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GLYCAN STRUCTURES, CLUES TO THE ORIGIN OF SACCHARIDES

Jun Hirabayashi

Department of Biological Chemistry, Faculty of Pharmaceutical Sciences, Teikyo University
Sagamiko, Kanagawa 199-0195, Japan
Tel: 0426-85-3741 Fax: 0426-85-3742
E-mail: j-hira@pharm.teikyo-u.ac.jp

(Received 01 August 2001, Accepted 11 September 2001)



Abstract
Glycans are carbohydrate chains that are considered to be one of the most essential bio-informative macromolecules as well as nucleic acids and proteins. Although biological significance and actual states of glycans are not yet fully understood, they certainly play fundamental roles in various recognition phenomena, such as microbe-parasite infections, cell proliferation and differentiation, fertilization, apoptosis, cancer metastasis, etc. Distinct from nucleic acids, glycans are expressed on cell surfaces and in extracellular matrices as various forms of glycoconjugates. They are indispensable to cover vital cells and to protect against physical and biochemical attacks. Distinct from proteins, glycans are indirect products of so-called glycogenes, i.e., genes that encode glycosyltransfearses, glycosidases and sugar nucleotide transporters involved in glycan biosynthesis. Since individual steps of these processes are not complete, a series of glycans are produced simultaneously as a consequence of collaboration of glycogenes. Here, a"multi genes-multi glycans" principle is applied for glycan biosynthesis instead of the "one gene-one enzyme" principle for nucleic acids and proteins.. As another unique feature of glycans, they have a number of linkage and branching isomers. Nevertheless, sugar units, e.g., glucose (C6H12O6), are extremely simple in their compositions, reflecting formal name, "carbohydrates", which mean "C + H2O". In addition, only carbohydrates lack nitrogen, whereas amino acids and nucleotides contain this atom. On the other hand, saccharides have chirality like amino acids. Naturally occurring saccharides are basically defined as "D-enantiomers", while L-fucose, L-rhamnose and some other L-sugars are actually biosynthesized from either D-mannose or D-glucose. Important notation is that only few component saccharides, i.e., D-glucose, D-mannose and D-galactose are utilized in nature among possible 16 aldohexoses. This observation implies that the first living organisms could make use of a relatively small number of simple saccharides that had been sufficiently available on the prebiotic earth. In this article, the author reviews structural and metabolic features of naturally occurring saccharides and classic glycochemistries. Hence, he presents a possible scenario on the origin of saccharides consisting of i) formose reaction to generate the smallest (C3) sugars, ii) aldol condensation between glyceraldehyde (GA) and dihydroxyacetone (DHA) to yield few ketohexoses, and iii) Lobry de Bruyn rearrangement to convert fructose into glucose. The scenario clearly explains how and why only a few elementary saccharides were born and selected. On the other hand, galactose is categorized into "late-comer" saccharides together with many other "bricolage" saccharides, such as ribose, sialic acid and more unusual deoxy- and dideoxyaldohexoses. In the end, the author refers to the essence of "glycome project", which is an emerging field of glycobiology along with the concept of post-genome science.

糖鎖の成り立ちから糖の起源を推理する

平林 淳

帝京大学 薬学部、生物化学教室
〒199-0195 神奈川県津久井郡相模湖町寸沢嵐1091-1
Tel: 0426-85-3741 Fax: 0426-85-3742
E-mail: j-hira@pharm.teikyo-u.ac.jp

はじめに

 生命の起源、進化分野における糖に関する研究は、タンパク質や核酸に比べると非常に少ない。その原因は糖、特に糖鎖に対する解析が一般にきわめて難しいという事情がある。また、タンパク質の構造解析なら、遺伝子配列を通してある程度の議論をすることもできるが、遺伝子の直接の産物ではない糖鎖に、この様なアプローチは望めない。したがって、糖の起源に関する議論はある程度思索的にならざるを得ない部分をもつ。しかし、一方では糖の研究は、19世紀ドイツで展開されたフィッシャーらによる優れた研究業績にその基盤を見ることができる。彼らの残した糖化学に関する膨大なデータは、糖の化学的性質から糖の起源や進化についての議論を引き出すのに十分な資質を与えている。一方、現代生命科学はタンパク質、核酸を扱う従来の研究領域の他に、「バイオインフォーマティクス」と呼ばれる新領域を生んでいる。これは、生物が生命活動をするには種々の情報発信、受信などの交信が必須で、それは特に、多細胞生物などの細胞社会をもった生物の理解には重要である。この領域で糖鎖の役割は格別である。なぜなら、すべての細胞は豊富な糖鎖で覆われているからだ。そして、糖鎖は生物種や発生段階、或いは病変などによって異なる組成をもつことが知られている。それはあたかも個々の細胞を区別する「標識」の様に刻印されているのだ。とは言え、糖鎖に関してはまだ調べられていないことの方がずっと多い。それでも、糖鎖を構成する単糖は、決して生化学の教科書に記載されるように一応ではなく、大きな「偏り」があることは明白な事実である。その偏りの根本にあるのが糖の起源に関する事情であろう、と言うのが著者の考えである。
 本稿では、化学進化から生物進化にかけての発展段階における糖・糖鎖の成り立ち・起源について述べるが、糖に馴染みのない読者のことも考慮し、先ず第1部(A) では、生命起源物質「糖」、生命情報物質「糖鎖」として、糖鎖の成り立ち、及び重要な性質について概説する。第2部(B)では、糖に関する基盤データ、および種々の文献データをもとに、さらに著者自身による思考、観察から、糖の起源に関する進化仮説を導き出す。最後に、ポストゲノム時代を迎えた現在、糖鎖生物学が抱える大きな課題「グライコームプロジェクト」について、簡単に述べる。


A. 生命起源物質「糖」、生命情報分子「糖鎖」

1. すべてはグルコースから

 グルコースがすべての生物にとって共通のエネルギー源であることは、「糖が生命の誕生に不可欠であった」という仮定に一定の根拠を与えている。事実、解糖系はすべての生命に共通することから、最も古い代謝経路の一つと考えられる。グルコースを起点として糖類ばかりでなく、ピルビン酸やアセチルCoA、乳酸、アスコルビン酸など共通性の高い代謝産物が多く生み出される。自然界に広く見られる単糖をFig. 1に示す。

2. 糖の組成

 この様に、グルコースが多種多様の代謝物の源であることは容易に納得がいく。しかし、グルコース自身はいつ、どのようにして生じたのだろう。その謎を解く鍵は糖の組成そのものにある。糖(saccharides)は狭義には炭水化物(carbohydrate)、すなわち「炭素に水が和したもの」と定義される。すなわち、基本的にはきわめて簡素な組成(nC + nH2O = CnH2nOn)をもつ。組成式を満たすn=1、およびn=2の化合物は、ホルムアルデヒド、およびグリコールアルデヒドであるが、これらは通例、糖には分類されない。したがって、教科書に登場する最小の糖はn=3のグリセルアルデヒド(GA、1位にアルデヒド基をもつ。キラリティーがある)とジヒドロキシアセトン(DHA 、2位にケト基をもつ。キラリティーがない)である。ところで、ホルムアルデヒドを適当な塩基触媒存在下で反応させると自己重合反応が起こることが古くから知られている(Fig. 2)。この重合反応は「フォルモース反応」と呼ばれるが、n=3のGAやDHAをはじめ、さらに反応の進んだn=4, 5, 6といった糖が生成することが、100年以上も前にButlerlowによって記述されている [1]。現在、糖の非生物的合成反応として候補に挙げられるのは、唯一このフォルモース反応である [2]。フォルモース反応は一見単純だが、実際には多くの反応経路が存在し、また副反応も多いため、生成物の様相は複雑を極める [3]。比較的最近、GC-MSを用いた産物同定も試みられているが [4]、条件検討や再現性確認には尚十分な検証が求められている。

3. 糖と水の関係

 糖が生命起源物質として適格と判断する題材として、水との関係を忘れてはならない。例えば、グルコースがつくる最も安定なピラノース構造、C1椅子形コンフォメーション(1位炭素が下向きになった構造。これが反転したものは1C)は水分子がつくる水和(トリジマイト)構造に完全にフィットするという(Fig. 3)[5]。トレハロースが保湿剤として機能するのは応用生物学的な知見として多くの人に馴染みがあるが、糖と水との関係はより本質的、かつ精緻な物理現象としてもっと注目されるべきものである。ウイルヒョウは「すべての生命は細胞から」と言ったが、すべての細胞もまた例外なく糖鎖で覆われている。しかも、質、量共に大変豊富な糖鎖にである。何故、糖鎖が細胞を覆うことになったのかはきわめて本質的な問だが、今日まで殆ど議論されたことがない。生命と水が密接に関っている様に[6]、糖と水の関係も間違いなく深い。生命の起源に糖が深く関わっていたことの一つの論拠とする。

4. 糖の還元性

 糖が他の生命物質と異なる点を考えてみよう。上述したように、糖は基本的には単純な物質であり、さらに本来窒素を含まない。一方、糖は還元性のあるアルデヒド基、あるいはケト基をもつため、アミノ酸と較べるとかなり反応性に富み不安定である。また、複数の水酸基の存在は糖に様々な副反応の機会を与える。このような物質が生命起源物質として適格か、と言う議論が以前からある [7]。もし、原始地球の大気が強い還元性を保っていたら、糖は直ちにアンモニアと反応してシッフ塩基を形成してしまうだろう。しかし、現在見直しがなされているように、当初言われていた程原始大気が強い還元性ではなかったとすると、糖が安定に存続する可能性は残る。また、糖が常に遊離状態(開いた構造)で存在したと単純に仮定することもできない。スクロースやトレハロースのように、還元基由来のアノマー性水酸基同志が縮合すれば還元性は失われるからだ(閉じた構造)。また、還元基同志が縮合しなくても、通常のグリコシド結合が形成され糖鎖がつながれば、この糖鎖の還元性は縮合を繰り返すうちに次第に弱まる。一般に、デンプン(α1-4グルカン)には還元性がない。興味深いことに、糖鎖の生合成で通常用いられる糖ヌクレオチド(UDP-Galなど)の代わりに、スクロースやトレハロースなどの非還元糖が用いられている例がいくつかある [8]。より古い代謝系の名残なのかもしれない。

5. 糖の環状構造

 一般に良く知られるように、糖はフィッシャーの投影式で表されるような直鎖型(アルデヒド型やケト型)で存在するのではなく、より安定な五員環(フラノース型)、または六員環(ピラノース型)構造をとっている。これは還元基であるアルデヒド、またはケト基と分子内の水酸基がヘミアセタールを形成したもので、その結果、α、β二種類のアノマー異性体が生ずる(Fig. 4)。炭素数が5か6のアルドースは五員環も六員環もつくれるが、炭素数5のケトースは五員環しかつくれない。ケト基を3位にもつケトースも糖の基本定義を満たすが、実際には自然界に存在しない。尚、フルクトースは一般にフラノース型(五員環構造)で表記されることが多いが、これは解糖系で分解を受けるとき酵素(アルドラーゼなど)が要求する形である。溶液中では、フルクトースは一般にピラノース型とフラノース型の平衡混合物として存在する。フルクトースはエネルギー代謝上、グルコースと並び最も重要な位置を占めるが、糖タンパク質や糖脂質などの複合糖鎖中には殆ど見出されない。フルクトースは生命起源物質として最右翼に位置するものの(後述)、生命情報物質としての存在意義は何故か薄い。また、複合糖鎖中にフラノース型の糖が含まれることも少ない。糖鎖という生命情報はピラノース構造の文脈で書かれているらしい。

6. 糖から糖鎖へ

 アノマー性水酸基がグリコシド結合を形成する相手は、理論的にはいずれの水酸基でも可能である。この際、アノマー性水酸基の配向によってα、β二種類の異性体が生成するから、α1-4、β1-3など様々な結合様式が生じうる。たとえば、グルコピラノースが二個繋がって還元性二糖を形成する場合、α1-2、α1-3、α1-4,α1-6、β1-2、β1-3、β1-4、β1-6の8種類の結合異性体が生成しうる。また、一個の糖に複数のグリコシド結合(分岐)が形成されることもしばしばある。この点、核酸のリン酸ジエステル結合やタンパク質を形成するペプチド結合が一種類であるのとは対照的である。しかし、実際にすべての結合様式が使われているわけではない。簡単な例として、グルコースのみからなるホモ多糖について見てみると、1-2結合というのはおそらく自然界には存在せず、また分岐は必ずヒドロキシメチル基を介した1-6結合によって生じている(Fig. 5)。分岐は立体障害を生ずるため、より障壁の低い1-6分岐が生じやすかったのかもしれない。生物学的に興味深いのは、グルコースがα1-4結合によって繋がったデンプンやアミロース(α-グルカン)がエネルギー貯蔵物質として機能しているのに対し、β1-4結合で形成されたセルロース(β-グルカン)は不溶性の難消化物質で、一部の例外を除き、まったくエネルギー源として利用できない点だ。アミロースとセルロースが結合異性体であることは、見かけからは全く想像できない。

7. 糖鎖の多様性と存在意義

 グルコースなどの同じ種類の糖が同じ結合様式で繋がるホモ多糖は生物界には普遍的に存在するので馴染みが深く、また応用価値も高い。しかし、生命情報物質としての糖鎖の議論に重きを置く本論では、むしろホモ多糖は例外的存在である。一般に、何種類かの単糖が重合して糖鎖が形成されるとき、その構造的多様性は爆発的に増大する。Laineはこのことを初めて検証した。彼によると六つの糖が糖鎖を形成するとき。理論的に生じうる六量体の数は1兆を越えると言う [9]。この数は核酸(46=4,096)やペプチド(206=64,000,000)の多様性を遙かに凌ぐ。さらに、糖鎖にはタンパク質の翻訳後修飾と同様、主鎖形成の後に起こる硫酸化やリン酸化などの修飾も起こるため、その多様性はさらに増大する。ここでは詳しく述べないが、糖転移酵素の働きは完全ではないことが多いため、ほとんどの場合、生成する糖鎖は不均一な分子組成をもった集団(グリコフォーム)となる。このように、糖鎖が不均一集団として生成することは、糖鎖の合成が、そもそも遺伝子の直接支配を受けないことを考えればむしろ当然である。一方、糖鎖が核酸のように細胞内でなく、細胞表面に提示されていることは糖鎖の潜在的使命を示唆している。ヘテロな集団として発現された糖鎖のセットは生物種、個体、組織、発生段階、さらには病態などを反映して異なる彩りを見せることが知られている。細胞上の糖鎖はあたかも個々の細胞の種類、状態を明示する一種の「バーコード」の様である。因みに、細胞表面、及び細胞外マトリックスを形成する複合糖質は糖蛋白質、糖脂質、プロテオグリカンからなる。ただし、これら複合糖質に含まれる糖鎖はグルコースではなくN-アセチルグルコサミン(GlcNAc)の場合が多い。エネルギー源としてのグルコースと生命情報物質としての糖鎖の構成要素GlcNAcはおそらく厳密に区別されている様だ。

B 糖鎖の成り立ち

1. 自然界に存在するアルドヘキソース

 著者が糖の起源と進化に深い興味を抱いたきっかけは、複合糖鎖を構成する代表的構成糖であるグルコース(実際にはGlcNAc*)、マンノース、ガラクトース間に生物進化的な「階層性」があるのではないかと感じたことである(Fig. 6)。一般にレクチンと称される糖結合性タンパク質 ([10]、調べられた限りすべての生物が有する)の研究に携わった経験から以下のことが観察された。1)報告されているレクチンの殆どはガラクトース、マンノースまたはN-アセチルグルコサミン(双方を認識)、フコース、シアル酸に特異性を持ったものであり、他のアルドヘキソースであるグロース、イドース、アロース、アルトロース、タロースに特異性を示すレクチンは無い、2)その中でガラクトース特異的なレクチンの記載例が最も多く優に半数以上を占める。  もし、有機化学合成(シアノヒドリン法)で得られる様に、すべてのアルドヘキソース(D、L-体を含め全16種)が自然界に均等に存在するなら、これらに対するレクチンもほぼ均等に見つかって良さそうである。しかし、現実には、グロース、イドース、アロース、アルトロース、タロースなどの糖はごく例外的にしか見い出せない。したがって、これらを特異的に認識するレクチンが見つからないのも当然のことと言える。

(脚注*)  本論では基本的にN/O-アセチル体、N/O-硫酸化体などの修飾糖については扱わず、すべてその未修飾体と同等な糖として議論する。

 では何故、すべての可能なアルドヘキソースが自然界には存在しないのか。Fischerの投影式で描かれるアルドヘキソースは直鎖型(アルデヒド型)である。しかし、前述のように、これらは実際にはより安定なピラノース構造、あるいはフラノース構造といった環状構造で存在している(Fig. 7)。
このうち、六員環構造の椅子形で、すべての置換基がエカトリアル配位をしたコンフォメーション(C1型)の安定性が最も高い。たとえば、グルコース、マンノース、ガラクトースではほぼ100%がこのコンフォメーションをとっている(Table 1)。


Table1. Proportion of aldehyde forms of representative aldohexoses and aldopentoses*.

  
Saccharides Aldehyde Form(%)
  
Relative to D-glucose
Hexose
Glucose
0.024
1
   Mannose
0.064
2.7
   Galactose
0.082
3.4
   Allose
1.38**
58
Pentose
Xylose
0.17
7.0
   Arabinose
0.28
11
   Lyxose
0.40
17
  
Ribose
8.5**
354
*Data [11] determined by poparography using 0.25 M saccharide solutions except for allose and ribose** (0.1 M).

これに対し、自然界に存在しないアルドヘキソースはC1型をとっても十分安定化できないので、五員環構造のフラノース型や直鎖構造のアルデヒド型の存在率が相対的に高くなっている(Table 2)。注目すべきは、遺伝情報物質、核酸の要であるリボースのアルデヒド型の存在比が驚くほど高いことだ。リボースはピラノース型でもフラノース型でも十分な安定化が得られず、その結果、直鎖型の存在比が異常なほど高くなっている。リボースが安定性に欠ける点、および一連の化学進化実験によってごく低収量でしか得られない点は、所謂「RNAワールド仮説」[12]に暗い影を落としている。


Table2. Proportion of α/β-pyranose and α/β-furanose forms in solutions of 8 aldohexoses and 4 aldopentoses*.
    Pyranose  Furanose
  
  
  
(α)
(β)
(α)
(β)
Hexose Glucose 36% 64% - -
   Mannose 68 32 - -
   Galactose 36 64 trace
   Allose 18 70 5 7
   Gulose 16 78 6
   Alrose 27 40 20 13
   Talose 40 29 20 11
   Idose 31 37 16 16
Pentose
Xylose
37
63
-
-
   Lyxose 72 28 - -
   Arabinose 63 34 3
  
Ribose
20
56
6
18
*Data From ref[11].

 リボースはペントースだが、これに相当する水酸基配置をもつヘキソースはアロースである(アロースから6位を除くとリボースになる)。実は、アロースはガラクトース(4-エピ-グルコース:4位水酸基に関するグルコースエピマーの意)やマンノース(2-エピ-グルコース)と同格と言うべきグルコースのエピマー(3-エピ-グルコース)であるにもか関わらず、自然界には殆ど存在しない(後述)。因みに、理論的に可能な8種の(D、L-異性体を含む)ケトヘキソースのうち、自然界に存在するのはD-フルクトースだけである。その他(プシコース、ソルボース、タガトース)は、言わば単に分類上その名が付せられているに過ぎない。アロース、アルトロース、グロース、タロース、イドースと同様、原始生命によって採択されなかった糖と考えられる。

2. 1, 3-ジアキシャル相互作用

 単糖の安定性を実質的に決めている物理化学的要因は何であろう。六員環ピラノース構造はシクロヘキサンと同様、最も熱力学的に安定な「椅子形」をとることを既に述べた。ここで、この椅子型構造を不安定化する要因として1, 3-ジアキシャル相互作用について述べる。自然が採択しているアルドヘキソースの椅子形構造を比べると、いずれもこの相互作用の数が最小であることに気付く(Fig. 7)。単純化のためすべてをβアノマーとして扱うと、βグルコースではC1コンフォメーションをとったとき、1, 3-ジアキシャル相互作用を起こすアキシャル置換基(水酸基)が一つもない。これに対し、グルコースエピマーであるマンノースとガラクトースでは2位、及び4位の水酸基がアキシャル配位となるため、それぞれ一つの1, 3-ジアキシャル相互作用が生じる。因みに、最も大きな置換基となる5位のヒドロキシメチル基は通常アキシャル配向にはならない。ところが、自然界に存在しない上述アロース(3-エピ-グルコース)ではただ一つの水酸基の存在が2つの1, 3-ジアキシャル相互作用を発生させている。では何故マンノースやガラクトースではこの相互作用が一つしか起きないのか。実は、マンノースとガラクトースにおけるもう一つの1, 3-ジアキシャル相互作用の位置には、環を構成する酸素が占め、このためアキシャル水素が無く1, 3-ジアキシャル相互作用も生じない。酸素の孤立電子対にも軌道は存在するから、多少の影響はあるがアキシャル水素が起こす立体障害ほどではない。1, 3-ジアキシャル相互作用は、アルトロースでは三個、グロースでは二個、イドースでは三個となる。一方、タロースには一個しかそのような相互作用がない。しかし、こタロースに限っては水酸基同士という大きな置換基間のぶつかりあいとなるため、環の安定性は著しく低下する。1, 3-ジアキシャル相互作用による説明だけがアロース等の不在糖に対する根拠とは言い切れないが、少なくとも自然が採択したアルドヘキソースに関しては「最も安定なものが採択された」という法則が成り立つ。

3. 認識糖としてのガラクトース

 自然が採択する糖には安定性が備わっていることを見てきた。すなわち、アルドヘキソースに関する限り、この要件を満たす糖はグルコース(最安定)、マンノース(準安定)、およびガラクトース(準安定)の三種である。しかし、この中でガラクトースは他の糖と大きく異なる側面をもつ。「認識糖(Glycotope)」としての役割である。認識糖とは、レクチンや糖結合性抗体が結合するために要求する構造(エピトープ)で、実際に認識の標的になっている部分を指す。この要因として以下の二つが考えられる。第一に、ガラクトースは4-アキシャル水酸基をもつ。これはグルコースやマンノースと異なる識別子となるばかりでなく、アノマー性水酸基からもっとも離れた位置にある。このことを裏付ける好例がある。ガラクトースの4-アキシャル水酸基は、例外なくガラクトース特異的レクチン(ガレクチンや植物毒素リシンなど)の標的中心になっているのだ。興味深いことに、これとは逆に、マンノース特異的レクチンの中にはグルコースとマンノースをあまり厳密に区別しないものが多い。有名な植物レクチンであるコンカナバリンAやコレクチンと呼ばれるマンノース特異的な動物レクチン(C-型レクチンの一種)はマンノースに最も強く結合するが、グルコースにもかなり結合できる。と言うのも、これらのレクチンは殆どがマンノース2位のアキシャル水酸基(グルコースではエカトリアル配置)をおそらく立体障害により認識できないのだ。
 第二に、ガラクトースは一般に糖鎖の非還元末端に提示される。このことを最も端的に示す例が糖タンパク質糖鎖のうち、アスパラギン結合型糖鎖(N-グリカン)と呼ばれるものである(Fig. 8)。
この糖鎖生合成経路の前半は酵母とヒトに共通で、ともに同じ前駆体(Glc3Man9GlcNAc2-ドリコール)を出発原料とする [13]。ところが、調べられた限り、単細胞真核生物の酵母ではマンノースに富んだ構造体ができるのにとどまり、ガラクトースが転移されることはない。これに対し、哺乳類などの高等動物ではこの前駆体を用いながら、マンノース三個の状態にまで切り取る「プロセシング」と呼ばれる作業をわざわざ行う。その後、N-アセチルグルコサミン、ガラクトースが順次転移され、N-アセチルラクトサミン(Galb1-4GlcNAc)と呼ばれる高等生物で広く見られる基幹構造がつくられる。さらにこのN-アセチルラクトサミン構造は、L-フコースやシアル酸と言った末端修飾系の糖によって修飾され、様々な意味合いをもった糖鎖構造へと成熟していく。一方、様相はやや異なるが、糖脂質糖鎖にも同様なガラクトースへの修飾が起こる結果、インフルエンザウイルス(Siaa2-3/6Gal-)やO157大腸菌毒(Gala1-4Galb1-4Glc-)の標的糖鎖となったり、あるいは癌転移(Siaa2-3Galb1-4 (Fuca1-3) GlcNAc-)、アポトーシス受容シグナル(Galb1-4GlcNAc)、免疫細胞の感受性の調節((Galb1-4GlcNAc)n-)、血液型糖鎖(A = GalNAca1-3 (Fuca1-2) Galb1-4GlcNAc)と言った多細胞生物がもつ様々なシグナル現象引き起こす要因になる。ヒト血液型糖鎖をはじめとする、高等動物由来のガラクトース含有糖鎖のリストをFig. 9に挙げる。
 糖鎖の生合成は糖転移酵素が前駆体糖鎖に対し、一残基ずつ糖を付加していくことを先に述べた。もし、生物進化の後の段階で新しい機能(糖)を付加するとすれば、この糖は従来のフォームの最終段階に付け加えることになろう。そうすれば今まで築いた生合成系をそのまま踏襲することができるからだ。糖鎖生合成に関する限り、ガラクトースの付加はグルコースやマンノースと比べれば明らかに「後付」と言える。このことは生物個体レベルで議論される進化の現象と符合していて興味深い。進化的に新しい機能は個体発生の最後の段階に後付けされる(終端付加の原理)ことが知られている [14]。

4. ガラクトースの生合成

 上記観察から、ガラクトースがグルコースやマンノースとは明らかに異なる意味合いをもつ糖であることが理解できただろうか。一般に、酵母などの単細胞真核生物にはガラクトース含有糖鎖の合成能が無いという事実は、ガラクトース認識を介した生物現象が多細胞生物に特徴的であることを暗示している。もし、この考えが正しいとすると、ガラクトースがグルコースやマンノースに比べ、進化の後の段階で出現したことを支持する、より根本的な原理があるはずだ。そこで、ガラクトースに関する生化学、糖化学(Glycochemistry)を他の基本糖と詳細に比較してみることにする。
 先ず、糖の生合成経路を調べてみよう。単糖の生合成機構は基本的に二通りに分類できる。第一の機構は、グルコース、マンノース、そしてフルクトース三者間の相互変換に見られる(Fig. 10A)。この反応機構は、それぞれの糖が開環した6-リン酸化体として進行することと、エンジオール中間体を経ることが特徴である。さらに重要な点として、グルコース、及びマンノースがフルクトースと代謝機構上、近接した関係にあることに注目したい。生合成的には、フルクトースからグルコースへの変換はグルコース6-リン酸イソメラーゼによって、マンノースへの変換はマンノース6-リン酸イソメラーゼによって触媒される。
 第二の機構は糖ヌクレオチドの形で進行し、NAD+やNADP+の働きで4-ケト中間体という酸化体が生じる(Fig. 10B)。
この経路による変換は多種多様なバリエーションがある。例えば、UDP-ガラクトースエピメラーゼは、UDP-グルコースから4-ケト中間体を経てUDP-ガラクトースを生成する。ここで、鍵を握る中間体として、2位や3位ではなく、4位を酸化(ケト化)しているのはたいへん賢明な選択である。なぜなら、4位にカルボニル基(sp2炭素をもつ)を導入することで、4位の異性化(エピメル化)ばかりでなく、ケト-エノール互変異性を介して3位、および5位の異性化も可能になるからだ。さらに、エピメル化にとどまらず、3位、6位のデオキシ化という展開さえも用意される [15]。5位の異性化はL-フコースやL-ラムノースといったL-糖の生成に繋がり、3, 6-ジデオキシ化は主にグラム陰性菌がもつアベコース、チベロース、コリトース等の疎水糖の生成に至る。まさに、4-ケト体は万能の中間体と言えよう。Table 3に様々な糖の生合成機構を簡略化してまとめる。ここで重要な点に気付く。ガラクトース同様、殆どの糖はグルコース、もしくはマンノースから作られている点だ。このことは、比較的限られた身近な材料(グルコースとマンノース)と優れた戦術(4-ケト中間体)によって、多くの有用な糖が生み出されていることを意味する。ジャコブは生物のこの様な戦略を「ブリコラージュ(bricolage = 鋳掛けや仕事)」と呼んだ [16]。


Table3. Biosynthetic pathways for less common saccharides
  
  
  
C5:XylUDP-Glc → UDP-GlcU → (decarboxylation)
  L-AraUDP-Glc → UDP-GlcU → UDP-Xyl → (4-epimerization)
  RibGlc-6-Pi → 6-Pi-GluA-d-lactone → 6-Pi-GluA → Ribu-5-Pi → Rib-5-Pi
C6:GalUDP-Glc → (4-keto-4-epimerization)
  GalNAcUDP-GlcNAc → (4-keto-4-epimerization)
  L-FucGDP-Man → (4-keto-6-deoxy; 3,5-epimerization)
  L-RhaGDP-Glc → (4-keto-6-deoxy; 3,4,5-epimerization)
  ParatoseGDP-Glc → (4-keto-6-deoxy; 3-deoxidation)
  TyveloseGDP-Glc → CDP-Paratose → (2-epimerization)
  AvequoseGDP-Glc → (4-keto-6-deoxy; 3-deoxi-4-epimerization)
  ColitoseGDP-Man → (4-keto-6-deoxy; 3-deoxy-5-epimerization)
  AskariloseTDP-Glc → (4-keto-6-deoxy; 3-deoxy-4,5-epimerization)
  MurNAcGlcNAc + PEP (esterification) → (hydrogenation)
C7:L-glycero-D-manno-heptoseGlc-6-Pi → Rib-5-Pi + Xyl-5-Pi → D-glycero-D-manno-heptose → (epimerization)
C8:2-keto-3-deoxyoctanoic acidD-Ara + PEP → (aldol condensation)
C9:
NeuNAc
ManNAc + PEP → (aldol condensation)


 ガラクトースが、グルコースやマンノースと生合成的に異なる機構によって生成しているばかりでなく、他の様々な糖(デオキシ糖、リボース、L-糖、ウロン酸、シアル酸など)と本質的に同様な機構でつくられているという事実は、ガラクトースがデオキシ糖やL-糖と同様、グルコースやマンノースの後から生物採択された、とする考えを強く支持する。興味深いことに、リボースもグルコースからつくられるが、その生成にはNAD+を必要とする。NAD+にはリボースが含まれるから、最初のリボースはどのようにしてできたのか、と言う問題が生じてしまう。次項で述べるように、フルクトース、グルコース、マンノース間には化学レベルにおける強い結びつきがあり、この点、最も基本的な糖と言える。これに対し、ガラクトース、リボース、デオキシ糖、L-糖、各種ウロン酸、シアル酸等は、原始生物に始まる代謝機構の発達により、グルコース、マンノースを原料としてできた「ブリコラージュの産物」と言えるだろう。ガラクトースはフルクトースやグルコース、マンノースと比べると、明らかに「後から来た糖」(Late-comer saccharide)なのだ。

5. Lobry転位 

 これは古い生化学の教科書には必ず記載されている糖の基本反応である(Fig. 11)。正式名を「Lobry de Bruyn-Alberda van Ekenstein転位」[17] と言う(本論では単にLobry転位と呼ぶ)。
反応は非酵素的に塩基触媒下ゆっくり進行するが、本質的には6-リン酸化体で起こるフルクトース、グルコース、マンノース間の相互変換反応(Fig. 10 A)と全く同一である。すなわち、開環したエンジオール中間体を経てアルドース、ケトース間の異性化、および、2位水酸基のエピメル化が起こる。反応は平衡反応で進行するため、その系において最も安定な化合物ほど多く生成する。例えば、Wolformは飽和石灰水中、グルコースを35℃、1週間間処理した結果、グルコース63.5%、フルクトース31%、マンノース2.5%を得ている。このように、Lobry転移は塩基触媒存在下で比較的ゆっくり進行するが、実際には酸化などの副反応も生じやすい。一方、ケトースと安定な複合体を形成する触媒(アルミン酸ナトリウムなど)を用いると、高収量でフルクトースが得られるという [18]。フルクトースはグルコースより甘みが強いため、本反応には工業的な利用価値もある。一般に、グルコースやフルクトースを原料としたLobry転位でガラクトースは生成しない。ガラクトースが生成するためには4位水酸基の異性化が必要で、そのためには3-ケト体の生成が必要だからだ。しかし、3-ケト体は環構造をとりにくく、したがって不安定で、自然界にも存在しない。3-ケト体の不在はガラクトースがLobry転位で生じないことの裏返しとも言える。
 本反応は糖の本質を理解する上で大変重要な反応であるが、人々の記憶に残るにはあまりに反応名が難解であった(正しい発音さえわからない!)。高い評価を得ている最近の生化学の教科書にこの反応が記載されていないのは大変遺憾である。

6. フォルモース反応とアルドール縮合

 これまで、生物界に普遍的に存在する基本四糖、フルクトース、グルコース、マンノース、そしてガラクトースの化学的、及び生化学的背景を見てきた。ここで、糖の前生物的合成であるフォルモース反応に話を戻そう。フォルモース反応では、一般に塩基触媒、あるいは種々の粘土鉱物存在下で、ホルムアルデヒドを出発材料として三炭糖のグリセルアルデヒド(GA)、ジヒドロキシアセトン(DHA)、さらに重合の進んだ四,五,六炭糖といった糖が生成しうる(Fig. 2)。このうち、後者の五炭糖や六炭糖の生成は、より小さな糖同士のアルドール縮合の結果と考えられている。では、アルドール縮合はどのような機構で進行し、どのような糖の生成が説明可能なのだろうか。19世紀後半から20世紀前半にFischer親子を中心に展開された一連の有機化学反応からそれを読みとることができる(Fig. 12)。
彼らはGA とDHA、あるいはそれらの様々な誘導体を用いてアルドール縮合を行った[1]。帰結される結論は以下の通りである。1)、GAとDHAの反応によって生じる直接の生成物は「ケトース」である。反応機構上、アルドースは生成しない。2)この際、DHAの1位プロトンが引き抜かれ生じた求核種(エノラートアニオン)がGAのカルボニル炭素を攻撃したとき、直鎖型のケトースが生じる。一方、他の組み合わせ(GA→GA、GA→DHA、DHA→GA)ではいずれも「分岐型」が生じる(自然界には存在しない)。3)DHA→GAの反応で優先的に生じるのは3, 4位の水酸基配位が「トランス」となったケトース、すなわち、フルクトースとソルボースである。
 ここで二つの重要な指摘がある。第一に、DHAとGAのアルドール縮合からフルクトースが生じる反応は「解糖系の逆反応」だということである。ただし、酵素(アルドラーゼ)の触媒する反応は1, 6-フルクトース二リン酸の形で起こる。第二に、冒頭でグルコースがすべての始まりと述べたが、本当の始まりはフルクトースと言うべきだ。なぜなら、アルドール縮合の直接の産物は必然的にケトースだからだ。この意味において、グルコースはフルクトースができて初めて生じうる二次産物に過ぎない。さて、もし上記ケトースのうちフルクトースが前項で述べたLobry転位を起こすと、最安定アルドヘキソースであるグルコースと少量のマンノースが生成する。しかし、一方のソルボースからは安定なヘキソースは生成しえない(理論的にはイドースとグロースの二種)。先に述べた熱力学的安定性の議論によれば、イドースもグロースも自然採択には至らなかった「不適格」な糖である。

7. 糖誕生のシナリオ

 今まで述べてきたことを整理してみよう。先ず、糖鎖生物学の立場から、
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1)レクチンはガラクトースとグルコース、ないしマンノースを明確に見分けているが、マンノースとグルコースは必ずしも厳密に見分けていない。
2)ガラクトースの認識において4-アキシャル水酸基の存在は不可欠である。
3)ガラクトースが認識糖として機能していることを示唆する証拠が高等動物を中心にして得られている。
4)ガラクトースはグルコースやマンノースと比べ糖鎖生合成の後の段階で付加されることが多い。
5)ガラクトースの生合成機構はグルコース、マンノース、フルクトースのそれとは根本的に異なる。
6)ガラクトースは他の多くの糖と同様、4-ケト中間体を介して合成されるブリコラージュの産物と見なせる。
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ということが窺えた。一方、糖化学の立場からは、
───────────────────────────────────────
1)糖の前生物的合成としてフォルモース反応が知られている。
2)弱い還元的大気(アンモニアが大量に存在しない)を想定すればフォルモース反応によって糖が生成する。
3)フォルモース反応の初期産物であるGAとDHAがアルドール縮合を起こすとケトースが生成する。
4)アルドール縮合では3,4位の水酸基がトランス配置になるケトース(フルクトース、ソルボース)が優先的に生成する。
5)フルクトースからはLobry転移によってグルコースとマンノースが生成するが、ソルボースからはこられに匹敵する安定な糖は生成しない。
6)上記反応3)、4)、5)はいずれも塩基触媒下、平衡反応として進行する。
───────────────────────────────────────
ということが示された。

 上記観察に基づき、糖の起源に関する以下のシナリオ [19-21] を提案する。
───────────────────────────────────────
1)原始地球上の適当な条件(比較的高濃度のホムアルデヒドと、塩基、あるいは粘土触媒の存在、適温)でホルモース反応が進行した。
2)GAとDGA間のアルドール縮合によりケトヘキソースであるフルクトース、及びソルボースが生成した。
3)Lobry転移によりフルクトースから最安定糖であるグルコースが生成。同時にマンノースも副生成物として少量生成した。

以上、化学進化。この段階までに生成したフルクトース、グルコース、マンノースの三糖を「元祖三糖(First triplet)」として位置づける。
4)原始代謝系の誕生により、元祖三糖を主原料とした糖の「ブリコラージュ」が多彩に展開された。このブリコラージュ戦略に長けていたのはおそらくバクテリアの仲間で、それを(おそらくずっと後になって)採択したのはこれらと共生・寄生関係にあった高等生物だろう。
5)上記ブリコラージュ糖のうち、ガラクトースは、「終端付加」の原理、および4-アキシャル水酸基の存在により、主に高等多細胞生物で「認識糖」として採択された。一方、リボース**は遺伝情報物質、核酸の「骨格糖」として採択。さらに、ガラクトース認識を増強、調節する役割を担う「修飾糖」としてL-フコースや多様なシアル酸が主に高等動物で採択された。一方、植物ではキシロースやL-アラビノースが植物糖鎖に特徴的な要素として採択された。
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以上のシナリオを簡略化したものをFig. 13に示す。

(脚注**) **ここで、遺伝物質のリボースが突如登場するのに驚きを覚える読者もいるかもしれない。実際、このペントースがいかにして生命史に登場したかについては様々な説があり、現在でも大きな謎として残されている。現存生物にとって、核酸を形成する上で唯一リボースが適切な糖であることは各種実験結果からも強く示されている。しかし、A- 1でも述べたように、リボースは(少なくとも単独では)間違いなく不安定な糖であることから、初期生命の時代には他の糖(グルコースやもっと小さい糖など)がリボースの代役を果たしていたのではないか、と考える科学者も多い。本論では、リボースの起源には深く言及せず、単に、提出されたシナリオに基づき、ガラクトース等と同様、フルクトース、グルコース、マンノースからなる「元祖三糖」から二次的に生じた「ブリコラージュの産物」の一つという立場を通す。

8. 残された課題

 糖鎖の成り立ちから糖の起源とその生物的意義について述べてきた。実は、これまでの議論で触れなかった話題が二つある。一つは、「糖のキラリティー」に関する問題である。最近、L-アミノ酸に関しては量子力学を基盤とした「ごく僅かな安定性の蓄積」という説が有力である。この真偽は著者自身には判断できないが、同様の理論はそのままD-糖の選択に当てはまるのだろうか。あるいは、L-アミノ酸で出来たタンパク質ワールドの確立があって、それに依存する形で糖の選択があったのだろうか。以下、後者の立場を選択したとして議論を進める。フォルモース反応は完全に化学レベルの反応なので、GAに関してはD-体もL-体も等量ずつ生成したと仮定できる。もし、最少の仮定によって不斉という現実を説明しようとすれば、たとえば「原始代謝系(生命)がもったアルドラーゼがたまたまD-体のGAを基質として認識した」としたらどうだろう。このアルドラーゼはD-GAとDHA(あるいはそれらのリン酸化体)を基質として、D-フルクトースを合成する傍ら、逆反応によってD-フルクトースをD-GAとDHAに分解する反応を触媒しただろう。一方、D-フルクトースからLobry転位によって生成するグルコースやマンノース、さらに、生物進化のより後の段階になるが、これらから派生する多種多様なブリコラージュ糖も基本的にすべてD-体となる。ラセミ化は生命システムに混乱をもたらすから、この元祖アルドラーゼをもった原始生命は他のどの原始生命よりも有利となり、他を圧倒して繁殖しただろう。
 もう一つは、「糖鎖の起源」に関する問題である。冒頭でも述べたように、糖は還元基を持ち不安定であるから、遊離状態で長く存在することは考えにくい。したがって、糖の起源を論ずると同時に、糖鎖がどのようにして生じたのかを論ずる必要がある。グリコシド結合により糖が繋がれば還元性などの高い反応性は失われ、糖はより安定な糖鎖となる。糖が生命起源物質として本当に適格と判断されるには糖鎖がどのようにして合成され、情報をもつようになったか、ということを明らかにして行かなければならない。この点、最近、西村らはグルコースを無水状態で金属触媒と反応させると、アミロース様のグルコースオリゴマーが生じることを見出している [22]。

9. 最後に:グライコームプロジェクトと比較グライコミクス

 既に述べたように、糖鎖は「多遺伝子-多糖鎖」の原理によって合成されている。したがって、遺伝子-タンパク質間の取り決めをそのまま当てはめることは出来ない。糖鎖には核酸、タンパク質とは全く異なる生命原理が備わっているはずだ。これを「糖鎖暗号」と呼ぶことができるだろう。もし、この考えが正しいとすると、その暗号解読には、一つの生物種なり、一個体がもつすべての糖鎖を記載する、という姿勢が求められる。これをゲノムプロジェクトに倣い、「グライコームプロジェクト」と呼ぶ [23]。著者らがこのグライコームプロジェクトを掲げて以来、各種メディア、特にインターネット上にグライコーム(glycome)やグライコミクス(glycomics)という言葉が氾濫する事態が生じている(例えば、 [24, 25])。新しい市場(ニッチェ)という認識なのであろう。しかし、グライコームという概念は、そもそもゲノムが登場したとき、すでにプロテオームと並び密かに産声をあげていたとはずである。もちろん、現実には一口に糖鎖といっても、不溶性のものもあれば可溶性のものもある。オリゴ糖やホモ多糖のように単独で存在するものもあれば、複合糖鎖として存在するものもある。要するに切り口は対象にする糖鎖によって大きく異なり、しかも増幅も組み換え体の原理も通用しないわけであるから、その解析がゲノム、プロテオームの比でないことは容易に想像がつく。
 ヒトを含むゲノム生物が次々と誕生し、各遺伝子の機能解析がポストゲノムの次なる段階として展開されつつある。いよいよ糖鎖の問題も無視しているわけにもいかない、というのがゲノム科学者達の心中だろうか。何よりも、タンパク質の糖鎖付加は数あるタンパク質の翻訳後修飾の中で最も大きな比重を占める。最近では糖鎖の生物機能への関与が主要誌を賑わせることも多い [26, 27]。少し具体的なことを述べると、糖タンパク質を対象にした場合、明らかにしたいことは以下の4点である。第一に、どの遺伝子産物(タンパク質)に糖鎖が付加されているのか(糖タンパク質コード遺伝子の同定)。第二に、どの位置(アミノ酸残基)に糖鎖が付加しているのか(糖鎖付加位置の同定)。第三に、どのような構造の糖鎖が付加しているのか(糖鎖構造の同定)。第四に、その糖鎖の付加によってその糖タンパク質はどの様な生物機能を担うのか(糖鎖機能の同定)。ここで、先ず、構造をすべて記載するというのがゲノム以下、網羅的解析の原則だと言うことを忘れてはならない。構造が記載されて初めて機能の議論が出来るわけだ。著者らによってマウスや線虫の糖タンパク質を対象としたグライコーム解析の具体策が既に練られ、小規模ではあるが実行に移されている[28]。一度戦略が定まれば、種を異にする生物同士のグライコーム像の比較(Comparative glycomics)も可能になってくる。そうすれば、糖鎖の真の全体像を比較生物学の立場から見ることも夢ではない。多くのゲノム生物についてグライコームデータベースが完成したとき、糖鎖生物学の本当の土台が整うことになる。予期しない糖鎖合成や糖鎖認識に関する知見が次々と解明され、我々は核酸-タンパク質だけの世界とは全く異なる彩りをもった生命原理の発見へと導かれるだろう。そのとき、著者の提出した糖の進化仮説が改めて検証されることになる。

 
引用文献
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