[1,2]以来,さまざまな分野で行われた実験や観測そして理論的なアプローチに基づく研究を,今日みることができる.これらの研究で得られた知識は断片的ではあるが,化学進化によって生命がどのように誕生したのかについて,我々はあらすじを描くことができるようになった.
    生命の起源の研究をおこなうもう一つの目標は,その研究をつうじて生命体の本質を知り生命を支配する法則を明らかにすることだろう.これらの成果は,起源であった生命体の構造と性質やその出現機構を明らかにする物理科学的な研究を相い補う.すなわち,生命を支配する法則を明らかにするという視点で生命の起源を理解することは,生命の起源の研究に対するもう一つの重要なアプローチ法である. 進化の理論は生物学の理論として最も重要である.しかし,化学進化の過程の一部や文化・文明の発展は広い意味において生命現象として理解するべきであろうが,生物進化の法則をただちに適用するわけには行かない.そこで,従来の進化理論が扱うことができなかった化学進化や文化・文明の発展を生命現象として認め,それらを記述できる新しい理論を構築することが必要ではないか.このような総合的な理論を構築すれば,化学進化や生命の起源を新しい視点から理解することができるのではないだろうか.このような作業仮説をたてて研究を行ってきた[3,4].
    ここで解説する理論[3,4]を作ったきっかけは2000年にイタリアモデナ市で開催された国際会議であった[5].この会議にさきだって1999年にISSOL(国際生命の起源学会)の会員にたいして,生命の定義について自分の意見を述べよというアンケートが行われた.私は生命を「主体性を持つシステム」と定義した.私は,文明が発展するとともに逆に人間は主体性を失っていく傾向があると思うが,そのような印象から,主体性は生命の本質であると考えてきた.「主体性」とは最初は思いつきであったが,このようなアンケートに答えたことをきっかけとして,生命に主体性を認めるところを出発点として,生命の時間発展の理論を作る研究を行うことになった.
    主体性については本稿中では何度か議論するが,著者が「主体性」の用語をどのような意味(定義)で用いるかと言うことと生命の主体性に基づく生命系の時間発展の理論の概要を述べる.現在の生命科学および進化論では生物の主体性を普通は認めない.しかし生物は生きるために環境に対して働きかけ,その働きかけはその生物自身の保持や発展に関わる.これは生命システム独特の性質であり,人間がつくってきた機械には存在しない.またこの性質は生物個体を維持する場合において認められるだけでなく,進化においても寄与してきた可能性を考えるべきである.ここでは主体性を,「生命システムがそれ自身を維持したり発展させるように,システムの側から環境に対して働きかける性質」を表すものとして用いる.
    一方,本理論をFig. 1の右の模式図で表す.生命システムは環境を(主体的に)認識し,情報と機能との新しい対応付けをシステムに付け加え,その対応付けはシステムに保存される.ここで,情報と機能との対応付けを促しそれを保持するためには,生物あるいは生命システムに主体性が存在しなければならない.新しい対応付けが出現するたびに生命システムは変化する.生命システムはいくつかの階層からなるが,時には新しい階層を生み出したり階層をこえる変化をもたらす.このような変化はやがてシステムの主体性にも変化をもたらし,このサイクルを通じて生命システムは発展する(以下「主体性−対応付けの機構」とよぶ).
    この研究の最初の論文ではダーウィン進化論の問題点,今西錦司の進化論の解説,主体性に基づく新しい進化理論の提案,生命系における情報と機能との対応付けと主体性との関係などを論じた[3].その後この理論の問題点を分析して改良し,進化の機構に対する説明の詳細化,今西錦司の理論の問題点に関する考察,進化に対する遺伝子と自己組織化の位置付けなどを論じた.また生命システムの範囲を文明系にまで広げて種々の生命システムのアナロジーを考察することによって,原始的な生命システムが持つべき性質について推察した[4].本稿ではこれらを解説するとともにその展望について述べる.


Figure 1. 生命システムの主体性と情報と機能との対応付けに基づく発展の機構 (a)ダーウィンの進化機構,(b)本理論による広い範囲の生命システムの発展を包含する機構 ダーウィン進化論の機構は自然淘汰と変異に基づいている.本理論による生命システムの発展の機構は,生命には主体性があることを前提とする.生命は環境を(主体的)に認識しそれが新しい機能と情報との新しい対応付けをもたらしそれはシステム内に保持される.これは結果的にそのシステムを変え,主体性も変化させることにつながる.生命システムはこのようなサイクルを通じて,時には階層をこえる発展をもたらす.この機構は,遺伝子による進化の機構を含むさまざまな生命システムの発展を統一的に説明できる.

2.生物進化の理論の限界

   生物系の時間的な変化を記述する理論は進化の理論と生態学の理論である.進化とは,生物の構造・形態・習性などが遺伝によって世代を越えて受け継がれ,かつ変化することである.生物は時間と空間の中で生きているのだから,進化が生命の本質のもっとも深いところとつながっているということは当然のことである [6].また生態系は,各生物種の進化と各生物種の数量や生物間の関係の変化およびそれを取り巻く地球環境の変化などに基づいて時間とともに変化する.
    化学平衡や速度論の制約のもとに,ほぼ無秩序な化学系から反応のネットワークが時間の経過とともに組織化することを数理的に記述する試みは,化学進化の法則を明らかにするアプローチ法である[7-9].しかし化学進化において,自然淘汰や突然変異の概念を適用しようとするときには十分注意を払わなければならない.ガスや無機化合物から生体モノマーや生体ポリマーを経て生命が誕生する化学進化という過程では,それらを含む化学反応系がある正確さをもって複製される段階に達するまでは,ダーウィンの進化の機構は単純には適用できないだろう.
    一方,生物に対して進化の理論を適用できる範囲は,生物の形状や遺伝的に決まった習性などに関する部分であり,個体が後天的に獲得した性質,すなわち文化にはあてはまらない.ヒトの文化を誘発する因子は遺伝子に求められる場合もあるだろうが,それらの多くは間接的に作用してきたにすぎないと考えられる.要するに,ヒトの文化やさらには文明の発展を遺伝子の変異と自然選択で説明することはほとんど不可能であり,これらは既存の進化の理論が適用されるべき現象の範疇の外にあると考えられる.
    このように,化学進化や文化などの現象に対して進化の法則をただちに適用することはできないと考えることは妥当であろう[6,10].しかしこれらを広い意味での生命現象と見なして,化学進化,生物進化,文化・文明の発展を支配する,統一的な法則を見いだすことは可能かも知れない(Fig. 2). Fig. 2に,生命システムを支配する法則と生命システムの段階との関係を示す.生命システムを,化学進化(その一部),生物,文明系に大きく分類した.生物進化の過程では,真核生物および多細胞生物の出現や社会・文化の形成が生物システムの発展と重層化を起こす要因となったことを図示する.これらの過程にひそむ法則を導き出して,それを化学進化に適用できれば,生命の起源に対して新しい知見や深い理解をもたらすだろうと期待される.ダーウィンが生物の多様性の片鱗を観察して進化論に至ったことと同様に,生命現象の範囲を化学進化や文化・文明の発展にまで広げて様々な現象を観察し,そこから生命の時間発展を支配する法則の新しいモデルを提案することは可能なはずである[7].


Figure 2. 生物システムの発展とそれを支配する法則の範囲 生命システムは,生物だけでなく,化学進化の一部や文明を含む.進化理論の適用される範囲は生物であるが,広い意味での生命システムを支配する法則あるいはそれを記述する理論を見いだすことは可能なはずである.

3.生物の主体性に基づく生命システムの発展の理論の前提

3−1 生物の主体性
   生物学では普通は生物に主体性を認めない,あるいは主体性を認めるところから生物を議論することはない.進化の理論もそのような前提の上に作られているし,生命の主体性が生物学のまともな議題として取り上げられることはほとんどなかったようである.この傾向は,進化論が西欧で生まれかつ西欧の思想的な背景のもとに育てられてきたことと関係しているかも知れない.そこで本研究を進める過程でまず主体性という語を日本の進化の研究の中に探したところ,今西錦司の「主体性の進化論」が見つかった[11].その他の彼の著作を調べた結果,「生物の世界」の中に生物の主体性の原点が見つけられる[12].これまでにも,今西錦司の進化論はダーウィンの進化論と比較されたり,あるいは無視されたりする一方で高く評価されたりした.彼の主張は,「生物とは環境に対して主体的に向き合うものであり,環境の一部をその生物の一部として取り入れたり,あるいは主体的に環境に適応するものである」ということである.したがって,「進化に対する生物側からの働きかけがあるはずだ」ということである.これは主体性の定性的な意味をよく表していると思う.彼の主張に対してはさまざまな批判があるが[13-15],進化に対する生物側からの働きかけということを主体性という言葉で明確に主張したことが彼の進化論と一般的に受け入れられている現在の進化論との最も重要な違いであると思う.私が作りつつある理論も生命の主体性に基づくものであり,理論を作るにあたって今西理論の主張の範囲を明確にすべきであった.今西の進化論では,主体性が進化にどのように関わってくるかということを,進化機構という形では明確にされなかった.また,変わるべくして変わるという発言に見られるように,進化には方向性があるということに対する説明は不十分であった[11].本研究ではこれらの問題点を解決するとともに主体性に基づく生命システム発展の機構を提案する.
    ところで主体性はもともとは天子が持つ属性を表したが[16],明治になって西欧の哲学が入ってきたときにsubjectに対して主体が,subjectivityに対して主体性の用語が用いられた.subjectは,object(客体)に対するものであり,人間の精神の活動に起因する.宇宙を認識する人間の精神に存在する性質を,哲学者たちは主体性を用いて表した[16].今西の意味する主体性は,人間は意識を通じて宇宙を認識するが,同様にして意識のあるなしに関わらずに生物は環境に働きかけるものであり,その本質は主体性であるということであろう.従ってこの時点で,主体性の精神的な活動に限定される哲学用語としての意味は薄れ,環境と生物との関係をあらわす用語として用いたと見なせる.私も,生命システムがそれ自身を維持したり発展させるようにシステムの側から環境に対して働きかける性質を表すものとして主体性という用語を用いてきたが,これは主体性の意味の移り変わりの延長上にある.
    生物の環境に対する働きかけというときに主体性という語を使うことが適切かどうかを吟味するべき余地はある.なぜなら人間の場合を越えて広い範囲で主体性を用いると,外国ではその真意がなかなか伝わらないという経験をしたからである.実際,subjectivityという用語は主体性という用語よりも哲学的な意味に偏っているし,ロシア語でsubjectivityに相当する用語は本来の哲学用語の意味に忠実でありほとんど意味をなさなかった[17].

    3−2 ダーウィンと今西の進化論の比較    自然科学は普通は客観的であると考えられているが,実際にはそれを生み出す地域の思想的な背景の影響を強く受けていることが指摘されている[18].実際日本には,ダーウィン進化論の枠組みを飛び越えた研究成果や主体性を重視する研究が多いように見える[19-23].この傾向は日本的な生命観を反映するものかも知れない.また,ダーウィンの進化論はその当時の思想的な背景の影響を強く受けて形成されたこと,今西錦司の功績やその進化論は日本の自然観を反映したものであることが考えられる[18].実際,ダーウィンと今西の進化論の比較は西欧(イギリス)と日本の生命観の違いをよく表している(Table 1).これらの理論はそれぞれ19および20世紀に公表された.進化の単位は個体と種(種社会)であり,それらの背景にある考え方には競争と協調のどちらを重んじるかなどの違いが見られる.また今西は,進化に対して生物の主体性が寄与していることや,進化には方向性があるということを強調した.ダーウィンと今西の対象とした生物は主に目に見える生物であったが,今西の視点の方がより生物の社会性や生活様式あるいはヒトの進化に及んでいた[11,12,24-30].象徴的な表現を用いてこれらの理論を比べると違いが目立つが,ダーウィンは「種の起源」の冒頭にも,自然選択が進化の機構の唯一のものではないと確信していると述べているし[6],今西もダーウィンの理論の多くを肯定していたと思われる[11,12, 24-30].またこれらの理論には問題点もあった.ダーウィンの進化論とそれを発展させた理論では,進化における生物側から環境に対する働きかけはほとんど対象にされてこなかった.さらに,集団遺伝学や数理生態学のように生物現象を記述する方法はよく発達したのでダーウィン進化論の妥当性は高められたように見えるが[10],根本的なところについてもっと吟味するべきである.また今西の進化論では, Table 1に示すような進化とはどのような現象かについては述べてきたが,進化の機構の説明が十分にされなかった [11,27].ただし,生命の発展現象を記述する大きな枠組みからなる理論を作るためには,まずこれらの理論を土台としなければならない.しかしダーウィンの進化論は今から150年近く前,今西の理論の原点は60年以上前に発表されたのであり,どちらも遺伝子の正体が分かっていなかった時代に作られた.化学進化や文明という広い意味での生命システムの枠組みの中で進化をとらえる余地があると思う.

Table 1. ダーウィンと今西錦司の進化論の比較

チャールズ・ダーウィン 今西錦司
出版 1859年,種の起源,イギリス 1941年,生物の世界,日本
進化の単位 個体 種(種社会)
進化の機構 変異と自然選択 生物の主体性, 自然選択
原理 競争と淘汰 協調と共存
進化の方向 個体の適応 生物世界全体の多様化
主体性 なし ある
この比較では2つの理論の違いを分かりやすくするために典型的な表現を用いた.しかし,実際にはダーウィン自身は進化の機構は自然選択だけではないと述べており,また今西錦司もそのダーウィンの機構の重要性を否定したわけではない.

4.生命の主体性に基づく生命システムの発展の理論

4−1 生命システムの主体性と情報と機能との対応付け
   本理論は生命の主体性を前提とするところから構築した.そのためにまず生物とその主体性との関係を考察した.生命の定義を提案したときに,地球上の生物的なシステムを3つに分類(ClassⅠ,Ⅱ,Ⅲ)し(Table 2),その内の1つである細胞型生物を狭義の生命とした.3つの分類は,それぞれの環境に対する働きかけの違いに基づくものであり,細胞型システム(ClassⅠ),ウイルス型システム(ClassⅡ),その他(ClassⅢ)である.細胞型は一応独立して生命を維持し得る系,ウイルス型は細胞を必要とし,それ以外のシステムはClassⅢとした.ClassⅢは生命と似たような性質をもつ場合もあるが生きているとは認められない.それぞれの環境に対する働きかけをみると,細胞型がもっとも主体的であり,ウイルスは細胞があるときだけ生物的な振る舞いをするので,細胞よりも環境に対して働きかける体制は弱い.ClassⅢのシステムは,そのシステム自身を維持したり発展させるように,システムの側から環境に対して働きかける性質を示さないので,主体性はないと見なされる.
Table 2. 生命システムと分類およびその主体性と情報と機能との対応付け
分子レベル
分類 系の様式 主体性 遺伝子型と表現型の対応付けの仕組み
Class I 細胞 自己完結的に生存 細胞内に一式
Class II ウイルス型 Class Iが必要 単純な結合
Class III 非生物 ない ない
分子レベルを超える場合を含む
情報と機能の対応付けの仕組み
Class I 人間
文明



文化



言語

動物
洞察・学習



本能

多細胞生物
細胞の統括

真核生物
オルガネラの統括

原核生物
細胞内に一式
Class II ウイルス型
単純な結合
Class IIb RNAワールド
同一分子上

    ところで,これらの持つ遺伝情報と生体機能との対応付けの仕組みは各分類で異なっている[31].細胞型では遺伝子と機能をもつ分子との対応付けの装置一式は細胞内に収まっており,この仕組みは基本的にすべての細胞型生物に共通である.一方ウイルス型システムでは,ClassⅠと同様の分子装置を使うものの,最小限のタンパク質と遺伝子からなる.根本らは,ペプチドとその構造情報を持つRNAが化学結合した物質を作り人工ウイルスと名付け,化学進化におけるウイルス型戦略として位置付けた[31].天然ウイルスはタンパク質と核酸から構成されており,機能を持つ分子と情報をもつ分子の結合体という点で人工ウイルスと同類の構造を持つ.第3のグループ(ClassⅢ)のシステムには対応付けの仕組みはない.この分類によると,遺伝情報と機能との対応付けの仕組みとシステムの主体性との間には相関関係があるように見える.
    ここで筆者は,生物システムには遺伝子のレベルを越えて情報と機能とを対応づける仕組みがさまざまにあり,それらが進化あるいは生物システムの発展に寄与してきたのでないかと推測し,まず,高次のレベルでの情報と機能との対応付けと生物の主体性との間にも相関関係があるかどうかを調べた.この関係をFig. 3に示す.図は横軸を対応付け,縦軸を主体性とし,図中の左下から右上に向かって生命システムの段階が進んでいる.上述したように,無生物では対応付けの仕組みもなく主体性もない.以前に提案されたように,対応付けと主体性との関係からみるとウイルス型システムはRNAワールドと細胞型システムとの中間に位置するので,その観点からは細胞型の前に置かれることになる[31].ここでは仮説として,RNAワールドと細胞型の間にウイルスを位置付けた.付け加えて,進化に伴って情報と機能との対応付けの仕組みは重層化してきたと考えられる(図中横軸の右に向かう).例えば,Margulisのいうようにもし真核生物が原核生物の共生体であるならば[32],真核生物が出現する段階では細胞内の原核生物を統括する対応付けの仕組みが出現したと想定される.同様にして多細胞生物では各細胞を統括する仕組みが想定される.これらは対応付けの仕組みの一種であり,それが実現された過程ではそれに必要な遺伝子および機能を発現する分子とその機構が形成されたと考えられる.またより高度な例として,生態系は複雑な共生のネットワークからなるが,これらには要素となる様々な対応付けを想定することができる.また,動物では本能,学習,洞察に基づく行動があり,それらは脳による情報と機能との対応付けの成果である.またヒトでは最も高度な対応付けの一つとして言語がある.このように見ていくと,DNA上の情報とタンパク質の機能とを対応づける分子レベルでの仕組みは,生物の持つ対応付けの一種であるということになる.遺伝子の重要性は大変大きいが,対応付けの一種であるという点では相対的なものであると見なすことができる.


Figure 3. 生命システムの主体性と情報と機能との対応付けの方法の発展の関係
ヒトには主体性があるが無生物にはない.縦軸は大胆にこの2点をつなぎ,生命システムは主体性が発展したことを主張する.一方,生命システムは様々な階層からなるがそれぞれにおいて,機能と情報との対応付けの仕組みをもつ.主体性と機能と情報との対応付けには相関関係があることをこの図は示す.ウイルス的生命システムを細胞型システムの前段階においたが,ウイルスは細胞型生命より単純な対応付けの方法を持っていることに基づいているので,ここでは既報の仮説にならった[31].図中の下左枠は,RNAワールドの前段階として別種の対応付けをもつ生命的システムが並列に化学進化したことを提案する.これはRNAワールド仮説の難点を補うものであると推察される.

    一方,主体性のレベルはClassⅢではゼロであり,また一方でヒトの主体性を最高として位置付けた.無生物に主体性がないことと人間に主体性があることを否定することは難しいので,無生物からヒトに進化する過程で主体性が増したとすることは妥当であろう.非常に大胆な表現法かもしれないが,Fig. 3はこのことを縦軸として表す.最初は主体性を位置付ける例は無生物とヒトの2点しかなかったので,次に生物システムの主体性を表す指標として,生物の歴史上の大きな出来事を利用できるかどうか考察した.この中には,生物の環境に対する働きかけを象徴するような現象が含まれておりそれらは主体性の向上を表す指標となるかも知れない.生命史上で生物が環境との関係を変化させた重要な出来事として生命の起源,光合成の出現,文明の出現などを,生命の環境に対する主体性の発展を象徴する現象の例として位置付けた(Fig. 3図中の左上).縦軸に主体性を位置付けるという考え方は,主体性の発展がなければ情報と機能との対応付けを,高度かつ重層的にシステム内に構築することはできなかったはずであり,その結果としてのこれらの出来事は起こらなかっただろうことを示してる.同時に,縦軸を導入することは,化学進化から文明に至る様々な生物的システムの時間的な発展は主体性と対応付けという2つの座標軸で表すことができることを示している.次の段階では主体性と対応付けとの関係を考えなければならない.
    ここで遺伝子のレベルを超えた情報と機能との対応付けの意味をヒトの場合について考えると,文化と言い換えることができる.すなわちこの理論からは,ヒトの文化は脳による情報と機能との対応付けである,と見なすことができる.また対応付けを広い意味での文化と考えると,分子レベルでの対応付けも文化と呼ぶことができるのかも知れない.例えば,遺伝コード表の成立には物理化学的な必然性は存在し得ると推測されるので[33],文化と呼ぶことはできないと考えるかも知れない.しかし物理科学的な原因の有無に関わらず,生物システムが採用した(または採用できた)対応付けという意味いおいて,この例はヒトの文化と同じカテゴリーに含まれる.ただし,文化という語はヒトといくらかの動物の社会の場合に限定して使った方がよい.ここでの議論の要点は文化の定義を与えることではなく,文化や遺伝子の装置は生物システムによる対応付けの方法という概念で見れば一つのカテゴリーでくくられるということである.

4−2 生命の主体性に基づく生命システムの発展の機構

情報と機能との対応付けと主体性との関係は相関関係にとどまらず,生命システムの発展機構に関係すると推定し,冒頭で示したようにFig. 1で表される生命システム発展のモデルを提案した(Fig. 1).この論文の前半で述べたように生物あるいは広く生命システムは環境に対して主体的に接するが,最初は基本的な主体性とそれに対応する対応付けの方法とを持っている.このシステムが環境を認識し,そこに新しい対応付けを見いだし,そのシステムの中に付け加える.その結果,システム全体の性質は新しい対応付けを含めた段階へと変化する.これが主体性の発展あるいは重層化につながる.このようなサイクルを通じてシステムは発展し,場合によって階層を越える変化を起こす.情報と機能との対応付けを起こすためには,生物あるいは生命システムに主体性が存在しなければならない.Fig. 1は環境を認識する過程が生物システムの主体性から生じることを図示している.現時点では主体性−認識−対応付けとの関係を明確するまでには整理できないので,今後の研究が必要である.生物における遺伝子の役割はこの枠組みの中の一方法であり,文化的な仕組みのネットワークによるヒト社会の発展も同様にこのような枠組みの一環としてとらえることができる.またここで主体性を対応付けの仕組みとの関係に基づいて定義すれば,もう少し客観的な主体性の定義を与えることができるかも知れない.
    上述したとおりここで用いる主体性は,生命システムがそれ自身を維持したり発展させるようにシステムの側から環境に対して働きかける性質を意味する.従って,この機構ではヒトの脳機能の一種である意識の存在は必須ではない.環境を認識する能力は原始的な生物にも存在するはずであり,これが進化に寄与することをこの機構は表現している.またもちろん,変異−自然淘汰の機構を否定するものではない. ところで生物は,進化によって代謝や自己複製する能力を向上させてきた.ではなぜ,突然変異−自然選択が進化の機構でありすなわち環境に対して生物は受け身のままでとどまっていると,考えられるのだろうか.進化に対する能力も生物は発展させてきたと考える方がむしろ自然である.進化のための分子レベルの機構においても生物の主体性が現れていると見なすことができる現象があるかも知れないし,これまではそのような現象を探す視点がなかった.従ってここで述べた機構以外にも,分子レベルで進化に寄与する生物の主体性によると考えられる進化機構を探索すべきである[3,4,34].

4−3 本理論と既存の進化論との関係

本理論の範囲は,化学進化,生物進化,文化・文明の発展を含む.従来の進化論と本理論との関係をFig. 4に示す.ダーウィンの進化論の対象は生物であり,突然変異−自然選択で説明できる部分は大きいと考えられる.従って,系の改変の機構には変異が寄与することと自然環境(非生態的環境と生態的環境)が環境のカテゴリーに含まれる.一方,今西の進化論は主体性の重要性を主張してきたが,なぜ主体性なのかについてや進化の機構については十分には考察されなかった.本理論ではこれらの生命システムの発展を理解するために「主体性−対応付けの機構」を提案した.また情報と機能との対応付けを起こすためには,生物あるいは生命システムに主体性が存在しなければならない.一方,最新の研究は地球外からの隕石の衝突や地球の変化が生物進化に対してきわめて重要であったことを示唆している[35,36].次章以下に述べるように,本理論ではこれらを生物にとって避けられない因子として位置付けた.また本理論では文明を生命システムとしたが,文明はヒト個体というシステムにとっては環境(図中,文明的環境)でもある.



Figure 4. ダーウィンの進化論および今西錦司の進化論と本理論との関係
ダーウィンが進化の対象とした生命システムは生物である.そこでは変異と自然選択が主要な役割をはたしている.一方,今西は生物には主体性があり,進化においてそれが関わっていることを主張した.本理論は主体性が機能と情報とを結びつけることに作用していることを主張していることを示す.一方生命システムにとって環境の範囲もダーウィンの時代よりも拡大された.文明的環境はヒトにとって主要な環境である.また,隕石の衝突や地球内部の活動が生物の進化には大きく関わってきたことが,現在は分かりつつある.

    以上の結果,遺伝子とその変異の役割は情報と機能とを対応づける仕組みとそれを改変する機構の一種であり,この点では遺伝子の役割は進化に対して絶対的なものではなく相対的であると理解される(Table 3).また,自然淘汰は環境からの避けられない因子の一種であると見なすことができる.さらに次項以下で述べるように,自己組織化も生命にとって進化に対する避けられない因子の一種であり,生命の本質ではない.生命はこれらの物理的あるいは化学的な現象や制約を利用しつつ発展するものであり,それを主体的に制御しようとする立場にある.

Table 3. ダーウィンの進化論の相対性
キーワード 相対性
遺伝子 情報と機能との対応付けの仕組みの一つ
自然選択 生物が避けられない因子の一つ
突然変異 生物の変形の機構の一つ

5.ダーウィンおよび今西の進化論の問題点とその解決

5−1:自己組織化について
    ダーウィンと今西の理論の問題点が,この新しい理論によって解消されるならば,「主体性−対応付けの機構」の妥当性が確かめられるであろう.ダーウィンの進化論ではそもそも化学進化やヒトの文化・文明などは範疇においていないのであるが,これらの現象を本理論では一つの機構で説明可能であるということを主張した.一方で今西の理論にも問題がある.今西錦司は「変わるべくして変わる」などの科学的でない発言をしたために[11,27],彼のそれ以前の主張に対して誤解を与えたと思う.彼のさまざまな発言には疑問符がつくことがあったかも知れないが,我々には感知できない自然の本質をとらえていたかも知れない.いわんとしたところの一つは,生物の進化には方向性があるということだと考えられる.この一面は,進化という現象には自己組織化として理解され得る現象が含まれているということだと言い換えられるだろう.そこで,化学進化からヒトまでの進化の過程における自己組織化について整理し,自己組織化と主体性との関係を考察した[4].
    自己組織化という用語には生物的な意味合いは含まれていないが,self-organizationには生物的な印象が含まれているように思われるので注意が必要である.静的あるいは動的な系において空間的あるいは時間的な構造が,その系の要素の階層を越えて自発的に現れる現象を,ここでは自己組織化ととらえることにする.この定義に基づくと,自己組織化は化学進化からヒトの社会の発展にわたってひろく存在すると見なされる.例えば化学現象のレベルでは,種々の分子が所定の条件下では高次構造や散逸構造を作る.また,細胞も同様に所定の条件下では組織につながるような高次構造を自発的に形成することが知られている.これらは自己組織化の一種であり,化学進化あるいは生物進化において重要な役割をはたしたはずである[37].また,分子レベルでの相同進化にも自己組織化の影響が推察される[38].一方,平行進化や適応放散という語があてられるように,は虫類やほ乳類あるいはオーストラリアでの有袋類の進化では,地理的あるいは時代的な条件を越えて,異なる系統の動物群が似たような階層構造をつくった.これは,ある条件下では生物の系統によらずに同じパターンで進化が起こる例であり,自己組織的な構造形成と見なすことができそうである[39].また様々な生態系の遷移においても同様のことが言える.またさらには,文明の変遷もこの例にあてはまると考えられる[40,41].文明が世界の様々な地域で自発的に出現したことや,その発展の過程についても相同性が認められることは,文明を支配する力学には自己組織化が含まれていることを示唆している.
    生命は自己組織化という現象なしに誕生したとは考えられないが,しかし自己組織化そのものは生命の本質ではなく,生命は自己組織化を利用する立場にある系であり同時にその影響を受けつつ発展する系であると考える.生命におけるシステムと自己組織化との関係は,生命は分子からなるが分子そのものは生命ではないということに,たとえられる.したがって,生命にとっての自己組織化とは,物理化学的な制約や他の避けられない外界からの影響などと同等のカテゴリーに含まれる.この関係をFig. 5に示す.図の上段は環境を表し,下段は生物(生命システム)である.環境のカテゴリーには生物を取り巻くいわゆる物質的あるいは生物的な環境だけでなく,分子レベルでの物理化学的な制約(例えば水は1気圧では0〜100℃で液体であるなどの物理化学的な制約を越える分子進化は考えられないことなど)が含まれる.分子レベルでの自己組織化現象はこの種の因子にあてはまるだろう.また生命の進化・発展に影響を与えてきたその他の因子として,地球における海洋や陸地の発達[35,36]・隕石の飛来・太陽活動の変動などがあり,これらの結果としての気候変動がある.そもそも,自然選択そのものがそのような避けられない因子の一種として考えられる.例えば,適応放散のような大進化は自然選択の制約が弱い環境下での進化であると見なすことができる.以上のようにして自己組織化というキーワードを入れることで,今西の主張した「変わるべくして変わる」という問題の一端は解決されると思う.



Figure 5. 生物と環境との関係
生物あるいは生命システムにとって,環境とは避けられない因子をはじき出すものであるが,生命システムはそのような因子を利用しつつ発展する.自然選択,自己組織化,その他の地球内外からの因子は,このような環境による制約という大きなカテゴリーにふくめられる.

5−2:進化の機構の例
    ダーウィン進化では,ある個体に新しい突然変異が現れそれが優れた形質であるならば,やがてその形質が遺伝しそれを持つ子孫が繁栄して種全体にその形質が広がってゆく.しかし今西は,集団の中の個体がバラバラに進化するなどということは考えられないと主張した[11,27].例えばヒトが類人猿から進化したときに,ある集団の中に2足歩行と4足歩行が同居するなどということがあっただろうかということである.これに対して,今西は集団の中に突然変異が同時に現れるという多発突然変異というモデルを提案した[27].このモデルは突然変異の分子レベルの機構を考えるとありそうにない.これはむしろ,ある生物種が何かの病気に感染してその病気が次世代に遺伝子として伝わるというモデルあるいは遺伝子の水平伝搬などと似ている.このような疑問に対して妥当な説明が与えられなかったことは,今西理論の問題点である[11,27].私は,集団が同時に変わらなければならないという今西の主張に対して,生物には主体性があるということにもとづけば以下のような単純な説明ができることを主張した[4].
   生物はもともと環境の変化に対する対応性・柔軟性をもっており,環境が変化しても現状の体制でなんとか生きることができる.またその時点の体制で新しい環境に対して進出することもできる.この能力は進化において非常に重要であると思う.例えば,ヒトの祖先がまだ類人猿であったとき,環境の変化あるいは新天地を求めて2足歩行や狩猟の生活に主体的に向かい,その後そのような生活により適応した性質が遺伝子として定着したと考えるのである.こうすれば集団の中の個体が同時に変化したのかどうかという問題は解決できるだろう.この考え方はCanalizationと類似しているが[42,15],生物に主体性が存在することを認めることは,生物が新しい環境を探したり環境の変化に耐えようとする性質があることを前提とすることであり,より簡単に説明できる.2足歩行のために有利な遺伝子は,ヒトの進化のある時点で発現されるようになったはずである.しかしそれは,そのような遺伝子が発現されてから新しい生活型ができたのではなく,ヒトの集団がまず遺伝子の定着に先立って,生活型を積極的に変えたあるいは変えなければならなかった.そしてその後そのような生活を続けていく過程では2足歩行を可能にする遺伝子はより有利に働くので,その遺伝子は高い頻度で受け継がれたはずである.ただし普通の突然変異による説明とこの説明との違いを観測で検出するのは難しいかも知れない.例えば新しい生活型に入ってから新しい遺伝子が定着するまでに比較的短時間しか必要ないのであれば,化石などの試料では識別できないだろう.人間による古典的な育種で意外に簡単に動物や植物を変形できることをみると,生活型を変えてから適当な遺伝子が定着するまでの時間は短い可能性があると思われる.この種の説明は,意識をもつヒトの場合にだけあてはまるのではなく,生物に主体性を認める立場からはすべての生物に適用することができると考えられる.

6.生命の起源の問題への応用

   以上の理論を元にして,生命の起源について少し考察した.この理論に基づくと,最初の生命とは主体性をもった最初のシステムということになる.もし主体性を定量的に評価できるならば,あるシステムの主体性がある閾値に達したときに我々はそのシステムを生命と認めることができると言い換えられるかも知れない.現在もっとも原始的な生命系として考えられているものの一つは,RNAワールドである[43].RNAワールドでは,機能を持つ分子と情報を持つ分子とが同一であるという対応付けの仕組みをもとに生命が構築されていたと推定される.従って本理論に基づくと,それに対するもっとも単純な主体性が想定できるかも知れない.しかし生物の主体性とは最初に述べた通り,システム自身を維持したり発展させるように,システムの側から環境に対して働きかける性質のことであるから,RNAワールドが生命体として認められるべき十分な主体性を持ち得たかどうかが問題となる.RNAワールド仮説ではRNAの複製能や触媒能ばかりが注目されてきたが,本理論は,環境の変化に対する安定性や柔軟性なども生命の要件であることを示唆している.しかし現時点で分かっているRNAの性質をみわたすと,生命らしい主体性を発現するために必要な対応付けの仕組みをRNAだけで作るのは難しかっただろうという思われる.例えばRNA分子の集団が水溶液であったとすると,洗い流されてしまえばそれらの分子の持っていた情報は失われてしまうのではないだろうか.またRNAは熱にも弱い.もしRNAだけからなる分子集団が最初の生命としては能力不足であったと考えるならば,RNAから構成できる対応付けの仕組みだけでなく,もっとゆるくて曖昧でもよいがシステムの安定性を高める別の対応付けの仕組みが最初の生命を維持するために必要であったのではないだろうか.これが代謝系や酵素系の起源であり,情報伝達系とともに最初からその原型があったと推測した[4,44,45].例えばFig. 3の左枠のように複数の性質の異なる対応付けから生命は構成されていたのではないかと想像する.すなわちFig. 3は,化学進化的にはRNAよりも出現しやすく,かつ動的に安定なタンパク質のような物質を中心とした触媒反応ネットワークからなるシステムを想定する.触媒反応ネットワークによって曖昧にシステム自身を自己複製するならば,対応付けを持っていると見なすことができる.このようなシステムがRNAシステムと並列あるいは相互関係を持ちつつ化学進化したということをFig. 3は示しているが,このような化学進化を考えるとRNAワールドの弱点を補うことができる.この仮説を今後検証するためには,この推測が本理論から必然的に予測されることかどうかをまず吟味して,さらに観察結果と比較するという手続きが必要である.そのために現在の生物を構成するのに必要な性質は何であるのかを考察し,また生物とRNAワールドとを比較してRNAワールドに不足している性質を分析するなどの研究を重ねて実証したい.

7.今後の展望

    以上,化学進化,生物進化,ヒトの文化・文明の発展を含めた広い生物系を包含して説明するための理論を構築し,それを用いて生命の起源に適用するという試みについて概説した.進化に対する生物側から環境に対する働きかけの本質は生命の主体性であり,それに基づく新しい機構を述べた.この結果,本理論を化学進化と文化・文明の発展を広い意味での生命現象に適用することができた.ここで解説した試みは途上であるので,自然科学の理論としては以下の点について検討しなければならない.
1. 進化の機構について新しい考え方を提案,文化の発展や化学進化を含めて統一的に解釈できることを述べた.しかしこれまで説明できなかったことを説明できるようになったかどうかについて,さらに多くの事例を集めて検証する手続きが必要である.
2. 現存の生物とRNAワールドの対応付けを比較した結果,情報を持つ分子と機能を持つ分子が同一RNA分子であるという最も単純な対応付けだけしか持たないRNAワールドは,生命システムとしては不十分である可能性を指摘した.これが妥当かどうかを検証する.これは本理論による予測の例であるが,さらに化学進化や文明などの生物進化の範囲外の現象についてさらに何らかの現象を予測することができるのかどうかを吟味するとともに,その予測が妥当かどうか検証する.
3. 主体性に対して自然科学の概念あるいは生命を表現する指標として合理的な定義を与えられるかどうか,その可能性について本文中で一案を述べたが,今後の検討が必要である.そのために,主体性が生命の持つ属性として他の基本的な要件から導かれるかどうかを検証する.
4. 本理論に基づいて定量的あるいは定性的に現象を記述できるかどうかを検証する.
ここで述べたように一部については検討しつつある項目もあるが,今後も継続的に研究を積み重ねて行かなければならない.

謝辞

本研究を遂行するにあたり日本学術振興会科学研究費補助金(15550150)の支援をいただきましたので謝意を表します.

文献

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