LANGUAGE ACQUISITION IN GENERATIVE GRAMMAR

Kazuko I. HARADA

Kinjo Gakuin University
2-1723 Omori, Moriyama-ku, Nagoya 463-8521 Japan
Tel: 052-798-0180; Fax: 052-799-2089;
E-mail: harada@kinjo-u.ac.jp
(Received 3 May, 2003, Accepted 4 May, 2003)

(Abstract)

 Since Chomsky first proposed the theory of generative grammar in 1950's, generative grammar has attempted to solve such issues as: What is knowledge of language? How is knowledge of language acquired? How is knowledge of language used? What is the biological basis of this knowledge? This paper tries to discuss the second issue, the problem of language acquisition. In particular, the paper presents theoretical advances and some pieces of evidence for developments of the theory of language acquisition within the framework of generative grammar.
(Key words: generative grammar, language acquisition, Plato's problem, principles and parameters theory, parameter setting, wh-movement, structure dependency)

言語獲得−生成文法の立場から

原田 かづ子
金城学院大学文学部
463-8521 名古屋市守山区大森 2-1723
E-mail: harada@kinjo-u.ac.jp


1. はじめに

 言語がどのように獲得されるかについては、古来さまざまな考え方が表明されてきたが、大きく分けると、合理論的立場と経験論的立場の2つになる。合理論の立場では、我々人間は生まれつき(つまり、生得的に)言語を獲得する能力があると考える(生得説と呼ぶ)。一方、経験論の立場では、人間は言語に関していわば白紙状態で生まれ、生まれてから(つまり、後天的に)言語に接してはじめてその言語を習得すると考える(後天説と呼ぶ)。いま、極端な二つの立場を述べたが、実際には、研究者は完全にどちらかの立場に立つと言うわけではなく、研究者の考え方の違いは、何がどの程度生得的に人間に与えられており、何がどの程度後天的に獲得されるのかという点にある。
 生成文法理論は、合理論の立場を取っているが、現存するどの理論より明確に何がどの程度生得的であり、何がどの程度後天的であるかを明らかにしつつあると言える。この理論によれば、言語の基本的な部分は、生得的に人間に与えられている。つまり、基本的な部分に関しては、世界中どの言語でも共通であると考え、言語の間に見られるさまざまな違いは、生まれてから後天的に獲得されると考えている[1]。我々は、母語である日本語以外の言語に接するとまずその違いに注意が向き、共通性にはなかなか目が向かないが、じつは、基本的、中核的部分は、どの言語でも同じであることが言語学の研究から明らかになってきている。このどの言語にも共通して見られる特性を普遍文法(Universal Grammar, UG)と呼ぶ。また、言語間に見られる違いも、その違い方は無限に違いうるのではなく非常に限られた範囲内に収まるということがわかってきている。たとえて言えば、何カ所かスイッチをもった電気回路のようなものである。いま、この電気回路をどの言語にも共通している部分とし、言語間の違いは、用意されたスイッチが入っているのか切れているのか、つまり、オンなのかオフなのかの違いと考える。スイッチの数は無限に多いのではなく、ごく限られた範囲内に収まっていて、スイッチの状態の違いは、オンかオフかの2種類しかないと考える。すると、言語間の違いが限られた範囲内に収まることになる。また、このような考えに立つと、子どもの言語獲得は、次のように考えられる。いま、日本語が周りで話されている環境に子どもが生まれたとしよう。人間言語の普遍的特徴(つまり、回路全体)については、生得的に与えられているのだから、子どもはそれについて獲得する必要はない。子どもが後天的に獲得しなければならないのは、与えられているスイッチの値が日本語ではオンなのかオフなのかを決めることと、日本語の語彙(つまり、単語)覚えることに限られてくる。生成文法理論において、なぜこのように考えるようになったのか、またその考え方に従ってどのような研究が行われているのか、2、3の例をあげながら以下に示したい。

2. プラトンの問題

 具体例に入る前に、生成文法の根本的仮定を福井から引用して述べる:ヒトの精神・脳(mind/brain)の内部に、他の様々な(認知)システムと連動し相互作用を引き起こしながらなおかつ自律的で言語に固有な部門が存在すると仮定し、これを言語機能(language faculty)と呼ぶ。生成文法理論とは大まかに言ってしまえばこの言語機能(の中核的部分)の構造と機能(function)に関する理論である[2]。この根本的仮定に基づいて、もう少し具体的に生成文法の研究課題を述べると次のようになる。
(i) ある言語の母語話者であるということはどのような知識をもっているということなのか。
(ii) そのような言語知識はどのようにして獲得されるのか。
(iii) そのような言語知識は実際にどのようにして使用されるのか。
(iv) 言語機能の生物学的基盤はどのようなものか。
 上記4つの課題のうち、筆者は主として問(ii)にこたえるべく研究をしているが、問(ii)は問(i)と密接な関係にある。したがって、必要に応じて問(i)にも言及しながら問(ii)について述べることにする。生成文法の目指すところをよりよく理解するために、生成文法以前に上記問(i)、問(ii)についてどのように考えていたかを簡単に復習してみよう。まず、注意したいのは、生成文法以前の構造主義的、経験主義的言語学では、その基本的仮定からそもそも上記のような問題設定すらなかったということである。しかし今あえて上記の問をすればどのような答えとなるか見てみよう。
 生成文法以前の構造主義的・経験主義的言語学では、上記問(i)に対して「言語は習慣、傾向、能力(技能)を体系化したもの(a system of habits, dispositions and abilities)」であると答えた。この考えによれば、子どもは条件付け、訓練、習慣形成などにより言語を学習することになる。言い方を変えると、言語を学習するために特別なメカニズムはなく、言語以外の知識を学習するのと同じ「一般学習機構」(例:アナロジーや帰納法)により学習すると考えた。しかし、生成文法では、このような考え方では、問(i)および問(ii)の答えにならないと考えた。その際、チョムスキーが重視したのが、以下に述べる「プラトンの問題」である。
 プラトンの問題とは、哲学者プラトンが知識一般の獲得に関して提議した問題で「人間に外界から与えられる資料は、個別的であり、量的に限られ質も悪い。にもかかわらず、なぜわれわれ人間はこれほど豊かな知識を共有しているのか。」のように述べることができる。同じことが言語に関する知識についても言えるとチョムスキーは次のように述べている[3]。
(1) 言語版プラトンの問題:
 子どもに外界から与えられた言語資料は、子どもにより異なり質的にも量的にも限られている。それにもかかわらず、獲得した言語知識(大人の文法)は、同一言語共同体でほぼ均一であり与えられた言語資料から帰納可能なものをはるかに超えた豊かで複雑な知識である。それはなぜか。
(2) Data Mind/Brain Grammar
          Data < Grammar
          Data ≒ Grammar
プラトンの問題は、(2)のように図式化すると、外界から与えられた言語データと文法(獲得した言語知識)の間にData < Grammarという関係があるという認識である。問題をこのようにとらえ、プラトンの問題は、刺激の欠乏(poverty of stimulus)の問題とも呼ばれている。一方、生成文法以前の構造主義言語学では、Data ≒ Grammarという考え方であったと言える。では、本当にData < Grammarであるのか。理論的な証拠はチョムスキーを初め多くの論文に多々あげられているので、ここでは、主として言語獲得の事実から例を挙げたい。
 まず、Data < Grammar、つまり「子どもに与えられる言語データは量的に限られている」ということを示す例を2つあげる。
㈰言語データに否定証拠はない。
日本語の例(3)を見てみよう。
(3) a. 加藤さんが ヴァイオリンを 弾きます。【総記】

b. 加藤さんは ヴァイオリンを 弾きます。 【主題】(意味の違い)

c. 誰が 今夜 来ますか。

d. *誰は 今夜 きますか。
(文法性の違い)
我々日本語の母語話者は(3a)(3b)が意味の違いはあるもののいずれも文法的であることを知っている。そして、(3a)(3b)とまったく同じように助詞「が」と「は」だけが違っている(3c)(3d)を聞くと、(3c)は文法的であるが、(3d)は非文法的であることも知っている。では、子どもはいかにしてこのような知識を得るのであろう。特に(3d)が非文であることをどのようにして知るのか。ここで重要なのは、子どもに与えられる言語データには(3d)のような非文が含まれていないという点である。つまり、子どもには、この文は非文であるという情報は与えられないのである。このことを、子どもに与えられる言語データには「否定証拠がない」という言い方を通常する。子どもに与えられる言語データがどのような特徴を持っているかについては特に1970年代に実証的研究が盛んに行われた[4]。その結果、子どもに与えられる言語データの大部分は文法的であることが明らかになった。ある研究によれば、大人が子どもに対して話した1500の発話のうち非文は1つだけだったと報告されている[5]。(3d)のような非文は子どもに与えられない。つまり、子どもはまわりから与えられる文はすべて文法的だと思って言語を獲得していく。文法的な文だけを与えられるにもかかわらず、言語を獲得すると、(3d)は非文法的であると即座に判断できるようになる。言い換えれば、子どもに与えられる言語データは量的に限られているばかりか、ある種のデータ(すなわち、ある文が非文法的であるというデータ)は一貫して与えられない。それにもかかわらず、最終的に(3a〜 c)は文法的であり、(3d)は非文法的であると即座に判断できる知識を獲得するのである。これは、子どもの脳/精神に何らかの言語に関する知識があらかじめ備わっているということを強く示唆するものと考えられる。(ちなみに、言語学者が言語理論を構築するときには、子どもの言語獲得とは対照的に非文に関する情報が非常に重要な働きをする。)
 次に、「子どもに与えられる言語データは量的に非常に限られている」ということを、日本語の受身文の獲得に関する研究から数値的に示す[6]。
㈪言語入力に現れる受身文の数は、子どもが受身文を獲得するのに充分か。
 日本語の受身文には、いくつかの種類があるが、ここでは、(4a)で示した直接受身文、(5a, 6a)で示した間接受身文、(7a)で示した所有受身文について見てみる。各例文中(b)文は、受身文(a)文の基底にあると考えられる能動文である。
(4) a. 太郎が花子にたたかれた。

b. 花子が太郎をたたいた。
(5) a. 太郎が花子に(大きな声で)歌を 唱われた。

b. 花子が(大きな声で)歌を唱った。
(6) a. 太郎が花子に死なれた。

b. 花子が死んだ。
(7) a. 太郎が花子に頭をたたかれた。

b. 花子が太郎の頭をたたいた。
 被験者は、日本語を母語とする男児2名(スミハレ(S児)およびタアチャン(T児))である。S児のデータは、野地氏が長男誕生直後から満6歳までの発話を速記で記録したものである[7]。T児のデータは、国立国語研究所の研究グループが、満1歳から満4歳まで毎月誕生日と同日に2時間、また誕生日には終日(12時間)録音したものである[8]。まず、2人の子どもの2歳から3歳11ヶ月のデータを調査し、受身文が初めて出てきた時期(初出の時期)を調査した。
Table 1
The ages of the first occurrences of passives in Sumihare's and Taa-tyan's speech during the period from 2;0 to 3;11

Direct Passive Possessive Passive Indirect Passive
Sumihare2;12;5-
Taa-tyan2;4-2;7
aThe symbol - shows no instance of a type of passive during the period under investigation.

初出の時期はTable 1に示した通りである。直接受動文、所有受動文、間接受動文の順に述べると、S児の場合、2歳1ヶ月、2歳5ヶ月、(調査期間内)未出であり、T児の場合、2歳4ヶ月、(調査期間内)未出、2歳7ヶ月であった。この結果を受け、初出の時期の前約1年間(一語期〜2語期・多語期にあたる1歳6ヶ月から2歳5ヶ月(1;6〜2;5))を調査期間とし、この期間内に大人がS児およびT児に話しかけた発話すべてを対象に、受身文がいつどのくらいの頻度で出てくるかを調査した。

Table 2
The frequency of passives in input directed to Sumihare and to the other people in the presence of Sumihare

Age To Sumihare To Others Total

Passive Utterances Passive Utterances Passive Utterances

1;6 0 (0) 98 0 4 0 (0) 102
1;7 0 (0) 114 0 3 0 (0) 117
1;8 0 (0) 117 0 2 0 (0) 119
1;9 0 (0) 106 1 9 1 (0.87) 115
1;10 1 (1.96) 51 0 3 1 (1.85) 54
1;11 1 (0.81) 124 0 11 1 (0.74) 135
2;0 0 (0) 105 0 7 0 (0) 112
2;1 2 (0.47) 423 0 62 2 (0.41) 485
2;2 1 (0.11) 932 0 67 1 (0.10) 999
2;3 0 (0) 377 1 31 1 (0.25) 408
2;4 0 (0) 503 1 47 1 (0.18) 550
2;5 1 (0.12) 805 0 86 1 (0.11) 891

Total 6 (0.16) 3755 3 332 9 (0.22) 4087

aThe figure in parentheses shows a percentage of passive sentences in the total of utterances observed in each age.

Table 3
The frequency of passives in input directed to Taa-tyan and to the other people in the presence of Taa-tyan

Age To Taa-tyan To Others Total

Passive Utterances Passive Utterances Passive Utterances

1;6 0 (0) 716 0 0 0 (0) 716
1;7 0 (0) 1363 0 1 0 (0) 1364
1;8 0 (0) 1218 0 0 0 (0) 1218
1;9 0 (0) 1314 0 6 0 (0) 1320
1;10 0 (0) 713 0 0 0 (0) 713
1;11 1 (0.16) 644 0 7 1 (0.15) 651
2;0 0 (0) 492 0 0 0 (0) 492
2;0 0 (0) 2837 0 13 0 (0) 2850
2;1 0 (0) 1281 0 0 0 (0) 1281
2;2 0 (0) 796 0 0 0 (0) 796
2;3 0 (0) 322 0 0 0 (0) 322
2;4 4 (1.21) 331 0 0 4 (1.21) 331
2;5 0 (0) 432 0 0 0 (0) 432

Total 5 (0.04) 12459 0 27 5 (0.04) 12486

aThe figure in parentheses shows a percentage of passive sentences in the total of utterances observed in each age.
bThe data enclosed by dotted lines are those audiorecorded about 12 hours on the second birthday.


Table 2およびTable 3はそれぞれS児およびT児に対し、調査期間内に大人が子どもに話しかけた発話総数と受身文の数を示している。S児に対する大人の発話総数は、3,755発話であり、そのうち受身文は6文(全発話の0.16%)であった。一方、T児に対する大人の発話総数は12,459発話で、そのうち受身文は5文(全発話の0.04%)であった。
 この結果からまず言語データに起こる受身文の数は極端に少ないことがわかる。さらに、子どもの面前で行われた大人同士の会話においても受身文の数は極めて少ないことがわかる。S児の場合、322発話中受身文は3文に過ぎず、T児の場合、27発話中に受身文はまったく現れていなかった。ここで、体系的に収集されたT児の場合に話を限ってみると、この結果は、月2時間の録音1年間分のデータに基づいている。いま1ヶ月のT児の起床時間が360時間(12時間×30日)だと仮定する。すると、上記数値は総起床時間の180分の1の値となる。すべて記録したと仮定して単純に計算すれば、1年間の受身文の数は5文×180 = 900文となる。これは、1日あたり2〜3文受身文を聞いたということになる。日本語の受身文の複雑な構造に関する知識を、与えられたデータだけから学習するにはあまりにも少ないと言わざるをえない。人間言語の文は階層構造をなしているとか、すべての句には主要部があるなど、多くの特徴をあらかじめ生得的に与えられていると考えざるをえない結果である。この結果でもう一つ興味深いのは、大人の使った受身文はすべて直接受動文であった点である。それにも関わらず、S児は、2歳5ヶ月から所有受動文を使っている。また、T児は、2歳7ヶ月から間接受動文を使っている。入力データにこのタイプの受動文がまったくない(もう少し正確にはほとんどない)のになぜ使えるようになるのか。この結果も、ヒトの脳/精神に何らかの言語に関する知識が生得に与えられていることを強く支持するものと考えられる。
 以上、言語獲得の事実からも、言語知識(言語機能の安定状態)に到達するには子どもに与えられる言語経験は充分ではないことが納得できるのではないかと思う。言語知識は必要なデータが十分に与えられなくても獲得される。したがって、言語知識はかなりの部分精神/脳の内部にあらかじめ与えられた言語に関する特性に依存していると考えられる。

3. 生成文法理論における「プラトンの問題」への回答

 次に、生成文法理論ではこの「プラトンの問題」にどのように答えようとしているのかを見てみよう。生成文法理論では、この言語版「プラトンの問題」を子どもに生得的に与えられている普遍文法と子どもが生後接する言語データの相互作用により説明しようとする。普遍文法とは人間の特性として生物学的に規定された、従ってすべての人間言語に共通してみられる人間言語に関する普遍的特性の集まりであり、可能な人間言語の範囲を規定するものととらえている。言いかえれば、あらゆる言語経験に先立ち子どもに遺伝的に与えられている言語知識の初期状態であると考える。すると、普遍文法は一方で、数千あるとされる、現存する、あるいは可能な個別文法の多様性を説明できるほど豊かでなければならない。他方、子どもが乏しい言語入力から生後数年という短期間に個別言語の文法(言語知識の安定状態)を獲得することを可能にするほど、すなわち、言語版「プラトンの問題」を解決するほど限定されていなければならないことになる。この普遍文法の基本的性格は、生成文法理論の初期から今日に至るまで不変であるが、その具体的内容は、初期の頃と最近(原理とパラメータの理論Principles and Parameters Theory, PP理論)とでは大きく異なっている。
 前節の冒頭で、生成文法以前の構造主義的言語学では、上記(i)の問に対する答えが「言語は習慣、傾向、能力(技能)を体系化したもの(a system of habits, dispositions and abilities)」であると述べた。また、この考えによれば、子どもは条件付け、訓練、習慣形成などにより言語を学習することになると述べた。それに対して、初期の生成文法では問(i)および問(ii)に対して以下のように答えている。
問(i)に対して: 言語は計算システム、すなわち、ある種の規則体系である。普遍文法は、人間言語の可能な規則とそれら規則間の可能な相互作用を規定するとともに評価の尺度(evaluation metric)を持っている。評価の尺度は、普遍文法の規定を満足する任意の規則体系が与えられると、その体系について計算することができ、最も高く評価された規則体系を選び出す働きを持つ。 問(ii)にたいして: この仮説によれば、子どもは普遍文法の規定を満足する規則体系の中から、与えられた言語入力に矛盾しない、評価の尺度によりもっとも高い評価を与えられた規則体系を獲得することになる。
 しかし、この初期の生成文法の考え方にも問題があった。この仮説では無限に多くの規則体系を規定するので可能な個別文法の多様性を説明するという点では問題ない。しかし、言語版「プラトンの問題」の観点から言えば、この仮説の妥当性は評価の尺度をいかに規定するかにかかっている。チョムスキーは、評価の尺度が与える値は規則体系によって十分な違いを示し、子どもが実際考慮するに値する規則体系はごく少数(うまくいけば一つ)に限られるのだと主張していた。しかし、生成文法理論の研究史において評価の尺度に関する実質的提案はほとんどなかったと言ってよい。評価の尺度の実質的な規定を伴わない限り、この初期の普遍文法が言語版「プラトンの問題」に答えられないことは明らかであろう。
 可能な個別文法の多様性の説明と「プラトンの問題」の解決に向けて次に提案された生成文法の理論が原理とパラメータの理論である。この理論では、問(i)および問(ii)に対する答えは以下のようになる。
問(i)に対して: 言語機能の初期状態はすべての人間言語に共通な原理の体系として規定されている。そしてこれらの原理の多くには少数の値を持つパラメータが組み込まれており、その値は言語経験により固定されると考える。パラメータの値を固定して得られる文法の体系は、個別言語の文法の中核的部分(すなわち、核文法(core grammar))を規定するものである。この仮説によれば、可能な文法の多様性は、パラメータの値の取り方の違いにより説明される。パラメータの数は有限であり、各パラメータは有限個の値(非常に少数、おそらくは二つ)を持つので、許される核文法の数は有限となる。初期の普遍文法が無限に多くの規則体系を許していたことと比べれば、最近の普遍文法の仮説は言語版「プラトンの問題」の解決に大きく近づくものと言えよう。
問(ii)に対して: 語彙の獲得を別にすれば、言語獲得は普遍文法の原理に組み込まれたパラメータの値を固定する過程と捉えることができる。
 このように言語獲得過程をとらえると、生成文法理論における言語獲得の研究は、語彙の獲得を別にすれば、大きく次の2種類になる。すなわち、パラメータの固定化に関する研究とすべての人間言語に共通する原理に関する研究である。

4. 研究例

4.1. パラメータの固定化:wh移動に関するパラメータについて

 まず、パラメータの固定化の研究例として、wh疑問文に関する研究を紹介する[9]。wh疑問文は、どの言語にもある構文のひとつとして知られているが、言語によって疑問詞(wh語と呼ぶ)の移動(これをwh移動と呼ぶ)があったりなかったりする。(8a)は英語の、そして(9)は日本語のwh疑問文の例である。(8a)中に現れている要素のt(trace、痕跡)は、wh語のwhatがもともとその場所にあったことを示している。そこにもともとあった要素がwhatと同一であることを示すために、whatとその痕跡には同じ指標(index)iが付されている。 (8b)は、英語ではwh語を文頭に移動しないと(エコー疑問文でない限り)非文になることを示している。
 
(8) a. Whati did John buy ti?

b. *John bought what?
(9) 太郎は 何を 買ったの?
(8)(9)の例からすぐわかるように英語では、wh移動があり、日本語ではwh移動がない。言い方を換えると、wh移動があるかないかは言語によりパラメータ化されていると言える。いまそのパラメータを角括弧でくくって示すことにすると以下のようになる。
パラメータ [wh-movement]
日本語:  [-wh-movement]
英語:   [+wh-movement]
 次に問題となるのは、では、wh移動というパラメータが、子どもが言語データに出会う前、すなわち言語機能の初期状態(子どもが生まれたときの脳の言語に関する状態)においてはどのような値かということである。可能性としては次の3つの場合が考えられる。第1の可能性では、パラメータ[wh-movement]の初期状態の値は、プラスでもマイナスでもない中立の値(無標の値、unmarked value)で、子どもが生後言語データに出会うと言語データの特性によりプラスになったりマイナスになったりする。第2は、初期状態の値はプラスであるという可能性であり、第3は、最初の値はマイナスであるという可能性である。これら3つの可能性に対応して、子どものパラメータ[wh-movement]の固定化に関して、ひいてはwh疑問文の獲得に関して次の3つの予測が出てくる。
予測1: 中立の値なら、日本語でも英語でも同時期にwh疑問文が獲得される。
予測2: [+wh-movement]が最初の値なら、wh疑問文は英語で先に獲得される。
予測3: [-wh-movement]が最初の値なら、wh疑問文は日本語で先に獲得される。
 以上の問題設定の下、日本語を母語とする子どもと英語を母語とする子どもがwh疑問文を使うこと(production、産出)ができるようになる時期はいつか、理解できる(comprehension、理解)ようになる時期はいつかという産出と理解の両側面から調査を行った。結果は、wh疑問文を産出し理解できるようになる時期は、日本語を母語とする子どもの場合1歳11ヶ月、英語を母語とする子どもの場合2歳2ヶ月であった。つまり、予測3が正しいことを示唆する結果が得られた。この結果より、wh疑問文の獲得に関して、㈰パラメータ[wh-movement] について[-wh-movement]が最初の値(無標の値)である、㈪英語の母語話者では2歳2ヶ月頃[+wh-movement]にリセットされる。㈫リセットの引き金になる言語データは、wh語が文頭にくるwh疑問文であるということが言えよう。(ここで、一言付け加えたい。英語の場合、パラメータ[wh-movement]の最初の値が[-wh-movement]で、獲得のある段階で[+wh-movement]にリセットされるという獲得の図が正しいとすれば、[+wh-movement]にリセットされる前の段階では、(8b)のような大人の文法では非文とされる文が産出されるはずである。しかし、実際には英語を母語とする子どもが(8b)のような文を産出しないことがよく知られている[10, 11]。では、上述の結論は間違いであろうか。そうではないと思われる。大人と同じwh疑問文が出てこない時期([-wh-movement]の段階と思われる時期)、英語を母語とする子どもは、wh疑問文はwhatat's that?のような定式表現(formulaic expressions)しか産出できない。また、大人が子どもに話しかけるwh疑問文の理解ができない[12]。このことは、与えられる言語データが、子どもが生得的に持つ [-wh-movement]の値に合わないので、パラメータの値をリセットするまでは、wh疑問文を使いこなすことができないことを示していると考えられる。つまり、[-wh-movement]の段階では、wh疑問文を産出したり理解したりすることができないので、当然wh移動をしない(8b)のようなwh疑問文も出てこないと考えられる。)

4.2. すべての人間言語に共通な原理に関する研究例:構造依存性について

 構造依存性(structure dependency)は、生成文法理論において提案された普遍文法の原理の一つで、すべての言語の文法操作は抽象的な句構造(phrase structure)に基づいて定義される、すなわち、文法操作は構造に依存しているという特性を述べた原理である[13]。たとえば、英語のyes/no疑問文を作る主語・助動詞倒置規則(Subject-Aux Inversion)は、(10)、(11)のような文を扱う限りは、(12)のように「構造に依存しない規則(structure-independent rule)」としても、(13)のように「構造に依存した規則(structure-dependent rule)」としても述べることが可能である。
(10) a. The man is tall.

b. Is the man tall?
(11) a. The book is on the table.

b. Is the book on the table?
(12) 構造に依存しない規則

1番目のisを文頭に移動せよ。
(13) 構造に依存した規則

主節の主語とその主語の直後に現れた助動詞(is)を入れ替えよ。
(12)は、単語の直線的順序にだけ基づいた、構造に依存しない規則である。一方、(13)は、「主節」や「主語」や「助動詞」のような抽象的な句構造に基づいて定義される概念を使った、構造に依存した規則である。計算(computation)上から言えば、直線的順序にのみ基づいた操作の方が簡単であるので、(13)より(12)の方が簡単な規則と言える。次に文(14)を見てみよう。(文に付した[ ]は、主節の主語を示している。)
(14)
[The man who is1 tall] is2 in the room.
(15) a. *Is1 the man who tall is2 in the room?(構造に依存しない規則(12)を適用)

b.Is2 the man who is1 tall in the room?(構造に依存した規則(13)を適用)
(14)はisを二つ含んだ文である(二つのisには区別するため数字を付してある)。この文に(12)を適用すると、「一番目のis」はis1<であるので、is1を文頭に移動し(15a)が得られる。しかし、(15a)は非文である。一方、(13)を適用すると、(14)の「主節の主語([ ]で示してある)の直後のis」はis2であるので、is2を主節の主語と入れ替え(15b)が得られる。(15b)は文法的なので、構造に依存した規則の方が正しいことがわかる。では、子どもは(13)のような規則をどのようにして獲得するのであろう。もし子どもが言語データだけから学習するとすれば、言語獲得の初期に子どもに与えられる文は、長さも短く構造も単純であるのだから、また規則として(12)の方が(13)より簡単であるのだから、まず(12)のような構造に依存しない規則を獲得すると考えるのが自然であろう。これが正しいならば、子どもは、(14)のような複雑な文に出会ったとき、(15a)のような間違いをおかすはずである。しかし、チョムスキーは次のように言う。子どもは、実際多くの間違いをおかすが、(15a)のような間違いは絶対しない。なぜならば、構造依存性という制約が生得的に与えられているので、子どもは、(12)のような規則を許されない操作としてはじめから考慮しないからである。
 この構造依存性の生得性を実験的に立証しようとした研究がある[14]。実験は、主語・助動詞倒置規則を獲得してはいるが、(14)のような複雑な文に適用したことはないと思われる3歳から5歳の子ども30名を対象に誘導生成(elicited production)という実験手法を用いて行われた。テスト文は、(14)のような主語に関係節を含む文で、それをyes/no疑問文にすることができるかどうかが調べられた。実験者は子どもをジャバ(Jabba)という名前の人形に紹介し、 _Ask Jabba if X._と言う。Xにはテスト文が入り、たとえば、 _Ask Jabba if the boy who is watching Mickey Mouse is happy._という指示になる。すなわち、子どもは、Xの部分をyes/no疑問文の形にすることが求められることになる。その結果、反応の40%が適格でないことが見出された。
(16) a. *Is the boy who is being kissed by his mother is happy?

b. *Is the boy that is watching Mickey Mouse,is he happy?
(17)
*Is the boy that watching Mickey Mouse is happy?
生じた間違いを詳しく検討すると、興味深いことに、間違いはすべて、余分の助動詞を含んだもの(たとえば、(16a)では文頭のisが余分に起こっている)か、適格な疑問文を言い始め、途中で代名詞を含んだもう一つの疑問文に言い直す間違い(たとえば、(16b))のいずれかであった。(17)のような間違い、すなわち、子どもが構造に依存しない規則を使えば出てくると予測された間違いは一つも生じなかったのである。このことは、この年齢の子どもが、明らかに構造に依存した規則を用いていることを示している。この実験の結果は、構造依存性が普遍文法の原理の1つであることを強く示唆するものと言えよう。

5. 結論

 以上、生成文法理論において言語の獲得がどのように捉えられ、その考え方に従うとどのような研究が可能かについて述べた。言語は人間の日常生活のあらゆる場面で使われ、なくてはならないものであり、古くから人間の関心の的になってきた。一方で、言語は我々人間にとって空気のように当たり前のものであり、言語については何でも知っていると錯覚し、言語について取り立てて研究する必要はない、ましてや言語が科学的研究の対象になるとは思いもしないというのが一般的な言語研究に対する見方ではないだろうか[15]。それに対して、チョムスキーは、言語は人間の精神・脳の内部に存在する自律的で固有な部門(言語機能)であるという仮定の下、言語を科学的研究の対象とした。その研究方法が科学的であるゆえに、心理学、計算機科学、脳科学、生物学など多くの他分野の研究者の興味を引くようになった。そして、1950年代にチョムスキーが生成文法理論をはじめて提唱して以来、約半世紀にわたる理論の発展の過程で、生成文法以前には考えられなかった多くの面白い成果が蓄積されてきている。その結果、たとえば、生命の起原と進化学会の会員にとっても興味深い言語の起源も学際的研究トピックの一つとして具体的にその研究プログラムが提案されるようになった[16]。生成文法と他分野が協力し新たな学際領域を創造し、これまで考えもしなかった面白い研究が進められ、興味深い成果がどんどん出てくることを期待したい。

References

1. Chomsky, N. Reflections on language, The MIT Press, Cambridge, Mass., 1975. 2. 福井直樹 「極小モデルの展開 言語の説明理論をめざして」『生成文法』 岩波書店、東京、163-164, 1998.
3. Chomsky, N. Knowledge of language, Praeger, New York, 1986.
4. Snow, C. Motherユs speech to children learning language. Child Development 43, 549-565 (1972).
5. Newport, E. L., Gleitman, H. and Gleitman. L. Mother, I'd rather do it myself: Some effects and non-effects of maternal speech style. In Talking to children: Language input and acquisition, ed. Snow, C. and Ferguson, C. A. Cambridge University Press, Cambridge, 1977.
6. Harada, K. I. and Furuta. T. On the frequency of Japanese passives in the input to the child: Its implications to language acquisition. Grant-in-aid for COE research report (4) (No. 08CE1001), 499-508 (2000).
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12. Klima, E. S. and Bellugi. U. Syntactic regularities in the speech of children. In Psycholinguistics papers, Lyons J. and Wales, R. J. Ed., Edinburgh University Press, Edinburgh, pp. 183-207, 1966.
13. Chomsky, N. Problems of knowledge and freedom, Pantheon Books, New York, 1971. 14. Crain S. and Nakayama, M. Structure dependence in grammar formation, Language 63, 522-543 (1986).
15. 福井直樹 『自然科学としての言語学 生成文法とは何か』大修館書店、東京、2001.
16. Hauser, M. D., Chomsky, N. and Fitch, W. T. The faculty of language: What is it, who has it, and how did it evolve? Science 298, 1569-1579 (2002).

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