GENERATIVE GRAMMAR AND SCIENTIFIC REVOLUTION

Masanobu Ueda

Institute of Language and Culture Studies, Hokkaido University Nishi 8, Kita 17, Kita-ku Sapporo 060-0817 Japan
Tel: 011-706-5111 Fax: 011-736-2861
E-mail: ueda@ilcs.hokudai.ac.jp
(Received 16 May 2003 Accepted 21 May 2003)

(Abstract)

According to Chomsky (2000), the "mental" or "linguistic" aspect of the world can be investigated in the same way as any other aspects of the world, such as "electrical" or "chemical," which have been investigated in natural sciences. In this sense, generative grammar conducts the same type of rational, empirical inquiry as in any branch of natural sciences; it "seeks to construct intelligible explanatory theories, with the hope of eventual integration of the ヤcoreユ natural sciences." Chomsky refers to this thesis as "the methodological naturalism." However, Chomsky does not specifically show to what extent generative grammar shares methodological characteristics with natural sciences. The purpose of this paper is to show that generative grammar has the crucial methodological characteristics of modern science (more specifically, modern physics), which was founded in the Scientific Revolution of the 17th century Europe and has been developed into presentミday natural sciences.
Key words: generative grammar, Scientific Revolution, methodological naturalism, cognitive revolution, idealization, deductive expalantion, experiment, computation, representation

生成文法と科学革命

上田 雅信

北海道大学言語文化部
002-8073札幌市北区北17条西8丁目

Tel: 011-706-5111  Fax: 011-736-2861
E-mail: ueda@ilcs.hokudai.ac.jp


  チョムスキーは、言語は自然の一部であり、「精神的な」あるいは「言語的な」世界の側面と、たとえば、「化学的」あるいは「光学的」と呼ばれる世界の側面との間に本質的な違いはないと考える。したがって、言語は自然科学の研究対象となりうるものであり、「言語的な」側面を研究対象とする「生成文法(generative grammar)」と「化学的な」あるいは「光学的な」側面を研究対象とする化学や光学などの自然科学の分野とを質的に異なるものとして区別すべきではないと主張する。チョムスキーにとって、生成文法は、「自然科学の中核との最終的な統合を期待しながら、合理的な説明理論を構築する」ことを目的とする他の自然科学の分野と同様の合理的で経験的な研究なのである。チョムスキーは、この立場を「方法論的自然主義 (methodological naturalism)」と呼ぶ。[1]
  ところで、自然科学は、17世紀のヨーロッパで起こった科学革命(Scientific Revolution)において誕生した近代科学(modern science)―特に近代物理学―をその源としている。一方、生成文法は、「認知革命 (cognitive revolution)」と呼ばれる1950年代半ばに人間の行動の研究で起こった研究パラダイムの転換の一部として誕生したものである。Chomsky (2000:5)は、認知革命は、17世紀の科学革命の一部として17-18世紀に起こった「最初の認知革命」を新しい概念を導入することによって再形成したものであると説明している。[2] この意味では、認知革命は人間の行動の研究における「科学革命」に相当するパラダイムの転換として理解することができる。
   しかしながら、チョムスキーは生成文法の方法と17世紀の科学革命で形成された近代科学の方法との共通性について詳しく論じてはいない。そこでこの論文では、17世紀の科学革命で形成された近代科学(近代物理学)と生成文法とを比較することによって、生成文法が近代科学(近代物理学)と本質的に同じ自然観と方法論的特徴を持つ言語研究であることを示し、生成文法が言語研究で起こった「科学革命」に相当するパラダイムの転換によって形成されたことを主張する。
   この論文の構成は次のようなものである。まず2節で17世紀の科学革命において形成された近代科学(近代物理学)の自然観と方法論的特徴について説明する。次に3節で生成文法が近代科学(近代物理学)の自然観と方法論に対応する特徴を持つことを論じる。最後に4節で、3節の主張に基づいて生成文法と自然科学との統合に関わる問題について簡単に論じる。

2. 科学革命と近代科学

  科学革命というのは、17世紀のヨーロッパにおいてガリレオ(Galileo)、デカルト(Descartes)、ニュートン(Newton)が、アリストテレス(Aristotle)の自然学を意識的に解体して、アリストテレスの自然観と方法にかわる自然観と方法を用いて自然研究の新しい概念的枠組みを形成したことを言う。この結果、天体および地上の物体の運動を対象とした動力学においてはじめて近代科学(近代物理学)の枠組みが形成されたのである。では、この近代科学の自然観と方法論的特徴とはどのようなものであったのだろうか。この節では主として小林(1996)に基づいて近代物理学をモデルとした近代科学の自然観と方法論的特徴を説明する。[3]

2.1. 自然観

  自然観というのは、何が世界を構成する基本的な実在かということについての考え方のことである。では、アリストテレスの自然学から近代科学への変化の要因となった自然観の転換とはどのようなものであったのだろうか。小林(1996)に従って、アリストテレスの自然観とガリレオやデカルトの自然観の違いを見てみよう。
  小林(1996:9)によると、アリストテレスの自然学の基盤となっていた自然観は、次のようなものである。まず、アリストテレスは感覚知覚によって知覚される具体的な個物を基本的な実在と考えていた。これに対して「数学的関係的な概念」は、知覚された個物から抽象された概念であり、我々の知識として存在するものであった。このため、数学的関係的な概念は「実在から最も遠い存在ということになる」のである。このようなアリストテレスの自然観は我々にとって理解しやすいものであるが、それは、この自然観が感覚知覚による日常的な経験を通して我々が世界を理解する時に基づいている自然観と同じであるからである。
  一方、ガリレオやデカルトは、感覚知覚で捕らえられる具体的な個物はこの世界を構成する基本的な実在ではないと考えた。世界の基本的な実在は、具体的な個物から抽出できる、たとえば三角形のような、普遍的で抽象的な数学的対象であると考えたのである。この基本的実在が何かということについてのガリレオやデカルトによる意識的な自然観の転換によって、アリストテレス自然学が解体され、近代科学という新しい自然研究の枠組みが形成されることになったのである。
    さて、小林(1996: 25)が指摘しているように、数学的な対象が基本的な実在であると考えることから、近代科学(近代物理学)では数学が記述概念として使われることになる。そして、次の節で説明するように、これが近代科学の方法論的特徴を決定することになるのである。

2.2. 方法論的特徴

  小林(1996)は近代科学(近代物理学)の方法論的特徴を幾つかあげて論じている。これらはいずれも、数学的対象が基本的な実在であるという自然観を採用し、数学的な概念によって記述される「自然現象の普遍的構造をどこまでも探究する」ことを目的とする近代科学の性質に由来する方法論的特徴である。これらのうち、ここでは特に生成文法との関連で重要であると思われる4つの特徴について説明する。
  まず第一に、近代科学では、感覚知覚によって観察される世界の性質のうち、数学的対象によって記述される普遍的構造に関わる性質を解明するために「理想化」ということが行われる。これは、たとえば、「自由落下の法則」を解明する際に、この法則と相互作用はするが、独立していると考えられる空気の抵抗のような要因をいったん捨象して、研究の対象から除外するということである。理想化は、自由落下の現象を支配している物理法則を、それに「付随する現象」の影響を受けずに解明するためにどうしても必要な手続きなのである。
  第二に、このようにして対象となる現象が理想化によって付随的な要因から切り離された後で、今度は感覚知覚によって観察される自然現象の物理的属性のうち、数学的な普遍的構造に関わる性質のみを数量化によって抽出することが必要になる。たとえば、「自由落下の法則」を明らかにするためには、落下する物体の「位置変化に関わる側面しか取り上げられない」のであり、物体の色や形といった性質は問題にならない。
   小林(1996:32)によると、こうして「自然現象の普遍的構造」に関連のある物理的性質が数量化され、「もろもろの基礎的言明としての数学的表現が得られ、そこからその間の関係としての方程式が得られる」のである。そして、「それが物理学の理論の構成のベースとなる「経験法則」」となるのである。
   第三に、小林(1996:39, 54-55)によると、近代的な数学的な物理学は、「博物学のような現象の単なる分類を目的としているのではなく、現象の普遍的構造を追求するもの」である。したがって、「数量的に表現された自然現象の経験法則が設定され、さらにはそのような経験法則を統一的に組織するための理論仮説が導入されて、物理理論が構成されることになる」のである。この理論仮説は、経験から帰納的な一般化によって得られるものではなく、科学者によっていわば発明されるものであるが、直接知覚することができない数学的概念や仮説的概念によって構成されている。この理論仮説から経験法則が厳密な数学的推論によって演繹的に導出される時、経験法則によって記述されている自然現象は説明されたと言われる。このように近代科学は、理論仮説から経験法則を演繹的に導出することによって自然現象を説明するという特徴を持つ。
   第四に、近代科学の実験や観察は、理論的な枠組みを前提として行われ、アリストテレスの自然学におけるような日常的な観察経験とは異なっている。このために、小林(1996: 73)が述べているように、観察されたデータは、実験や観察の前提となっている理論によって解釈され、「抽象的で数学的な記号的表象に置き換えられる」ことになる。この記号的表象に置き換えられた観察が理論仮説から数学的に演繹されるのである。また一方で、実験は、理論仮説から予測される自然現象が実際に観察されるかどうかを調べることによって、理論仮説を検証する方法となっている。
   以上、小林(1996)に基づいて、近代科学の自然観と方法論的特徴を説明した。次の節では、生成文法が科学革命と同じ自然観(言語観)の変化によって形成された言語研究であり、近代科学の方法論的特徴を持つことを示す。

3. 生成文法の自然観と方法論的特徴

  まず、科学革命と本質的に同じ自然観と方法論の変化は、17世紀の科学革命以後、世界の他の側面の研究においても起こったことを確認しておこう。たとえば、Butterfield(1957)は、化学では、物理学より遅れて18世紀に科学革命が起こったことを論じている。[4] 生物学では、演繹的に生物種の進化を説明する進化論や理想化や理論を前提とした観察あるいは実験を行い、形質の遺伝を「要素」という直接知覚できない概念に基づく法則によって演繹的に説明する古典的遺伝学は、19世紀半ばを過ぎてから現われた。これらは近代科学と本質的に同じ自然観と方法論的特徴を持つ生物学の研究であった。[5] ,[6] 動物の行動のような、形質とは異なる生物の特質を対象とする研究においては、近代科学の枠組みが形成されるのはさらに遅れる。動物行動学あるいはエソロジー(ethology)とよばれる近代科学の枠組みでの動物行動の研究は、1930年代に始まり、1973年にコンラート・ロレンツ(Konrad Lorenz), ニコ・ティンバーゲン(Niko Tinbergen), カール・フォン・フリッシュ(Karl von Frisch)の3人がノーベル賞(生理学・医学賞)を受賞した時に、自然科学の分野として公式に認知されたと一般に理解されている。[7], [8]
   17世紀の科学革命において最初に物理学で起こった自然観と方法論の変化がどうして他の分野では上に述べたような順序で、遅れて起こったのかというのは面白い問題である。しかしここでは、この問題に立ち入ることをしないで、このような科学革命に相当するパラダイム転換の一つとして生成文法が誕生したと考えられるということのみを指摘するにとどめる。すなわち、第1節で述べた1950年代半ばの人間の行動に関する研究における「認知革命」とその要因の一つとなった生成文法の出現は、[9] 科学革命と同じ研究パラダイムの転換によって起こったものであると考えられるのである。   以下では、生成文法の出現は、言語研究という人間の行動の研究で起こった、いわば「遅れた科学革命」であったことを示し、この意味でChomskyの「方法論的自然主義」の立場が支持されることを主張する。

3.1. 言語観

  Chomsky (1986)は、1950年代半ばの「認知革命」で行動の研究に起こった変化は、研究対象が「行動」或いは「行動の産物」から「行動の内的機構」へと転換したことであると述べている。これに対応して、言語研究においては、研究対象が「言語行動」あるいは、その結果として産出された「発話」から発話を生み出す時に働いている脳の中に内在化された機構へと変化した。チョムスキーの術語を用いると、言語の概念が、いわゆる「外在言語(externalized language)」から「内在言語(internalized language)」へと転換することによって生成文法が形成されたのである。外在言語(E-言語)というのは、言語行動によって産出された発話の集合としての言語の概念である。一方、内在言語(I-言語)というのは個別言語の母語話者の脳の中にあり、発話を産出する内部の機構の一部となっている、言語に特化された「認知システム(cognitive system)」のことであり、「言語知識(Knowledge of Language)」とも呼ばれるものである。[10]
   発話の集合としての外在言語(E-言語)は、音声の連鎖として直接知覚できる具体的な個物としての言語の概念であり、アリストテレス的で経験主義的な言語の概念であると言うことができる。一方、 内在言語(I-言語)は, 母語話者の脳に内在化された認知システムであり、直接知覚することはできないものである。チョムスキーは、内在言語を「生成手順(generative procedure)」と呼ばれる形式的な計算システムであると考える。内在言語は、無限に文を生成することのできる「帰納的な手順(recursive procedure)」であり、当該言語の文法的な文をすべて生成し、非文法的な文を生成しない装置なのである。これは、Chomsky(1980)が物理学者ワインバーク(Weinberg)の言葉を引用しながら主張しているように、ガリレオやデカルトがより高い実在性を持つと考えた数学的対象に相当する言語の概念である。[11]
   外在言語は生成文法が誕生する以前の1920年代から1950年代にかけて米国で支配的であったアメリカ構造主義言語学(American Structural Linguistics)が前提としていた言語の概念であった。この意味で、生成文法は、20世紀半ばまで言語研究に残っていたアリストテレス的な言語観から脳の中の形式的な計算システムとしての言語という近代科学の実在の概念に対応する言語観への転換を行うことによって形成された言語研究であった。
   この言語観の転換に伴って、方法論の転換も起こり、計算という形式的な記述概念を用いた近代科学と本質的に同じ方法論が用いられることになるのである。次節では、生成文法の方法論的特徴を説明する。

3.2. 方法論

  2節で近代科学は次の4つの方法論的特徴を持つことを説明した。すなわち、1)理想化、2)数量化による数学的な普遍的構造に関わる性質の抽出、3)理論仮説からの演繹的説明、4)理論を前提とした実験・観察の4つである。この節では、生成文法は、この4つの方法論的特徴に相当する特徴をすべて備えていることを示す。
   第一に、チョムスキーは、言語研究において理想化が必要であることをはじめて明確に指摘した。[12] 前節で見たように、言語知識(内在言語)は、母語話者の脳を構成する認知システムの一つであり、地域や社会階層による変異や個人差が存在している。そこで、言語知識の普遍的構造を明らかにするためには、変異のない理想化された言語社会を想定して、その社会の言語を完璧に知っている理想的な母語話者の言語知識を研究対象とすることによって、この変異を捨象する必要がある。
   さらに、言語知識は言語に特化された脳の認知システムの一つであるので、言語知識が実際に運用されて、個別言語の文が生み出される時には、「運用システム(performance systems)」との相互作用が必要になる。言語が音声と意味とを関係づけるシステムであるという考えかたを取ると、運用システムは2つの種類のシステムからなることになる。つまり、一方で文を音声の産出や知覚と関係づける「調音知覚システム(articulatory-perceptual systems)」があり、もう一方で文を思考や推論過程と関係づける「概念意図システム(conceptual-intentional systems)」があることになる。[13]したがって、産出された文は言語知識と運用システムが相互作用した結果であり、文には運用システムの性質も反映されていることになる。しかし、言語学者が当面、解明の対象としているのは言語知識の性質であるので、運用システムの影響はとりあえず捨象する必要がある。そこで、ガリレオが空気の抵抗を捨象したのと同じ理想化が必要になる。この運用システムの影響の捨象が生成文法の理想化のもう一つの特徴である。もちろん、言語知識の性質が解明された後で、捨象された要因を元に戻すことによって現実の言語運用を再現することができると考えられていることもガリレオの理想化の場合と同じである。
   第二に、言語は離散的なシステムであるので、物理学や化学のように数量化によって言語の普遍的な構造に関わる性質を抽出することはできない。そこで、数量化のかわりに、計算と呼ばれる、記号を用いた表示の体系が記述概念として用いられる。ここで計算というのは、記号を連結して記号の連鎖としての表示を形成することと、それを別の表示に変換する操作を意味している。すなわち、生成文法では、計算という記述概念を用いて、言語の普遍的構造に関わる形式的な性質を文から抽出するという方法を使って研究が行われる。
   たとえば、文を構成する単語は、「名詞」(book, boy, etc.)や「動詞」(read, meet, etc.)のような統語範疇(syntactic categories)に属しているという直観を母語話者は持っている。これを生成文法では、N(名詞)、V(動詞)のような記号を使って表わすが、これらは分類のための記号ではなく、文の特性のうち言語の普遍的な構造に関わる性質を抽出し、それに基づいて経験法則を述べるための、近代物理学における数学的記号に相当する概念なのである。
   統語範疇や句という概念を用いると、たとえば、(1)のような英語の文の統語構造についての母語話者の直観は(2)のように記述できる。さらにこれを統語範疇と角括弧([ ])という記号を用いて、(3)のように表示することができる。[14] (3)は、感覚で知覚できる音の連鎖としての文から、言語の普遍的構造に関わる性質を抽出して、それを表示したものである。

(1) The man hit the ball.
(2) a. 英語の単語が(1)のような順序で並んだ連鎖は,英語の文法的な文である。

b. the は定冠詞,manとballは名詞,hitは動詞というように,単語はそれぞれ異なる統語範疇に属する。

c. the manは句を作り,the ballもそれと同じ種類の句を作る。

d. hit とthe ballは句を作る。

e. the man とhit the ballとは,文を形成する。
(3)[ [NP [ the] [ man] ] [VP[Vhit [NP [ the] [ ball]]]

母語話者は,もちろん,定冠詞,名詞,動詞,句,文などという概念を意識的に知っているわけではないが, (1)について、これらの概念を用いて(2)のように表現することができる直観を持っている。言語学者は,この母語話者の直観をT(定冠詞),N(名詞),V(動詞),NP(名詞句),VP(動詞句),S(文)などの範疇記号を用いて表現し,(1)に(3)のような表示を与えるのである。これは文についての最も基本的な経験法則であると考えることができる。
  第三に、チョムスキーは、生成文法の最初の研究であるChomsky (1975)(1955年に完成され、その一部を改訂して出版したもの)で、言語知識の理論としての「文法(grammar)」が言語現象を演繹的に説明する科学理論であることを明確に主張した。 チョムスキーによれば、「どのような興味深い科学理論も、仮説的な概念に基づいて一般法則を定式化し、観察可能な出来事がその法則の帰結として生じることを証明することによって観察可能な出来事を関係づけようとする」ものなのであり、生成文法の理論は、まさにそのような科学理論なのである。[15]
   たとえば、Chomsky(1957)で示された初期理論の一部を構成するものとして句構造規則(phrase structure rules)と呼ばれる規則があった。この規則は文の統語構造に関する理論仮説の一部を構成するものである。
   句構造規則は,「XをYとして書き換えよ(Rewrite X as Y)」という形式を持つ書き換え規則(rewrite rule)である。この規則は,初期記号 Sentenceが与えられると,それを機械的に書き換え,文とその構造についての母語話者の直観(これは「構造記述(structural description)」と呼ばれる)を「生成する(generate)」ものである。句構造規則による文生成の過程(これは「派生(derivation)」と呼ばれる)は、物理学において理論仮説から数学的推論によって経験法則を演繹的に導出する過程に対応するものなのである。チョムスキー(Chomsky 1957: 26-27)が提示した英語の文法の句構造規則(4)が(1)の文をその構造記述とともにどのように生成するかを見てみよう。
  
(4)(i)Sentence → NP + VP

(ii)NP → T + N

(iii)VP → Verb +NP

(iv)T → the

(v)N → man, ball, etc.

(vi)Verb → hit, took, etc.
(4)は,「矢印の左側の記号を右側の記号(の連鎖)に書き換えよ」という指示と理解される。たとえば,(i)は,SentenceをNP VPという連鎖に書き換えよと解釈される。(4)の規則の適用の結果,(5)に示した派生の過程を経て、記号が次々と機械的に書き換えられて,最後は英語の語彙に至る。そうすると,もうそれ以上記号が書き換えられなくなる。hitやmanのような英語の語彙は,終端記号(terminal symbol)と呼ばれ,NP,T,VPのような記号は非終端記号(nonterminal symbol)と呼ばれる。

(5) Sentence
NP+ VP(i)
T+N VP (ii)
T N Verb NP (iii)
the N Verb NP (iv)
the man Verb NP (v)
the man hit NP (vi)
the man hit T N (ii)
the man hit the N (iv)
the man hit the ball (v)
記号を書き換えて,(5)の一番下の行のような英語の語彙のみで構成された終端記号連鎖に至るこの派生の過程は,文法的な文の構造についての母語話者の直観(の一部)を初期記号からの派生として演繹的に導出するものである。しかし,上で説明したように、生成文法の理論は、運用システムを捨象するという理想化に基づくものであるので、派生は話者が脳の中で実際に文を産出する過程を説明するものではないことに注意する必要がある。

       (5)の派生は,終端記号の連鎖と同時に(6)のような句構造標識(Phrase-marker)として表わすことのできる文の表示を与える。

(6)

(6)は文の構造に関わる母語話者の直観を記号を用いて表示したものである。
  さて、記号を用いた計算の体系は、数学の記号体系と同じように、生成文法においてもその体系の特性自体を利用して研究を進めることを可能にした。まず、上で示したように、計算体系は、表示の形成と表示に対する操作という形で、数学の体系に相当する厳密な形式的推論に基づく演繹的説明を言語を対象として行うことを可能にした。次に、数学の方程式が異なる物理量の関係を示すことができたように、記号を用いた表示は、言語の音声と意味のような非常に異なる性質を持つものを結びつけることができた。(6)の文の表示は、直接知覚できない文の句構造と終端記号連鎖として表示されている音声や意味を表す記号とを一つに結びつけたものであり、異なる物理量を関係づける数学の方程式に相当する記述と考えることができる。最後に、記号と表示による計算体系を使うことで、表示に新しい記号を加えたり、記号の性質を研究することによって、文法の特質を抽象的に研究することができるようになった。たとえば、句構造規則は、その後「Xバー理論(X-bar theory)」と呼ばれるより抽象度の高い句構造の理論へと発展することになるが、このとき中心的な検討課題となったのは、句構造規則を構成する、N, V, NP, VPなどの記号の性質であった。このように生成文法は、近代科学が数学の体系の特徴を利用して発展したのと同じように、計算という記号体系の形式的特徴を利用することによって発展したのである。ここで論じている余裕はないが、Chomsky (1957)で提案された初期理論からChomsky (1995)で発展させられ、現在活発に研究が行われている「ミニマリスト・プログラム(Minimalist Program)」という研究プログラムにいたるまでの生成文法の発展は、記号を用いた計算体系という形式的な体系の特性自体を研究することによって可能となったものであり、それに大きく依存している。
   第四に、生成文法では、文(多くは非文法的な文)を人工的に作り、母語話者の内観を使ってそれを観察し、文についての直観を取り、それをデータとして使う。チョムスキーはこの方法は、自然科学における実験と同じものであると述べている。[16] 実際に、直観をデータとする方法は、近代科学の実験と多くの共通点を持っている。まず、ボリンジャー(Bolinger)によると非文法的な文を使って言語研究を行ったのは生成文法が初めてである。[17] しかし、自然には存在しない現象を実験的に作り出して研究することは自然科学ではごく普通に行われることである。たとえば、染色体遺伝学では、X線を使って遺伝子に突然変異を起こしたショウジョウバエの形質を観察することによって研究が行われた。[18] 次に、生成文法も、理論を前提とした実験・観察を行うという近代科学と同じ性質を持っていると考えられる。先ほど上で(1)の文について行った観察は、記号による計算体系を形式的な記述体系として使用することを理論的な前提としている。この点で、数量化を前提とする近代科学の実験や観察と同じ性質を持っている。データに理論的な解釈がほどこされて、記号で表記されることも同じである。最後に、母語話者の直観は、主観的なものではなく、近代科学が対象とする自然現象と同じように再現性がある。たとえば、すべての日本語の母語話者は、(7)において「太郎」と再帰代名詞の「自分」とが同じ人物を指示するという解釈では、(7a)の文は日本語の文として自然であるのに対して(7b)はそのような解釈を持つものとしては容認できないという判断をするだろう。(指標i が付いた名詞句は指示対象が同じであることを示し、*(アスタリスク)は非文法的な文であることを示す。)

            (7)  a. 太郎がi自分のi車を運転した
                 b. *太郎のi友達が自分のi車を運転した

このように、生成文法は再現可能な現象を対象としており、この点でも近代科学と同じ性質を共有しているのである。
   この節では、生成文法の言語研究が17世紀の科学革命で誕生した近代科学―特に近代物理学―の自然観と方法論的特徴に相当する言語観と方法論的特徴を持つものであることを示した。生成文法のこの特徴は、1950年代半ばの生成文法の出現が言語研究における「科学革命」に相当する出来事であったことを強く示唆するとともに、生成文法が自然科学の他の分野と同じ性質を持つ言語研究であるというチョムスキーの「方法論的自然主義」の立場を基本的に支持するものである。

4. 今後の展望

  この論文では、生成文法は、近代科学―特に近代物理学―と同じ自然観(言語観)と方法論的特徴を持つことを示した。しかしながら、同時に、生成文法は言語運用を捨象した高度に理想化された言語研究でもある。
   このために、生成文法の理論は、脳の中で起こっている文の産出のプロセスに関わる因果的法則を説明する理論仮説とはなっていない。近代物理学と対応させて考えると、生成文法の理論は、物体の運動の「位置変化」に関わる特性のみを対象としたガリレオの「自由落下の法則」のような運動論的な法則やあるいは「ボイル・シャールの法則」のような現象論的な法則の段階にとどまっていると考えられる。
   一方で生成文法は、近代科学と同じ方法論―特に計算という形式体系による記述と実験という方法―を言語学に取り入れることによって、それまで気づかれていなかった個別言語および個別言語を越えた言語の普遍性に関わる膨大な量の経験法則を発見し、その精密な記述を行ったことは確かである。
   しかし、また一方で、生成文法の言語研究と自然科学の中核との統合(unify)という問題―いわゆる「統合問題(unification problem)」―は、チョムスキーが繰り返しその可能性を主張しているにもかかわらず、現在のところ、原理的な見通しを述べるのみにとどまっている。その理由の一つは、上で述べたように、生成文法の理論が話者の脳の中での実際の文の形成と産出に見られる因果法則に関わるものではないことである。この意味で、生成文法の理論は、文の構造についての形式的な特徴を脳の中での文の産出とは独立に説明する現象論的な法則を述べたものであるということになる。すなわち、生成文法の言語理論は、統合の対象となる脳科学、遺伝学、化学、物理学などの自然科学の分野の因果法則を説明する理論とはこの点に関して質的に異なっているのである。したがって、生成文法の今後の課題の一つは、生成文法と他の自然科学の分野との間に存在しているこの溝を埋めるための具体的な研究方略を発見することであると思われる。

* * (1)〜(6)およびそれに関わる説明は、中井悟・上田雅信編『生成文法を学ぶ人のために』(世界思想社、出版予定)第一章から、出版社の許可を得て、一部字句を修正して転載しました。ここに記して、世界思想社のご厚意に感謝いたします。また、この原稿に対して上智大学外国語学部の加藤泰彦氏、福井直樹氏から有益なコメントをいただきました。あわせて感謝いたします。

参考文献

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