3回シリーズ 

「科学論文を速く書くために」

飯田一浩
総合研究大学院大学教育研究交流センター,
NEC基礎研究所



海外の大学では,科学論文の書き方にだけに関する講義があるそうです.国内では,そうした講義を受ける機会はほとんどありません.筆者の場合も,書き方を知らないまま,いきなり論文を書くことになりましたので,試行錯誤の連続でした.それを指導して下さった教授は,もっと大変だったことでしょう.

このシリーズでは,書き方のポイントを指摘することで,実は,科学論文がいかに洗練された「書き易い」文書であるかを伝えたいと思います.そ れらのポイントは,筆者が海外の専門家から指導を受けた際の講義ノートから抜き出したものです.ビギナーの方,どうぞ筆者のビックリ!を追体験下さい.

(なおこのシリーズは,投稿論文の書き方に関するもので,レビューの書き方ではありません.ご了承下さい.)

目次

[1.3つの誤解]
[2.科学論文の基本構造]
[3.論文作成マニュアル]

1.3つの誤解

次の問答は,論文の書き方について一番誤解しやすく,また一番忘れやすい3つの点を強調するために用意しました.(より詳しい答えは,後の章で出てきます)

Q1.論文は,自由に個性的に書いた方がいいですよね?

A1.いいえ!

科学論文には,「不動のフォーマット」が有ります.イントロで書くべき内容はこれ,結果で書くべき内容はこれと,それぞれキチンと決まっています.不動のフォーマットがあるから,科学論文は,読みやすく,書きやすいのです.研究者の個性は,フォーマットでなく中身で出しましょう.

イントロには何を書かねばならないかといった具体的フォーマットは,とても忘れやすいものです.すいすい書けるつもりで書き始めたのに,妙に時間がかかる,あれあれ論旨を忘れてしまったかも?と自覚したら,是非もう一度,科学論文のフォーマットを確認してみましょう.

キーフレーズ: 不動のフォーマット

Q2.起承転結をつけて面白く書くのがいいですよね?

A2.いいえ!!

良い科学論文は,イントロから考察まで,論旨が「一直線」につながっています.

1)イントロで問題が提起され,解決への方向性が示されたら,

2)材料と方法では,そのアプローチを具体的手順に展開して見せ,

3)結果ではその具体的手順を適用した実例を客観的に示し,

4)考察ではその客観的実例がイントロで提起した問題の解決になっていることを示すのですから,起承「転」結にはなりません.論旨の枝分かれ も起こりようがありません.
もし,どうしても枝分かれができてしまう場合,あなたは1つの論文で複数の主題を掲げているかもしれません.ひと枝ごとの論文に分けましょ う.論文1つにつき,主題は1つです.

キーフレーズ: 一直線の論旨, 1論文1主題

Q3.とれたデータは,ぜーんぶ書くのがいいですよね?

A3.いいえ!!!

あなたの言いたいことに必要不可欠なデータ以外は,絶対載せてはいけません.論文の科学的な価値と,あなたがたくさん仕事をしたこととは同値 ではありません.不必要なデータを載せると,論旨が不明瞭になり,読者に冗長だと感じさせ,あなたの論文の価値を損ねる結果になります.

論文の命は,あなたが主張したいことであり,データではありません.データは主張を強くサポートするためのものです.

キーフレーズ: 必要不可欠なデータに限る

全ての論文が,科学論文の作法に則っているわけではありません.でも,あなたの教室で最も重要と言われている論文を読んでみて下さい.きっと 上の3つの答えに沿っているはずです.

2.科学論文の基本構造

科学論文には,不動のフォーマットがあると書きました.ここでは,そのフォーマットについて実験系の科学論文を例に解説します.

実験系の科学論文は,

1) タイトル(+著者名)
2) 概要
3) イントロ
4) 材料と方法
5) 結果
6) 考察
7) まとめ
8) 謝辞
9) 参考文献
10) 付録 から成ります.

ポイントは,これらの各部分が,それぞれ目的を持っており,そこに書かねばならない不可欠事項が決まっていることです.その目的と不可欠事項を順に見てゆきます.ちょっとビックリする内容があるかもしれませんが.ここは一気に流しましょう.(文例は,次節で挙げる予定です.)

1)のタイトルは,お店の看板です.

その目的は,
(A)読者の目を惹くことにあります.
それで,
(1)内容の新規性を的確に伝える魅力的なキーワード
が不可欠事項です.

2)の概要は,ショーウインドウです.
その目的は,
(A)目をとめてもらった読者をさらに読む気にさせること です.そのため,タイトルのキーワードが, さらに具体的なキャッチフレーズとして展開される必要があり,
魅力的な中身であることを,かいつまんで主張する必要があり,
さらにその中身が持つ意義が明確にされねばなりません.
それで,
(1)キーワードを展開したキャッチフレーズ
(2)キャッチフレーズをサポートする事実
(3)研究の意義
が不可欠事項です.

3)のイントロから6)の考察までが商品です.
ここで論文の「主題」をデータを交えて解説します. この主題を,可能な限り短く書いたものが概要です.

主題は通常,「この問題を,私はこのように解決した」,あるいは, 「この謎を,私はこの発見で解決した」という形式をとります.

それで,3)のイントロの目的は,
(A)これから立ち向かう問題を読者に共通の問題と感じてもらうこと,
(B)その問題に対する筆者のアプローチの斬新さをアピールすること です.
そこでは,
(1)研究が解決しようとする問題の明示,
(2)その問題に対して筆者がとる戦略
が不可欠事項になります.

(1)の問題を明確に伝え,多少背景の異なる読者にも興味を持ってもらうために,その問題に関する背景や,これまでにどのような方法で攻略が 試みられてきたかを説明します.あなたが取り組む問題が,既知のものなら背景や攻略の歴史に関する説明が不可欠です.全く新規な問題なら,そ れらは最小限になります.

(2)の戦略が,できるだけ新規で効果的であるような印象与えることが重要です.そのような印象を持ってもらえて初めて,読者に内容を吟味し てもらえるからです.

4)の材料と方法の目的は,
(A)3)のイントロで示した戦略を具体的な実験手順に展開して見せること です.イントロで掲げた問題は,1つの実験で完全に解決されることもありますが,通常は,複数の実験を組合わせて解決されますから,
(1)戦略を実験の種類へと展開する筋書き
(2)個々の実験を,具体的な実験手順へと展開する筋書き
が不可欠事項です.

(1)は,個々の実験につけた小タイトルで明示することもできますし,具体的手順に入る前に,各実験の目的を短く書くことでも示せます.

(2)は,当たり前のことですが同業研究者がその手順を読んで,あなたの実験を再現できる程度に詳しくかつ手短に書きます.同業研究者の基本 的了解事項まで書く必要はありません.

5)の結果の目的は,
(A)4)で示された手順に従って得られた「動かしようの無い事実」を,できるだけ客観的に伝えることです.
したがって,
(1)動かしようの無い事実 が不可欠事項です.動かしようの無い事実とは,ATPの濃度が1.06μMだったなどの生データではなく,通常は実験の目的に則した定性的な 事実のことです.例えば,「実験区のATP濃度は,対照区のそれより明らかに高かった」といった内容になります.

6)の考察は,商品の品質保証書です.
考察の目的は,結果の「動かしようの無い事実」と既知の事実をサポートとして,
(A)イントロで明示した問題が,イントロで示した戦略によって解決されたことを読者に納得してもらうこと,
そして,
(B)この問題が解決されたことによって,我々が受ける恩恵を具体的示し,研究の価値を高めること にあります.

(1)戦略を展開した問題解決ストーリーの再確認,
(2)問題解決ストーリーの成否判定結果,
その判定のための,
(3)問題の再確認
(4)結果で得られた事実の再確認
(5)既知の事実の再確認
が必要で,最後に
(6)問題が解決されたことの意義を主張すること
が不可欠事項です.

考察は,示すべき不可欠事項が多く,論旨が交錯しがちです.そのため,論文の作法を知らないで読んでいると,エッセイのように何でも書いてい いのかな?と誤解しがちです.とんでもありません!考察は,不動のフォーマットが一番厳格に守られるべきところです.

(1)の解決ストーリーの再確認は,イントロや材料と方法に書かれた内容と重複しますが,不可欠です.(3)の問題の再確認を入れながら,で きるだけ簡潔に解決のポイントを明示するようにします. (2)の解決ストーリーの成否判定結果は,先に結果で示された「動かしようのない事実」を解決ストーリーに照らして解釈した内容をまず書き, 次にその解釈の正当性を(5)の既知の事実を交えて解説します.

解釈の順序としては,成功と判定される点から先に書き,もし,ストーリーにそぐわない結果で重要な点があれば,その後に書きます.基本的に は,成功点は1つ以上あり,全てがストーリーにそぐわない解釈となるケースは無いと考えて下さい.(もしそうなら,あなたは人類にとって全く 未知の現象に挑んでいたことになります.ポジティブ思考に切り替えて解釈しなおしてみましょう.)

(6)の解決されたことの意義は,研究上の意義だけでなく,研究以外の視点,例えば,医学的な意義,工学的な意義のように自分の研究成果を多 角的に評価した結果を書きます.研究と別の視点で意義を書く事は一見蛇足のようにも見えますが,いざ書こうとすると別分野の知識まで要求され るけっこう大変な作業です.自分の研究を社会の中に位置付けるという重要な作業ですので,心して書きましょう.

7)のまとめの目的は,
(A)問題解決のストーリーを再確認して,論文の「主題」を読者に印象づけることです.
そのため,
(1)問題解決のストーリーの再確認
が不可欠事項です.
ここでは,結果で述べた「動かしがたい事実」に則して問題が解決されたことを出来るだけ簡潔に客観的に述べます.上の全ての内容を読まなくて も,この論文の主題がわかるように書きます.

8)の謝辞の目的は,
(A)この研究に協力してくれた人や団体を明示することです.
したがって,
(1)その人や団体を,明確に特定できる情報
が不可欠事項です.どこそこ大学の誰さんでなく,どこそこ大学,何学部,何なに研究専攻科,何教室の誰さん,まで詳しく書いて下さい.

9)の参考文献の目的は,
(1)この論文から無駄な記述を省くことと,
(2)既存の事実の存在をアピールすることです.
ビギナーの人が勉強を始められるようにすることや,博識をひけらかすことが目的ではありません.
したがって,
(1)省きたい内容が詳しく書いてある文献
(2)既存の事実として絶対参照したい文献
が不可欠事項です.レビューの場合は,参考文献の数も重要ですが,投稿論文では必要十分な数にとどめます.

10)の付録は,必ずしも無くても良く,どうしても必要な時以外は付けないようにします.
付録の目的は,
(A)本文中で説明すると,どうしても長くなり論旨が不明瞭になるような事柄を,本文から分けること です.
従って,
(1)本文のどこに対応していかという対応関係 が不可欠事項になります.
付録の書き方は,本文中のどこで説明したかったかによって異なります.
一般には,イントロの中で説明したかったことなら,イントロの背景の書き方が基準になり, 材料と方法の中で説明したかったことなら,材料と方法の書き方が基準になるといった具合ですが,必ずしもそうでない場合もあります.説明した かった内容が,論文のどのセクションに対応するかによって書き方を変えましょう.

以上が不動のフォーマットです.
つづく.

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