EVOLUTIONARY ASPECTS OF LINGUISTIC PHENOMENA - FROM THE PERSPECTIVE OF GENERATIVE GRAMMER

Akira Watanabe

University of Tokyo
Graduate School of Humanities and Sociology 7-3-1 Hongo, Bunkyo-ku, Tokyo 113-0033, Japan
Fax: 03-5841-3827;
E-mail: akirawat@l.u-tokyo.ac.jp
(Received 3 May 2003 Accepted 4 May 2003)

(Abstract)

From the perspective of generative grammar, language change is nothing other than a special case of language acquisition in which a generation of speakers acquires a grammatical system different from that of the preceding generation. Under the principles-and-parameters approach, language acquisition is conceived of as parameter setting. This paper looks at how the principles-and-parameters approach handles the loss of wh-movement that took place in the history of Japanese.

Key words: generative grammar, language change, language acquisition, parameters

言語現象における進化的側面−−−生成文法の立場から

渡辺 明
東京大学大学院人文社会系研究科
〒113-0033 東京都文京区本郷7-3-1

Fax: 011-736-2861
E-mail: akirawat@l.u-tokyo.ac.jp


1.緒論

 人間のもつ言語能力/機能がどのような進化をたどって現在の形をとるに到ったかは興味深い問題であるが、仮説の検討に必要なデータが不在である以上、生産的な研究課題とはなりえない。生成文法では、より現実的な目標として、なぜ、幼児期に適切なインプットを与えられさえすれば、一見非常に多様な形態が許されているようにみえる言語をいとも簡単に獲得することができるようになっているかという問題を追求する。この問題設定のもと、種共通の言語能力/機能の具体的内容に迫ろうというのである。本論文では、非常に簡略化した形ではあるが、このような生成文法の研究のあり方を紹介したい。
 ここで取り上げるのは、生成文法で現在必ずしも大きなウエイトを占めているとはいえない言語変化のメカニズムに関する理論であるが、1980年代に原理とパラメータによるアプローチ (Chomsky[1]) が登場した結果、言語習得の研究と連動しながら (Lightfoot[2]) 徐々にその比重を増しつつある。生成文法の観点からすると、言語変化とは、前の世代とは違った言語を次の世代が獲得するという現象として捉えられる。変化の根本原因としては社会的な要因も含め様々なものが考えられるが、言語理論のレベルでは、子供による言語習得がどのように行われるかというモデル化を通して世代間に生じた違いを理解しようと努めることになる。言語変化研究が重要なのは、言語能力/機能のうち言語間の違いを担う部分の設定をどう変えれば実際に観察されている言語変化が生じるかについて思考実験を行うことができる点にある。と同時に、言語習得のレベルで捉えた言語変化のメカニズムの数理モデル化は、進化研究とつながりを持ち得る分野であると考えられる。その具体的な成果は Yang[3]やLightfoot[4]所収のNiyogiとYangの論文 などを参照されたいが、Clark and Roberts[5]あたりを嚆矢として1990年代に入ってから活発化したこの分野の研究も、その原動力は原理とパラメータによるアプローチにあることを強調しておきたい。そこで、ここでは、原理とパラメータによるアプローチが言語変化をどのように捉えるのかということを中心に論じることにする。

2.原理とパラメータによるアプローチ

 まず、出発点となる原理とパラメータによるアプローチであるが、これは人間の言語能力/機能(以下、UG =普遍文法)が、個別言語に関わりなく適用される不変の原理の体系と、言語間の違いを導き出すパラメータから成り立っているとする考え方である。

(1) UG = 不変部(原理の体系)+ 可変 部(パラメータ)

話を文の構造に関する部分に限ると、原理の体系としては、おおよそ、句構造に関するものと移動のメカニズムに関するものがある。句構造とは、(2)に示すように、文中の語彙要素がいくつかのより大きなひとまとまりを形成しながら全体の構造をなしていることをいう。

(2)句構造
   a. [ 太郎が [ [ その 本を ] 買った] ]
   b. [ John [ bought [ that  book ] ] ]
どのような句構造がそもそも人間の言語のシステムとして可能なのかを決定するのが不変の原理の役割であるが、(2)にあげた日本語と英語の例からわかるように、言語間にはいわゆる語順の違いというものがある。日本語では目的語−動詞の語順になるのに対し、英語では動詞−目的語となる。ことは動詞、目的語に限られず、英語には前置詞があるのに対し、日本語の格助詞は名詞句の後に生じ、後置詞とでもいうべきである。このような語順の違いが句構造そのもののパラメータによるものなのか、次に述べる移動に起因するものなのかは議論のわかれるところであるが、句構造にパラメータがあるとすれば、こうした言語間の語順の違いを捉えようとするものである。
 文の構造を考える上で句構造と並んで重要なのが移動のメカニズムである。移動現象にはいくつものタイプがあって、それが各言語でどのように実現されているかで様々な違いが生じるのだが、ここでは、一番わかりやすい、疑問文でのWH移動と呼ばれるものに焦点を合わせよう。WHというのは、英語の疑問詞がhowを除いてどれもwhで始まるつづりになっているからであるが、(3)にみられるように疑問文の形成の仕方には日本語と英語で顕著な違いがある。

日本語では疑問詞を含んだひとかたまり(WH句と呼ぶ)が疑問文でない場合と特に変わらない構造上の位置に生じるのに対し、英語ではWH句が文頭に生じなければいけない。移動に関しても様々な不変の原理が働いているのだが、パラメータとしては、移動が見られるかどうかを扱う。現代日本語ではWH移動なし、英語ではWH移動あり、となる。
 以上見たように、原理とパラメータによるアプローチは、言語の多様性と人類共通の言語能力/機能の存在を、風通しのよい理論の形で無理なく両立させて理解するところに特徴がある。いったん考えついてみれば当たり前のことに思えるようなモデルも、それに到達するまでには、原理の体系の実際の中味やそれに連動するパラメータについて内容のある仮説を積み重ねていく必要があった。1950年代半ばに生成文法が登場してからこのモデルがとにもかくにも成立するまでに25年程かかったのを早いと見るか遅いと見るか、簡単には判断が下しにくい。現在にしたところで、まだ理論的理解がよくできていない現象、まだ分析されていない言語は多々あり、原理とパラメータによるアプローチによる研究は進行中なのである。ただ確実に言えることは、1980年代以降のUGの研究は、それ以前に比べて急速にスピードアップし、内容が充実してきているということであろう。こうした研究の変化は原理とパラメータによるアプローチの風通しのよさがもたらしたものであり、言語研究は、1980年代以降、それ以前とは質を異にするあらたな段階に突入したといえる。

3.言語習得/史的変化のモデル

 原理とパラメータによるアプローチは、言語習得や言語変化の研究にも質的変化をもたらした。まず子供の言語習得であるが、これは言語能力/機能の初期状態から個別文法の状態への変化として生成文法では理解する。原理とパラメータによるアプローチが優れている点は、この変化の過程はパラメータの値を決定するプロセスであるというわかりやすい答えを出したことである。例えば、日本語の文法を習得しようとしている子供は、前節で言及したパラメータでいうと、目的語−動詞の語順を選択し、WH移動はなしという決定をした段階で習得が完了するということになる。パラメータの値を個々の場合に決定しているのは子供のまわりで話されている言葉であるが、これを一次的言語データ(PLD)と呼ぶ。PLD自体は、すでに習得された個別文法のシステムに基づいて産出される。以上を図式化すると、言語習得のモデルは次のような形になる。

(4) 初期状態(S)−−> 個別文法(Sf
      (パラメータの値の決定)
           ∧
           |
    個別文法 => 一次的言語データ

個別文法をSfとするのは、それが初期状態に対して、最終状態ともいうべきものであるからである。S とSf の関係を定式化する際、おおよそ二つの考え方がある。一つは、Chomsky[6]の主張するもので、(5a)のように、S 自体がPLDをSf に写像する関数であるとみなす。

(5)a. S: (PLD) -> Sf
   b. L: (S, PLD) -> Sf

もう一つは、S とは別に習得のためのアルゴリズムないし関数Lが存在し、(5b)のように、LがS とPLDをSf に写像するとする仮説である。後者はYang[3]が提唱するものだが、本論文では(5b)に好意的な立場をとる。
 さて、(5a )ないし(5b)は、そっくりそのまま言語変化のモデルとしても通用することに気付かれたい。子供のまわりの発話データであるところのPLDは、当該話者の個別文法に基づいている。いま、n世代の話者の文法システムをSユf、n+1世代の話者の文法をSf、個別文法に基づいた発話のメカニズムをEで表わすとすれば、(5b)は(6)のように書き換えられる。

(6) L: (S, E(S'f)) -> Sf

S'f とSf が異なっていればn世代とn+1世代の間で言語変化が起こったということになる。
 言語習得や言語変化についてのわかりやすいモデルが可能になったことにより、これらの分野の研究は1980年代半ばよりUGの理論と直接相互作用する形で活況を呈し、現在に到っている。

4.日本語史におけるWH移動消失

 (6)の働き方の具体例として、本節では、渡辺[7]で論じた日本語史におけるWH移動消失の現象を取り上げる。

4.1.万葉集におけるWH移動

 万葉集の時代の日本語は、現代日本語と異なり、疑問文において英語と同じようにWH移動ありのパラメータの値をとっていた。万葉集では、野村[8]がデータの数値をあげて観察したように、WH句がほぼ例外なく「の/が」でマークされた主語の前に出現していた。(7)と(8)に万葉集における歌番号とともにその例文を示す。

(7)...何をかも み狩の人の 折りてかざ さむ (1974)
(8)...いづくゆか 妹が 入り来て夢に見 えつる (3117)

「何をかも」や「いづくゆか」が問題のWH句で、下線部が主語である。このような語順の制約は現代日本語には見られないものだが、句構造と移動という生成文法のメカニズムで分析すると、これはすなわち万葉集の時代にはWH移動が存在していたということになる。
 このWH移動は平安時代中期には既に消失している。平安初期の資料が欠如しているために、正確にいつWH移動が消失したのかは特定できないのだが、源氏物語を見ると、WH移動消失に付随して起こったとみられる変化がいくつも生じていて、理論研究はこれらの諸現象をもとにしておこなわれる。移動のメカニズムにどうのような原理がかかわっているのかを、そのような諸変化をもとにあぶりだすのである。ここではそうした技術的な議論は紹介しない。詳細は上記の論文を参照されたい。

4.2.WH移動消失の要因

 WH移動はどのようにして消失したのであろうか?前節で見たように言語変化とは前の世代と次の世代で選択されたパラメータの値が異なっているということに帰着する。再録した(6)をもとに考えると、S'f がWH移動あり、Sf がWH移動なしの場合に相当する。

(6) L: (S, E(S'f)) -> Sf

WH移動ありの世代が続いている状態では、E(S'f)、すなわちPLDは子供がWH移動ありのパラメータの値の選択することを保証している。この選択は(9)のような語順の例文に接することでなされるものと考えられる。

(9) ...WH句 主語 ...

つまり、WH句と主語が認識でき、かつそれらがWH句−主語の語順で出現しているというインプットを与えられれば、言語学者がWH移動が起こっていると判断するのと同じように子供もWH移動ありの値を選択するのである。この場合、S'f 、Sf ともにWH移動ありになっている。S'f がWH移動あり、Sf がWH移動なし、となるためには、PLDの質が変化していなければならない。つまり、(9)のような語順の例文に子供が接することがなくなるようになれなければならない。S'f がWH移動ありのときにそのようなことが可能なのだろうか?
 ここで、万葉集の文の構造の別の側面が重要になってくる。野村[8]の観察はWH句と主語の語順だけにとどまるものではない。主語が文の主題として働くときには、現代日本語も万葉集の時代の日本語も「の/が」といういわゆる格助詞ではなく、「は」という助詞が付随する。野村の観察によると、この主題はWH句に先行するのである。つまり、万葉集時代の疑問文の構造は、(10)のような語順をWH移動後に示すようになっている。

(10)万葉集における語順の制約
     主題 WH句 主語 ...述部

(11)に主題化された主語がWH句と共起している例文をあげておこう。
(11)...雁がねは いづくさしてか 雲隠 るらむ  (2138)

さて、万葉集時代以後、主語が主題化する割合が増加したとするとどうなるか?それは、(9)の語順を示すPLDに子供が接する機会が失われることを意味する。その結果、子供がWH移動ありの選択をしなくなる。
 以上が、渡辺[7]での分析の骨子である。

4.3.パラメータの値の決定

 これまでの分析をもとに、習得関数Lの性質を考察する。まず、パラメータの値にはデフォルトという概念が必要である。(9)の語順を示すPLDに子供が接する機会が失われると子供がWH移動ありの選択をしなくなる、つまり、WH移動なしの選択をする、という説明は、特に指定されたPLDに接しなくても子供はWH移動なしの選択ができるという仮定を前提にしている。このような、特に指定されたPLDに接しない場合に選択されるパラメータの値をデフォルトと呼ぶ。デフォルトの値を想定する必要性は、他のタイプの移動が史的変化で消失している現象をもとにDeGraff[9]所収のRobertsの論文 などでも論じられている。移動に関するパラメータ全般について、デフォルトの値を想定するという方向が正しいようである。

 3節で(5a)より(5b)により好意的な立場をとるとしたが、デフォルトの概念が必要であること自体は、(5a )でも表現可能といえば表現可能である。

(5)a. S: (PLD) -> Sf
   b. L: (S, PLD) -> Sf
S で特定のパラメータの値がまだ選択されていないとしても、各移動パラメータごとにデフォルトの値が指定されているならば、それはS の性質の一部である、という位置付けになるからだ。(5b)の立場をとる強力な理由は他にある。
 現代日本語でもそうだが、万葉集時代の日本語でも、必ず主語−目的語の語順になるわけではなく、目的語−主語の語順も可能である。これは、「かきまぜ」という種類の移動によって主語の左側に目的語が前置されることにより生じるものだという分析をされる。(12)で「君がただかを」がWH句と主語の間に来ているのは、万葉集の疑問文でのかきまぜ移動の例である。

(12)...なにしかも 君がただかを 人の 告げつる (3304)

かきまぜ移動によって前置されるものは目的語に限られない。(13)の「見ぬ人恋ひに」のように原因を示す句でもなんでも前置可能である。

(13)...何時よりか 見ぬ人恋ひに 人の 死にせし (2572)

そうすると、WH句−主語の語順はかきまぜ移動によっても生じうる。それにもかかわらず万葉集の時代にWH句−主語の語順がかきまぜ移動ではなくWH移動によるものであると分析したのは、WH移動が義務的なのに対して、かきまぜ移動は義務的に起こるものではないからである。だからこそ、主語−目的語の語順も目的語−主語の語順も可能になる。それに対し、万葉集時代の日本語では、(14)のような語順が非文法的(*で示す)であると野村データから判断される。

(14) *主語 . . . WH句 . . .

事情は英語でも同じである。WH句は必ず移動しなければならないのである。
 かきまぜ移動が万葉集時代の日本語にも存在したことは、子供によるパラメータの値の決定の仕方の理論に重要な意味合いをもつ。言語学者が万葉集時代の日本語を分析する際は、(14)のような語順を示す例文が大量のデータのなかに存在しないことをもってWH移動ありの文法システムであると判断を下す。一方、言語習得では、あるパターンの例文が存在しない、故に非文法的であるという情報を子供は利用しない(Marcus[10])というのが定説である。だからこそ、(9)のようなWH句−主語の語順の例文に接することでWH移動ありの値が選択されると主張したのであった。ところが、ここで面白い問題が浮かび上がってくる。(9)の語順になっている例文そのものは、WH移動なしの文法でWH句をかきまぜ移動で前置しているだけだという分析が、原理的には可能である。しかし、習得中の文法システムでかきまぜ移動が可能であることをすでに知っている子供が、そのような判断しては困るのである。そのようなことが起こるならば、子供は、WH移動に関してデフォルトの値を選択し、かきまぜ移動とWH移動が共存する言語は習得不可能という誤った結果になってしまう。つまり、パラメータの値を選択する際には、WH句−主語の語順の例文を、原理的には可能なのにも関わらず、かきまぜ移動によって生じたとは子供が決して分析しないといわざるをえない。
 これは、(5b)の習得関数Lが、S そのものに含めるわけにはいかない性質を備えていることを示唆する。パラメータの値の決定の仕方について、従来、ふたつの考え方が提案されている。Gibson and Wexler [11]は、インプットとなるデータが問題なく解析できるパラメータの値が選択されるとする。一方、Dresher[12]は、インプットとなる例文が解析できるかどうかが決め手ではなく、それぞれのパラメータの値について、その値を選択させるキュー(合図)となる例文の特性が指定されていると主張する。子供がWH句−主語の語順をかきまぜ移動で分析することがないということは、あるパラメータの値で例文が解析可能かどうか自体がパラメータの値の決定に関係してくるのではないことを意味する。(9)はWH移動ありの値のためのキューである、というのが本論文の立場である。  キューの概念をS そのものに含めるわけにいかない。一度にすべてのパラメータの値を決定してしまうことがあり得ない以上、キューは、言語習得の期間を通して用いられるストラテジーの性格をもっているからである。特に、S が(1)のように原理の体系とパラメータのみから成り立っているならば、パラメータの値の決定のためのストラテジーはそこに入り込む余地がない。習得関数Lの性質というべきであろう。

5.結語

 以上、言語変化が原理とパラメータのアプローチのもとどのように扱われているかを、日本語史でのWH移動消失という現象を例にとって論じた。生成文法の主たる関心は言語習得の問題にあるのだが、言語変化も全く同じモデルで捉えることができる。パラメータの概念は、言語能力/機能が規定する文法システムをすべて列挙することを理論上可能にし、世代間の変化は選択されたパラメータの値の違いとして認識される。言語変化を進化の過程になぞらえることは生成文法以前から存在する考え方だろうが、原理とパラメータのアプローチの出現で、そのアナロジーはより一層明確になったといえよう。  通常の言語習得の研究では子供が前の世代と異なった文法システムを習得していることを観察することはまず望めないので、言語変化の研究は、パラメータの値の選択の仕方について言語習得とは違ったデータを提供してくれる貴重な分野である。その反面、仮説の検証に必要なデータは限られた資料に頼らざるを得ないという制約もある。これから中心となってくる課題は、子供に与えられると推定されるPLDがパラメータの値の選択においてどのような役割を果たしているかを、様々なケースで検証していくことであろう。それによって、習得関数Lの中味を明らかにしていく道がひらけてくるはずである。

引用文献

1. Chomsky, N. Lectures on government and binding; pp. 371, Foris, Dordrecht, 1981.
2. Lightfoot, D. How to set parameters; pp. 214, MIT Press, Cambridge, MA, 1991.
3. Yang, C. Knowledge and learning in natural language; pp. 145, Ph.D. dissertation, MIT, 2000.
4. Lightfoot, D. Ed. Syntactic effects of morphological change; 351-365, 367-380, Oxford University Press, Oxford, 2002.
5. Clark, R. and Roberts, I. A computational model of language learnability and language change, Linguistic Inquiry 24, 299-345 (1993).
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7. 渡辺明, ミニマリストプログラム入門(6−7), 月刊言語 30, 98-103 および 90-95 (2001).
8. 野村剛史, 上代語のノとガについて(上)(下), 国語国文 62, 1-17 および 30-49 (1993).
9. DeGraff, M. Ed. Language Creation and Language Change; 287-327, MIT Press, Cambridge, MA, 1999.
10. Marcus, G. Negative evidence in language acquisition, Cognition 46, 53-85 (1993).
11. Gibson, E. and Wexler, K. Triggers. Linguistic Inquiry 25, 407-454 (1994).
12. Dresher, B. E. Charting the learning path: Cues to parameter setting, Linguistic Inquiry 30, 27-67 (1999).


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