CHEMICAL EVOLUTION OF RNA MONOMERS AND RNA POLYMERASES: IMPLICATIONS FROM SEARCH FOR THE PREBIOTIC PATHWAY OF FORMATION OF RNA FROM ADENOSINE 5'-TRIPHOSPHATE IN THE PRESENCE OF THERMAL CONDENSATION PRODUCTS OF AMINO ACIDS AS PRIMITIVE ENZYMES

Kunio Kawamura*, Kazuhiro Kuranoue and Masatosi Umehara

Department of Applied Chemistry, Graduate School of Engineering, Osaka prefecture University
Sakai, Osaka 599-8531, Japan
Email: kawamura@chem.osakafu-u.ac.jp

(Received 25 June 2002, Accepted 3 July 2002)

(Abstract)

As a systematic investigation of the prebiotic formation pathway of ribonucleic acids, it has been studied whether oligoadenylic acid (oligo(A)) spontaneously forms or not from adenosine 5'-triphosphate (ATP) in the presence of peptide or thermal condensation products of amino acids (TCAA). Possibility of the spontaneous formation of oligo(A) in the presence of dipeptides, 2 polypeptides, or several types of TCAA was studied on the basis of analyses and kinetics of the reaction products. Conclusively, oligo(A) was not detected from ATP even in the presence of peptides or TCAA. Some types of TCAA somewhat catalyzed the hydrolysis of ATP. These facts indicate that simple TCAA just composed from a prebiotically plausible mixture of amino acids hardly possessed catalytic ability for the formation of RNA from ATP under the primitive earth conditions. To inspect the reason, chemical differences of nucleoside 5'-triphosphate (NTP), nucleoside 5'-diphosphate (NDP), and nucleoside 5'-monophosphorimidazolide (ImpN) were compared and the mechanism of condensation of activated monomers was discussed. On the basis of these considerations, it is expected that NTP was not served as a monomer for the formation of RNA unless proficient catalytic ability had emerged within prebiotic enyzmes. In addition, chemical evolution of RNA was classified into 3 stages, which correspond to the 3 types of prebiotic and/or modern RNA polymerases, and the roles of ImpN and NTP were estimated and a scenario for chemical evolution of RNA and RNA polymerase was discussed.
(Keyword) chemical evolution of RNA monomer, chemical evolution of RNA polymerase, activated nucleotide, nucleoside 5'-triphosphate, nucleoside 5'-phophorimidazolide, thermal condensation product of amino acids, peptide, RNA world

RNAモノマーとRNAポリメラーゼの化学進化:
アミノ酸熱重合物を原始酵素として用いるヌクレオシド5'-三リン酸からのRNAの非生物的生成経路の探索に基づく推測

川村邦男*,蔵之上和博,梅原雅俊

大阪府立大学大学院工学研究科 物質系専攻 応用化学分野
〒599-8531大阪府堺市学園町1-1

要旨

リボ核酸(RNA)の原始的な生成経路を明らかにする研究の一環として,ペプチドやアミノ酸熱重合物を触媒としてアデノシン5'-三リン酸(ATP)からオリゴアデニル酸(oligo(A))が自発的に生成するかどうかを調べた.3種類のジペプチド,2種類のポリペプチド,および種々のアミノ酸熱重合物の共存下で表記の反応が進行するかどうかを分析的,速度論的に解析した.結果として,これらのペプチド類あるいはアミノ酸熱重合物の共存下ではATPからはoligo(A)は生成しなかった.また,いくつかのアミノ酸熱重合物はATPの加水分解反応を2倍以上促進した.この事実は,無秩序なアミノ酸熱重合物はATPからRNAが生成する反応の触媒とは原始地球環境下でもなりにくかったことを示している.その理由を考察するために,活性化ヌクレオチドとしてのヌクレオシド5'-三リン酸(NTP),ヌクレオシド5'-二リン酸(NDP),およびヌクレオシド5'-リン酸イミダゾリド(ImpN)の平衡論的および速度論的な性質の違いを比較し,重合反応の機構を考察した.以上の結果からは, NTPがRNAの原料モノマーとして利用されるためには高度な触媒作用が出現することが必要であったと推定される.また,RNAの生成様式を化学進化の過程に対応して3段階に分類し,ImpN,NTP,およびNDPの化学進化上の役割を推定してRNAおよびRNAポリメラーゼの化学進化のシナリオを描いた.

1.緒言

RNAワールド仮説は遺伝情報と酵素の起原を解く鍵であり,生命の起原に関する重要な仮説である[1].ところが,RNAワールド仮説にはいろいろな難点がある.その1つとして,RNAが生成する経路が明らかでないことがあげられる.例えばタンパク質のような物質は,模擬原始大気→アミノ酸→アミノ酸熱重合物という経路で比較的簡単に生成したことが,おおむね確かめられてきた.ところが,核酸の生成経路はタンパク質に比べて疑問な点が多い.核酸塩基についてみると,妥当な量の塩基が生成する条件が最近の研究によって明らかになってきた[2].しかし,リボースの生成,リボース→ヌクレオシド,ヌクレオシド→ヌクレオチド,ヌクレオチド→オリゴまたはポリヌクレオチドの経路のいずれもが,タンパク質状物質のように簡単に進行しない.
現在の生体中ではRNAはDNAを鋳型としNTPを原料として生成する.もちろん酵素の働きなくしてこの反応は進まない.ここでNTPは一種の活性化ヌクレオチドであるが,これらからRNAが効率よく生成する前生物的な経路は見つかっていない.解決案として,ヌクレオチドのリン酸基をイミダゾールなどで活性化したリン酸イミダゾリド(ImpN)が,RNAを生成するモノマーの候補として研究されてきた[3-6].代表的な活性化ヌクレオチドを用いるRNAの生成反応が化学進化的あるいは生化学的に進行するかどうかをまとめたものをTable 1に示す.ここで,ImpNはNTPやヌクレオシド5'-二リン酸(NDP)などから生成することも確かめられている[7].また,縮合剤を用いてリン酸ジエステル結合を生成する経路についても研究が行われてきた.しかし,現在の生体中で利用されていないImpNがなぜ化学進化の過程で用いられたのか,あるいはNTPやNDPは本当に利用できなかったのか,については十分考察がなされるべきである.そのため本研究では,化学進化から現在の生物に至るRNAの生成様式を3つの段階に分類して,これに対応する化学進化過程において各活性化ヌクレオチドモノマーがどのような役割をはたしたかについて考察した.
Table 1. Activated nucleotides as prebiotic and/or modern biochemical monomers for the formation of RNA.

nucleotide monomers
spontaneous formation
template-directed reaction
biochemical formation
ImpN


with metal ions [4] with clay [5]
without catalysts with Zn2+, Pb2+ [3]
not possible


NTP

???

???

with RNA polymerase
NDP

???

???

with polynucleotide phosphorylase

 一方,これまで核酸の化学進化を単独で調べた研究は多かったが,タンパク質との協同効果を調べたり核酸とタンパク質の化学進化過程を並行的に研究した例はほとんどなかった.しかし,現在の生体中での核酸とタンパク質との役割をみれば,これらは相互に関連しながら化学進化したと考える方が妥当であろう.またRNAの化学進化ついても触媒(酵素)の発展過程にそって考察すべきである.このような背景に立って,著者らは活性化ヌクレオチドを用いる鋳型指示反応(TD反応)に対してアミノ酸熱重合物がどのような影響を与えるかを調べた.その結果,ヒスチジンを含むアミノ酸熱重合物がTD反応を阻害すること,また,別のアミノ酸熱重合物はTD反応の過程でピロリン酸結合を生成する機能を持っていることを見いだした[8].さらにこれらの研究と並んで, ATPなどを原料としてRNAが生成するかどうかについて探索を行ってきた.結果としてRNAがNTPから前生物的に生成する経路は見つからなかったが,この事実は,無秩序なアミノ酸熱重合物はNTPからRNAが生成する反応の触媒とはなりにくかった可能性が高いことを示唆している.この論文ではこれらの探索の結果と過去における関連する研究に基づいて,ImpNの原始RNAモノマーとしての位置づけとNTPがRNAの原料として適当でなかったかのかどうか,ならびにこれらのモノマーを用いるRNAポリメラーゼの化学進化について考察する.

2. 実験

2−1 試薬

 ATPはシグマ社製,アミノ酸はペプチド研究所製または和光純薬製を用いた.その他の試薬は,特級品を用いた.

2−2 タンパク質状物質の調製

アミノ酸熱重合物1:プロテイノイドの調製法に準じて,水を加えずに又は微量加えて調製した[9].
①(a)Gly, (b)Asp, (c)Glu, を1 mmolづつ単独で,あるいは(d)GlyおよびAsp, (e)GlyおよびGlu, (f)AspおよびGlu,を1 mmolづつ混合したものをテフロン内容器を持つステンレス製反応器(SUS製反応器)に入れ,180℃,2 h 加熱した.それぞれPro-I-1(a),-1(b),-1(c), -1(d), -1(e),および-1(f)と略す.
②(g)Gly, Ala, Val, Asp, Gluあるいは(h)Gly, Ala, Val, Asp, Glu, Cyc 0.5 mmolづつを混合したものをSUS製反応器に入れ180℃,6 h 加熱した.それぞれPro-I-2(g),-2(h)と略す.
③Glu,Lys,Aspを各5mmolとGly,Ser,His,Cys各0.5mmolをとり,よく混合した後,SUS製反応器にいれた.試料中の空気は窒素によって置換し,180℃で2時間加熱した.反応後この試料を6.8mLの蒸留水に溶かした.この溶液のアミノ酸のモノマーあたりの濃度の計算値は2.5 Mである.Pro-I-3と略す.③については,サイズ排除クロマトグラフィーで分子量を調べた.
④Glu,Lys,Aspを各0.5mmolとGly,Ser,His,Cys各0.05mmolをSUS製反応器ににとり,33μLの0.1 Mの金属イオン溶液を加え,180℃で2時間加熱した.金属イオンの溶液は,MgCl2, CaCl2, NiCl2, CuCl2, FeCl2, CoCl2, Zn(NO3)2, MnCl2, AlCl2, あるいはFeSO4(NH4)2SO4のうちの1種類を加えた.反応後この試料を1mLの蒸留水に溶かした.この溶液のアミノ酸のモノマーあたりの濃度の計算値は1.7 Mである.Pro-I-4と略し,金属イオンの種類をかっこ内に示す(例えばMgの場合はPro-I-4(Mg)).

アミノ酸熱重合物2:マリグラヌールの調製法に準じ,アミノ酸を高温水溶液中で反応させて調製した[10].ただし反応容器としてテフロン容器を用いた.
①アミノ酸としてGly, Ala, Val, Asp, Glu を各0.1 M,他の必須アミノ酸を0.01 M,金属塩類として,NaCl, MgCl2, KCl, CaCl2を各0.2 M,NaH2PO4, NaHCO3を各0.01 M,さらにZn(NO3) 2, CuCl2, MnCl2, NiCl2, AlCl2, FeSO4 (NH3) 2SO4, CoCl2, PbCl2, H2MoO4を各0.1 mM含む溶液(pH=6.6)を50 mL調製した.これをSUS反応器に入れ,1 h窒素を通気した後,250℃で12 h反応させた.生成物は上澄み,油状物,および沈殿に分けた.それぞれPro-II-1(sup),-1(oil),-1(pre)と略す.
②アミノ酸としてGly, Ala, Val, Asp を各0.1M,金属塩類としてNaCl, MgCl2, KCl, CaCl2を各0.2 M含む溶液(pH=6.6)を50 mL調製した.これをSUS製反応器に入れ,20 min 窒素を通気した後,250℃で24 h反応させた.生成物は上澄みと沈殿に分けた.それぞれPro-II-2(sup),-2(pre)と略す.
③アミノ酸としてGly, Ala, Val, Asp を各0.1 M,金属塩類としてNaHCO3, MgCl2, KCl, CaCl2を各0.2 M含む溶液(pH=6.6)を50 mL調製した.これをSUS製反応器に入れ,20 min 窒素を通気した後,250℃で24 h反応させた.生成物は,上澄みと沈殿に分けた.それぞれPro-II-3(sup),-3(pre)と略す.

2−3 反応操作と生成物の分析

所定濃度のATP,NaCl,MgCl2およびイミダゾールを含む1 mLの溶液を調製し,内容積1.5 mLのプラスチックバイアルに入れ,恒温に保ったブロックヒータ上で所定時間反応させた.このとき,金属イオン,アミノ酸,ペプチド,あるいはタンパク質状物質を所定濃度加え触媒作用の有無を調べた.そのため反応溶液を定期的に採取し,内容物を高速液体クロマトグラフィー(HPLC)は島津製作所製(LC-10A))で,キャピラリー電気泳動法(CE)は日本分光製(CE-971-UV))の装置を用いて分析した.以下に分析法について述べる.
HPLC法1:逆相分配カラムODS-2(150 mm×4.6 mmφ,GL-サイエンス社)に,溶離液としてA(5 mM, 臭化テトラブチルアンモニウム(TBABr),20 mM NaH2PO4, pH = 3.5)およびB(5 mM, 臭化テトラブチルアンモニウム(TBABr),20 mM NaH2PO4, pH = 3.5,60% メタノール)を用い,溶離液Bの割合が20%(t = 0 min)から70%(t = 35 min)となる直線グラジエントで分析した.流速1.0 mL/min,カラム温度35℃,260 nmで吸光検出した.
HPLC法2:逆相分配カラム(Capcell pack C18,資生堂)に,溶離液としてA(0.1 M NH4OAc, pH = 7.2)およびB(0.1 M NH4OAc, pH = 7.2,40% メタノール)を用い,溶離液Bの割合が10%(t = 0 min),30%(t = 20 min),100%(t = 60 min)となる直線グラジエントを用いた.
HPLC法3(GPC):ゲルろ過カラム(TSKgel G2000SWXL)に溶離液として0.05 M NaH2PO4および0.3 M NaCl(pH=7.0)を含む溶液を用いて保持時間を測定し,マーカータンパク質を用いて分子量を推定した.
CE法:外径375μm,内径50μm,全長75.0 cm,有効長61.5cmの不活性シリカキャピラリーを用いた.泳動溶液は0.05 Mドデシル硫酸ナトリウム,0.02 M NaH2PO4(pH=8.0)を含む溶液を用いた.前もって,圧力差2000 mbarで0.2 M NaClで1分間,蒸留水で1分間,泳動溶液で3分間洗浄し,泳動溶液を用いて15 kVで予備泳動した.試料を圧力差25 mbarで0.2分間注入し,泳動は15 kV,40℃で30 min以上行い,260 nmで吸光検出した.

2−4 MOPACによる活性化ヌクレオチドの生成熱の計算

 CACheシステムによるMOPAC(version 94)を用いてiMac(OS8.5)上でImpA,ATP,およびADPの生成熱を計算した.参考としてそれらのヌクレオシド部分を-CH3基に変えた化合物について調べた.計算に際してPM3法 (Modified Neglect of Diatomic Overlap, Parametric Method 3) を用い溶媒をH2Oとしてその効果を考慮した.各成分の生成熱から加水分解によるエンタルピー変化を求めた.

3. 結果および考察

3−1 RNAの原料モノマーとしてのATP

 本研究ではRNAの原料モノマーとしてATPを用いて,オリゴマーが生成する反応を探索した.ATPを用いた理由と,その他の反応条件を選んだ理由は以下の通りである.
①ATPはRNAの原料モノマーであるだけでなく,高エネルギーリン酸化合物として生体中で重要な役割を果たしている.この点でATPは他の塩基を含むモノマーよりも重要なので,ATPをNTPの代表として用いた.
②過去の研究から,NTPからイミダゾール存在下でImpNが生成し得ることが確かめられている[7].さらに,種々の触媒共存下でImpNからオリゴヌクレオチドが生成する.これらの経路を経てRNAが生成する可能性を期待して,イミダゾール共存下で探索を行った.
③現存の生物ではNDPから鋳型なしにRNAが生成する反応を触媒する酵素(polynucleotide phosphorylase (PNPase))が存在する.本実験条件下ではATPは逐次加水分解してATP→アデノシン5'-二リン酸(ADP)→アデノシン5'-一リン酸(AMP)→アデノシン→アデニン→ヒポキサンチンへと分解することが分かっている[11].仮にペプチド類やタンパク質状物質がPNPase様の機能を持っていればRNAが生成し得る.すなわちATPをモノマーとしてRNAが生成する反応を調べる過程では,ATPの加水分解によってADPが生じるので,ADPが十分生成する条件で探索を行えばADPからRNAが生成する場合もこの実験で検出できることになる.

3−2 ペプチド共存下でのATPからのオリゴヌクレオチドの生成反応の探索

3種類のジペプチドおよび2種類のポリペプチド存在下で,ATPを80 ℃で加熱したときの生成物をHPLCで分析し反応曲線を得た.さらに金属イオンを共存させた場合の効果を調べた.ここでオリゴヌクレオチドが生成すると,HPLC法1では溶出時間3.6 min以降に,HPLC法2では10 min 以降(保持時間,2-mer: 10.2および12.1 min,3-mer: 17.1および19.3 min)にピークが出現する.本研究で試したペプチド類と金属イオンの共存下の全ての場合について,オリゴヌクレオチドの生成は認められなかった.またジペプチド共存下でATPからの逐次加水分解を追跡し,そのときのATPの減少の見かけの速度定数を計算したがペプチドの有無による差は小さかった(Table 2).一方,金属イオンの共存下で反応時間2 hおよび24 h後の生成物中の成分を調べた(Fig. 1).反応時間2 hの時,ATPの残存量は50%以上で,残りはADPとAMPであった.24 hではADPとAMPが主生成物であったが,これらの条件下ではペプチドと金属イオンとが共存することによる目立った影響は認められなかった.また,24 hでは,金属イオンやペプチドを加えていない場合を含むほとんどの場合で沈殿が生成した.これはATPが加水分解して生成したリン酸がMg(II)と反応してリン酸マグネシウム塩(溶解度0.02 g/100 g H20 [12])を生成したためだと考えられる.また,反応時間24 hでは,金属イオン非共存下でgly-leuまたはpoly-glu存在下の場合,Cr(III)とgly-leu共存下の場合,Co(II)とpoly-lys共存下の場合,Zn(II)とpoly-glu共存下の場合,HPLC上に現れるピークの総面積が半分以下に減少した.これはリン酸マグネシウムの沈殿に対してヌクレオチド類が吸着したためだと推定される.
Figure 1. Influence of dipeptide and polypeptide with several metal ions on the 5'-ATP hydrolysis. [5'-ATP] = 0.05 M, [NaCl] = [MgCl2] = 0.1 M, [imidazole] = 0.05 M, [metal ion] = 0.0025 M, [peptide] = 0.05 M (amino acid unit), initial pH = 7.0, 80 oC.



Table 2. The rate constants of the hydrolysis of adenosine 5'-triphosphate in the presence of dipeptides.
peptides
rate constants / s-1
none
8.4 × 10-5
gly-leu
7.7 × 10-5
leu-gly
8.4 × 10-5
gly-phe
7.8 × 10-5
Conditions: [ATP] = 0.05 M, [NaCl] = [MgCl2] = 0.1 M, [Imidazole] = 0.05 M, [peptide] = 0.05 M, pH = 7.0, 80 oC.


3−3 アミノ酸熱重合物共存下でのATPからのオリゴヌクレオチドの生成反応の探索

アミノ酸類が色々な方法で熱重合することは,すでに詳しく調べられている[9,10].アミノ酸熱重合物2中①〜③は,反応後茶褐色となり,溶液中には油状の成分と無機塩状の沈殿が生成した.それぞれを採取して水に対する溶解性を調べたが,油状のものと無機塩状のものは再溶解しなかった.油状の物質はアミノ酸が熱重合して生成した成分で,沈殿は難溶性無機塩を含む成分であると考えられる.一方,プロテイノイドを作る方法に準じて調製した熱重合物は茶褐色で水によく溶けた.またアミノ酸熱重合物1および2の紫外可視吸収スペクトルを測定した結果,200〜220 nmに原料アミノ酸の混合物にはない吸収帯が生成しこの吸収帯はポリグルタミン酸にもみられることから,重合反応がおこったことを示している.また,アミノ酸熱重合物1中の③および⑤についてゲルろ過HPLCで分子量を推定したところ,Pro-I-3で2200〜8800の範囲の生成物を含むことが分かった.以上の結果から,アミノ酸はこれらの条件下で重合したものと見なすことができる.アミノ酸の組成としてgly,ala,val,asp,gluなどを主成分として含むものについて多く検討したが,①アミノ酸熱重合物が生成しやすいこと[9],②原始的なタンパク質はこれらのアミノ酸から主に構成されていたと推定されること[13]を考慮したためである.
以上の方法で得たアミノ酸熱重合物を共存して,ATPを活性化モノマーとして用いてオリゴマーが生成するかどうかについて調べた. Pro-II-1(sup),-1(oil),-1(pre),Pro-II-2(sup),-2(pre),Pro-II-3(sup),-3(pre),Pro-I-2(g),-2(h),Pro-I-3,およびPro-I-4についてATPの反応に対する効果を調べた. Pro-I-3については,ATPに対して1/50の金属イオンを添加してその影響を調べた. HPLC法1および2,およびCE法で反応生成物を追跡したが,本研究で調製した全てのアミノ酸熱重合物の場合について,ATPの加水分解だけが起こりオリゴマーは検出されなかった.これらの反応生成物を分析した結果の例をFig. 2に示す.本実験条件下ではADPもATPから逐次生成するので,ADPを通じてRNAが生成する経路も働かなかったことを示している.ここで,ATPの加水分解反応にアミノ酸熱重合物が若干影響を与えたので,ATPの減少の見かけの速度定数を計算してその影響を比較した.各条件下で測定した速度定数をTable 3に示す.この中で,Pro-II類の共存下では最大2倍以上ATPの加水分解が促進された.またPro-I類ではほとんど影響がなかったが,Feの共存下で若干反応が促進された.
Figure 2a. CE charts for search of possible role of thermal condensation products of amino acids for oligmerization of 5'-ATP. [ATP] = 0.05 M, [NaCl] = [MgCl2] = 0.1 M, [imidazole] = 0.05 M, 0.1 mL of Pro-II-1(sup) was added into a 1 mL sample, pH = 7.0, 80 oC. Figure 2b. HPLC charts for search of possible role of thermal condensation products of amino acids for oligmerization of 5'-ATP. [ATP] = 0.05 M, [NaCl] = [MgCl2] = 0.1 M, [imidazole] = 0.05 M, 0.04 g of Pro-I-2(h) was added into a 1 mL sample, pH = 7.0, 37 oC. HPLC method 1 was used for analysis.



Table 3. The rate constants of hydrolysis of ATP in the presence of thermal condensation products of amino acids.
a
 
b
 
c
 
TCAA
rate constants / s-1
TCAA
rate constants / s-1
TCAA
rate constants / s-1
none
4.9 × 10-7
none
4.9 × 10-7
none
4.9 × 10-7
Pro-II-1(sup)
7.0 × 10-7
Pro-I-3
5.1 × 10-7
Pro-I-4
5.1 × 10-7
Pro-II-1(oil)
11.9 × 10-7
Pro-I-3 + Ca(II)
4.6 × 10-7
Pro-I-4 (Ca(II))
4.9 × 10-7
Pro-II-1(pre)
8.7 × 10-7
Pro-I-3 + Mn(II)
4.6 × 10-7
Pro-I-4 (Mn(II))
5.2 × 10-7
Pro-II-2(pre)
13.6 × 10-7
Pro-I-3 + Fe(II)
5.1 × 10-7
Pro-I-4 (Fe(II))
5.6 × 10-7
Pro-II-3(pre)
11.3 × 10-7
Pro-I-3 + Fe(III)
5.3 × 10-7
Pro-I-4 (Fe(III))
5.6 × 10-7
Pro-I-2(g)
5.1 × 10-7
Pro-I-3 + Co(II)
5.0 × 10-7
Pro-I-4 (Co(II))
4.8 × 10-7
Pro-I-2(h)
5.8 × 10-7
Pro-I-3 + Ni(II)
5.3 × 10-7
Pro-I-4 (Ni(II))
4.8 × 10-7


Pro-I-3 + Cu(II)
4.9 × 10-7
Pro-I-4 (Cu(II))
4.9 × 10-7


Pro-I-3 + Zn(II)
5.1 × 10-7
Pro-I-4 (Zn(II))
4.8 × 10-7


Pro-I-3 + Al(II)
5.3 × 10-7
Pro-I-4 (Al(II))
5.1 × 10-7


Pro-I-3 + Mo(VI)
4.9 × 10-7




Pro-I-3 + Pb(II)
5.0 × 10-7


Conditions: [ATP] = 0.05 M, [NaCl] = [MgCl2] = 0.1 M, [Imidazole] = 0.05 M, [thermal condensation product of amino acids (TCAA)] = 0.5 M (as input amino acid monomer unit), pH = 7.0, 37 oC.
a Pro-II-1, -2, and ミ3 were prepared by a method for mariguranule [10] and Pro-I was prepared by a method for proteinoid [9]. For Pro-II, products were separated into supernatant, oil-like portion, and precipitate. TCAA was added to search for possible formation of oligoadenylates and monitor the hydrolysis of ATP. Amounts of TCAA added within a 1 mL sample solution were 0.3 mL for Pro-II-1(sup), 0.03 g for Pro-II-1(oil), 0.1 g for Pro-II-1(pre), -2(pre), and -3(pre), 0.04 g for pro-I-2(g) and -2(h), respectively.
b Pro-I-3s were prepared from a mixture of 0.5 mmol L-glu, L-lys, L-asp and 0.05 mmol L-gly, L-ser, L-his, and L-cys by thermal condensation without water. Metal ions (1 mM) were added to enhance the role of TCAA for the oligomerization of ATP.
cPro-I-4s were prepared from a mixture of 0.5 mmol L-glu, L-lys, L-asp and 0.05 mmol L-gly, L-ser, L-his, and L-cys, and 0.033 mL of 0.1 M metal salt solution by thermal condensation. The corresponding concentration of metal ions in the reaction mixture for ATP hydrolysis was 1 mM.


 この探索実験で加えたアミノ酸熱重合物の濃度はアミノ酸モノマー単位として0.5 M程度であり,かなり高濃度である.また,金属イオンの影響を調べる実験では第1系列の遷移金属イオンを主に加えたがその濃度は1 mMであり,海水中に存在する濃度と比べるとかなり高い[14].従って,これらの条件下でアミノ酸やアミノ酸の熱重合物単独で,あるいはそれらと金属イオンとの共存下で注目すべき影響がなかったことは,これらが溶液中に存在する単純な条件下ではATPからオリゴマーが生成する反応を促進する可能性は高くないことを示唆している.

 

3−4 活性化ヌクレオチドの化学的および化学進化的特性

以上のように,ペプチドやアミノ酸熱重合物が共存する条件下ではATPからoligo(A)が生成する反応は見つからなかった.またこれまでの様々な研究においても,NTPあるいはNDPから効率よくRNAオリゴマーが生成する経路は見つかっていない[7].このように,NTPからオリゴヌクレオチドが自発的に生成する反応の可能性については否定的な結果が得られたが,この事実をふまえて NTP,NDP,およびImpNを比較しながら考察する.
第1に各活性化ヌクレオチドの平衡論的な性質を考察する.NTP,NDP,とImpNはオリゴヌクレオチドを生成するのに必要な十分高い自由エネルギーを持っているものと推定される[7].例えば,生体中ではRNAはNTPから生成し, PNPaseがあればNDPからもRNAが生成するという事実は,酵素レベルの高度な触媒によって反応場や基質特異性などの条件が整えられれば, NTPやNDPはリン酸ジエステル結合を生成するのに十分高いエネルギーを持つ活性化ヌクレオチドであることを意味する.合成リボザイムを使って5'-位のトリリン酸基がリボース上のOH基と反応してリン酸ジエステル結合を生成する例も見つかっていることも,これを裏付けている[15].そこで第1に,MOPACを用いてImpA,ATP,およびADPの加水分解反応(式(1,2,3))について各分子の生成熱を計算し,反応に伴う生成熱の差から活性基が脱離するときのエンタルピー変化を計算し比較した.ここで,生成熱の計算においてAM1,MNDO,およびMINDO/3よりもPM3を用いる方が優れていることが知られているのでここではPM3を用いた[16].
ImpA + H2O Im + pA (1)
pppA + H2O pp + pA (2)
ppA + H2O p + pA (3)
ここでpppA,ppA,pA,pp,p,ImはそれぞれATP,ADP,AMP,ピロリン酸,リン酸,およびイミダゾールを表す.これらの構造では塩基とリボースが大きな割合をしめているので,計算が複雑なために生じる誤差が問題になるかどうかを検証するために,モデル化合物としてメチルリン酸イミダゾリド(ImpCH3),モノメチルトリリン酸(pppCH3),およびモノメチルピロリン酸(ppCH3)について同様に計算した(式(4,5,6)).
ImpCH3 + H2O Im + pCH3 (4)
pppCH3 + H2O pp + pCH3 (5)
ppCH3 + H2O p + pCH3 (6)
計算結果をTable 4に示す.アデノシンの部分をメチル基で置換した化合物とヌクレオチド類で計算結果を比較すると,アデノシン部分の計算の複雑さによる影響が若干あると考えられる.また,溶媒の効果を考慮しない場合でも,イミダゾリドが高エネルギーである傾向は同様であった.ここでエンタルピー変化の値が妥当であるかどうかを知るために実測値を調査した.反応(2)のエンタルピー変化はDH = -3.0 kcal mol-1 [17]であった.また,反応式(3)の実測値はみあたらなかったがATPの場合と同程度であると考えられる.この値は,ADPやATPの場合の計算値とある程度一致した.以上の結果,ImpAの加水分解によるエンタルピー変化が最も大きく,ImpAはATPやADPよりも高エネルギーであると言うことができる.第2にImpNとNTPの加水分解安定性について比較する.これまで得られたデータに基づくと,ImpNの加水分解速度はATPあるいはADPの加水分解速度よりも大きい(Table 5). ここでATPとADPの速度定数は温度依存性に基づいて25℃の値を計算した. 25℃のときのそれぞれの加水分解速度定数はImpAは1.17×10-6 s-1[5,18-21],ATPは3.3×10-8 s-1,ADPは4.9×10-9 s-1[11,22]であり,pH条件とイオン強度の影響を考慮してもImpN類は数倍〜数100倍NTPやNDP類に比べて加水分解活性である.ここで,加水分解反応とリン酸ジエステル結合の生成反応は活性化ヌクレオチドの活性基の部分に-OH基が作用するという点で類似の機構で進行すると考えられるので,加水分解活性はリン酸ジエステル結合の生成に対する活性をある程度反映していると考えられる.例えば粘土鉱物を触媒とする反応では,粘土はoligo(A)の生成を1000倍以上促進するとともにImpAの加水分解を10倍以上促進する[5].従って,加水分解活性が低いNTPやNDPは,リン酸ジエステル結合を生成する反応に対する活性(後述する式(8)の過程に対する活性)もImpNと比べて低いと推定される. ところで,酵素によらないATPの加水分解反応では,AMPとピロリン酸を生成する経路よりもADPとリン酸を生成する経路の方が速い [12].しかしNTPを活性化ヌクレオチドとして利用する場合は,ピロリン酸を放出するときにリン酸ジエステル結合を生成しなければならない.この点でADP はAMPへ加水分解されるので,ATPよりも利用されやすそうであるが,本研究の結果からはそのような経路も機能しないことが示唆された.


Table 4. Heat of formation and enthalpy change of activated nucleotides and its analogues calculated using MOPAC.a
Heat of formation
 
compounds
heat of formation / kcal mol-1
adenosine 5'-triphosphate (ATP)
-847.508
adenosine 5'-diphosphate (ADP)
-616.306
adenosine 5'-monophosphate (AMP)
-374.563
adenosine 5'-monophosphorimidazolide (ImpA)
-269.944


methyltriphosphoric acid (pppCH3)
-769.495
methylpyrophosphoric acid (ppCH3)
-534.740
methylphosphoric acid (pCH3)
-291.150
methylphosphorimidazolide (ImpCH3)
-190.950


H2O
-61.864
imidazole (Im)
+15.220
phosphoric acid (p)
-305.506
pyrophosphoric acid (pp)
-546.973


Enthalpy change
 
reactions
enthalpy change / kcal mol-1
pppA + H2O →pA + pp
-12.2
ppA + H2O →pA + p
-1.9
ImpA + H2O →pA + Im
-27.5
pppCH3 + H2O →pCH3 + pp
-6.8
ppCH3 + H2O → pCH3 + p
-6.1
ImpCH3 + H2O→pCH3 +Im
-23.1
a PM3 method was used and solvent effect of water was applied.


Table 5. The rate constants of hydrolysis of NTP and ImpN
Acrivated nucleotide
k / s-1
conditions
 
 
ref.
 
 
T / ℃
pH
salt
 
2MeImpG
3.78 x 10-6
37
7.79
1.75 NaCl, 0.02 M MgCl2, 0.5 M 2MeIm
18
 
4.31 x 10-6
 
8.11
1.75 NaCl, 0.1 M MgCl2, 0.5 M 2MeIm
 
 
6.94 x 10-6
 
8.09
1.75 NaCl, 0.2 M MgCl2, 0.5 M 2MeIm
 
 
7.36 x 10-6
 
6.81
1.75 NaCl, 0.02 M MgCl2, 0.5 M 2MeIm
 
 
7.75 x 10-6
 
6.78
1.75 NaCl, 0.1 M MgCl2, 0.5 M 2MeIm
 
 
9.11 x 10-6
 
6.74
1.75 NaCl, 0.2 M MgCl2, 0.5 M 2MeIm
 
ImpA
1.17 x 10-6
25
8.00
0.2 NaCl, 0.075 M MgCl2, 0.1 M HEPES
5
ImpU
5.00 x 10-7
25
8.00
0.2 NaCl, 0 M MgCl2, 0.1 M HEPES
19
 
5.08 x 10-7
 
8.00
0.2 NaCl, 0.075 M MgCl2, 0.1 M HEPES
 
ImpI
3.75 x 10-7
25
8.00
0.2 NaCl, 0 M MgCl2, 0.1 M HEPES
19
 
4.83 x 10-7
 
8.00
0.2 NaCl, 0.075 M MgCl2, 0.1 M HEPES
 
ATPa
3.3 x 10-8
25
7.00
0.1 NaCl, 0.05 M MgCl2, 0.05 M Im
11
 
2.1 x 10-7
37
7.00
0.1 NaCl, 0.05 M MgCl2, 0.05 M Im
 
ADP a
4.9 x 10-9
25
7.00
0.1 NaCl, 0.05 M MgCl2, 0.05 M Im
11
 
3.3 x 10-8
37
7.00
0.1 NaCl, 0.05 M MgCl2, 0.05 M Im
 
ATP
5 x 10-7
50
7.00
0.1 NaClO4
22
a The value was estimated from the temperature dependence.


以上の考察に基づくと,ATPが原始的な活性化ヌクレオチドとして機能しにくい理由は以下のモデルを用いて説明できる.これまでImpNを活性化ヌクレオチドとして用い,粘土鉱物や鋳型存在下でオリゴヌクレオチドが生成する反応の速度論的な解析が行われてきた.これらの研究から[5,6,19,20],RNAモノマーが伸長する反応は一般的に以下のモデルで表現できる(式(7,8)).
AN + AN AN・・・AN (7)
AN・・・AN(pN)2   (8)
ここでANは活性化ヌクレオチドを表す.まず2分子のANは触媒あるいは鋳型の存在下で会合し(式(7)),この会合体からリン酸ジエステル結合が生成する(式(8)).従ってこの反応の全体の速度は以下のように表すことができる.
kform = Kass kphos   (9)

 
ここでkform ,Kass ,およびkphos は反応全体の速度定数,ANの会合平衡定数(式(7)),および,会合したモノマーからリン酸ジエステル結合が生成する速度定数(式(8)),をそれぞれ示す.粘土触媒による反応やTD反応ではモノマー同士の会合が重要であることが分かった[5,6,19,20].さらにTD反応において,イミダゾリドのイミダゾール基はスタッキングし会合(式(7))を強め,鋳型指示反応の効率を高める役割を果たしていることが推定された[21].しかし NTPおよびNDPの場合には,リン酸基上のマイナス電荷(中性pHでは-4および-3)が会合する際に反発作用を及ぼすのでこのような相互作用についてImpN(中性pHでは-1)より不利である.この相互作用の違いをFuossの理論を用いて,温度25 oC,イオン強度0.1で見積もった[23].イオン間の距離が8Åのとき,電荷-1で7.9x10-1 M-1 ,電荷-3で1.6x10-3 M-1 ,電荷-4で5.4x10-4 M-1 ,イオン間距離が10Åのとき,電荷-1で1.8 M-1 ,電荷-3で1.1x10-1 M-1 ,電荷-4で9.4x10-3 M-1 と推算された.従って, NTPはImpNよりも2〜3桁会合平衡定数が小さいと推定される.またMg,sup>2+はNTPのリン酸基上の負電荷を中和しNTP同士の相互作用を増すことが期待されるが,本実験結果の場合にはこの種の効果は有効でなかったことを示唆している.NDPに対しても同様である.加えて,上述した通り,式(8)の過程もNTPやNDPの方がImpNより遅いと推定された.これらの2つの過程(式(7)および(8))においてNTPはImpNより不利であるために,全体としてNTPからRNAが生成する反応は酵素の触媒作用なしには進行し難いのだと考えられる.ImpNとNTPのkphosの違いが加水分解の違いと同等(数倍〜数100倍)であるとすると,kformはImpNとNTPで最大5桁程度の違いがあると推定される.
また,NTPは原始酵素との相互作用においてもImpNより不利であったかも知れない.例えば上述したように,著者らはアミノ酸熱重合物がImpNを用いるTD反応を阻害する効果を持つことを見いだした[8].またアミノ酸熱重合物はImpNの加水分解反応に対しても触媒作用を示した.一方本研究で示した通り,これらのアミノ酸熱重合物はATPの重合に対しては全く効果を示さなかっただけでなく,ATPの加水分解反応に対しても影響は少なかった.この事実は,ここで調べたアミノ酸熱重合物とATPとの相互作用がImpNとアミノ酸熱重合物との相互作用に比べて小さいことを示唆している.これは,アミノ酸熱重合物はGluとAspを含むアミノ酸から構成されているのでカルボキシル基を多く含み,このようなアミノ酸熱重合物は負電荷を持つATPとは相互作用しにくいことによるものと考えられる.この相互作用が弱いという事実も,式(7)で表される会合がNTPでは弱いという推定を支持している.
以上,ImpNからは様々な経路でオリゴヌクレオチドが生成するのでモノマーとして利用されやすかったと考えられる.しかし,ImpNの生成にはNTPやNDPを前駆体とするのでこれらよりも枯渇しやすかったであろう.一方,NTPを活性化ヌクレオチドとして利用するのは高度の触媒機能が必要であり,原始的なシステムにとっては困難であったと推測できる.また,NTPやNDPはImpNより加水分解安定性が高く,ImpNと比べてより汎用性のあるモノマーであると言うことができる.さらに,NTPとNDPには多電荷のリン酸基があり,これが化学進化の過程で長短に働いたと考えられる.

3−5 RNAモノマーおよびRNAポリメラーゼの化学進化に関する考察

RNAワールド仮説が正しければ,原始地球上でRNAは自発的に生成したはずである.ここでRNAの生成様式の発展と遺伝情報の成立の観点から,RNAの化学進化過程を3種類のRNAポリメラーゼ機能に対応して3つの段階に分ける(Fig. 3).第1はRNAのランダムポリメラーゼ(RPase)であり,第2は鋳型指示によるRNAポリメラーゼである(TDPase1).第2段階ではポリメラーゼ自身は遺伝情報の指示によらずに生成する.第3は鋳型指示によるRNAポリメラーゼ(TDPase2)であるが,このポリメラーゼ自身も遺伝情報の指示に従って合成される.従ってRNAポリメラーゼおよびRNAの生成様式は順次組織的な方法へと変遷したことを示す.より組織化された方法で合成された酵素はより高い活性と特異性をもつと考えられので,このモデルは化学進化あるいは進化の考え方と矛盾しない. RNAの化学進化の最初には,RNAが自発的に生成するためにRPase機能を持つ触媒が必要であったであろう.一方,遺伝情報の流れが確立した段階,すなわちセントラルドグマまたはその前段階としてのRNAワールドの成立以後(TDPase2段階)は,システム全体の複製にとってRPaseは有害である.従って,RPaseは,化学進化の初期の段階で働き,TDPase2とは共存しにくかったと考えられる.
Figure 3. Classification of RNA polymerase for chemical evolution of RNA.


金属イオンや粘土などの触媒によってImpNからRNAが生成する過程はRPaseの段階であり,金属イオンや粘土がRPaseに相当する(Fig. 3およびTable 1).また,ImpNを使うTD反応はTDPase1の段階にある.一方,RNAワールドでは,RNA自身が遺伝情報を担い触媒機能もはたし,かつその触媒は複製的に生成するのでTDPase2の段階に属する.同じく,現在のシステムではNTPをモノマーとするTDPase2の段階に属する[24].一方,これらに対するRNAポリメラーゼについて,本研究ではATPを用いてRPase段階について探索を行い,また以前の研究ではグアノシン5'-リン酸-2-メチルイミダゾリド(2-MeImpG)を用いて TDPase1段階について探索を行った[8].しかし,これら2つの段階に対する触媒は見つからなかった.またPNPase的な機能もアミノ酸熱重合物には見いだされなかった.以上の事実にそくしてみると,各活性化ヌクレオチドを用いるRNAの生成様式は3つの段階に対応しており,どの活性化ヌクレオチドをどのようにシステムが利用したかが化学進化の段階に応じて変遷してきたように見える.
この考えは酵素反応の速度からRNAポリメラーゼの化学進化の過程をみることによっても支持される.酵素の特異性は,酵素によらない反応(バックグラウンド反応)の速度と酵素反応の速度の隔たりに呼応している[25,26].つまり,生体系は遅い反応の速度を飛躍的に大きくすることで酵素の高度な特異性を実現していると言うことができる.従って,化学進化の経過とともに,利用できる反応はより遅い反応にまで広がり,酵素の特異性も向上してきたと推定される(Fig. 4).原始的なシステム=酵素合成に関して大きな制約を持つシステムにとっては,速い反応は利用しやすかったであろう.しかし反面,速い反応に対しては触媒の特異性は発現しにくいという問題点がある. NTPからのRNAの生成速度はImpNと比べてかなり遅いと推定されるので(上述(3−4)),活性化ヌクレオチドの変遷過程はこの具体例にあたりそうである.すなわち,初期の段階では高度な触媒が不要なImpNが利用され,かなり反応が遅いNTPをあえて用いるシステムへと,高性能の触媒が出現した段階で移行したとすれば,酵素の速度の視点とも矛盾しない.
“システムが,利用しにくい反応をあえて利用することで,その反応に対する選択性を向上している”という考え方に基づくと,NTPが現在の生体系でモノマーとして採用されNDPが使用されなかった理由も説明できる.NTPとNDPは解裂してNMPを生じる際の自由エネルギー変化は大体同じなので[17],平衡論的にはどちらもRNAモノマーとして採用され得たと考えられる.しかし,酵素がない場合には,NTPの場合はNDPとリン酸に加水分解されNMPとピロリン酸への加水分解は起こりにくい.またNTPはNDPよりも電荷が多い.すなわち,NTPを用いる酵素を設計する場合にはこのような問題を解決しなければならない分だけ,NDPを用いる場合よりも難しそうである.ここで,RNAは生体の遺伝情報を担う物質でありその生成反応はとくに正確さが必要とされるので,わざわざ使いにくいNTPをシステムが採用し特異性を発現した,あるいはそのようなシステムが生き残ってきたのだと解釈できる.
以上,RNAポリメラーゼの化学進化的な理由と,NTPからRNAが生成しにくい化学的な理由の両方から,NTPからRNAが生成する反応の触媒が無秩序に生成したアミノ酸熱重合物に出現するのは簡単ではないことが説明できた.NTPがRNAのモノマーとして利用されるためにはこれらの問題を克服する触媒の働きが必要であり,化学進化の過程においてそのような触媒(酵素)機能が出現するまでは,NTPはモノマーとして働かなかったと考えられる.そのような高度な触媒は十分に組織化された方法なくしては合成されなかったと推定される.また,ここで用いたアミノ酸熱重合物を調製するのに主に用いたgly,ala,val,asp,gluは,初期の原始遺伝コード系で利用されたアミノ酸だったとする仮説に基づいて選択したが[13],それらのアミノ酸熱重合物が機能しなかったことも注意すべき点であり,さらに考察が必要である.またPro-I-3およびPro-I-4では塩基性のアミノ酸であるlysやhisを含むがその効果はみられなかった.今後塩基性のアミノ酸が多く取り込まれたアミノ酸熱重合物を用いて触媒作用の有無などについてさらに検討が必要である.


Figure 4. Evolution of the proficiency of enzymes and expedition of chemical reactions for living-system.


4 まとめ

ペプチドあるいはアミノ酸熱重合物の共存下でATPからoligo(A)が生成する反応は検出されなかった.また,アミノ酸熱重合物では弱い加水分解作用があることがわかった.これらの結果は,ATPからoligo(A)が生成する前生物的原始的な経路があったということに対しては否定的であるが,化学進化の研究ではこのような進行しない反応に関する情報を蓄積していくことも必要である.つまりRNAがATPから前生物的に生成し得ることを証明するためにはそのような実験事実を発見し報告すれば良いが,そのような発見がない限りそこに至る探索研究の結果は埋もれてしまう.逆に,ATPなどがRNAの原料として用いられなかったことを証明するためには,ATPからRNAが生成しないと言う事実を非常に広い範囲の条件下で積み上げなければならないので,どこまでデータを集めればいいのか判断が難しい.しかし,ある条件下で反応が進行しないという情報も,化学的あるいは生化学的にその反応が進行しない理由を十分考察すれば,化学進化の経路を明らかにする手がかりとなり得る.このような立場で本実験結果を考察した結果,ATPからoligo(A)は簡単には生成しないと言う事実は,過去の化学進化過程でそのような経路をとらなかった可能性を支持していると解釈できた.またNTPとImpNの化学的な性質を比較し,酵素なしにはNTPからはリン酸ジエステル結合が生成しにくい理由について説明を与えた.さらにRNAの生成過程を3種類に分類することで,どのモノマーがどのような役割を果たしてきたかについてシナリオを描くことができた.また酵素の機能の発展からみてもNTPは初期のモノマーとしては利用されにくかったことが推定された.今後これらの考察をふまえて, RPase,TDPase1およびTDPase2のそれぞれの段階について,ポリメラーゼ機能を持つ原始タンパク質やペプチド類をさらに探索することが必要である.加えて,相対的に遅い反応が酵素の高度化にともなって利用されるようになり,同時に選択性を向上させてきたという考え方は,RNAポリメラーゼにとどまらず他の酵素系についても適用されると考えられるので,今後さらに検討したい.


5 謝辞

 本研究を遂行するにあたり,住友財団から1998年度基礎科学研究援助の支援をいただきました.

参考文献

1. Gilbert, W., The RNA World, Nature, 319, 618 (1986); Gesteland, R. F. and Atkins J. F. Ed., The RNA World, Cold Spring Harbor Laboratory Press, New York, 1993.
2. Miyakawa, S., Muraswa, K., Kobatashi, K. and Sawaoka, A. B. Abiotic synthesis of guanine with high temperature plasma, Origins Life Evol. Biosphere 30, 557-566 (2000); Kobayashi, K. and Tsuji, T. Abiotic synthesis of uracil from carbon monoxide, nitrogen and water by proton irradiation, Chem. Lett. 903-904 (1997); Miyakawa, S. Murasawa, K., Kobayashi, K. and Sawaoka, A. B. Cytosine and uracil synthesis by quenching with high-temperature plasma, J. Am. Chem. Soc. 121, 8144-8145 (1999).
3. Inoue, T. and Orgel, L. E., Oligomerization of (guanosine 5'-phosphor)-2-methylimidazolide on poly(C), An RNA polymerase model, J. Mol. Biol., 162, 201-217 (1982); Inoue, T. and Orgel, L. E., A nonenzymatic RNA polymerase model, Science 219, 859-862 (1983).
4. Sawai, H. Catalysis of internucleotide bond formation by divalent metal ions, J. Am. Chem. Soc. 98, 7037-7039 (1976); Sawai, H., Kuroda, K. and Hojo, H. Uranyl ion as a highly effective catalyst for internucleotide bond formation, Bull. Chem. Soc. Jpn. 62, 2018-2023 (1989).
5. Ferris, J. P. and Ertem, G., Oligomerization of ribonucleotides on montmorillonite: Reaction of the 5'-phosphorimidazolide of adenosine, Science 257, 1387-1389(1992); Kawamura, K. and Ferris, J. P. Kinetic and mechanistic analysis of dinucleotide and oligonucleotide formation from the 5'-phosphorimidazolide of adenosine on Na+-montmorillonite, J. Am. Chem. Soc. 116, 7564-7572 (1994).
6. Kawamura, K. and Umehara, M. Kinetic analysis of the temperature dependence of the template-directed formation of oligoguanylate from the 5'-phosphorimidazolide of guanosine on a poly(C) template with Zn2+. Bull. Chem. Soc. Jpn. 74, 927-935 (2001); Kawamura, K. and Okamoto, F., Cyclization and dimerization of hexanucleotides containing guanine and cytosine with water-soluble carbodiimide, Viva Origino 29, 162-167 (2001).
7. Lohrmann, R. and Orgel, L. E. Prebiotic activation processes, Nature 244, 418-420 (1973); Orgel, L. E. and Lohrmann, R. Prebiotic chemistry and nucleic acid replication, Acc. Chem. Res. 7, 368-377 (1974); Lohrmann, R. Formation of nucleoside 5'-phosphoramidates under potentially prebiological conditions, J. Mol. Evol. 10, 137-154 (1977).
8. Kawamura, K. and Kuranoue, K. Histidine and thermal copolymers of amino acids containing histidine as prebiotic Inhibitor for the template-directed formation of oligoguanylate on a poly(C) template, Chem. Lett. 1070-1071 (2001).
9. Fox, S. W. and Harada, K. Thermal copolymerization of amino acids to a product resembling protein, Science 128, 1214 (1958); Harada, K. and Fox, S. W. The thermal condensation of glutamic acid and glycine to linear peptides, J. Am. Chem. Soc. 80, 2694-2697 (1958); Fox, S. W. and Harada, K. The thermal copolymerization of amino acids common to protein, J. Am. Chem. Soc., 82, 3745-3751 (1960).
10. Yanagawa, H. and Egami, F. Mariguranules fromglycine and acidic, basic, and aromatic amino acids in a modified sea medium, Proc. Japan. Acad. B. 54 10-14 (1978); Yanagawa, H. and Kojima, K. Thermophilic microspheres of peptide-like polymers and silicate formed at 250 oC, J. Biochem. 97, 1521-1524 (1985).
11. Kawamura, K. Monitoring hydothermal reactions on the millisecond time scale using a micro-tube flow reactor and kinetics of ATP hydrolysis for the RNA world hypothesis, Bull. Chem. Soc. Jpn. 73, 1805-1811 (2000).
12. 実験化学ガイドブック,日本化学会編,pp. 689,東京,1984.
13. Ikehara, K. Origins of gene, genetic code, protein and life, Viva Origino 29, 66-85 (2001); Eigen, M., Gardiner, W., Schuster, P. and Winkler-Oswatitsch, R. The origin of genetic information, Scientific American 244, 78-95 (1981).
14. 堀部純男編,海洋無機化学,東京大学出版会,(1975); 北野康,地球環境の化学,裳華房,東京,159-161 (1984).
15. Bartel, D. P. and Szostak J. W. Isolation of new ribozymes from a large pool of random sequences, Science 261, 1411-1418 (1993); Ekland, E. H. and Szostak, J. W. Structurally complex and highly-active RNA ligases derived from random RNA sequences, Science 269, 364-370 (1995).
16. Stewart, J. J. P. Optimization of parameters for semiempirical methods. I. Method. J. Comput. Chem. 10, 209-220 (1989); Stewart, J. J. P. Optimization of parameters for semiempirical methods. II. Applications. J. Comput. Chem. 10, 221-264 (1989).
17. George, P. and Rutman, R. J. The メHigh energy phosphate bondモ concept. Progr. Biophys. Chem. 10, 1-53 (1960).
18. Kanavarioti, A., Bernasconi, C. F., Doodokyan, D. L. and Alberas, D. J. Magnesium ion catalyzed P-N bond hydrolysis in imidazolide-activated nucleotides. Relevance to template-directed synthesis of polynucleotides, J. Am. Chem. Soc. 111, 7247-7257 (1989); Ruzicka, F. J. and Frey, P. The pH dependence for the hydrolysis of uridine 5'-phosphorimidazolates, Bioorg. Chem. 21, 238-248 (1993).
19. Kawamura K. and Ferris, J. P. Clay catalysis of Oligonucletide Formation: Kinetics of the Reaction of the 5'-Phosphorimidazolides of Nucleotides with the Non-Basic Heterocycles Uracil and Hypoxanthine, Origin Life Evol. Biosphere 29, 563-591 (1999).
20. Kanavarioti, A., Bernasconi, C. F., Alberas, D. J. and Baird, E. E. Kinetic dissection of individual steps in poly(C)-directed oligoguanylate synthesis from guanosine 5'-monophosphate 2-methylimidazolide, J. Am. Chem. Soc. 115, 8537-8546 (1993).
21. Kanavarioti, A., Lee, L. F. and Gangopadhyay, S. Relative reactivity of ribosyl 2'-OH vs. 3'-OH in concentrated aqueous solutions of phosphorimidazole activated nucleotides, Origins Life Evol. Biosphere 29, 473-487 (1999).
22. Sigel, H., Hofstetter, F., Martin, R. B., Milburn, R. M., Scheller-Krattiger, V. and Scheller, K. H. General considerations on transphosphorylations: mechanism of the metal ion facilitated dephosphorylation of nucleoside 5'-triphosphates, including promotion of ATP dephosphorylation by addition of adenosine 5'-monophosphate, J. Am. Chem. Soc. 106, 7935-7946 (1984).
23. Fuoss, R. M. Ionic association. III. The equilibrium between ion pairs and free Ions, J. Am. Chem. Soc. 80, 5059-5061 (1958).
24. ランダムポリメラーゼ様の機能を持つものとしてPNPaseがある.PNPaseでは原料モノマーとしてヌクレオシド5'-二リン酸(NDP)からポリヌクレオチドが生成するが,本来の機能はポリヌクレオチドからNDPを生成することのようである(酵素ハンドブック,丸尾文治,田宮信雄監修,朝倉書店,東京,pp. 390,1982).またQbリプリカーゼはRNAを鋳型とするポリメラーゼで,鋳型なしに反応を開始するとランダムポリメラーゼ様の機能を発現する.
25. Radzicka, A. and Wolfenden, R. A proficient enzyme, Science 267, 90-93 (1995).
26. Kawamura, K., Yosida, A. and Matumoto, O. Kinetic Investigations for the hydrolysis of adenosine 5'-triphosphate at elevated temperatures: Prospects for the chemical evolution of RNA, Viva Origino 25, 177-190 (1997); Kawamura, K., Kameyama, N. and Matumoto, O. Kinetics of hydrolysis of ribonucleotide polymers in aqueous solution at elevated temperatures: Implications of chemical evolution of RNA and primitive ribonuclease, Viva Origino 27, 107-118 (1999).

Return to Japanese Contents



Return to English Contents