ORIGIN AND EVOLUTION OF GENERALIZED PHRASE-STRUCTURE GRAMMAR: A CONSIDERATION FROM AN EVOLUTIONARY VIEWPOINT OF GENERALIZED COGNITIVE SYSTEMS

Koji Ohnishi

Interdisciplinary Research Institute (Department of Biology, Faculty of Science), Niigata University, Ikarashi-2, Niigata 950-2181, Japan.
E-mail: ohnishi@sc.niigata-u.ac.jp
(Received 13 June 2003, Accepted after revision 29 July 2003)

Abstract

Generative grammar, proposed and developed by Chomsky in 20th century, aimed to describe humanユs possibly genetic faculty of aquiring and using languages. Recent advancements of generative grammer, such as X-bar theory and minimalist program, seem to suggest that the essential portion of the generative grammatical theories might be applicable to other general systems, especially to biosystems. In this paper, phrase-structure-like structure and its possible (grammatical) rules were searched, listed, and analyzed by making comparison with language phrase-structure systems. Head-modifier phrase-like structures were wisdely observed in various biosystems, from molecular level to social and cultural levels. A considerable portion of such systems are very like the phrase structure systems found in the X-bar and/or Minimalist models of the generative grammar in human language systems. Origins of hierarchical societies and therefrom derived upper-leveled bio-individuals (superorganisms) (such as bee-superorganism and multi-cellular animals) or upper-leveled biomachine (such as protein-synthesizing machine) were discussed in detail from the aspects of generalided phrase-structure grammar and active (or autopoietic) evolution. Various phrase-structure-generating biosystems seem to be some kinds of cognitive biomachine, represented by hierarchical learning neural network machine. Accordingly, a possible proposal of "Generalized phrase-structure grammar" or "Generalized generative grammar" would mean that some essential underlying rules must be common to both language systems and other biosystems. Interdisciplinary research problems in these area were discussed.
Key words: Head-modifier-type phrase-like-structure, X-bar theory, Minimalist program, projection, enclosuring of neighboring environment, extended individual, endogeneous and exogeneous phrase-structures, hierarchical sociogenesis, semiogenesis, superorganism, genetic codes, tool-using levels, cognitive biomachine, learning neural network machine, active evolution

一般句構造文法の起原と進化、および、その認知システム進化学的考察

大西耕二

新潟大学・超域研究機構(理学部・生物学教室)
〒950-2181 新潟市五十嵐二の町8050
Fax: 025-262-6161, E-mail:ohnishi@sc.niigata-u.ac.jp


[1] はじめに

 Chomskyは生成文法の理論を提示することによって、ヒトがその個体発生過程で言語を獲得し、無限の可能な文を生成する能力を生得的(=遺伝的)に備えていると主張した (1-4)。ここでは、Chomsky生成文法理論の木構造における句構造と句構造文法の起原と進化の在り方について、一般システム文法の立場から考察し、一般記号システムや一般認知システムの進化様式との関連で論ずる。  句構造や句構造規則に関する理論が、生成文法理論の発展史のなかでどのような変遷を辿ったかを初めに概観し、次いで、生命システムにおける「句様構造」の在り方について概観し、いくつかの例について、生成文法理論や認知システムとの関連で詳細に論ずることとする。
特に、生命系における「階層的句構造」の存在様式を論じ、遺伝暗号記号系の起源の在り方を、ポリtRNA学説 [5-8]の立場から述べて、細胞内tRNA複製子リボ生物社会のtRNAリボ生物とtRNA由来リボ生物 (= mRNA, rRNA ) への階層分化と、その階層社会の蛋白合成装置としての機械化過程における遺伝暗号記号系創成の進化学的意義 [7]を論じるとともに、その生成文法的解釈を試論する。また、類似の階層社会の機械化の例として、多細胞動物やミツバチ階層社会が、単細胞生物またはミツバチ多細胞生物の超生物(superorganism) として進化した進化様式が、認知的学習機械としての階層ニューラルネットワーク機械としての能動進化であるとする最近の理論 [7,9]について論じ、一般句構造システム文法の立場から、ヒト言語システムのX-bar理論や極小モデル[3, 10]における句構造文法との関連を含めて比較システム進化学的に論ずる。これらの解析を通してシステムの進化の在り方としての、より一般的な句構造文法の在り方を論じ、言語システムや一般生命システムに適用できる、共通原理的システム創成論理としての「一般句構造文法」の在り方を模索・試論・展望する。

[2] 生成文法理論の発展史における句構造理論の変遷

標準理論 (1)では、統語部門は基底部門(base component)と変形部門(transformational component)からなり、基底部門は辞書(lexicon)と範疇部門(categorial component)からなる。辞書は語彙のリストであり、範疇部門の規則は句構造規則である。
簡単な英語の文(sentense)、

   (2.1) sincerity may frighten the boy
   (誠実さがその少年を驚かせるかもしれない)

に関して、伝統文法は、

   (2.2) (i) 記号列 (2.1) は文(sentence)であり、"sincerity" は名詞句(NP, noun phrase)であって、ただ1つの名詞(N, noun) "sincerity" からなる。動詞句(VP, verb phrase) "frighten the boy" は、動詞(V, verb) "frighten" とNP "the boy"とからなっていて、NPである "the boy" はさらに、限定詞 (Det, determinant) "the" と、それに後続する名詞(N, noun) "boy" とからなる。
(ii) NP"sincerity"は文(1)の主語(subject)で、VP "frighten the boy" は述部(predicate)である。

などの説明を与えてきた。これらの情報は実質的に正しいものであるが、Chomsky(1965)は、     *どのようにすればこの種の情報を構造記述(structural description)の中で、形式的に提示できるか、
    *また、そのような構造記述を、どのようにすれば、明示的な規則の体系によって、生成(generate)することができるかの2点について考察・研究した。

  (2.2.(i))の記述は、記号列 (2.1) を、部分記号列(substring)に下位区分して、それぞれが何らかの範疇に属するようにすることと関係する。この種の情報は、表示付き括弧区分(labeled bracketing)

   (2.3) [S [NP [ N sincerity]], [Aux [M may]],[VP [V frighten], [NP [Det the], [N boy] ] ]]

で示すことができ、3つの句、[NP [ N sincerity]]、 [VP [V frighten], [NP [Det the], [N boy] ] ]、を含むことを示している。 (2.3)はよく知られた枝別れ図(tree-diagram)またはChomskyの木構造 (Chomsky's tree structure) と等価なものであり、(基底)句構造標識((basic) phrase-marker)のおおよその見当を示すものと考えられる。 (2.3)で、S, NP, V などを範疇記号(category symbiols)と呼ぶ。
  (2.3)のような句構造標識を生成するために、基底部門は、次のような書き換え規則(rewriting-rules)の序列からなる句構造規則 (phrase structure rule) を考えることができる (ただし、ここで、S=文, N=名詞, V=動詞, Det=冠詞, NP=名詞句,M=法助動詞, ( )内は随意的な要素)。

(2.4)(i)S--->NP Aux VP


NP ---> (Det) N


VP---> V (NP)


Aux---> M

(ii)M ---> may


N ---> sincerity


N ---> boy


V ---> frighten

すなわち、句構造規則は、(2.4.(i))において、始発記号 (initial symbol) S (文)から始まり、次第に下位の範疇記号に書き換え、最後には、(2.4.(ii))の語彙規則(lexical insertion rule)によって、適切な語彙項目(lexical item)や文法形式素(grammarical formative)の記号列が作りだされる。句構造規則は、A ---> B + C, と、A ---> Bとで示される2種類の書き換えからなっている。
辞書と句構造規則により深層構造(deep structure, D構造)が生成され、深層構造は意味部門において意味表示に解釈される(1, 11, 12)。

 その後の生成文法理論の発展により、Xバー理論 (X-bar theory) では句構造規則は大幅に単純化・一般化されて、以下のように考える。 次の(5)において、動詞、名詞という範疇にとらわれずに、これをXであらわすと、

   (2.5) a. [X'' The enemy [X' [X destroyed] the city]].
         b. [X'' The enemy's [X' [X destruction] of the city]].

のように、 文(S)であるa と名詞句(NP)であるbとが、Xという中心をなすものに何か(例えば、目的語のようなもの)を加えてX'という要素を形成し、X'にさらに何か(例えば、主語のようなもの)を加えてX''というさらに大きな要素を形成しているという、共通の構造をもっていることが分かる。 すべての句は主要部(head) (Xで表わす)と補部(complement) からなる構成素(Xの投射) (X-single-bar, X'で表わす)と、X'と指定部(specifier, Spec)からなる構成要素(Xの最大投射) (X-double-bar, X''であらわす)とから構成されるものとされた。 最大投射は句(phrase)とも呼ばれ、名詞句の場合はN''やNPで表わすこともある。すなわち、補部をY''で、指定部をZ''で表わすと、

   (2.6) a. X' = XY''
         b. X'' = Z''X'

によって、

   (2.7) [X'' [ [Spec Z''], X'] ] = [X' [Spec Z''], [X' [Head X], [Complement Y''] ] ]

で表わせる句 (phrase) の構造をもつ (13-14)。
  (2.6)(2.7)で表わされるX-bar 理論では、すべての句はその中心となる主要部が存在することを主張しており、このような性質を内心性(endocentricity)とよんでいる。ここでは、最小投射とも言われるXは1回投射(projection)されてX'となり、X'はさらに1回投射(projection)されてX''となっている。 Kaine(1984)は、すべての構造は2項分枝(binary branching)であることを主張している(外池, 1998)。 X-bar理論においては、なぜ2回までの投射だけを基本的なものと見なすのかという疑問について理由付けが不十分であるとの見解を、町田 ([4], pp.125-126) は示している。
原理とパラメータ アプローチ (Principle and parameter (P&P) approach) においても、X-bar 理論の上記の基本部分は継承され、 (2.5) (2.6)はさらに、
(2.8) a1. 式型: X' = XY''

a2. パラメータ: XY'', Y''X

b1 式型: X'' = Z''X'

b1 パラメータ: Z''X' または X'Z''


と変更されて、X'やX''の要素の順序を決定するパラメータ(媒介変数)の概念を導入した [14]。
   Chomskyによる極小モデル(Minimalist Program) [10, 15]は、 (i) 言語機能が占める認知機能内の位置、(ii) (簡潔で無駄がなくエレガントであるという)一般的な「経済原理」, の2つの要因のみを用いることによって、どこまで言語機能の本質に迫れるかを問う研究プログラムである(福井,1998)。 極小モデルがほぼまとまった形で示された1990年代前半以来、その視点からの言語理論の再編がすすみ、統率、投射原理、X-bar理論などの一般原理は言語理論から排除された。極小モデルの立場から再構築された普遍文法(UG, universal grammar)は、入力を提供する「辞書」と、辞書から選びとった入力を, 論理形式仲介表示における言語表現1と音声形式仲介表示における言語表現pとの対(1,p) に写像する「計算システム(computational component)」の2種類の構築部門から成る。計算部門はは語彙項目を組み合わせてより大きな、単一の統語的構成物を作り出す、「併合(merge)」と呼ばれる操作を含む。
<併合>の基本的役割は、2つの統語的構成物(SO)を組み合わせて、

   (2.9) <併合>: (Soi, Soj) →SOij

によって単一の新たな構成物 SOij を作り出すことである。 論理形式における言語表現_は階層構造を有していなければならず(実際に有していると考えられる)、従って<併合>は階層構造をつくり出すように統語的構成物の組み合わせをおこなわなければならない。 これらの要請を満足するように、

   (2.10) 統語的構成物
         a. 素性(および素性複合体=語彙項目)は統語的構成物である。
         b. <併合>によって作られたものは統語的構成物である。
   (2.11) <併合>とは二つの統語的構成物a, bを構成要素とし、γを中心的要素とする新たな統語的構成物Kを作り出す操作であり、
K = {γ, {α, β}}. (ただし、γは集合{α, β}の要素α, βのうちのいずれかである。)
によって、統語的構成物Kを回帰的(recursively)に定義し、γをKの主部と呼ぶ。

ここでγを(2.10)と (2.11)で定義される<併合>によって作り出される新たな統語的構成物Kのラベル(label)と呼ぶ。(2.11)は、<併合>において、a, bのうちのいずれか(すなわちγ)が「投射して」(project) Kを作り出すことを示している。
   統語的構成物 a, b, d, z が順次「選択」されて、
   (2.12) K = { α, {α, β} }, L = { δ, {ζ K, δ} }, M = { L, { L, ζ} }

によって<併合>が回帰的に適用された場合を考える。これ以上<併合>が適用されず、αの投射がこのレベルで終了するとき、Mをαの最大投射と呼ぶ。また、<併合>の最初の適用によってβと組み合わされた要素αをαの最小投射と呼ぶ [15]。
   これらを論理基盤とすることによって、極小モデルでは、かつて用いられていた句構造規則やX-bar理論を仮定することなしに、<併合>という基本演算のみによって、X-bar理論における主要な諸概念のみならず、従来の生成文法理論が句構造に関して捉えようとしていた一般化をすべて把握しようとしている。

   以上、句構造に焦点を当てながら、生成文法の流れを概観したが、極小モデルの要請のうちで、上記の「論理形式における言語表現_は階層構造を有していなければならず、従って<併合>は階層構造をつくり出すように統語的構成物の組み合わせを行なわなければならない。」が成立するか否かの判断について、従前の言語学の成果を利用していることや、それが「要請」であることの、仮説証明における扱われ方には慎重を要する部分がありそうにも思われる。特に、極小モデルの「経済性」の要請ないし仮定は、生物進化学や進化経済学等における「最適進化戦略」や「最適モデル」とはいくつかの本質的な違いがありそうではあるが、共通する思考様式もかなりあるように思われる [16, 17]。これらの隣接進化科学分野の最近の動向において、従来型の「最適進化戦略」や「最適モデル」が現実の進化の説明論理として正しくないとされる結果が続出している点に十分な注意を払いつつ、生成文法の生物進化学的理論を構築していく必要があろう。 一般の生命進化システムと同じく、生成文法システムの研究もまた、バイオ複雑系(biocomplex system)としての視点や、一般認知システムとしての視点からの解析がもっと必要とされるのかもしれない。

[3] 生命系における「句樣構造」の存在

AとBが一つのシステムSを形成して安定的に存在するためには、AとBが何らかの(直接または間接の)interactionを必然的にもつことになるが、上位の新システム S = [A,B] がその環境との関係でもつ機能(=意味)において、同等に重要であり続けることは確率的に困難で、上位新システム[A,B] にとっての主部(H: head)と副部(M: modifier)としての機能分化が時間経過や世代経過とともに必然的に生じて安定化する (X-bar 理論におけるhead / complementや、既成の最小モデルの場合と混同しないように副部 modifierと呼ぶ)。 しかし、本論文で以下に考察する多くの例においては、AとBの何れが主部となるかについては、ランダムではないと判定できそうなケースが少なくない、その意味で、上記下線部のHとMへの機能分化の在り方は、確率過程論的必然性を述べたものであって、現実の生命系などでの過程では、いずれが主部に分化するかが、何らかの付加的要因で因果的に決定されているケースが多い可能性があり、そのことに十分な注意を払った考察が必要であろう。

   生命系における主部と副部から成るシステムの例を挙げれば、

   (3.1)
     a. 細胞共生における宿主細胞(H)と葉緑体またはミトコンドリア(M)、
     b. ゾウリムシ Paramecium やテトラヒメナ Tetrahymena などの繊毛虫類の遺伝システムにおける、小核(H)と大核(M)、
     c. 多細胞動物における生殖細胞系列(H)と体細胞系列(M)、
     d. ミツバチ超生物(superorganism)(=真社会 eusociety)におけるqueen(H)とworker(M)、
     e. 細胞内タンパク合成装置(または原始蛋白合成装置としてのpoly-tRNA model)における転移RNA(tRNA)(H)とメッセンジャーRNA (mRNA) (M) (文献 [7,8]を参照)、
     f. 英語語彙システムにおけるゲルマン系本来語彙(H)と借用語彙としてのノルマン・フランス・ラテン系語彙(M)、
     g. ヒトの子供の言語獲得過程での2語文創成におけるH,Mの分化(軸理論との関係等を含む) [12, 18-19]、
     h. ヒトやアリの牧畜や農業をもつ社会における社会構成員集団(H)と家畜生物や農作物生物(M)、
     i. 遺伝子Aが重複して2つのA遺伝子をもつようになり、一方のAは本来の必須機能を継承し、他方は変異を重ねてA'となって、新機能を担当して、[A,A'] がより適応的な新システムとして機能する場合

等々は、本来はHのみでシステムとして機能していたもの(A)が、Bと密な関係を維持することによって, [ [H A], [M B] ]という句樣構造(phrase-like structure)を創って、Aは新たなmodifier(B)による機能を付加することによって、より適応的なAの上位構造 ( S = A') としての安定化を獲得した。これを、Aがもともと存在したシステムであって、Bが時系列上、あとから(Aと相互作用して) Mとして機能するようになることによって、句樣構造をもつ新システムが成立したと言える場合には、[H[A], M[B]] における順序を時系列を表わすものと定義すれば、ヒトの言語の2語文と一層酷似した構造とみなすことができ、X-bar理論におけるパラメータ概念(主要部と補部の順序に関するパラメータ)に対応するものを導入することも可能であろう。上記の具体例では全て、[H, M] の時系列上の出現順序をもつといえるから、順序を含む木構造をもつ [[H A], [M B]] は、時間軸を含む1つの2語文としての発話に対応させることが可能であろう。
   これらの例では、A,Bは何れも種々のレベルの生物個体(またはそれに近い性質をもつもの)であるか、または種々のレベルのミーム(meme)であり、従って、何らかの認知的主体であるか、またはその社会の文化産物として位置づけることができるであろう。 したがって、その意味で何れも認知的現象と言える。
   このような「句樣構造」は、一部特徴についてはすでに論じたように、Chomsky生成文法理論としての標準理論における「句構造(phrase-structure)」や、その発展形としてのX-bar理論やP&Pアプローチにおける句(phrase)の構造や、それらの一般化としての極小"モデルにおける <併合> の在り方とよく似ていると言えるが、
   (1) その類似性や酷似性が、単なる偶然や表面的なものに過ぎないものなのであろうか?
   それとも、
   (2) 何らかの共通の論理基盤をもっていて、それ故に、生命現象の非常に異なる諸現象において、頻繁に生起することなのであろうか?
という、興味深い疑問が湧いてくる。
   そのいずれが真であるかについての論議を深めることは、言語記号系における生成文法システムの本質や起源・進化を論ずる上でも、また、生命系におけるシステム構築の理論進化学的解析においても、ともに重要な事柄であろうと考えられ,その、システム創成の在り方の共通論理を探る研究は、「一般システム生成文法理論」(generative grammar of generalized systems ) の構築を目指すべきであろう。

   生物の「句構造」らしきもの(=句樣構造, phrase-like structure)について、さらに考えてみると、生物(H)の隣接環境(M)囲い込み(enclosuring of neighboring environment) や道具(M)の使用による拡張個体 ( expanded individual ) 形成もまた、句構造構築に依存し、Mが非生命体や死物であるとき、

(3.2)

[ [H細胞], [M細胞内小胞 (= ER= endoplasmic reticulum)]] 、

[ [H動物], [M体腔]] 、

[ [H動物], [M道具]]、

[ [Hトビケラの幼虫], [M小石を綴った巣]] 、

[ [Hミノムシ], [M蓑]]、

[ [Hチンパンジー], [M原始石器]]

[ [Hヒト], [M毛皮衣服]]、[ [Hヒト], [M眼鏡]]
等である。すなわち、本来は生物個体にとっての隣接環境であった非自己部分を、自己個体内に囲い込むこと[20]によって、隣接環境を生物が主体的にコントロールできる条件を獲得し、環境依存的な進化から、環境非依存的な自己システム依存的=能動的な進化を可能とするような autopoietic (自己創成的)なシステムを構築してきたものと思われる。その隣接環境内在化[20]の結果として、様々な隣接環境が個体内器官(=体内道具)や(体外)道具へと進化したと考えられる。その意味で、[H,M]の時系列上の順序はこれらの例においても意味をもつものとして定義できる。すなわち、これらの例における [[H A], [M B]] を単に共時的(synchronic)構造をあらわすものと見るのではなく、通時的(diachronic)な構造として捕らえることによって、ヒトの発話文という時間軸を含む1次元的単語の並びをもつ「2語文」と酷似する一般構造をもつものと見なすことができる。[[H A], [M B]] の(spaciotemporalな)システムとしての機能が、2語文の「意味」に対応するものであろう。そうすると、このような一般化された2語文(generalized 2-word-sentense)の生成過程の解明とは、[A] と [B] がどのような"カニズム(論理"カニズムを含む)で句様構造(=一般句構造)としての上位システム [[H A], [M B]]を構築することができたのかを解明することであろう。

[4] 「隣接環境の囲い込み」と拡張個体の一般生成文法的考察

   単細胞生物においては個体と環境の境界面としての細胞膜は球面と同相(isologous)である("同相"は位相幾何学の用語)。また、初期多細胞動物においては胞胚を構築する球面と同相の細胞層(多細胞シート)が、個体の内部と外界との境界面を構築する。これらの単細胞個体と多細胞個体という、生物の異なる個体階層の進化において、前者においては、細胞膜の陥入によるER(endoplasmic reticulum)の構築による細胞内輸送通路としての腔所の形成、後者においては、細胞層の陥入による腸管、一次体腔、二次体腔、神経管腔、脳室などの体内腔所の形成という、著しく酷似した体内構造の並行的複雑化がみられることは極めて興味深い。これは、単細胞生物と多細胞動物という、異なる階層レベルの生物個体が、個体に隣接する空間 (一般には海水や淡水などの液体で満たされた空間)を、境界面の陥入によって体内腔所として取り込み、遂には自己の一部としての体内器官として進化させたものと考えられる。この過程で自己化された腔所は、本来は個体にとっての隣接環境空間であったことは明らかである。このような、「隣接環境の囲い込み」[20] はなぜ繰り返し生起したのであろうか? その答は、個体は隣接環境囲い込み以前においては環境の変化に左右され易く、環境の一部を切り取って囲い込み、体内化(内在化 internalization) [20]することによって、囲い込んだ環境部分を、生物個体自身がコントロールして、個体にとって、より安定的で都合のよい内部環境=個体内環境とすることができ、個体の生存と次世代形成にとってより適応的なシステムとなることによっているものと思われる。
   その典型的な例の一つは、水の振動を探知して音を聞く器官としての魚の側線器官(発生学的には神経褶に由来する)から、内耳(神経褶に由来)の形成による蝸牛器官内体液の振動を感知する陸上脊椎動物(哺乳類)聴覚器官への進化を挙げることができる。即ち、脊椎動物の陸上生物としての進化における聴覚の進化は、直接に空気振動を感知する方向へ進化したのではなく、液体で満たされた隣接環境をもともと体表に存在した神経褶由来細胞が囲い込んで内耳内の腔所にしたことによって、耳小骨による空気振動から蝸牛器官内体液振動への変換の助けを得つつ、本来の液体振動を感知する器官としての機能を維持したままで進化したのである。(発生学的に詳細な部分についてはこの変遷の途中過程を完全には証明できていないかもしれないが、いくらかのreasonableな類推を含めて述べるとこのように述べることが妥当である)。隣接水環境の内在化は、水環境から空気環境への劇的な変化の過程においても、水環境を恒常的に維持し、魚時代の聴覚機能の基本戦略をそのままの形で維持して陸上生物への適応の基盤の一つとなったと言える。

   これらの例では、個体Aが、環境Eの中で生活している状態では、Eは変わり易く、AはEの在り方に左右されやすい。Eの一部としての隣接環境(neighbouring environment) N は、Aとの相互作用を通してAにより囲い込まれて、 [ [H A], [M N]] という句樣構造(一般句構造)をもつ新しい個体システム(拡張個体システム= expanded individual system)を構築することによって、Nの状態が個体の在り方に依存するようになり、個体Aの在り方がEの変化に受け身的に依存した状態から、Nの状態に個体の在り方自体が影響を及ぼすことのできる、能動的進化を可能とする状態へと変遷したものと思われる。個体の拡張の在り方が、隣接環境を体内側に取り込むことに注目して、このような拡張個体を内側拡張個体(internally expanded individual)と呼ぶこととする。これらは、普通に"individual" とよんでいる真核細胞個体や多細胞動物個体のことであり、とくに「隣接環境の囲い込み」に注目して論ずるときに使うことにする。
   DNAの塩基置換などの遺伝子変異自体はランダムであっても、どの変異をもつ個体が生存に有利かを決めるのにより大きな影響をもつのは、Eではなく、内在化されたNとしてのAに制御された内部環境(内在化された環境)であるから、遺伝子の選択が、Eによる受け身的な選択ではなく、Aの制御する(内在化された)Nによる能動的な選択へと変化したと言える。ここにも遺伝子選択による進化が、環境による受け身的なものに留まらず、生物の存在様式そのものが選択の在り方を方向付けるという、能動選択の進化様式の重要性が伺えるのみならず、そのような能動選択機能の進化が、おそらくは認知的過程を含み、句構造の構築過程をも支える本質的に重要なステップとなっているものと思われる。この句構造の構築過程そのものに、認知的過程がどれだけ関わっているかを明らかにすることは、生物進化の在り方の本質構造を解明する上でも興味深い課題であろう。
   「能動進化」はそのことば自体が厳密定義されないままに議論されてきた歴史があり、それ故に「能動的」進化現象の記述的段階の科学さえもが「観念論」として不等に位置付けられてきた面があるが、その問題については、Ohnishi et al. [7, 20, 21] などで論じた。特に、自然選択の能動的在り方に関する論議 [7, 20, 21] は重要である。ここでは、

(4.1) 定義: 「生物の進化の在り方が、その生物自体の個体システムや同種内個体間関係システムの在り方に依存するとき、その進化は生物自体によって制御・方向付けられるという意味で、能動進化(active evolution)または主体的進化という。」
によって、能動進化または主体的進化を定義して、厳密科学としての生物の能動的、主体的側面の論議を進めることとする。
   再び先に挙げた例に戻って、道具の起源を考えると、ミノムシの蓑は木の葉や小枝を分泌した繊維で綴ったもので、道具製作の一形態であるとともに、隣接環境を体の一部とする行動様式に近く、その意味で隣接環境の自己個体化といってもよいが、ここでは、このような道具を含む個体を、"延長された個体(extended individual)" または "外側拡張個体 (externally expanded individual)" と呼ぶことにする。隣接環境やそれを加工したものを個体の延長部分として、体の外部に接する形で形成する点で、「隣接環境の囲い込み」による体内器官(=体内道具)の形成 (内側拡張, internal expansion)と区別して呼ぶのが妥当であろう。道具の進化=延長された個体の進化の在り方は、手の延長としてのシロアリ釣りのためのチンパンジーの小枝の使用や、ヒトの狩猟のための棍棒、ヒトの目の延長としての眼鏡や望遠鏡, etc., ビーバーの巣やヒトの家などを考えることができる。これらの「道具」は、[延長された個体] = [[H 個体], [M 道具]] としての句構造を構築することによって、より複雑で適応的な新しい、延長された個体を形成している点は、先に挙げた、[英語語彙システム] = [[H ゲルマン系本来語の語彙システム], [M ロマン系借用語の語彙システム]] としての英語語彙システムの適応進化の在り方と酷似した句構造形成に基づく進化様式であると言えよう。
   ここで挙げた例のうち、隣接環境囲い込みや道具使用、家畜化などにおいては、本来異なるシステムであるAとBが、後に主部となるシステムAのBに対する行動様式に基づく結果として、上位の句樣システムとしての

   (4.2) [ [H A], [M B]]

が進化したことが明らかである。また、AとBにもともと優劣の差がある場合には、AとBの隣接が偶然的事象から出発した場合にも、Aが主部となることが必然であるケースも少なくないであろう。このような句様構造の形成仮定そのものは、極小モデルにおける[2](2.11)による統語構成物の形成において、2つの構成要素のうちの一方が主要部として上位構成物(=統語構成物)に投射される現象と極めてよく一致しており、その意味で、該当するX-bar理論の投射とも一致する。

   以上の論議において、AとBが何らかの相互作用を通じて、[A,B]の句樣構造が進化した場合を論じてきたが、A,Bの由来の在り方に関して、次の2つのケース;

(4.3)
(i) 外生的句(樣)構造形成 (exogeneous phrase(-like)-structure formation) : 由来の異なる2つのシステムが相互作用して、[A,B] なる句(樣)構造を形成する場合。

     例:[ [H宿主細胞], [M ミトコンドリア] ], 隣接環境の囲い込み,道具使用, etc.
(ii) 内生的句(樣)構造形成 (endogeneous phrase(-like)-structure formation) : 本来Aであったものが2つのAを増殖や重複で生じ、その後におけるAとBの相互作用を経て、[A,B] なる句(樣)構造を形成する場合。

主部・副部句 [ [H A], [M A']] :

     例 = [ [H本来遺伝子], [M重複による新生遺伝子]] , [ [H生殖系列細胞], [M体細胞系列]], etc.



を区別しておくことは重要である。さらに、(i)や(ii)の特別なケースとして、稀には 対等な2つの要素からなる

   (4.4) 等位句(co-ordinate phrase) [ Coord A, A]

を生ずる場合がある。
   (i)の外生的句構造形成に基づく等位句の例としては、英語文の等位句 [Co-ord A and B] があり、後述する。
   また、(ii)の内外生的句(様)構造形成に基づく等位句(様)構造の例としては,
左右対称性動物の受精卵が第1分割で対等な2細胞から成る2細胞胚(等割の卵割様式)または対等な2核から成る2核胚(表割の卵割様式をもつ有翅昆虫など)となり、それぞれの割球または核が、将来の成体の左半分と右半分の構造を形成する場合などがある(性染色体配分異常で、体の左半分と右半分が異なる性であるような雌雄型個体(gynandromorph)を生ずる昆虫などの場合は、2-cell-stageでは等位句を構築しているとみなせるであろう。)。
   さらに、等位性を保証するための特別の要素として、英語文の等位句 [Coord A and B] や [Coord A, B, and C] におけるand のような特別な機能要素が使われる場合があり、それが、自然発生的な [ [H A], [M B]] などの主部・複部構造への転化を防いで、安定な等位句の存続を保証していると考えられる。
   付言すれば、3個以上の要素から成る等位句の存在などを理由として、Chomsky tree の在り方について、二分岐構造が本質的とする立場と、多分岐を含むより一般的な構造をも含むべきとする意見(おそらく少数意見だが)とがあるが、"and" を特殊機能をもつ前置詞的要素と仮定すれば、[A and B and C and D] = [ [ [[A],[andB]], [and C] ] , [and D]] のような句構造も考慮に値するかも知れない。日本語でも、[A と B] = [[A], [と B]] とすべきか? あるいは、等位句的多分岐過程を含むには、等位句形成機能をもつ要素(等位接続詞など)を一般に必要とし、それゆえに、等位句的多分岐過程が含まれたとしても、それは、Chomsky-treeの構造的本質に関わるものではなく、等位接続詞などの構成要素(語彙など)の(等位機能的な)意味機能の結果であると考えるべきである。前節[3]の初めに述べたことや、本稿全体で述べることからして、二分岐型Chomsky-treeや (2.9)-(2.11)で定義される極小モデルの2要素併合の回帰的過程は、システムの一般創成過程を表わす本質構造であると考えて間違いがない。

[5] 生命系における「階層的句樣構造」の存在 (Fig.1も参照)

   システム A'= [A,B] はさらに別のシステムCと関係を生じる過程で、 S’= [A', C] = [[A, B], C] という、階層的句構造をもつさらに上位のシステム S’ を構築する。ここでもA'とBの関係はS’= [[H A,B], [M C]] or [[M A,B], [H C]] の形で安定化する。 多細胞生物のMとしての体細胞系列ではしばしば幹細胞(H)と分化細胞(M)の分業化を生じるが、

(5.1)(i) 受精卵 ---> 生殖細胞系列1 + 体細胞系列2

(ii) 生殖細胞系列1---> 生殖細胞系列1.1 +体細胞系列1.2


で表わされる単純化された発生モデルにおける書き換え規則においては、左辺の受精卵や体細胞は、原生殖系列細胞、原幹細胞とでもいうべき性質をもつから、右辺では、生殖細胞系列や幹細胞の方が、体細胞系列や分化細胞よりも時系列的に先から存在したものであり、従って、[H,M]の1次元的生起順序を考えることができる。これはまた、X-bar理論とP&Pアプローチとにおけるパラメータを含む構造記述に対応する。よって、

(5.2) [S 多細胞動物] = [S [H生殖細胞系列1], [M体細胞系列2]] = [S [H [M生殖細胞系列1.1], [M体細胞系列1.2] ], [M体細胞系列2] ]

の階層的句構造をとり(Fig.1[I] も参照)、X-bar 理論の[2](2.7)の表記に従えば、

(5.3) [X'' 多細胞動物] = [X'' [X' 生殖細胞系列1],[Z'' 体細胞系列2]]

= [X''[X' [X生殖細胞系列1.1], [Y'' 体細胞系列1.2] ], [Z'' 体細胞系列2] ]

= [X''[X' [Head生殖細胞系列1.1], [Comp 体細胞系列1.2] ], [Spec 体細胞系列2] ]

と表わすことができよう(Head=主要部、Comp=補部、Spec=指定部)。その意味で、Head-initial language (英語など) (Chomsky, 2000)と同じHead-initial型の構造と言えるかも知れない。
   実際の発生過程は2分裂の細胞分裂の繰り返し過程であるから、発生過程の書き換え規則は、

(5.4)

細胞(0) (受精卵) ---> 細胞(1,1) + 細胞(1,2)

細胞(1,j) ---> 細胞(2,1) + 細胞(2,2)

細胞(2,j) ---> 細胞(3,1) + 細胞(3,2)
........

細胞(n-1,j) ---> 細胞(n,1) + 細胞(n,2)
(j=1,2)
であるから、細胞(i-1,j) の分裂は 主部・副部型

   (5.5a) [細胞(i-1,j)] =[[H 細胞(i,1)], [M 細胞(i,2)] ] または等位型
   (5.5b) [細胞(i-1,j)] =[[Coord 細胞(i,1)], [Coord 細胞(i,2)] ]

の何れかであり、これらを合わせて

(5.6) [細胞(i-1,j)] = [[k1 細胞(i,1)], [k2 細胞(i,2)] ],


[ (k1,k2)= (H,M) or (Coord,Coord) ]
( i=1,2, ..., n)
と書くことにする。ここで (k1,k2)= (Coord,Coord) は等位句(様)構造の場合を示すものとする。そうすると、多細胞動物の発生過程を

(5.7) [S 多細胞動物] = [S [ [k1 細胞(i,1)], [k2 細胞(i,2)]]i, (i=1, ..., n)] ],
ただし、(k1,k2)= (H,M) or (Coord,Coord)


= (Head, Complement) or (Coord,Coord)


と表わすことができる。ここで、[S [...] i, (i =1 ..., n)] は、i = 1 からn回までの回帰的繰り返しで生成するシステムを表わし、細胞死(apotosis)は死細胞としての分化とする。分裂回数があるs回(s < n)で終結するlineage では、n >= s におけるnull-分裂(空分裂)が2つのnull-cell(=空細胞)を生じるとすれば、上記のn回 の2分裂による発生過程は、n+1個の節(node)(=細胞)をもつ細胞系列(cell-lineage)を2n個含む細胞系譜図となっており、その細胞系譜図はChomsky-treeとなっていることがわかる。

   (5.7) の i = m, m+1 の部分について、階層的に(入れ子式に)書くと、

(5.8) [ [k1 細胞(m,1)], [k2 細胞(m,2)] ]i, (i=m,m+1)]

= [ [k1 [k1 細胞((m+1,1),1)], [k2 細胞((m+1,1), 2)] ],

  [k2 [k1 細胞((m+2,1),1)], [k2 細胞((m+2,1),2)]]

のようになっている。すべての分裂が[H,M]型である場合 (すなわち、すべてのK1,K2に関して、K1=H, K2=M) には、
(5.9) [ [H 細胞(m,1)], [M 細胞(m,2)] ], (i=m,m+1)]

= [ [H [H 細胞((m+1,1),1)], [M 細胞 ((m+1,1),2)] ],

  [M [H 細胞((m+2,1),1)], [M 細胞((m+2,1),2)]]

であり、(5.2),(5.3)の関係から、(5.9)もまた [H,M] の生起順序 (時系列) を含む、Head-initial型の "文" を生成する。しかし、現実の多細胞動物の発生における細胞系譜図は、等位句をも含むより複雑な構造をもち、その一般生成文法論的、句構造文法的立場からの、より詳細な理論構築が必要である。
   (5.9) を、X-barモデルと見て、

   (2.7) [X'' [ [Spec' Z''], X'] ] = [X'' [Spec' Z''], [X'' [Head' X], [Complement' Y''] ] ]

の形式で書くと、

(5.10)[X'' [ [Spec Z''], X'] ] =[X'' [X' 細胞(m,1)], [Spec細胞(m,2)] ],

= [X'' [X' [X 細胞((m+1,1),1)], [Z'' 細胞 ((m+1,1),2)] ],

  [Spec [X 細胞((m+2,1),1)], [Z'' 細胞 ((m+2,1),2)]]

の構造をしている。これは、2回の細胞分裂を経て形成される4細胞の関係が、主要部Xの2回の投射による一次投射X'と最大投射(二次投射) X''を含み、補部である [Spec 細胞(m,2)]はまた、その娘細胞の[X 細胞((m+2,1),1)]の一次投射となっている。
   (5.10)は、多細胞生物の個体発生過程であるが、動物の卵形成の減数分裂過程では、

(5.11) [X'' 第一次卵母細胞] = [X'' [X' 第二次卵母細胞], [Spec 第一次極体]]

= [X'' [X' [X卵], [Z'' 第二次極体]], [Spec [第二次極体], [第二次極体]]]

のようなX-bar モデルによく当てはまる構造がみられる。ここでは卵が主要部で、第二次卵母細胞がXの一次投射、第一次卵母細胞がXの最大投射(二次投射)となっていて、第二次卵母細胞由来の第二次極体は補部であり、第一次極体は指定部である。第一次極体の分裂は等位な2つの第二次極体からなる等位句構造を作る。
 (5.10)では、回帰的過程の生成する投射構造は多重的になるので、極小モデル(2.10), (2.11)の方が一般にはよく当てはまるであろう。 重要な点は、(5.10)は、細胞分裂過程の構造を示すものではなく、個々の細胞分裂で生じた2細胞が回帰的に句構造形成することの結果として生成する階層的句構造を表わしていることに注意する必要がある。但し、(5.10)はあくまで、[H,M]型の分裂が連続回帰的に生起する範囲内の i の値の領域 ( n1 <= i <= n2 ) でしか成立しない。
 従って、多細胞動物(S)の個体発生過程は大筋において、上記のような書き換え規則の回帰的繰り返しに基く多階層句構造複合体形成過程であると見なすことができ、多細胞個体の個体発生的(その意味でspacio-temporalな)構造がS(文) (generalized sentense)であり、個体の生存環境(同種内関係を含む)における機能的役割が 文の「意味」というべきであろう。

      階層的句構造の形成過程の進化の例を、インドヨーロッパ語の動詞の人称語尾の起源にも関係する一例で、論じてみよう。 H. Pederson [22](1938) はヒッタイト語動詞のathematic verb (非幹母音動詞)の人称活用語尾と他のインドヨーロッパ語の人称活用語尾とを比較・分析して、その起源を論じた。その結果は、英語の2語文 "I am." を例とすると、am は Sanskrit 語の esmi "私はある." と語源的に同起原であり、esmi は第一規則動詞の第1人称形で、 es- "to be" + *-mi "me, I" と分析でき、第1人称語尾は本来は代名詞であったと言える。即ち、英語のam は *a- "to be" + *m "me" と分析でき、 [ [H *a-], [M *m]] や [ [H es-], [M mi]] は本来は2語文である。インドヨーロッパ語のathematic verbの人称活用語尾に関する Pederson [22] の主張は、最近のGamkrelidze & Ivanov [23]のインドヨーロッパ語比較文法学においても、その基本的視点が継承されている。 [[H *a-], [M *m]] は使用頻度の高さから、[M *m]の 独立単語としての話者意識が薄れ、動作主を示す "I" を従えることによって、[[M I], [H [H *a-], [M *m]]] なる階層的句構造を本来的にもつ、3語文由来の2語文として成立していると言える。対応するラテン語文、ego sum. "私はある"(ego は強調する場合にのみ使われる) を例とすれば、( sum < *es(u)m < *es-mi なので)、(2.7)のX-bar形式も合わせて書くと、

(5.12) [[M ego], [H [H s(u)-], [M *m]]]

= [X'' [Spec ego], [X' [X s(u)-], [Complement *m]]]
と書ける。現在の生成文法理論では、動詞の人称活用語尾や名詞の格変化語尾は、特別の取り扱いをしているようであるが [3]、それらの起源の在り方を踏まえた、より妥当な扱い方が可能なのではないかという疑問が抱かれる部分もありそうである。
     英語2語文獲得に関しては、Braine[18]の 軸語=開放語文法 (pivot-open grammar) [この概念は既に古く、そのままでは問題が多いといわれる([12], pp.503-504 を参照)が、Lennerberg の軸語と句構造化に関する論議[19]は興味深い] における軸語(pivot)が動詞であることや、あるいは2語文形成期における動詞や動作名詞の果たす重要と思われる役割と、脳の言語野の起原が手の運動に関わる脳領域である可能性を示すPETによる近年の研究成果との関係も興味深く、次節で述べる道具使用における手の運動を操作する脳機能の統合の在り方との関係が、今後の課題として興味深い。

[6] チンパンジー道具使用研究の生成文法学的意義

動物の道具使用に関する最近の研究の中で、チンパンジーの堅果(nut)を割るための石器 (斧石 hammer stone)の使用において、敷石(anvil stone)をmodifier 機能をもつ補助石として使用する例が、Sugiyama & Koman [24]により発見され、Matsuzawa et al. [25] は、その関係を、

   (6.1) Level 2 tool:[hammer stone, [nut, anvil stone]]
        Level 3 tool:[hammer stone, [nut, [anvil stone,wedge stone]]]

として、Chomsky tree に似た構造で示し、最も単純な道具使用の例としてのチンパンジーの小枝を利用してのシロアリ釣りを
   (6.2) Level 1 tool: [twig, termite]
として比較し、道具使用の階層的進化を論じている。このような道具使用の進化の階層性は、道具を使用する手の操作行動の階層的句構造構築の結果である可能性が高く、それを可能ならしめる脳内神経ネットワークの在り方は、生成文法規則の(系統発生的および個体発生的)獲得を可能ならしめた脳内神経ネットワークの在り方と共通的な構造に依存している可能性は十分に考えられる。 もし、そうならば、われわれヒトが、言語を用いて思考する脳内思考様式のみならず、言語発生以前の霊長類や脊椎動物の脳内思考様式は、基本的に生成文法的句構造構築能力に依存している可能性が高い。 Level 2 tool は、X-barモデルでは

   (6.3) [X'' [Spec hammer stone, [X' [X nut], [Complement anvil stone]]]

と解釈すべきであろうか? すなわち、割りにくい堅果(X,主要部)を、敷石(補部)によって一次投射(X')して、斧石(指定部, Spec)をさらに操作させて、"堅果の中味を取り出す操作" = 最大投射(X'') を完成させるのである。(6.1)のLevel 2 では、チンパンジーはさらに工夫して、(6.3)の補部である敷石操作を、[ [Head敷石], [Complement wedge stone]] という下位の句構造をもつ操作に改良している。

   さらに考古学的視点からも、石器製作技術の在り方の解析から、句構造文法の起源を考えようとする幾つかの試みがあり、上記のMatsuzawaの研究とともに、脳の言語野の起原と手の運動を操る能力との関連からみて、大いに興味深い。それは、Chomskyのいう言語運用能力が、言語よりももっと一般的な認知的知識の有機的組み合わせ(統合)の在り方を支配する能力としての句構造構築能力こそが、一般生成文法理論が注目しなければならない事象であることを強く示唆しているように思われる。

[7] 記号系とは何か? --- ソシュール記号学の立場

   このような階層的句構造と、句構造規則や書き換え規則を含む一般句構造文法の表れ方とその必然性を論ずるために、これまでに論じたシステムについて、考察してみよう。 ヒト発話文やベッコウバチの狩り行動 (巣穴堀り、獲物狩り、獲物運び、産卵、巣穴塞ぎ、などの行動単位の "時系列文" からなる)ではシステムSは時系列で、1次元配列依存の句構造規則が明白に表れる。ニューラルネット型の認知的学習機械としての生命系の本質的存在様式 [7, 9] との関連から、一般句構造文法とヒト言語句構造文法との関係を考察することも必要と思われる。システムの構築要素が、生命系=何らかの認知システムである事と、非認知システムとしての非生命系におけるシステムの複雑化・階層化の在り方との本質的違いについても考察する必要がある。 また、筆者はかつて、一般情報システムの起原と進化に関し、認知されるもの(=情報)と認知するもの(=生命体)の関係の進化の一般的在り方を論じ、言語記号システムの特徴を一般記号システムの進化の視点から、ソシュール記号学との関連等で試論しておいた[27-29]。
   ここではまず、記号系とは何かについて考えてみよう。ヒト言語システムは典型的な記号系であり、記号現象は社会の文化現象であって、従って、言語システムはヒト社会の文化記号システムである。ソシュール [26] は、記号過程 (semiosis)を、シニフィアン(signifian, signifier, 能記)とシニフィエ(signifie', the signified, 所記)の対応付け過程として定義し、その対応付け関係が恣意性(arbitrariness)をもつことこそが、成熟記号の著しい特徴であることを指摘し、その対応関係は話者社会の構成員のコンセンサスによって、『文化的に維持』されていることを示した。例えば、英語話者社会において、"hound"(犬) という音声を他人が発したとき、それを聴いた者の脳内には、"hound"の『聴覚映像(acoustic image)』が創られ、予め脳内に貯えられていた"hound"の『概念(concept)』に対応付けられる。この、聴覚映像がシニフィアンであり、対応する概念がシニフィエである。このときの"hound"の『概念』は、"hound"という語彙の音声と関連する形で、英語話者社会の構成員の脳内の記憶装置に記憶されているものであり、ある個体にとっては、個体発生と成長・学習の過程で、社会的文化的に脳内に構築された概念である。従って、ソシュールの指摘する恣意的対応関係の基盤は、他人の発話する音声を聴く前に、すでに過去の聴覚映像と関連付けられた概念として記憶されているはずである。あるいは、『概念』はその「過去の聴覚映像を何らかの形で含んでいる」と考えれば、ソシュールの定義そのものを使って、論理矛盾がない。
   「犬」を意味する英語 hound, ドイツ語 hund, ラテン語 cani-s ( /kani- / ) などは、原インドヨーロッパ語(印欧祖語, proto-IIE) *kwan- (*印は理論的再構築形であることを示す) に由来する。今、仮に(証拠はないが、分かりやすい例を作るために人為的な仮定をする)、*kwan-が、日本語のwan-wan のような、オノマトペ( onomatope, 擬声語や擬態語 )の一つであったとしよう。もし、そのような場合、印欧祖語の話者集団にとって、*kwan- は、犬の鳴き声と関連付けられるオノマトペであるが故に「犬」を意味することを話者自身が理解している。すなわち、*kwan- の聴覚映像(シニフィアン)とそのシニフィエとの対応に因果関係があることを話者が理解しているのである。しかし、歴史を経て、印欧祖語が分化し、言語による音韻の規則的変化が進行した後では、houndや hundや cani-sがなぜ犬の概念(シニフィエ)に結びつくのかを、話者は知らない。それでもそれらの聴覚映像が犬の概念に対応することが可能であり続けているのは、話者集団の「社会的コンセンサス」に依存して成り立っている。単語とその意味内容の対応が、話者の理解できない「恣意性(arbitrariness)」に基づくとき、その単語をソシュールは成熟記号とみなし、オノマトペは記号としての成熟度の低い段階のものとして、言語記号系の研究対象としては重要でないものとして位置づけた。しかし、現代のソシュール記号学においては、「恣意的対応」をもつ成熟記号とともに、オノマトペもまた、初期段階の記号としての重要性が認知されているようである。記号系を特徴づける「恣意的対応性」の起源を考えるためには、「因果関係に基づく対応性」をもつオノマトペや、意味変換をおこして間もない単語や新しい合成語・省略語(たとえば、日本語の"レースカ" (< レモン・スカッシュ))や借用語(外来語)なども、何百年あるいは何千年も生き延びた場合には、意味との対応が話者にとって恣意的な成熟記号として進化する(但し、20-30年前には若者ことばであった "レースカ" はすでにほぼ死滅したかにみえるが)。現代日本語の借用語の中には、漢語やスペイン語やオランダ語由来のかなり古いもののなかに、借用語であることを話者が既に意識できないものが散見され、その意味で、話者にとって、シニフィエとの対応が恣意的な成熟記号である。
   生命系で使用される様々な生物記号系は、この、ソシュールの成熟記号の条件をよく満たしているであろうか? 生物記号系を論ずる場合は、そのことをよく考察することによって、記号としての成熟度を論ずることができるものと思われる。現代生物学では、その起源の研究が困難と一般に考えられている典型的な成熟記号系については、遺伝暗号系やミツバチダンス記号などは、なぜそのような抽象記号がそのような意味内容伝達を担うに至ったかの推論が極めて困難である。20世紀生物学が解明できたことは、そのような記号系があれば、生命過程が合目的的に機能できるということであった。記号系存在の理由をその記号系の使用者(単細胞細胞個体の内部のtRNA複製子生物(リボ生物)やミツバチ超個体=ミツバチ階層社会の構成員としてのミツバチworker個体) もすでに認識(広義の"認識")できないように、記号生成時の成立要因に基づく因果関係とは異なる要因、すなわち、それぞれの社会文化(細胞内tRNAリボ生物階層社会文化としての蛋白質精密機械製造文化や、ミツバチ階層社会の花粉集め文化, 多細胞動物個体を構築する階層的単細胞動物社会文化) (Fig.1参照) のもつ、社会特異的な文化様式によって、記号とその意味の対応が維持されていて、その対応は、本来の成立要因に関わる認知的過程からみれば恣意的にしか見えないような関係となっている(ミツバチダンスの起源に関する新しい理論的学説については、Ohnishi [7]を参照)。ミツバチ真社会=超生物における階層的分業個体やダンス言語使用採餌ワーカー等のそれぞれ分業個体や齢差分業段階において特異的に発現する遺伝子の存在が最近、久保ら[40]の研究などによって急速に明らかとなってきた。これらの遺伝子の分業的発現様式の進化と、超生物化(真社会形成)、ダンス記号形成等との関係の在り方の行動分子遺伝学的解析は、記号進化遺伝学や生物記号起源論の極めて重要かつ本質的で興味深い研究分野としての発展が期待されていると言えよう。多細胞動物個体を構築する階層的単細胞動物社会では、体細胞亜社会(subsociety)はさらに分業化して、個々の分業亜亜社会(sub-subsociety) (神経系細胞亜亜社会、免疫系細胞亜亜社会、etc.)に特異的な文化が、それぞれの分業亜亜社会特異的な分子記号によって支えられて機能しており、GABA記号分子のGABA-受容体産生神経細胞による認識、抗原認識系の分子記号系、性ホルモン分子記号の受容体産生細胞による特異的認識等もまた、その典型的な例である。これらの記号分子も、その起源においては、より一般的な機能分子として存在したのであろうが、創成時の本来要因とは異なる亜社会特異的細胞集団文化が、記号分子と受容体との恣意的に見える対応関係を発展させることによって、成熟記号として機能し、亜社会のもつ、生殖系列細胞への利他行動文化の文化機能を効果的なものにしていると言える。
   このような視点から遺伝暗号系を見てみればどうであろうか? 次節では遺伝暗号記号系の起源を論ずる。

Fig. 1. Learning neural network machine models of the evolution from a hierarchical society to an upper-leveled biomachine (I) or an upper-leveld bio-individual (= suoerorganism) (II). (Taken from ref. [7] with permission of Viva Origino.). How hierarchical societies can work as (self-)learning hierarchical neural network machine is shown. wl- = worker-like. See text and ref. [7, 9] for details.

[8] 遺伝暗号の起源論 (ポリtRNA学説)の概要とqueen-worker型階層社会

(Fig.1, Fig.2参照)
 現存生物の細胞内では、DNA遺伝子の塩基配列を写し取ったmRNA (messenger - RNA) の配列上のトリプレット遺伝暗号(triplet codon) (3つのヌクレオチドの並びからなり、それぞれが、U,C,G,Aの4種のヌクレオチドのいずれか1つに対応する) に、予め3'末端にアミノ酸を結合させたアミノ酸特異的なtRNA(transfer-RNA)のanti-codon域(やはり、3つのヌクレオチドの並びからなる)が結合することにより、mRNAのコドンに対応して、そのコドンと相補的水素結合可能なアンチコドンをそのアンチコドン域にもち、しかもその3'末端にコドン/アンチコドンに特異的なアミノ酸(aa)を結合させたtRNAが対応させられる。そのことによって、mRNA上の特定コドンの指定する特異的aaがtRNAを介して対応付けられる。mRNA上の2つの隣接コドンがリボゾームという細胞内構造物上に位置して、コドン特異的aaを結合したtRNAが2つ、anticodon域でコドンと結合することにより、相並ぶ2つのtRNAののそれぞれに結合したaaの間でペプチド結合がおこる。この反応を利用して、リボゾーム上では、mRNAのcodonの並びに対応するアミノ酸の特異配列をもつ長いペプチド鎖=蛋白質が合成される。ここでの4 X 4 X 4 = 64 通りのコドンは、20種のアミノ酸のいずれか一つか、あるいは蛋白合成終止指令コドン(3通りある)かに厳密に対応している。この、トリプレット遺伝暗号とaaの対応付けは、極めて「恣意的」で、tRNAとaaとの立体構造上の鍵・鍵穴関係で説明しようとする試みは成功せず、その由来の理由付けは現代生物学では最も困難な問題であった。

     1993年に出された原始蛋白合成様式に関するポリtRNA学説 [5-8] (Fig.2参照) は、以下のようなものである。
     枯草菌(Bacillus subtilis) のtRNA遺伝子は、いくつかのオペロンに含まれるtRNA遺伝子クラスターとして存在しており、2つのオペロン、trrnD-オペロンとrrnB-オペロンは、それぞれが

  (8.1)
trrnD-オペロン: [16S rRNA]-[23S rRNA]-[5S rRNA]-[tRNAAsn]-[tRNASer]-[tRNAGlu]- ........

.......-[tRNAGly]-[tRNACys]-[tRNALeu] -[tRNALeu]
rrnB-オペロン: [16S rRNA]-[23S rRNA]-[5S rRNA]-[tRNAVal]-[tRNAThr]-[tRNALys]- .......

.......-[tRNAIle]-[tRNAAsn]-[tRNASer] -[tRNAGlu]


のように、3つのrRNA遺伝子の下流(3'側)に16個(trrnD)、21個(rrnB)のtRNA遺伝子が(多くは7-20残基程度の)ごく短いスペーサー域を介して、tandemにつらなった構造をもっている(Fig.2[A]参照)。ここで、tRNAAsn, tRNASer などは、それぞれアスパラギン酸、セリンを3’末端に特異的に結合させて運ぶtRNAを表わしており、[tRNAAsn]などは、その遺伝子DNA域を表わしているものとする 。オペロンは、1つの転写開始部位をもつ遺伝子集合体で、RNAポリ"ラーゼによって1つのRNAに転写されるから、これらの転写物は16個(trrnD)または21個(rrnB)のtRNAの連結域(trrnD-poly-tRNA, rrnB-poly-tRNA)

(8.2)

trrnD-poly-tRNA:


( 5’) tRNAAsn-tRNASer-tRNAGlu - ............- tRNAGly-tRNACys-tRNALeu-tRNALeu ( 3' )


rrnB-poly-tRNA:


( 5’) tRNAVal-tRNAThr-tRNALys - .............- tRNAIle-tRNAAsn-tRNASer-tRNAGlu ( 3' )



を持つ。 ポリtRNA学説(poly-tRHA theory)は、(8.1)が、(8.2)のポリtRNA構造によって、ポリtRNAのtRNAの並びとそのaa特異性の順序に対応するaa配列をもつ21-aa長の仮想的ペプチド, trrnD-ペプチドまたはrrnB-ペプチド,

  (8.3)
    rrnDペプチド = (1)AsnSerGluValMetAspPheThrTyrTwpHisGlnGlyCysLeuLeu(16)

    rrnB-ペプチド= (1)ValSerLysLeuGlyLeuArgProAlaMetIleSerMatAspPheHisGlyIleAsnSerGlu(21)

を合成する原始ペプチド合成装置としてのポリtRNA-RNA機械装置(= ポリtRNAモデル, poly-tRNA model)の進化的名残り(レリック, relic)であるとする学説である。 ポリtRNAモデル(trrnD-poly-tRNA model)は、Fig.2に示すようなモデルで、trrnD-mRNA は、trrnD-poly-tRNA域の塩基配列から得られる、16個のアンチコドンの配列から、Fig.2のtrrnD-mRNAとして示したように、相補配列を理論的に作ることで得られる仮想的原始mRNAである。原始tRNAのあるもの (すなわちFig.2のtrrnD-mRNAの前身としてのtRNA)が、ポリtRNAの16個のアンチコドン域と近接作用して、trrnD-peptideの合成を補助する過程で、アンチコドンの並びとWatson-Crick型の水素結合が可能な、すなわち、アンチコドン域と相補的な塩基置換が自然選択されて(厳密には、コドン域によって能動的に選択された可能性が極めて高い)、16個のアンチコドン域=48塩基と相補的な原始mRNA=trrnD-mRNAが進化したとするものである。この近接作用は、同一オペロンの3種のrRNA(リボゾームRNA) (16S rRNA, 23S rRNA, 5S rRNA)のつくる原始リボゾーム上の、原始Psite, 原始A siteで、2つのtRNAが並んで位置して、2-antocodon長と原始mRNAの2-コドン長域(6塩基長)が近接相互作用して進行し、現在のリボゾーム上でと同じく、1コドン分づつずれて、順次ペプチド結合を作る作業を行ったものと考えられる。


Fig.2. Poly-tRNA model. (Modified from ref.[7], with permission of Viva Origino.). [A] Structure of the Bacillus subtilis trrnD-operon consisting of 3 ribosomal RNA (rRNA) genes and a 16-tRNA gene-cluster. [B] The trrnD-poly-tRNA model showing an early peptide-making poly-tRNA complex. A primitive tRNA (tRNAGly = prim. mRNA / trrnD-mRNA) interacted with the 16 anticodons of the trrnD-poly-tRNA (which is the poly-tRNA region of an RNA transcript from the trrnD-operon), and base-replacements (in the primive mRNA) satisfying complementarities with anticodons would have been selected throughout evolution. A most primitive mRNA would have thus emerged from a primitive tRNAGly-region of the trrnD-poly-tRNA transcript. The trrnD-mRNA is a hypothetical earliest mRNA completely complementary to the 16 anticodons. ("complementary" means "capable to make Watson-Crick-type hydrogen-bonds with anticodons"). The trrnD-mRNA is homologous to the DNA regions coding for the Salmonella murityphium 3-phosphoglycerate transporter protein B (PgtB), and for the Escherichia coli glycyl-tRNA synthetase α subunit (Gly-RS α), as shown in the lower portion of this Figure. The tRNAHis-tRNAGln-tRNAGly-tRNACys-tRNALeu-tRNALeu region ("HQGCLL" region) (lightly drawn in the Figure) of thr trrnD-poly-tRNA is homologous to tha DNA-gene region encoding the amino acid redsidues 85-170 of the E. coli GlyRS α. See refs. [7-9, 37] for further details.

     このモデルの検証は、trrnD-peptideに酷似する蛋白質とそれをコードする遺伝子DNA配列を、Fig.2のように比較すること等で可能である。サルモネラ菌のPgtB蛋白(3-phosphoglycerate transporter protein B)は、16aa残基中の11残基(11/16= 68.8%)がtrrnD-peptideに一致し、そのDNAコード域も30/48=63%の塩基がtrrnD-mRNAに一致する。一方、trrnD-mRNAは、tRNAGlyと相同であり、trrnD-mRNAのもととなったRNAはグリシンを特異的に結合するtRNAGlyであることが判明した[6,7,37]。また、グリシルtRNA 合成酵素a鎖(GlyRS a)のaa残基139-154も、Fig.2のようにかなり高い一致を示すが、そのコード域とtrrnD-poly-tRNAのtRNAGly域を並列して、その両側に並列を延長すると、Fig.2のpoly-tRNAで、淡色で示した、

   (8.4)   ( 5’) tRNAHis-tRNAGln-tRNAGly-tRNACys-tRNALeu-tRNALeu ( 3' )

の領域が、spacer域を含めて、GlyRS aの遺伝子の長いコーディング域と相同であることが示され、poly-tRNA構造が原始蛋白質合成装置と初期mRNAの起源に深く関わったことが判明した。trrnD-operonに相同なオペロンや、それに相同なオリゴtRNA域や偽tRNA遺伝子クラスターはグラム陽性菌のみならず、大腸菌E.coliを含むバクテリアの種々のグループに存在し、全生物の共通祖先が類似のtRNAクラスター域をもっていた可能性が考えられる。
     詳細な解析から、最初の蛋白合成はたしかにそのような、poly-tRNAモデルの提唱するやり方で生じ、コドンと相補的なanticodon列をもつtrrnD-mRNAなどが進化して、codonとaaの特異対応関係としての遺伝暗号表が進化的に完成した。この記号的対応関係の基本が成立した後に、tRNAは特異的aaの運び屋として、現生生物型の蛋白合成装置の部品的役割を担うようになった。原始tRNAはmRNAの出現以前においては、その3'末端にaaを結合させて、di-peptideなどをつくるリボザイム(RNA酵素)であったが、細胞内tRNA複製子生物の細胞内集団が分業社会をつくり、一部のtRNAがtRNAのペプチド結合形成能を助ける役に転じたことによって、本来のペプチド結合形成能を持つtRNAの社会が、階層型tRNA社会として機能し、その階層型tRNA社会が蛋白合成機械に進化したと考えられる。
     Fig.1 [II] では、階層型tRNA社会を、階層型利他行動社会機械としての階層型ミツバチ社会や多細胞動物個体(Fig.1 [I])と比較して、これらの階層社会が、DNA情報のfeedbackと世代毎の自己改良を含む、階層型学習機械neural network machine (NNwM) [38] として機能する認知能力をもつ生物機械であることを提唱している[7, 9]. [II]の階層型tRNA社会モデルでは、DNAの一斉feedbackは、tRNA遺伝子の主導するDNAゲノムの一斉複製により起こり、親世代のtRNA(またはtRNA由来構造)などが先導している可能性がある。現生生物におけるtRNA複製子生物としては、queen-tRNA としての tRNA/tDNA, worker-tRNAとしての mRNA/mDNA(=蛋白質遺伝子), rRNA/rDNA(=rRNA遺伝子), etc. があり、いずれも RNA-phaseとDNA-phaseからなるlife-cycleを、細胞 (=上位個体)のlife-cycleと協調する形で進化させていると見ることができる。

     ここで、精密生物機械の典型としてよく引き合いに出される多細胞動物機械もまた、単細胞動物個体からなる階層型分業社会であることに思い当たる。 典型的なカースト社会で有名なミツバチ社会は、産卵能力をもつ女王カーストと産卵能力を失った労働カーストからなる階層社会であり(Fig.1 [I] 参照)、その進化が、workerが血縁の濃い妹をqueenとして育てる行動=利他行動をとることによって、workerとしての利他行動様式を支配する遺伝子システムが、遺伝子共有率の高い(=3/4) 妹がqueenとして子を残すことによって遺伝し、進化できることが、Hamilton [30]の血縁淘汰学説 (kin selection theory)によって示された。Hamiltonは同時に、多細胞生物では、worker(=体細胞系列細胞)はqueen(=生殖系列細胞)と遺伝子共有率=1 であるので、ミツバチ社会よりもさらに利他行動が進化しやすかったことを述べている。その後の多細胞動物行動進化学がHamilton革命の洗礼を受けたのに対して、多細胞動物=動物の発生学においては、未だに、Hamilton革命としての、単細胞動物の利他行動の立場からの見直しが進行していないのは、20世紀後半期の生物学史を振り返るとき、奇異にさえ思われる。動物の個体発生における利他行動の果たす進化遺伝学的重要性については、文献 [7, 9, 20, 21]に論じておいた。重要な点は、

   (8.5)
      (1) queen個体(=生殖系列細胞)が減数分裂して配偶子(卵、精子)という、本来の半数性単細胞生物としての世代に戻り、受精を介して次世代の多細胞動物個体に遺伝子セットが引き継がれること、
とともに、
     (2) worker細胞(=体細胞)が、分化し、行動(queenへの利他行動)をすることによって、「前世代」の生殖系列で起こった遺伝子変異や、受精によって新たに持ち込まれた遺伝子をも含む遺伝子セットのうちの、当該体細胞の機能にかかわる遺伝子機能を発現して、遺伝子セットのチェックを行い、機能的に問題がないか、またはよりよい遺伝子であれば、利他行動は成功裏に進行して、多細胞集団の包括適応度はそのままか、または上がって、queen細胞は次世代queen細胞に遺伝子セットを引き継ぐことができる。体細胞による利他行動がうまくいったとき、その体細胞と同じ遺伝子セットを生殖系列細胞が必ずもっていることがミソである。このことから、「体細胞の分業機能は、引き継いだ遺伝子セットを機能チェックして、悪くなければqueen個体を成熟させて、子孫を残すように行動することによって、遺伝子を選択すること」である。
の2点である。
   すなわち、生物の進化に関して、体細胞が遺伝子セットを選択し、選択された遺伝子セットと同一のセットをもつ生殖系列細胞が子孫を残して遺伝子を伝えるのである。その結果として、体細胞の在り方が、次世代の体細胞の在り方を自らの行動 (=Lamarckのいう「器官の使用」)によって自己改良されることが可能となる。ここに20世紀生物学の主流としての「総合説(synthetic theory)」が、遺伝子選択は環境による受動的な事象であるとする立場が、根本的に不完全であったことが明白となった。Dawkins的遺伝子中心主義(31, 32)に徹すれば、(i) 生殖細胞内環境、(ii) 多細胞個体内環境(体細胞集団をも含む)、(iii) 同種内個体集団内個体間関係、(iv) 生態系における他種との関係、(v) 生態系をとりまく無機環境、はいずれも遺伝子にとっての環境である。遺伝子の環境のこのような階層構造を無視すれば、体細胞の行動による能動的遺伝子選択もまた、「環境」による受動的選択の一形式にすぎないものとして位置づけられることに対しては、十分な注意を払う必要がある。確かに、上記の長々しい説明の構築要素としての生物学的知見は、生物学を学んだことのある者にとっては、余りにもよく知られた、陳腐な知見のみからなっている。すなわち、知識の並べ方を変えて、ちょっと違う言い方をしただけではないかとの疑問を抱く人は少なくないであろう。この2つの見方を、「同じことの言い換えに過ぎない」とする反論に対しては、以下のように述べるのがよいであろう。
     ネッカー・キューブという、よく知られた騙し絵は、6つの稜だけが黒色の透明な立方体のスケッチのような絵であって、2つの面の何れが前方で何れが後方に位置するかが、2通りに解釈可能なものである。 Dawkinsは"The Selfish Gene (1st ed.)[利己的遺伝子]" [31]のまえがきで、ネッカー・キューブを図示し、物事(生命現象を含む)は視点を変えることによって、いろいろに見えることを強調し、その著書においては、「遺伝子の立場」から生物を見るとどのように見えるかについて論じたとの主旨を述べている。その後、"The Extended Phenotype[延長された表現型]" [33] のまえがきでも、彼は再びネッカー・キューブに触れて、ネッカー・キューブの2通りの見え方は、いずれかが正しいというのではなく、いずれも等しく正しいのである、と述べて、「延長された表現型」の生命観が、少なくともいくつかの面では一層深い理解を与えることを述べている。 しかし、ネッカー・キューブが、もし、実在の透明な立方体の図または写真である場合には、正しい見方はいずれか一方だけであることは明らかである。 物事は視点を変えることによっていろいろにみえるが、その内のどれか一つの視点が、現象の本質が最も見えやすい視点であって、そのような視点を探り出すことが、科学研究にとって最も重要なことなのではなかろうか?
     そのような視点にたって、上述の2つの視点(1),(2)を比べてみよう。(2)では、遺伝子を取り巻くものは、すべて遺伝子にとっての環境であって、遺伝子がどのように選択されようとも、他の遺伝子の影響がその遺伝子の選択を左右した場合でさえも、その遺伝子は「環境」によって選択されたこととなって、「能動進化」を定義することは、ある遺伝子が自らの遺伝子を選択するような、極めて特殊な場合以外は、「能動選択」、「主体的選択」を定義することが論理矛盾を来すことはあきらかで、そのような特殊な場合以外では、「能動進化」を、定義不可能な観念論生物学として位置付けることが確かに可能である。また、通常のDarwin適応度は、個体を単位とする個体数増殖を測度としているため、個体以上の、上記の、{ (iii) 同種内個体集団内個体間関係、(iv) 生態系における他種との関係、(v) 生態系をとりまく無機環境 } を原理的に区別せず、すべてが「個体にとっての環境」となって、環境による選択は受け身的に見え易い。また、多細胞個体の進化の基盤である、生殖系列単細胞「亜」個体や体細胞「亜」個体の利他行動を介しての遺伝子選択様式を考慮していないから、個体の生殖細胞の持つ遺伝子が、多細胞個体まるごと生存競争にさらされることによって、その環境によって受け身的に選択されるとの捕え型が主流である。Dawkinsは、"The extended Phenotype"の最終章(14章)で、多細胞生物の細胞間分業体制について、血縁淘汰理論も視野に入れて論じているが、選択の単位としての個体の階層構造の問題と遺伝子中心主義(= 遺伝子を選択の単位として考えようとする立場)とが錯綜して、論点が不明確となったり、うまく結論を導けない場合が生ずることを認めている箇所もある。
     ところが、視点を変えて、(2)の立場で見ると、多細胞個体内での亜個体としてのqueenとworkerの遺伝子進化における遺伝と選択の分業があらわに見えて、「能動選択」の定義の有るべき姿が浮き彫りとなる。そして、その視点で上述の (i) - (v) の、遺伝子にとっての環境の階層構造としての、個体性などの階層構造を眺めると、自然選択の働き方自体の階層構造が見えやすくなる。これは、(1),(2)の2つの視点の何れかが偶然に自然の構造が見えやすかったというような単純なことではなく、(2)が、多細胞生物の構造の在り方を進化させたものが、正に多細胞個体の亜個体としてのqueen細胞亜個体やworker細胞亜個体が、本来の単細胞個体としての諸性質を色濃く継承しつつ多細胞階層社会機械としての多細胞上位個体(超個体)を形成していることによっている、必然としての側面が大きいことに注意するべきであろう。即ち、分業社会が階層化することによって、[H[queen], M[worker]] の句構造をもつ上位個体性を獲得し、淘汰が上位個体=多細胞個体に対して働くような進化が起こったと言える。そこでは、下位個体は、上位個体の適応度への貢献度によって、上位個体によって直接的な選択圧を受ける。その選択圧は、階層社会が、上位個体生物機械としてのDarwin適応度を高める方向に働くと言える。そのような選択圧が階層社会の機械化を促進し、下位個体間の情報伝達様式を、迅速かつ一意的なものへと方向づけ、記号による伝達系の進化を促進したと結論できるであろう。なぜならは、「機械」がその目的とする仕事を正しく効率よく行うには、情報伝達の一意性と迅速性は不可欠のものだからである。生物機械は次世代を再生産する進化する複製機械であって、上位個体性の進化は上位生物機械の創成を意味し、その創成過程は下位個体の階層社会形成行動によって実現したものであるからである。
     Fig.1[I]のモデルでは、DNA情報は前世代のqueen(cell/bee)により現世代のworkerとqueenにfeedbackして、worker のqueenに対する利他行動によるqueenの成熟は、その遺伝子(DNA)共有率(近縁係数)の示す割合のDNA情報が、「入力層としてのworker」から「出力層としてのqueen」に流れるという情報の流れとそのfeedbackをもつ階層型neural network machine(NNwM) を構築する[38]。すなわち、worker層が環境(及び体内)等からの情報を入力し、利他行動情報としてqueenへのDNA出力と同等の情報ネットワーク行動を行い、queenがDNA情報を次世代にfeedback的に出力して次世代を再構築、自己改良するという、「自己改良型学習NNwM」となっているといえよう。全世代からのDNAのfeedback入力には、前世代のDNA突然変異と、受精や減数分裂による染色体配分様式などの結果としての」新たな遺伝子や新たな遺伝子セットが含まれており、階層型NNwにおける「結合定数」[38] の自己改善機能の基盤を与える。
     階層社会形成は、社会構成員の階層的分業化、即ち、社会行動様式の句構造 [[H queen], [M worker]] の構築過程そのものであるから、この句構造形成の切っ掛けを解析することは興味深い。昆虫社会学においては、ミツバチ社会のような、workerが完全またはほぼ完全に不妊であるようなカースト社会に対して、アシナガバチ(例えば日本のセグロアシナガバチ)の社会では、workerは、女王の事故死などの状況の変化に応じて産卵を始めて、新女王として行動する。 セグロアシナガバチなどでは、秋に交尾して、精子を蓄えた越冬雌個体は、春には単独創設雌として巣作りをして、数匹の雌個体を育てる。羽化した娘蜂たちは、妊性をもつが、創設雌=女王によって行動的に制御され(親による子の操作)、産卵はもっぱら女王が行い、娘たちはworkerとして、巣作りや子育てや餌集めを行う。雌に順位性があって、女王が死ぬと1位の娘の卵巣が成熟し、産卵を始めて女王となる。ここでは、生まれてきた娘ハチがworkerになることを決定するのは、母親であり、前世代の雌個体である。ただし、アシナガバチ類の階層社会の在り方は多雌創設種をも含み、複雑である [34]。 ワーカーがほぼ完全不妊のミツバチでは、ローヤルゼリーに含まれる化学物質などが、queenになることを可能としている。シロアリ(等翅目)でも、王・女王の出すフェロモンが幼虫の変態を抑えて、幼虫態ワーカーとして機能させている [34]。
     先に、多細胞動物個体もまた、ミツバチ真社会に似た、カースト的真社会(利他行動階層社会)が上位個体(超生物)化したものであると述べた。それは単なるアナロジーであって、深い生物学的意味があるか否かの最終判断が困難に思えたことが、この類似性が古くから指摘されながらも、生物学の表舞台に出てこなかったことの理由の1つであろう。しかし、Hamiltonの血縁淘汰理論と近年の分子発生学の進展があらたな証拠を提出したといえる。前者についてはすでに論じた。後者の立場からは、受精卵からの発生過程で、最初のworkerとしての運命の決定は、母親の卵巣内での栄養細胞の遺伝子発現物としてのbicoid-mRNAや nanos-mRNAなどが、卵巣内で卵に注入され、卵や受精卵内のbicoid-mRNAや nanos-mRNAなどの母性mRNA (maternal mRNA) の前後方向の濃度勾配が、卵割後の割球が体細胞系列あるいは生殖細胞系列になり得るか否かなどの運命を決めていることが、 "maternal effect genes" の機能として今日ではよく知られている(Gilbert [39], pp.270-278)。 即ち、ここでは、アシナガバチの親による子の操作に相当する行動的制御が、親世代の動物の栄養細胞による親世代mRNAの卵細胞への注入という形で行われていることが知られるようになり、さらに今日では、初期発生で働く多くのmRNAが母親の遺伝子発現物としてのmRNAであることが明らかとなってきた。      すなわち、受精卵から分裂した細胞が、queen-cellになるか、worker-cellになるかの決定は、単に近縁者集団であるのみならず、親による子への操作の結果が大きくかかわっている点で、ハチ社会の分業の切っ掛けと共通する並行的進化現象である可能性が極めて高い。このことは、親による子への操作やmaternal mRNAが、Fig.1[I]の階層型学習NNw機械のfeedbackと(自己システムによる)教師情報として機能しているという興味深い視点を提供するのみならず、自己学習機械としての機能の基盤をも与えている可能性が高い。
     さらに、このことは、生成文法論的に言えば、[ [H queen],[M worker] ] への分化が、ハチ社会でも(動物個体を構築する)多細胞社会でも、前世代由来のmRNAの子世代細胞内濃度勾配などの投射として起こっていることを示している。
     これらのいずれものqueen-worker型階層社会が、利他行動の階層的ネットワークによって、DNA情報の流れを軸とする、階層型学習ニューラルネットワーク(hierarchical leaning NNw)として機能している強い可能性がOhnishi [7] によって提示された。このことは、教師情報の一部は自らの階層社会が持ち、さらに一部は、親世代の操作や母性mRNAなどによって与えられるとするならば、これらの階層社会=生物個体は、自己改良型の階層型学習NNw機械である。DNA情報などのfeedbackを伴う階層型自己学習NNw機械の世代毎のfeedbackを伴う回帰的進行過程は、それ自体が、脳の階層型学習NNw機械による思考過程の、より一般的な過程の在り方の一つであって、「一般思考」の一形態である。すなわち、多細胞生物やミツバチ超生物機械の設計と改良進化は、これらの階層社会機械の「一般思考」によって発明・創作・自己改良されたものである。この過程は、先に示した「能動進化」の定義を十分に満足するものである。そこに紛れも無い「能動進化」の成立"カニズムがあるといってよいであろう。
 RossとMatthews [35] の研究した原始的真社会性のアナバチの一種, Mivrostigmus comes では、単女王、1回のみの交尾、ワーカーの産卵なし、というHamiltonの3条件を満たすのみならず、血縁淘汰説(3/4 仮説)から期待される雌への性投資比の強い偏り(雌: 雄 = 2.24: 1)が観察されたことから、このアナバチでは確かに血縁淘汰説が働いていると結論した[36]。狩バチの真社会性の起源解析では、本種のような解析条件をよく満足する種にウェイトを置いた論議が重要そうに思われる。いったん階層社会ができてしまうと、その後の変更の在り方には、多様な要因に基づく多様な発展様式が可能で、アシナガバチ類の真社会の多様性[34]はそのよい例であろう。

     従って、生命進化の過程は、学習NNw機械の思考過程であると言える。階層型以外の学習NNw機械もまた、代謝ネットワークその他の生体内、生体間のネットワークとして存在していることは、大いに本当らしく考えられるから、そのことも考慮すると、「生命進化の過程は、学習NNw機械の思考過程である」と言える。このことは、直ちに、その思考における「概念(またはその相当物)」等の統合の在り方に関するSyntaxを扱う「一般生成文法理論」の広大な研究領域がそこに広がっていて、Chomuskyの扱ったヒトの言語運用能力に関する理論は、その一部または特殊ケースであるという強い可能性を示唆する。 それが特殊ケースであろうことは、「一般思考」が生命活動の本質機能に属するであろうことから考えると、一般思考系の進化は、生命の初期または起源段階にまで遡ると考えるべきであり、一般生成文法理論はそのような一般生命システムの創成をおこなう一般思考過程の理論科学として位置付けられるべきものである。 その未開拓分野の開拓のために、どこから手をつけるべきかを考察しようとしているのが、本稿のささやかな挑戦である。Chomsky [1] は生成文法理論をヒトの生物学として研究することの必要性を述べて実践してきた。ここに発展すべき「一般生成文法理論」は、ヒトや言語現象の生物学を超えて、すなわち、生命システム一般の本質過程の生物学として、すなわち、「生物学の本質部分を構築する科学」として位置付けることができよう。

[9] ポリtRNA学説による遺伝暗号起源論 の「記号文化学説」としての位置付けと、細胞個体の体内道具としての進化様式の文法理論

     生命の遺伝情報を担う核酸として、RNAがDNAよりも先に進化したとする学説は、今日ではほぼ確立されたものとして受け止めてよいが、トリプレット遺伝暗号の成立が、DNA利用形態の成立の以前であったか、それともそれ以降であったかについては、判断の基準が現状では示されていない。
     遺伝暗号記号系について言えば、原始tRNAとそれに対応するアミノ酸(aa)との(おそらくATPを利用しての)特異的結合関係は、本来的にはtRNAリボ酵素とaaとの立体化学的関係に基く鍵・鍵穴関係しかあり得ないと考えられ、現在も大部分のRNA酵素(リボザイム)や蛋白質酵素は、立体化学的鍵・鍵穴関係に多くの酵素機能を依存させている。 RNA複製子社会としての細胞内tRNAリボ生物社会内に、poly-tRNA(queen-tRNA)と、worker-tRNAとしての原始mRNA(trrnD-mRNAの前身)との間の階級的分業化が進み、poly-tRNA分子(queen)が順次peptide結合を作る働きを、worker-tRNAの塩基配列の3塩基づつが、queen-tRNAのanticodon域とFig.2に示すような(原始リボゾーム上での)近接相互作用を介して補助していく過程で、queen-tRNAのanticodon部分の連なりと相補的な並びをもつ変異が選択されて、codon-anticodonの相補性が自然選択されて、初期mRNAと遺伝暗号表が完成したことを述べた。
     ここでの塩基変異の詳細な解析から、変異は原理的に原始mRNA側と原始(tRNAの)anticodon側に生じ得るが、選択されたのは原始mRNA側に生じた変異であることが明確に示される。このことから、
     「塩基の変異は仮にランダムであっても、anticodonと相補的な(Watson-Crick型の水素結合可能な)変異が、anticodonによる近接相互作用を通して、tRNAによって選択されたことを意味する。すなわち、tRNA階層社会におけるqueen-tRNAの行動様式によって、原始mRNAへの変異が能動的に選択された」
と言える。
     Anticodonは、aa特異的なRNAの一部であるから、anticodon-aaの対応は、初期には、立体化学的因果関係で維持されており、その意味で原始antoicodon域とaaの対応関係に恣意性はないか, または弱く、成熟記号系とは言えない。上記の過程で創成した、原始mRNAとaaの対応関係は、現在では、そのような記号的対応関係に基づいてtRNA階層社会が製造した、aaの種類ごとに特異的なaminacyl-tRNA合成酵素(ARS)の立体化学的特異性によって、tRNAの末端に特異的aaを付加させている。すなわち、tRNA社会の蛋白合成文化発祥以前には、RNA酵素の立体化学的鍵・鍵穴関係の因果関係に依存していたtRNAとaaの特異対応関係が、現在では、その成立要因とは異なる、コドン記号系を用いてtRNA階層社会が文化的に製造した精密蛋白質機械としてのARSの立体構造に依存して維持されている。さらに言い換えると、現在の生物のトリプレット遺伝暗号(codon)とそれがコードするaaとの恣意的な対応関係は、現在も存続する細胞内tRNA階層社会(tRNA, mRNA, rRNAなどから成る) の高度の精密機械製造文化の文化産物としてのARS蛋白質酵素によって、「文化的」に維持されているのである。あらたに創成されたtRNA社会特異的な「文化」に依存するがゆえに、通常の酵素反応としての「RNA酵素の立体化学的要因」の目からみては決して解くことの出来ない「恣意的関係」が完成しているのである。
     すなわち、「遺伝暗号起源論」は、偶然できてそのまま凍結したとするCrickの「偶然凍結説」が非科学で誤りであることは言うに及ばずも、原始tRNAとaaの立体構造で決定されたという「立体化学説」もまた誤りである。ポリtRNA学説とその検証によって示された上記の学説は、「立体化学説」だけでは原理的に説明不可能な(RNA社会の)文化としての記号の創成を含む過程であり、「遺伝暗号の起源の記号文化説」[7, 21]として位置付けるのが妥当である。記号文化説の立場にたつことによって、遺伝暗号表の恣意的性質は、遺伝暗号の起源の解明にとって説明困難な事象から、逆に記号文化学説を支持する事象に転化した点が重要である。ここに、遺伝暗号表にみられる「コドンとaaの恣意的対応関係」が、ソシュール記号学における「シニフィアンとシニフィエの対応の恣意性」という、成熟記号系のもつ本質的重要性質に極めてよく一致し、記号現象が文化現象としての記号過程であることが、遺伝暗号系において始めて示されたことの記号進化学的意義は大きいものと考えられる。遺伝暗号系は現在知られている記号系の中で、もっとも歴史の古い、極めて成熟した記号系であり、その創成過程の詳細の研究が可能となり、成功裏に研究が進展していることは、一般記号進化学や、一般システム生成文法理論の今後の発展にも大きく貢献できる可能性が十分高いといわなければならない。
     以上では、蛋白合成機械は、tRNAリボ生物社会の階層分化(階層的分業)を経て、queen-tRNAとしての(poly-)tRNAとworker-tRNA(trrnD-mRNAなど)がカースト的分業行動をとる中で記号系が創成して、蛋白合成機械としてのmachinogenesisが進行したと述べた。
     16S rRNA(原核生物のリボゾーム小亜粒子RNA)もまた、trrnD-poly-tRNA中の [ tRNAGly-tRNACys-tRNALeu ] 域との相同域をもち、trrnD-poly-tRNAに由来することが明らかである。16S rRNAは、pgtB 蛋白質をコードするDNA遺伝子(または mRMA) に比べて、[ tRNAGly-tRNACys-tRNALeu ] 域との塩基一致率は低い。このことが、[ tRNAGly-tRNACys-tRNALeu ] 域から、rRNAとmRNAの何れが先に生じたかを決定することは今のところは出来ていない。
     そこで、『仮に』rRNAが先に進化して、rRNAのみからなる原始リボゾーム上(の原始A siteと原始P site)で、2つの(aaを結合した) tRNA (aminoacyl-tRNA) が並んで位置してペプチド結合をする様式が先に進化し、その後で、poly-tRNA model の示すような、別のpoly-tRNAが、原始mRNAに進化した場合を考えてみよう。
     細胞内のtRNA複製子リボ生物社会からみれば、この過程は、tRNAのポリtRNA協力複合体が、同類のポリtRNA分子をworkerに分化させ、rRNA, mRNAの2通りのworker階級をもつ階層社会となって、それが、効率型蛋白合成機械へと進化したこととなる。一方、この進化は、tRNAリボ生物社会の生存環境を提供している単細胞個体にとっては、体内有機分子としての自己複製型RNA分子の体内道具としての道具の製作と、より複雑な蛋白合成機械装置への改良の過程でもある。TRNAと蛋白合成機械装置の進化は、tRNA複製子リボ生物の自己創成的進化と、単細胞生物の体内道具創成行動との、両面の創成的過程に基く進化過程であったと考えられる。
     (なお、rRNAの長い配列の中には、リボゾーム蛋白等の蛋白質遺伝子と相同な部分が含まれている可能性も現状では否定しきれず、もしもそうであれば、mRNAがrRNAより先に分化し、しかも、rRNAは、(mRNA)域などから重複で生じた可能性もある。これらの点についてもさらに慎重な解析を必要とする。)

     以上のことを考慮して、この過程を生成文法的に解析すると、原始蛋白合成機械としてのポリtRNA装置の起源と進化は、アミノ酸をaaで表わして、前述のチンパンジーの道具の発展段階になぞらえてみると、

   (9.1)Level 1 tool:[原始ペプチド合成装置] = [原始tRNAs, aa ]

   (9.2a) Level 2 tool:[poly-tRNA装置] = [ poly-tRNA, [ aa, 原始rRNA] ]

   (9.3a) Level 3 tool: [poly-tRNA装置] = [ poly-tRNA, [ aa, [原始mRNA, 原始rRNA] ]

または、[9.2a], [9.3a] の代わりに、

   (9.2b) Level 2 tool:[poly-tRNA装置] = [ [[H poly-tRNA], [M 原始rRNA] ], aa ]

   (9.3b) Level 3 tool:[poly-tRNA装置] = [ [[H [H poly-tRNA],[M rRNA] ], [M 原始mRNA] ], aa ]]

または

   (9.3b') Level 3 tool: [poly-tRNA装置] = [ [[H [Hpoly-tRNA], [M mRNA] ], [M原始rRNA] ], aa ]]

などのモデルを考えることができる。
     [9.2a], [9.3a] は、チンパンジーの道具に関するMatsuzawa[25]のモデル (6.1)-(6.3) に酷似するが、mRNA, rRNAのそれぞれが独立に(trrnD-)poly-tRNAから分業したであろう可能性を考慮すると、むしろ、[9.2b]. [9.3b] . [9.3b']または、mRNAが先に分化した場合の、

   (9.2c) Level 2 tool: [poly-tRNA装置] = [ [[H poly-tRNA],[M 原始mRNA] ], aa ]

   (9.3c) Level 3 tool: [poly-tRNA装置] = [ [[H [H poly-tRNA], [M mRNA] ], [M 原始rRNA] ], aa ]]

が考えられる。 (9.2a), (9.3b) や (9.2a), (9.3b)は、Matsuzawaモデルに合わせるためにrRNAが先に分業した可能性を仮定した面もいくらかは含まれるが、tRNAのL字型構造の起源や、poly-tRNAモデルにおけるanticodon域と原始mRNAのinteractionの起源の在り方などは、ペプチド合成の"足場"としての原始rRNAが先に分化していたと仮定した方が、進化論理上の困難が少ないようにも思われる。      (9.2b)のLevel 2 tool では、rRNAはペプチド合成の"足場"として、チンパンジーの堅果割りにおける、(6.1) Level 2 tree の敷石に対応する機能をもつようにも解釈できることは興味深い。
     これらのことを考慮しながら、mRNAとrRNAの何れが先にpoly-tRNAから分化・分業したかを分子進化学的解析によって明らかにして、その成果の上にたって、再び (poly-tRNA, mRNA, rRNA) の句構造の在り方とその起源を一般生成文法の立場 (X-bar理論、極小モデルを含む)から再解析して、その結果から、チンパンジーの道具使用の句構造を、単細胞バクテリア個体の体内分子道具製作過程としてのポリtRNAモデル型初期蛋白合成様式のもつ句構造との比較を含めて再解釈してみることは、現時点で展望可能な、一般句構造文法理論の興味ある課題の一つであると言えよう。

     このような、チンパンジーの道具使用や、単細胞個体の体内道具としての蛋白合成道具使用の句構造様構造が、ヒト言語生成文法におけるX-bar理論や極小モデルにおける句構造理論と、本質的な論理を共有しているとする仮説が十分に本当らしいものならば、その根拠は、やはり、これらがいずれも、(neural) network的思考システムを基盤とずる認知的生命活動の在り方であると考えるのが妥当であろう。そしてそれは、生命の能動進化やautopoiesisとして論じられてきた、一般に説明困難とされてきた現象の論理基盤をなす、生命の在り方や生命の特徴の本質部分である可能性が高い。

[10] 結論

     以上、生命システムにおける様々な「句様構造」の起源・創成・進化・系統発生・個体発生等の在り方について、ヒト言語システム生成文法における句構造に関する諸理論と比較しながら、試論的に解析した。 一般生命システムの句(様)構造の創成の在り方には内生的、外生的、の2つのケースがあるが、結果として、X-bar理論や極小モデルにおける句構造における「投射」に酷似するシステム構造が、様々な [主部,副部] 型の句様構造の創成様式において、広く観察された。試論段階ではあるが、言語システム句構造文法に酷似すると見られるこれらの多くのシステム進化の在り方は、言語システム句構造文法の創成もまた、一般的な句構造文法の現れ方の一例として位置付けられるのが妥当であろうとの結論を強く支持する。すなわち、言語システム生成文法が、ヒトの生物学的な生得形質であるとするChomskyの基本的視点の正しさを支持するものである。
     特に、多細胞動物の発生過程における細胞系譜と細胞の分業の在り方が、回帰的に句構造を生成する"文"に対応させることもできるであろう構造をもつことは、その細胞系譜のsub-tree としてのヒト神経系やヒト脳神経系の言語システム創成系もまた、本来的に句構造生成系であり、そのような神経細胞ネットワークを基盤として生成される情報システムとしてのヒトの「思考様式」や「発話文システム」は、必然的に句構造文法をもつシステムとして進化したものと、おおまかに結論してよいであろう。このことは、「一般句構造文法」や「一般生成文法」の理論研究が、生物科学の重要分野として位置付けて取り組むに値するものであることを強く示唆しており、Chomsky理論の21世紀における発展形態の1つの在り方として、重視して取り組む必要があろうと思われる。
     ここで示した様々な生命システムの句(様)構造が、なんらかの形での「認知的実体」であると考えられることは、句構造文法の創成もまた、生命系の諸性質とともに、認知的生命システムの、認知能力に依存した、自己創成的過程に強く依存しつつ起源したものであると考えることは、これまでの自己創成的生命進化の在り方に関する結論とよく整合する。
     本文中に論じた、多細胞動物における生殖系列細胞(主部)と体細胞(副部)との分業内容が、前者は「前世代から受け継いだ遺伝子セットの次世代への遺伝」、後者は「前世代から受け継いだ遺伝子セットの選択」にあることの発見は、20世紀進化遺伝学における総合説の誤りを示すものとして重要であり、このことによって、多細胞動物の「さらに能動的な」進化の論理構造が明白に示されたことは、ラマルクの用不用説や能動進化の評価をも含む、生物学の基本問題に関わる重要成果であると言って過言でないであろう。そのような能力もまた、一般句構造の創成に起因していることが示されたことの意義は重要であろう。
     また、「隣接環境囲い込み」や「拡張個体」などの新しい視点・概念を提唱した。

謝辞:

このような試行錯誤・試論段階での論文の発表の機会を与えていただいた白井浩子博士 (岡山大学) に深謝致します。 本研究は、平成15年度新潟大学超域研究機構プロジェクト「防御反応誘導系のシグナル伝達機構の多元的解明と高度耐病性植物の創出」(代表: 古市尚高)の援助を得て行ったものである。

[11] 文献

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Fig. 1. Learning neural network machine models of the evolution from a hierarchical society to an upper-leveled biomachine (I) or an upper-leveld bio-individual (= suoerorganism) (II). (Taken from ref. [7] with permission of Viva Origino.). How hierarchical societies can work as (self-)learning hierarchical neural network machine is shown. wl- = worker-like. See text and ref. [7, 9] for details.


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